第31話 その頃、ふたりは準備中。
ひとまず両学科の生徒と話し終えたかのん達4人はおそらく外にいるであろう
「……おとちゃん」
「あっ、かのんちゃん。皆も……」
振り返った先に仲間達が居たことに安心したのか、音羽は少し笑って彼女達に軽く手を振る。
「
「……話せたよ。でも、説得できなかった。力になりたいって言ったら……断られちゃった」
かのんの問いに音羽は素直に自分が恋を説得出来なかったことを伝える。その表情からは悔しさと辛さが見え隠れしており、かのん達も表情を曇らせる。
「おとくんでも、ダメだったんだ……」
「ま、ちゃんと話せたんならそれで良いじゃない。あんたにしては上出来だとおも……いった!? ちょっと何すんのよ
「少しは言いカタを考えてくだサイ! コレだからグソクムシは……」
「グソクムシ言うなぁっ!」
例の如く
「……そっか。どの学科も引かないんだね」
「うん……普通科は音楽科の子達に不信感抱いちゃってるし、音楽科も音楽科で普通科と一緒に学園祭するつもりないみたいでねぇ……」
音羽の提案により、ダメ元で彼本人が音楽科の生徒に話をしに音楽科の敷地に行くが、音楽科の生徒達は学園祭の準備で忙しなく動いており、その準備自体も着々と進んでいる様子だった。
「僕が知らないうちに準備がこんなに……」
「どんどん進んじゃってる……」
「もうお構いなしって感じね」
「このママじゃ……マスマス葉月サンは……」
音楽科の敷地の近くには恋をよく思っていないであろう普通科の生徒達が愚痴を溢しており、それを聞いた音羽の胸がまたキリキリと痛む。これが、恋が本当に望んでいることなのか。自分が普通科の敵になってでも。嫌われ役になってでも結ヶ丘を存続させる為に。痛みも苦しみも背負って生徒会長として学校のトップに立っている。
何もかも全て1人で背負おうとする恋の味方でいたいと願ったのに、それすら彼女から否定された。理由は『幼馴染が傷付いてほしくないから』。そう言われて音羽は何も言い返せなかった。音羽は彼女のその言葉を一周回ってズルいとも思った。ずっと傷付けたと感じていた幼馴染は、自身の所業に憤る様子も取り乱す様子もなく、音羽の気持ちを理解した上で提案を断った。すり抜けるように離れていった恋の手の感触は未だ鮮明に彼の掌に、脳に焼き付いている。その小さく、冷たい手でどれ程の大きく計り知れないものを、想いを背負っているのか。音羽は少しだが知れたのだ。数年の時が経ち、彼女の手を握って、ようやく。
「あーーっ!
「こんなところにいた!」
学園祭に必要な物がぎっしり詰められたダンボールを持ったクラスメイトの女子生徒の2人が、彼の姿を見るや否や猛烈な勢いで距離を詰めた。
「や、やっほー……お疲れ様です……」
「お疲れ様ですじゃないよ! 東君、いつまで準備に参加しないつもり? 部活とか休んでまで準備手伝ってくれてる人もいるんだよ?」
「今日という今日は……逃がさないよっ!」
「えッ……」
この2人は音羽が『同好会があるから』と学園祭の準備を断り続けていたことに立腹だったようで、他のクラスメイトは率先して準備に参加しているのに対して音羽だけが準備の場に毎度居合わせていなかった。故に音羽はここまでの進捗状況すらも把握出来ていなかった。
同好会があるから準備に参加しないというのも最初のうちは了承されていたものの、女子生徒の言う通り部活動を一時休止して参加する生徒も現れたことにより、音羽だけ例外的に準備を断ることにいつまでも首を縦に振る訳にはいかない。よってこの2人は音羽を探し回っており、音羽は運悪く彼女らと鉢合わせてしまった。見つけられた以上、もうどこにも逃げ場は無い。女子生徒達は音羽の両腕をがっちり固定し、彼は自分が今されていること……しかも女性2人に腕を組まれている状況に不安の声を漏らす。
「あのー……これは一体……?」
「こうでもしないと東君逃げちゃうでしょ? 今日からしばらく同好会には行っちゃダメだからね? 飾り付けとか買い出しとかやることたくさんあるんだから!」
「えっ……えええええええっ!?」
音羽はかのん達が今まで聞いたことがない程の頓狂な声を上げ、青ざめた表情で彼は皆を見る。一同は『もうどうしようもない』と言わんばかりに失笑を浮かべていた。
「それじゃ東君連れていくから。悪く思わないでね、同好会の皆さん」
「ちょっ……待って! 僕には同好会がっ……」
「今は同好会よりも学園祭優先! ほら、行くよ!」
「えっあッ……あああああああっ! かのんちゃ〜〜ん!!」
2人に引き摺られながら情けない声でかのんの名を呼ぶと、彼女は口元に手を添えていつもより幾分か大きな声で音羽を励ます。
「おとちゃ〜〜ん! こっちは大丈夫だから、おとちゃんは準備頑張って〜〜!!」
「そんなああああぁぁぁぁ……」
音羽の叫び声がどんどん遠くなり、ついにその姿が見えなくなった後、かのんやすみれが深い溜息をついた。
「音羽、ついに駆り出されたわね」
「しょうがないよ。おとちゃんは元々音楽科だし、いずれこうなるかなとは思ってたから……」
「デスが……シバラク同好会に来れナイなんて……」
「こればかりはもう仕方ないよ。とりあえず、私達は部室に戻ろっか」
