音楽科を中心に学園祭を行う。生徒会長である
「ふぅ。これで一安心」
「おとくんうぃっすー。遅かったね」
「音羽のクラスの様子は? どうなってるの?」
「それが……『普通科と合同じゃないなら自分達だけでスムーズに準備が進められる』って皆張り切っちゃってて……僕も準備手伝うように言われたけど断ってきたよ」
普通科では音楽科に対しての怒りや疑念で不穏な空気が漂う混沌とした状態なのだが、当の音楽科では普通科の生徒と打ち合わせしたり企画を擦り合わせたりする手間が省けたことで学園祭に対してのモチベーションが上がっているようで、それに伴い音羽も音楽科の生徒として手助けを頼まれるも、同好会の活動があるとそれを断り、半ば逃げるように部室に舞い込んだ。その為か彼の息は上がっており、席に着いてもなお大きく呼吸を続けている。
「音羽が学園祭の準備に回されるのも時間の問題ね。尚更リコールで選挙をやり直すっきゃないわ! やり直すったらやり直すのよ!」
「私が生徒会長に立候補……良いのかなぁ……」
かのんは不安気な声でそう呟きながら可可が持っている『しぶやかのん』と書かれた襷に目を向ける。音羽が詳しく話を聞いてみると、普通科では恋の意向に反対する人達で一斉に抗議を起こして現生徒会長である恋を解任させ、その上でもう1度選挙を行なってすみれ、若しくはかのんを生徒会長にしようという作戦が練られていた。その作戦を聞いた音羽はそれが本当に正しい方法なのかどうかと思い、賛成しかねた様子で顎に手を当てた。
「生徒会長の役職を解任させる必要までは無いと思うんだ……もしかしたら、意図があっての事かもしれないし」
「おとくんの言う通りだよ。でもこの先のことを考えると……本当にそのくらいしないとダメかもしれない」
「デスデス。公約を破るくらいデスから、ほっといたらスクールアイドルも禁止と言ってくるに違いないデス!」
「うーん、たしかにそんな気もするけど……それにしても何か理由がある気がするんだよね」
かのんはまだ、恋がスクールアイドルを嫌うのには理由があるのではないかと見ている。彼女は恋のあの口ぶりを聞いた上でそのような考えに至り、スクールアイドルに反対する確固たる意志の中に、彼女の態度や言葉に微弱な迷いを感じたからこそ、尚更深い理由がある気がしてならないのである。
「でも昨日聞いても教えてくれなかったんでしょ?」
「それは……」
「皆、今から葉月さんが学校を出るのを外で待ってよう! あと、おとちゃんとちぃちゃん。2人で部室から使えそうな物を探してほしい!」
「うん? 良いけどかのんちゃん、何をするの?」
「使えそうな物って一体……?」
千砂都と音羽は不思議そうに顔を見合わせてかのんに意図を聞くと、いたってシンプルな答えが返ってきたのだった。
結ヶ丘の校門の陰で恋を待つこと数十分。恋が結ヶ丘の敷地を出たところでかのん達は気配を察知されないように静かに恋の後ろ姿を見送る。
「『
音羽と千砂都には内容を伝えていたが、すみれと可可には秘密を知る為の策としか伝えず、校舎から出てこの異様に静かな行動のし方ですみれは今から何をするのか大体は察したのだが、ある種無謀とも言えるその作戦に彼女は戸惑った様子でかのんに問う。
「仕方ないでしょ。音楽科の子達も、葉月さんのことはほとんど分からないって言ってたし」
「そ、その為に使えそうな物も部室にあったよ! けっこうかさばるけどね……」
かのんの言葉を聞いて誰にも聞こえない声量で『うっ』と声を漏らした後、音羽は誤魔化すように部室から発見した尾行の役に立ちそうな物が入った大きめの紙袋をちらりとすみれに見せた。
音羽はまだ、自分と恋が幼馴染だということをクラスの人達にはおろか、同好会の皆にも伝えられていない。音羽だけ唯一恋のことを知っている例外中の例外の人物なのだが、本人から聞かされてない以上かのん達はその事実を知る由も無い。
