星達のオーケストラ   作: 龍也/星河琉

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第26話 明かされる、驚愕の事実。

「ここに入っていったけど……」

 

「ここが……葉月さんの家!?」

 

 (れん)の背中を追いかけ続け、ようやっと恋の自宅らしき場所に辿り着いた。恋がドアを開けて中へ入ったのを確認し、表札に『HAZUKI』と刻印されていたことから、ここが彼女の自宅だと音羽(おとは)を除く4人はそう確信する。音羽が恋と関わらなくなってからも引っ越しはされていないようで、音羽が第二の家と呼べるくらいに嘗て行き来していた建物がそこに在った。久方ぶりにこの場所へやって来た音羽は皆とは違い、その敷地の広大さに驚きはしていないものの、これからこの場所に再度足を踏み入れるという緊張感から生唾を1度飲み込んだ。

 

「お金持ちだろうとは思ってたけど……想像の銀河上ね……」

 

「とりあえず、呼び出しマショウ!」

 

「ま、待って!」

 

「もう少し探りを入れてからの方が……」

 

 恋の家だと分かった可可(クゥクゥ)はすかさずインターホンを鳴らそうとするが、慌ててかのんと千砂都(ちさと)が止めに入る。いくらこの建物が恋の自宅であるといえど、不安や若干の申し訳なさから、早急に訪ねる気にかのん達はなれなかった。2人の言葉に可可はムッと目を細める。

 

「尾行マデしてココに来たのは、葉月サンのコトを知りたいからではナイのデスか?」

 

「くぅちゃん、それはそうなんだけどね。皆まだ心の準備ができてないといいますか……」

 

「そ、そうそう! 私、緊張しちゃって!」

 

 音羽が2人の言い分をフォローし、かのんが『ナイス!』と言わんばかりに音羽の言葉に同調する。

 

「デスがソレではココまで来た意味が……」

 

『どちら様ですか?』

 

 家の前で立ち往生しているとインターホンから女性の声が聞こえてきた。その女性からの自分達が何者であるかという問いに答えることが出来ず、かのんはしどろもどろと対応を始める。

 

「いや、えっと……あのっ……」

 

「ワタシ達、結ヶ丘高校の生徒なのデスが……」

 

「恋さんとお話しに来ました!」

 

 かのんの応対を見兼ねた可可とすみれが用件を伝えると、玄関を塞いでいた格子が開き、女性から家に入ることを許可された。

 

「入って、良いのかな?」

 

「……行こう」

 

 かのんの問いかけに音羽が一言、決心したように優しい声音でそう促した。音羽の言葉に倣い、皆葉月家の敷地内へと足を運んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 家の中に入ると先程インターホン越しでやり取りをしたであろう女性の使用人らしき人物が音羽達を迎え、来客用の部屋へ案内した。その部屋でしばらく待っているとその使用人が全員分の紅茶を順番に差し出した。

 

「どうぞ」

 

「ありがとうございます!」

 

「今お嬢様を呼んで参りますので、ごゆっくりお寛ぎください」

 

「はい!」

 

 よそ行きの笑顔でかのんは使用人に受け答えした。かのん達はその使用人の女性とは初対面であるが、音羽は彼女のことを知っている。音羽が恋の家に来ていた頃と、その容姿は何も変わっていない。使用人の名はサヤ。恋だけでなく、彼女と最も親しい間柄だった音羽の世話も受け持ってくれていた人物である。サヤが音羽に紅茶を差し出した際に彼の顔を見た時、言葉には出さなかったが一瞬目を見開いた。それでも一来客として音羽を扱い、嘗てのように丁寧に恭しく接した。

 

 サヤが部屋を出る際にもちらりと音羽に視線を向け、それと音羽の目が合う。その瞬間に音羽は『自分だと気付かれたのではないか』と感じる。今音羽はマスクも眼鏡も着用していないし、葉月家に何度も出入りがあった人物を数年の月日が経っているとはいえ使用人から忘れられている筈がない。言語化しにくい気持ちが脳裏を過り、音羽は両手で顔を抑えた。

 

「どうしよう!? 約束も何もしてないのに!」

 

「尾行してきたからねー。せっかくだし、お紅茶頂こうかな。……あ、美味しい」

 

「ほんと? じゃあ僕も……熱っ!」

 

 焦りの感情を露わにしてかのんが嘆いている中、千砂都は差し出された紅茶に舌鼓を打つ。それに便乗して音羽もカップに口を付けるものの、あまりの紅茶の熱さにすぐさまテーブルにカップを戻した。

