星達のオーケストラ   作: 龍也/星河琉

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第32話 失うばかりの、この世界で。

 1週間の残り数日を学園祭準備に費やし、音羽(おとは)は疲労が完全に取り切れていない状態で土曜日の朝を迎えた。音羽が予想していた以上にやるべきことが山のようにあり、今まで準備を手伝わなかったツケがここで回ってきたかのように次々と仕事を任され、各教室を転々としながら自分に出来る手伝いを全力で勤しんでいた。

 

 あまりの忙しさ故に隙を見て同好会の部室に顔を出すということすら出来ずにいた為、学科が違うということもあり音羽はかのん達と話すことはおろか、顔を合わせることさえも出来ていなかった。仕方がないとはいえ、同好会に行けないのは音羽にとっても辛いものがある。学園祭が終わるまでの辛抱だと自分に言い聞かせながら彼は日々準備を進めている。

 

 私服に着替えてリビングに行くと、そこには慣れた手付きでネクタイを締めている父、湊人(みなと)の姿が在った。

 

「お父さん、おはよう」

 

「おはよう」

 

 挨拶を交わしながら音羽は休日であるのにスーツを着ている湊人を見て、ある1つの予想が脳内に浮かんだ。

 

「出掛けるの?」

 

「友人の墓にお供えをしてくる。母さんもさっき買い物に出掛けたよ」

 

「そっか。だからスーツなんだね」

 

「まぁ……な。それじゃ、行ってくるよ」

 

 ジャケットを羽織りながら湊人は音羽にそう告げる。湊人がいつも供物を捧げているその相手。音羽が恋の自宅に行く前と後では、その行動に対して思うことが大きく一変している。アルバムに写っていた笑顔の少年。その彼と共に写っていた黒髪の少女。そこから導き出される結論は、おそらく間違ってはいないだろう。そう思った音羽は湊人がリビングから出て行く寸前で声を掛けた。

 

「その『友人』って、葉月(はづき)さんのお母さんのこと?」

 

 音羽のその問いに、湊人はピタリと足を止める。彼の方へ振り向きながら、まるで豆鉄砲を喰らった鳩のような驚きの表情を見せた。普段見ることがあまりない父の様子に、音羽は思わず表情が強張る。

 

「どうしてそれを……」

 

 湊人の一言により、音羽は自分の推測が正しかったのだと悟る。彼は湊人に、問いかけに繋がった事の経緯を説明する為に口を開いた。

 

「こないだ葉月さんの家に行った時に見たんだ。学生だった頃のお父さんらしき人と、葉月さんに似てる人が写ってる写真。だから……」

 

「なるほどな。()()()、まだそれを遺していたのか。とっくに捨てたものだと思っていたのに……」

 

 呆れたように、自嘲するように湊人は複雑な表情を浮かべる。音羽は何故だかその言葉に違和感を覚えた。2人共あんなに楽しそうに笑っていたのに。今の湊人の口振りは、あたかも無かったことのように扱っている風に感じ取れた。その違和感を払拭する為に、音羽はある提案をした。

 

「ねぇ、お父さん。僕もお供えしに行っても良いかな?」

 

 音羽にとって、恋の母親はまったく関わりが無い訳ではない。幼い頃に言葉を交わし、毎度自分を暖かく家に迎え入れてくれた。彼女が故人であったのを知ったのは最近であるが、だからと言って世話になった人物に供物を供えなくて良いという訳ではない。それに加え音羽には、『一度彼女の墓に出向かなくては』という責任感も生まれていた。自身が通う結ヶ丘高校の創立者である、葉月花の墓石が存在するその場所へ。

 

「……ああ。もちろん」

 

 湊人は口角を上げながら、息子の提案を快く受け入れた。

 

 

 

 

 

 

「着いたよ。音羽」

 

 湊人が車を走らせて数十分。目的地へ辿り着いた2人は車から降り、彼女の墓が在る場所へ向かって暫し歩く。湊人が歩みを止めて向かい合った墓石には、『葉月』という名が刻印されていた。墓の周囲を見ると果物や和菓子が供えられており、傷みも少ないことから、湊人以外にも直近で供物を持って来る人がいるようだった。

 

 線香に火を付け、湊人は墓石の前で手を合わせる。音羽もそれに倣って線香を立て、冥福の祈りを彼女に捧げた。2人は行く途中で花屋で購入した花束を供え、音羽は普段嗅ぎ慣れない線香の香りが漂うこの場で、湊人に彼女の詳細を聞いてみる意志を固めた。

 

「昔は、どんな人だった? 葉月さんのお母さん」

 

「生前、音羽が知っている頃とさほど変わらない。いつも優しくて、名前通り花が咲いたような素敵な笑顔を見せる。そういう人だったよ。花さんは」

 

 懐かしそうに、且つ寂しげに彼女のことを語る湊人のその瞳には、音羽が目で見て分かる程の憂いが滲み出ていた。

 

「花さんと、何かあったの?」

 

「……何も無いと言えば嘘になるな。いや、私達の間で、色んなことが起こりすぎていた。ただ1つだけ言えるのは……私は本来彼女の墓に来て良い人間じゃないんだ」

 

「ど、どうして!? そんなことはっ……」

 

「あるさ。私があの時……音楽を楽しむことを重視したばかりに、何も救うことが出来なかったんだから」

 

「え……?」

 

 何も救えなかったと語る湊人に、音羽は唖然とした表情で湊人を見つめる。

 

「葉月花。まだ『スクールアイドル』という概念が生まれていなかった頃、『学校アイドル』としてその礎を築いた、謂わば始まりのスクールアイドルと言える存在。それが彼女だ」

 

「始まりの……スクールアイドル……」

 