恋を尾行するという作戦は彼にとって正直気が気でないところであるが、今更恋の幼馴染だと周りに明かしたところで事態が収束する訳でもないし、恋のことを知っているとは言ってもそれらはあくまで以前の話であり、中学1年生以来彼女と距離を置き続けた故に現在の恋の内情は音羽にとって無知に等しい。尾行を共にするのは好奇心か、それとも手掛かりを掴む為か。後者が1番の目的なのだが、今の幼馴染のことを知る為の行動というのは、彼の中にある好奇心が捨て切れる筈もなく。皆とは違う緊張と怖さが音羽の中に内在していた。
「ヤルなら徹底的に、デス!」
部室で見つけた余興や演劇等に使われそうな偽物の草を手に持った
暫し尾行を続けていた同好会一同。皆で並んで歩いていたその時。音羽の鼻腔内に猛烈なむず痒さが走る。すみれの後ろを歩いていた為か、風が吹いた際に彼女の長髪が音羽の顔に少し接触。そこで感じ取ったのは抗い難い生理現象の波。しかも両手に紙袋を持っているが故に瞬時に鼻を摘んだりすることが不可能。焦りの感情がぐるぐると脳内を渦巻く中とうとう我慢の限界に達し、音羽は即座に後ろを向いた。
「くしゅんっ!」
「……?」
かのん達が音羽のくしゃみに気付いた刹那、恋が歩みを止めて後ろを振り向こうと首を動かした。その動きを察知した皆は大急ぎで死角へと隠れ、気付かれないように気配を抹消する。振り向いた視線の先に何も無いのを理解した恋は、先程と同じ速度で歩くのを再開した。
「あぶなっ……」
「さすが葉月さん……音楽科でもいつもきちんとしてて、周りに注意を払ってるから……」
「音羽、あんたくしゃみしてんじゃないわよ! 気付かれたらどうすんのよ!?」
恋に気付かれなくて安堵するよりも先に改めて異様な緊張が皆に走る。音羽と2人で物陰に隠れているすみれは彼の頭に軽く手刀を落としながら小さな声で説教をする。
「ごめんっ……我慢できなくて……」
「気配を察知スル能力というコトデスか……」
「となると……すみれちゃん!」
「え?」
恋の気配を察する能力が高いのを把握したかのんは、自信を持ってすみれの名を呼んだ。
「おとちゃん、『秘密兵器』をすみれちゃんに!」
「わかった!」
「何よ秘密兵器って……」
「すみれちゃん! これ、使って! お願い!」
音羽のすみれを頼みの綱とするかのような真っ直ぐな眼差しに彼女の瞳がキラリと輝く。音羽が差し出した紙袋を掴み、ハンドサインをとった。
「しょうがないわねぇ。やってやるったらやってやるわ!」
「……ギャラ?」
尾行の役に立つ物。それはつまり相手を欺いたり誤魔化す為の物。要は変装の為の道具だと分かった上ですみれはそれらを身に付けたのだが、予想の斜め上を行く奇抜な変装用衣装に彼女から思わず困惑の声が発される。
「不本意なんですが……」
「うん、これはバッチリ変装できてる! すみれちゃんだって分かるはずないよ! きっと大丈夫!」
「すみれちゃん、頑張って!」
良く言えばオリジナリティのある、悪く言えば摩訶不思議とも呼べる変装衣装はすみれが着ている結ヶ丘の制服の大半を覆い隠し、髪型を隠す巨大な帽子と顔を本人だと分からなくするサングラス。音羽の言葉通り、恋が一目見てすみれだと判断出来ないであろう容姿となった。被っている帽子の形を見て通りがかった子供達から揶揄されるがそれに構わずすみれは恋の後ろを着いていく。
大きめの足音を立てた為か、恋が後ろを向いてすみれの存在に気付き、彼女の姿をじっと凝視する。恋に見られながら、自分だとバレるんじゃないかという恐怖から金切り声を上げながらも直立の状態を保ち、十数秒見られた後に恋はすみれから視線を外し、青信号となった横断歩道を歩いて行った。幸い彼女から不審な人物だと思われることはなく、なんとかこの場をやりきったのだった。
「さっすがすみれちゃん!」
「全然気付かれてなかったね!」
「褒めないで。傷付くから」
かのんと千砂都の素直な褒め言葉にすみれは複雑な心境で受け答えをし、近付いてきた音羽が持つ紙袋に変装道具を捨てるように入れながらご機嫌斜めな感情を露わにした。
「かのん!」
「あっ……! 行こう!」
いつのまにか恋と自分達との距離が開いてしまっていたことに可可が気付いて指を差す。急いで彼女と距離を詰めようと、かのんは意を決して尾行を続けるよう皆に促すのだった。