 

「あんたホント猫舌よね……」

 

「たこ焼きとかも食べるの時間かかるしつらいよ……」

 

「のんきにおしゃべりしてる場合じゃないよぉっ! ああああ葉月さんに何て言えば分かってくれるかなぁ!?」

 

 迎え入れられた以上もう逃げられない段階に達してしまった状況でかのんは頭を抱えて騒ぎ立てる。もうすぐ恋がこの部屋に来る前に策を練ろうとかのんは必死に頭を働かせるが、すみれは異様な落ち着きを見せながら、恋の今までの対応と照らし合わせて冷静に推察する。

 

「いきなり怒るんじゃないの? 『話すことはありません。帰りなさいったら帰りなさい』。的な?」

 

「あ、ほんのちょっとだけ似てるかも」

 

「それ似てるって言わないでしょ」

 

 すみれの申し訳程度のモノマネに音羽は反応を示すも、たとえ別の場所であろうと放たれるいつもの天然発言にすみれはすぐにツッコミを入れた。

 

「やっぱそうなるよねぇ……」

 

 かのんはソファの上にあった丸いボールを手に取りながら肩落ちする。元々彼女との対話は一筋縄ではいかないと分かってはいたが、このままでは家に足を運んで話してみても説得に至らず本末転倒な事態になるビジョンがかのん達には見えていた。

 

「ソレにしても立派なお家デスねぇ……見てクダサイ! 大きなぬいぐるみデス!」

 

「ぬいぐるみ? 剥製じゃないの?」

 

 最早現実逃避し出したのか、可可が部屋にある大きな白い動物を発見してそれを愛でる。

 

「こんな大きな犬いるワケないじゃないデスかぁ……ふわぁぁ暖かい……」

 

「暖かい……? ホントだぁ……それに、トクントクンって……」

 

 すみれも興味があるのか剥製らしき動物に近付いて可可と共に愛で始める。その動物を音羽が目にした時。謂れのない既視感を感じ、それでいて『いや、有り得ないだろう』と言い聞かせる。確かに恋は幼い頃に犬を飼っており、その犬と音羽も戯れたことがある。けれど当時はここまで巨大ではなかったし、ここまでじっと動かないのは先ず有り得なかった。だがすみれの発言で音羽は一気に自分の予感が当たっているのではないかと思い始めた。

 

「何言ってるのデスか。また適当なコトばかり言って……」

 

 可可が呆れたように苦言を呈しながら引き続き剥製を愛でていたその時。その動物から鳴き声が発された。すみれの言った通り『トクントクン』と鼓動を感じるということはつまり、その剥製は……()()()()()

 

「「ほ……ほ……本物だぁぁぁぁ!!」」

 

 実際に生きている白く巨大な犬は物凄い勢いで可可達を追いかけ、2人は気味の悪さに部屋を出て行った。終いにはかのん達3人も部屋を出て共に犬から逃亡を始めた。

 

「なんなのあのデタラメな犬は〜!」

 

「知らないよぉ〜!」

 

「もしかして……『チビちゃん』!?」

 

「えっおとちゃん今なんて!?」

 

「な、なんでもな〜い!」

 

「遺伝子組み換えデスか? 或いは巨大化改造……!?」

 

 追いかけてくる犬から全力疾走で逃げながら各々混乱の声を上げる。音羽の既視感は間違っていなかったが、まさかこれ程までに巨大化しているとは思いもよらず、再度チビちゃんと呼んだ犬を見るが、嘗てとはまるで比較にならない程に別の犬と化していた。あまりの成長ぶりに音羽は驚嘆の声を上げながら走る。

 

「……あった! 本当にいる犬だって!」

 

 走りながら千砂都はスマホで検索をかけ、追いかけてくる白い犬とよく似た犬の画像を皆に提示した。

 

「あんな大きい犬が!?」

 

「とにかく、早く誰かに助けを!」

 

 実在する犬だというのを知ってかのん達は驚きながらも家内に居る誰かに助けを求める為、手当たり次第に部屋のドアを開けていった。だが何箇所もドアを開けても、そこに人は誰1人としておらず、皆の疲労が徐々に加速していく。

 

「誰もいないよぉ〜!!」

 

「どうなってるの……?」

 

「もう……ダメデス……」

 

「可可ちゃんっ!?」

 

 可可が体力の限界を訴え、走る速度が急激に下がる。元々体力が皆と比べて少なく、日々のレッスンやランニングである程度体力がついてきたとはいえ、長い時間全速力で走り続けるのは流石に無理がある。音羽も普段何か運動をしている訳ではない為、かなり息が上がった状態である。

