「ただいま」
すみれのポスターを配り終えた
「おとちゃんおかえり! 宣伝ありがとね!」
「一応、音楽科の人達にも配ったんだけど……ほとんどの人は
音羽は正直にポスター配りの際に分かったことを皆に伝える。であればすみれの言う通り、音楽科の3倍の生徒数を誇る普通科の票を集めるしか方法は残っていない。それを聞いたすみれは何故か自信ありげに立ち上がった。
「やはり普通科の票を集めて、選挙に勝つしかないわ!」
「でも、どうやって?」
「大丈夫!
「「「……ん?」」」
選挙に勝つ方法を千砂都が問うと、すみれは彼女のバイト先であるたこ焼き店に連絡するように言った。いきなりの突拍子な指示に音羽達は脳内にハテナが浮かぶ。だが、すみれのアイデアはおそらくあまり良くないものであるということだけは感じ取れたようであった。
数日経った後、いよいよ選挙活動最終日がやってきた。準備にそれなりの時間を要した為か、すみれ考案の作戦が生徒達に自分をアピールする最後のチャンスとなった。千砂都と
「どっ、どうぞ〜! 本日は、皆様へのご挨拶も兼ねまして、たこ焼きをサービスしちゃいま〜す!」
かのんがそう言いながら女子生徒にすみれのポスターを同封したたこ焼きを渡し、彼女達は嬉しそうにそれを受け取る。ポスターだけを配ってもそこまでの効果が見込めないと判断したすみれは、たこ焼きという付加価値をつけることで票を恋からすみれに持っていくよう仕向ける作戦を考えた。
「ふふっ。見なさい。効果抜群ね……
すみれはショウビジネス仕込みのスマイルを以て着々とたこ焼きを配る。その様子を見て、近くに居た音羽が小声ですみれに話し掛けた。
「すみれちゃん、いくらなんでも賄賂みたいなのはやっぱり良くないよ……他の方法はなかったの……?」
「しょうがないでしょ。生徒会長になる為なんだもの。しかも相手は葉月
「うう……何か嫌な予感がするなぁ……」
すみれも小声で音羽に返答し、腕から提げているたこ焼きが入った袋を音羽に預けて配るように促した。音羽は渋々それを受け取り、周りの生徒に配り始めた。
袋の中のたこ焼きを全て配った音羽は、追加分を取りに千砂都のたこ焼き店から借りた移動式屋台の前に立つ。屋台の中で千砂都と可可もこの作戦に疑問を抱いていた。
「……コレはよろしくナイのでは?」
「どうだろう……ギリギリセーフ? おとくん、これお願い!」
「ありがと。持ってい……」
「アウトです」
「「「うわぁっ!?」」」
出来上がったたこ焼きを手に持って配りに行こうとしたその瞬間、いつのまにかその場に居た理事長が一言3人にそう告げながら自らもたこ焼きを頬張っていた。音羽の嫌な予感、的中。十数分のうちに校門前で行われている事に気付かれ、たこ焼き屋台の退去を命じられた。
「美味しいたこ焼き、ご馳走様でした。ですが、物で生徒を釣るような行為はルール違反です。……分かりますね? スクールアイドル同好会の皆さん」
自前のハンカチで口元を拭きながら理事長はやや威圧感を込めた口調で皆を諭し、それを聞いた音羽達はしゅんと肩を落とす。薄々思っていた通り、宣伝用のポスター以外の物を配布するのは結ヶ丘生徒会長選挙法における違反行為であった。些か重たい空気感の中、理事長は1人の生徒の顔を見て、そっと話しかける。
「それと、
「え? ええっ!? な……何でですか!?」
「貴方に話したいことがあります。詳しくは理事長室でお話しましょう。では、失礼します。後片付けは自分達でしておくように。お願いしますよ」
最後に一言釘を刺し、理事長はその場から立ち去る。理事長が音羽に向けて言い放った言葉にかのん達は背筋に悪寒が走る。もしや、音羽だけがこの事についての説教を受けるのではないかと。
「えっちょっと待って? ……えっ? 僕、どうなっちゃうのぉっ!?」
「……何で音羽だけ?」
事の発端であるすみれが青ざめた表情で音羽を見る。普通なら立候補者であるすみれが生徒指導の対象となる筈なのに。連帯責任が生じたとしても、音羽1人が呼び出されるのは余りにも不自然だ。先程までの流れで理事長が言った『話したいこと』。つまり音羽に何かしらの処分を下すという内容の可能性が大いにあるという結論が皆の中で出された。