結局何1つ状況が進展しない不完全燃焼のまま、音羽が暫く部室に来れなくなるという事態に陥った。皆薄々分かっていたことではあり、音羽の立場を考えれば遅かれ早かれ準備に回されるのは納得できる事柄なのだが、それでもやはり部員1人が抜ける心細さは拭い切れず、可可が寂しげに音羽が連れて行かれた方角を眺めていた。千砂都に促されて校舎に入りながら、一同は改めて普通科と音楽科の間に存在する溝を強く認識したのだった。
「皆ー! 今日から東君も準備に参加するから、色々教えてあげてねー!」
「よ、よろしくお願いしまぁ〜す……」
一方、音楽科の校舎内にて。音羽は半ば強引に各種準備が進められている教室に連れて来られ、女子生徒が一旦作業を中断させて音羽が手伝いに入ることを伝えた。すると、人手が増えるからか皆表情が明るくなり、優しく音羽を歓迎した。
「来たわね音羽ちゃん。それじゃあアタシと一緒に飾り付けでもしてもらおうかしら」
「
「こちらこそヨロシク。助かるわぁ」
皆止めていた作業を再開し、音羽は美麗が担当している校内の装飾作業をすることに。飾りが切れたので美麗が教室に追加分を取りに来たところに音羽が現れた為、『ちょうど良かった』と美麗は嬉しそうに彼に話した。
廊下に移動し、2人は飾り付けの作業を開始する。音羽は脚立を使いながら美麗の指示通り丁寧に飾りを貼り付けていく。作業しながら、音羽は些か不満気な表情を見せていた。
「……部室に戻りたい」
「心の声漏れてるわよ」
「だって……僕にはまだやらなきゃいけないことがあるんだもん……」
「気持ちは分かるわ。でも案外準備も楽しいわよ? そのやらなきゃいけないことは
「そうだね……今は準備を出来る範囲でお手伝いしよ。ずっと断り続けるのも気が引けるし」
音羽としては正直、何も状況が進んでいない中途半端な状態で、且つ音楽科の生徒のみで準備を進めると分かっていた為に決して本意ではなかったが、美麗に諭されて今一度自身の立場を自覚し、1人の音楽科の生徒として学園祭を創り上げる手伝いをすることを決めたのだった。
「ふぅ。これで全部かな?」
「そうね。やっぱ2人だと効率上がるわねぇ」
一通り飾り付けが終わり、カラフルに彩られた廊下の壁を見渡しながら音羽と美麗は小さく息をつく。すると通りがかりのクラスメイトの女子生徒が彼等を見つけて声を掛けた。
「あれ、飾り付けもうこんなに進んだの!?」
「ええ。音羽ちゃんが手伝ってくれたおかげよ」
「ほんと!? ありがとう東君! すっごく助かるよ!」
「えっ、ああ……どうも……」
女子生徒に素直に礼を言われて音羽も軽く頭を下げる。彼女も手伝いがある為、2人に『頑張ってね』と一言告げた後、自分の持ち場に戻っていった。
「音羽ちゃんがいると、周りのモチベも上がるみたいよ?」
「大袈裟だよ。大したことしてないし」
「いや? 皆口を揃えて音羽ちゃんが来てくれたらーって言ってたわよ? あんまり自覚ナイかもだけど、アナタけっこう好かれてるわよ」
「えっ?」
初めて自分がそんな印象を抱かれていることを聞かされて音羽は意味が分からない、といった面持ちで首を傾げた。
「そりゃそうよ。だって音羽ちゃん良い子だもの。ちゃんと1人のクラスメイトとして信頼されてる。でなきゃわざわざ探されたりしないんじゃない?」
「言われてみれば……」
そもそも必要としていなければ、女子生徒が2人がかりで敷地内を走り回って探しに行ったりはしないだろう。同じクラスメイトなのだから、共に学園祭に携わってほしいというのは当人達にとっては至極当たり前の考えであり、何より音羽が必要とされている証拠だ。入学したばかりの頃は変人という印象しか周りから抱かれていなかった筈が、自分を隠さなくなったことにより周囲からの印象が一気に好転。今は『準備に居てくれなきゃ困る』程度には音楽科の生徒達から信頼を寄せられていた。
「ねっ? たまには音楽科のお手伝いも、悪くないでしょ?」
「……だね。やっと、クラスの人達の役に立てたような気がする。あと……皆で力を合わせて1つのものを完成させるの、心が繋がり合ってる感じがして良いな、って」
飾り付けをしている最中、準備の為にあちこち動き回っている生徒やどんな催しにしようか真剣に会話している生徒達、上の階から聞こえてくる喧騒混じりの歌声。それら全ては学園祭の為に皆が1人1人協力し、時には悩みながら準備を進めている。当初はお世辞にもモチベーションが高いとは言えなかった音羽も、飾り付けを進めるうちに自分がこの作業をする事の意義を見出せたのであった。
「上から聞こえてくる歌も、
「……音羽ちゃん、アナタもしかして……」
生徒達の歌を色で形容したことに、美麗は目を見開いた。抽象的だと彼はそう言うが、そんなことは最早頭の外だ。他者とは明らかに違う感性に、珍しく彼は驚いた様子で音羽に質問しかけた。
「ん、美麗さん? なに?」
「あ、あぁんーん。なんでもないの。飾り付け終わったし、別の仕事貰いに行きましょ!」
「……? りょーかいっ! 教室行こっか」
音羽は美麗の言葉を聞き入れてすぐ納得し、2人は手伝いの続きをする為に歩幅を合わせて歩き始めた。