 

 この状況を見てかのんが何か打開策を考えようとしたその時。先程部屋にあった赤いボールが自分の手に握られていることに気付く。『使える』。そう判断したかのんは決死の覚悟で足を止め、普段の声からは想像もつかない程の野太い声を上げながらボールを全力で振りかぶって投げた。不規則にバウンドするボールは白い犬の注意をそちらに向かせることに成功。赤いボールが転がっていく方角へ犬が勢いを止めずに追いかけていった。

 

「今のうちにこの中に!」

 

 すみれがすぐ近くにあった通り口に皆を誘導し、間一髪で葉月家の飼い犬から逃げ切ったのだった。

 

 

 

 

 

「なんなのここは……」

 

「こんな大きい家なのに……誰も居ないなんて」

 

「ちょっと、変だよね……」

 

 階段付近で一同は暫し動かずに休息し、改めてこの家の違和感について言及する。千砂都が言った通り、こんなにも広く大きな建物なのに、人の気配がどこにも無い。音羽は皆よりもこの違和感を大きく感じ取っていた。嘗てはもっと人の声で溢れ、良い意味で騒がしい家であった筈なのに。数年のうちにここまで静まり返っている恋の家に、音羽は少し胸を痛める。

 

 かのんが階段を降りた目線の先にある物がテーブルに置かれていることに気付き、そのテーブル付近でしゃがみ、それが何なのか確認した。果たしてそこに在ったのは、所々に経年劣化が見受けられるアルバム。かのんは1枚1枚丁寧にページを捲り、納められている写真を見る。そこでかのんはとある1枚の写真に目が行った。

 

「この人……もしかして……」

 

 自分達が着ている制服のようなものを身に付け、年齢相応なにこやかな笑顔を見せる茶髪の少年と、その隣に写っているのは紅色の髪をした生徒と、黒い髪を後ろで束ね、柔和な笑みを浮かべる女子生徒。この茶髪の少年の写真は他にもいくつかあり、その顔を見る度に既視感を感じずにはいられなかった。

 

「おとちゃん! ちょっと来て!」

 

「ん? かのんちゃん?」

 

 かのんは音羽に手招きして自分が居る場所に呼び、音羽は小走りで彼女に駆け寄った。

 

「どうしたの?」

 

「この写真の子とおとちゃん……うん、やっぱりそっくり!」

 

 アルバムを音羽の顔の横につけ、2人の顔を見比べると、かのんの見立て通り写真に写る少年と音羽は瓜二つであった。少年は音羽程童顔ではないが、笑った顔が音羽とよく似ていた。

 

「おとちゃん、この人……湊人(みなと)さんじゃない?」

 

「えっ……?」

 

 かのんはそう言って音羽にアルバムを見せ、茶髪の少年が写っている写真を指差した。それを見た音羽はひゅっと一瞬息を詰まらせ、アルバム内の笑顔の彼を見つめ続けた。

 

「何でお父さんが……このアルバムに……」

 

「かのんちゃん、おとくん!」

 

 千砂都が2人を呼び出し、かのん達は千砂都の声がした方へ向かう。可可やすみれもそこに居て、壁に掛けられている写真を見ていた。

 

「卒業写真かな?」

 

「結ヶ丘っぽいデスけど……」

 

「それにしては、随分古くない?」

 

「おとくんに似てる人もいるし……ひょっとしてこれ……」

 

 写真にはクラスの生徒が全員集合しており、その中には先の黒髪の女子生徒と茶髪の男子生徒も写っている。少年の方はアルバムに納められた写真とは打って変わって、集合写真ではどこか憂いを帯びたような、悲しげな表情を見せている。

 

「間違いない。この人……僕のお父さんだよ」

 

「こ……コノ人が音羽の父親デスか!?」

 

「たしかに音羽に似てるけど……こんな偶然ある?」

 

 たとえ今と顔が異なっていても、音羽が自身の父親の顔を見間違える筈がない。恐らくこの少年は、若かりし頃の東湊人だ。音羽にとってもにわかには信じられない話だが、目の前に映る少年の顔を見れば、信じる以外の選択肢しか出てこない。皆で写真を見ていたその時、女性の声が聞こえてきた。声の鳴る方へ静かに移動して少しだけ戸を開けると、使用人のサヤと恋が話している様子だった。

 

「今まで本当にありがとう。この御恩は、一生忘れません」

 

「いいえ。受け取れません!」

 