「ど、どどどどうしよう!? おとちゃんが退学になったりでもしたら! そんなの私絶対嫌だよ!!」
「さすがにそこまではしないと思うけど……理事長先生の話を聞いてみるしかないかな。おとくん、ファイト!」
「そんな他人事みたいに言われてもぉ〜!」
「大丈夫デスよ音羽。もしそうなったらグソクムシが代わりに退学してくれマス! そもそもこんなコトになったのはアナタが原因デスからね!」
「何しれっと私を退学させようとしてんのよ!? 私だって嫌よそんなの! と、とにかく! 音羽が何か処分されるような事になったら私から抗議するわ。だから安心して」
「安心したいけど安心できないぃぃ……」
「まぁとりあえず……この辺片付けちゃおうか。そのままにしてたら次こそ本気で怒られちゃいそうだし」
理事長からこれ以上お叱りを受けない為に、千砂都が早々に後片付けすることを提案し、皆同意。音羽も自分が理事長に何を言われるのか戦々恐々としながらたこ焼き配りの後始末をし始めるのだった。
「音楽科1年、東音羽です!」
「どうぞ」
深呼吸の後にノックし、自分の名を名乗る。立ち入りを許可され、音羽は一瞬躊躇いながらも理事長室の中へ入った。広々とした部屋にはデスクと来客用の椅子やテーブルがあるのみの見様によっては質素とも言える理事長室だが、生徒が普段近付き難い雰囲気を確かに感じ取れる威厳のある一室であった。
理事長の前に立ち、音羽は先の事について素直に謝罪し、彼女に深く頭を下げた。
「この度は申し訳ございませんでした!
「処分? 何の話ですか?」
「……はい?」
顔を上げて音羽は理事長に聞き返す。自分1人だけが呼ばれた以上、処分は自分のみ受ける覚悟でここにやってきたが、理事長は何のことだか分からないといった面持ちで手を組む。
「先程の件に関して貴方達を処分するつもりはありません。ルール違反だったのは事実ですが、他の生徒達に迷惑をかけたという訳ではないので今回は不問とします。以後気を付けてくださいね」
「あ……ありがとうございます! 気を付けます!」
音羽は再度頭を下げ、きっちり姿勢を正す。自分を含めて誰も処分されることは無くなり、安心したように小さく息を吐いた。
「まさか、最初から処分されると思ってここに来たのですか?」
「はい……どんな処分でも、自分が責任を持って受けるつもりでした」
「……フフッ」
「な……何か?」
理事長が唐突に笑い出し、音羽は不安気に彼女の顔を見つめる。
「その責任感の強さ、他者の為に自分を顧みない精神。つくづく
「『
「知ってますよ。高校時代の同期でしたし、所謂腐れ縁です。貴方のこともよく分かっています。私の立場上、生徒のことを深く知る権利を持っていますからね」
自分の父をそんな風に呼ぶ理事長に音羽は戸惑いを隠せない様子だった。何より自分のこともよく知っていると言われ、その戸惑いは更に加速していく。
「音楽家の東湊人、元『白い歌姫』
「なっ……!?」
理事長の口から両親のことや自身の経歴、そして恋と幼馴染である事実も把握されていた。自分に向けて何故そんなことを言うのか意味が分からず、音羽は一歩後退りながら理事長に疑念の視線を向ける。
「どうして僕と葉月さんのことを……」
「本人から直接聞いていましたから。貴方と幼馴染だったという彼女の言葉を」
「一体……何が目的ですか? 何が言いたいんですか?」
自分より目上、且つ学校で最も偉い立場である彼女に対し、音羽は声のトーンを低くしながら問い質す。すると理事長は1つ咳払いをし、いたって冷静に答える。
「失礼。では本題に移ります。葉月さんと平安名さん。2人の立候補者の支持率を確認させてもらいましたが、数値的には葉月さんが生徒会長になる可能性が高いでしょう。そこで……東君だからこそ、葉月さんの唯一の友人だった貴方にこそ、頼みたいことがあるんです」
『友人だった』。今の2人の関係を表すならそれが最も正しい表現方法だ。嘗ては友人……いや、親友と言うに相応しい間柄だった過去を思い返し、音羽は一瞬辛そうに目を細めた。
「僕に、何を……?」
「……葉月さんの、助けになってほしいんです」
その頼みは音羽が本来望んでいた、叶わない……叶う筈がないと決め付けていた事柄であった。