「お願い。来月からは、貴女を雇っておけるお金も無いのです」

 

 恋の手には茶封筒が持たれており、サヤに差し出しているものの、彼女は頑なに受け取らず、首を横に振るばかり。『お金も無い』。恋の言い分に音羽の心に何かが引っ掛かる。

 

「必要ありません! 私は、葉月家に仕えているだけでっ……」

 

「そういう訳にはいきません! 貴女のような人をただ働きさせたら、それこそ()()()()()()()()に怒られてしまいます」

 

 恋の言葉に音羽が『はっ……?』と間の抜けた声を出す。恋の母親がもう既にこの世に居ない。音羽はあまりに唐突に発された衝撃的な事実に手で口元を覆う。その動作を見たかのんは一瞬心配になるが、引き続き恋とサヤの言葉に耳を傾ける。

 

「しかし……それではお嬢様は本当に1人きりに……」

 

 恋の姿に気付いた白い犬が彼女に擦り寄ると、恋は犬の頭を優しく撫でる。

 

「平気ですよ。私にはチビが居ますから。……音羽くんも居ます。いつか……また共に笑い合える日が来ると、信じています」

 

 その巨大な風貌からはまったく想像もつかない『チビ』という名前に皆驚くも、彼女の口から『音羽』という名が出されたことに対しても驚きを隠せず、かのん達は一斉に音羽の方に顔を向けた。

 

「貴女がここに来たのは、まだチビが産まれたばかりの頃でしたよね。あの頃はお父様が居て、お母様も元気で……皆仲が良くて、家の中はいつも賑やかで。私の側にはずっと……音羽くんが居ました」

 

「お嬢様……」

 

「呼ばれてるわよ、あんた」

 

「……うん」

 

 恋が名前を出している人物が今この場にいる彼のことを言っているのだと確信し、すみれはちょいちょいと音羽の脇腹を突いた。

 

「悲観しているのではありませんよ? 私には、お母様が遺してくれた結ヶ丘がありますから」

 

 1人きりになろうとしていてもサヤに気丈にそう伝える恋が手にしているボールの匂いをチビが嗅ぐと、その匂いが強い方角へ一吠えし、かのんがギョッとした様子で体を震わせる。チビが一瞬でかのんの元へ走り、馬乗り状態で彼女の頬をひたすらに舐める。

 

「誰……えっ?」

 

 恋が目にしたのはスクールアイドル同好会の一同がこの出来事に驚いて腰を抜かしている様。そして……皆と同様ぺたりと床に座している、素顔の幼馴染の姿だった。

 

「あなた達……それに音羽くん……」

 

「やはり……音羽様だったのですね」

 

 サヤがそう言い、彼女は客人の1人を音羽だと改めて認識した。恋と目が合った音羽は辛そうに目を逸らし、その態度が恋の心をまたしても締め付ける。久々に面と向かって顔を合わせたというのに、2人の間には底知れぬ気まずさがあった。

 

「チビ、カム。……セット。ステイ」

 

 サヤがチビに命令するとそれにすぐ従い、お座りの姿勢で彼女を見上げた。しっかりと躾が為されている飼い犬に、千砂都は感嘆の声を上げた。

 

「……聞いていたのですか?」

 

「1人ってどういうこと? お金もないって。しかもおとちゃんのこと、知ってるの?」

 

 かのんは勢いよく立ち上がって先程聞いた内容に矢継ぎ早に質問する。

 

「そのままの意味です。この家に残っているのは私1人。お金もありません。このままでは学校を運営していくことも……」

 

「えっ!?」

 

「母が遺した学校を続ける為には、私が頑張るしかないのです」

 

 かのんの問いに恋はいたって冷静に答える。創立者である母親が亡くなっている為に自分が、自分だけが頑張るしかないのだと。

 

「葉月さん……」

 

「それと、『彼』を知っているかと聞きましたね。この方達に伝えていなかったのですね。……音羽くん」

 

「その『音羽くん』って呼び方……まさか!」

 

 普段は誰に対してもさん付けで呼ぶ恋がそのような呼び方をする相手。以前音羽に聞いた過去の話にあった、親友同士の間柄だったという人が居たこと。今日これまでにあった事を思い出し、察しがついた様子でかのんは音羽と恋。その両者の顔を見た。

 

「ええ。……私の唯1人の幼馴染で、嘗ての親友。それが……音羽くんです」

 

 どこか嬉しそうで、それでいて悲しそうで。泣き笑いのような表情で、恋はかのん達にそう言い聞かせた。

 

 

 




切なく逸らす、その瞳。



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