 恋の家では知ることが出来なかった彼女の肩書きを聞き、音羽は結ヶ丘の創立者が原初のスクールアイドルであった事実に驚いた様子で身を震わせる。

 

「アイドル活動で神宮音楽学校を廃校から救う。その活動や、彼女の意志の強さ、歌に惹かれた私は……花さんに自分が考えた歌詞や曲を提供していた。私も間接的にではあるが、神宮を廃校から救おうとしたんだ」

 

「お父さんも……? じゃあ、僕が同好会に居る立ち位置と一緒だった、ってこと?」

 

「そうだな。まぁ、私は学校アイドル部には所属せずにただ曲を渡していただけだったんだがな」

 

 昔と今で2人の立ち位置は違えど、何の因果か湊人と音羽はスクールアイドルである少女達を手助けする役割を担っていた。父もまた自分と同じく当時のスクールアイドルと言える存在を助けていたことに音羽は嬉しく思うが、何故だか湊人には悔恨の様子が窺え、彼は視線を落としながら話を続ける。

 

「それが間違いだった。あの時の私は、自分が作った曲が使われるだけですごく嬉しかった。あの人達が笑っているだけでそれで良いと妥協していた。音楽を楽しむことではなく、学校を救うことに重点を置いていれば……きっとあんなことにはならなかった」

 

「それって……廃校のこと?」

 

「その通り。守りたかった学校も、学校アイドル達の笑顔も。何もかも守ることが出来なかった。『廃校から救う』、『皆笑顔でいてほしい』と妄言を吐き並べ、それら1つさえ実現出来なかった。私は無知で、愚かで。年相応に無力な子供でしかなかったんだよ」

 

 湊人も音羽同様に人一倍責任感が強い。学生時代もそうだったのなら、自分が関与していたのに何も現状を打破出来なければ、自分を責めてしまうのも決して無理は無い。あの写真の湊人の笑顔は、心の底から出ている本心の笑顔だった。神宮音楽学校も、そして学校アイドルも。湊人にとってはすごく大切で、かけがえのない記憶や思い出であったのを音羽は彼の声音から感じ取ることができた。

 

「お父さんは、神宮音楽学校が大好きだったんだね」

 

「かもしれないな。だからこそ、無くなる事を受け入れたくなかった。形に残らなくなって、生徒や街の人達が神宮のことを徐々に忘れていってしまうと思うと耐えられなかった。そんな思いをするのも、させるのも嫌だから音楽の道に進んだ。それが……せめてもの償いだと思ったからだ」

 

 普段口数が少ない湊人が、素直な感情を音羽に伝える。それを聞いて音羽は前に湊人が言っていた言葉を思い出す。

 

『好きという感情だけではどうにもならないことを高校時代に知った』

 

『形に残る何かを残したいという気持ちを原動力にして只管に足掻いた』

 

 現実は自分が思う以上に厳しいことも、心から永遠を望んでもそれは永遠に続きはしないことも。湊人は嫌という程理解していたのだ。非情な現実に足掻いて、もがいて。『音楽』という人の心の中に残せるもので大成を果たした。そこに至るまでにどれだけの葛藤と苦難があったか。音羽は父の歩んできた道に純粋な尊敬を示すと同時に、これまでに色んな辛い思いをしてきたのを知って心を痛めた。

 

「廃校になったのはお父さんのせいじゃないよ、絶対。絶対……花さんだってきっとそう思ってる!」

 

「どうかな」

 

 湊人にしては些か不安気な声で音羽の言葉に対して反応を示す。

 

「互いに子供が産まれたと分かって、花さんが『どうしても会いたい』と言うから再会したんだ。その時に音羽は恋さんと出会っている筈だよ」

 

 音羽自身、恋と初めて顔を合わせたのは物心が付く前の話なので明確に思い出せはしない。無論、その時は湊人と花が友人だったことを知る由もなく、本人と気が合ってなるべくして仲良くなったのだと音羽はそう思っていた。しかし彼の考えとは裏腹に、音羽と恋は親同士で意図的に関係が繋がっていたのである。

 

「再会した花さんは昔と変わらない、明るいままだった。だが……彼女の口から『学校アイドル』の話題が出されることは一切無かった。だからもしかしたら……後悔していたのかもしれない。神宮に入学し、自らの手で廃校を阻止しようとしたことを」

 

「後悔だなんてそんなっ……あの人がそんなこと思うはずが……」

 

「私だってそう思いたかったさ。廃校から救えなかったあの頃のことを謝ろうとも思っていた。けれど言えなかった。今の花さんにどんな顔で、なんて言葉で伝えれば良いか分からなかった。言えないまま……花さんは旅立った」

 

 湊人の言う通り、再会して色々言葉を交わしたのは事実なのだが、花は学校アイドルに関しての話題は頑なに出さず、湊人は彼女に謝罪しようと思考しても、話を切り出せなかった。もしも彼女が後悔していたら? 後悔しているから敢えてその話題を避けているのか? そう考えたら湊人は恐怖で足が竦んだ。そのまま時が経ち、湊人は最後まで花に伝えられないまま、彼女は過労によりこの世を去った。その事が今でも湊人にとって未だ消えない心残りとして、胸中に傷痕を残し続けていた。 

 

「結局、私は何も出来なかった。子供が母校を廃校から救うなんて到底夢物語でしかなかった。だが私は諦めきれなかった。にも関わらず、やった結果がこのザマだ。最後の最後まで、花さんに謝ることすらもできなかった……そんな私が、『すごい人』などと周りから言われても良い存在なのだろうか」

 

「お父さんはすごい人だよ! 誰がなんて言おうと、僕にとっては……!」

 

「……すまない。慰めてほしい訳じゃないんだ。これは私の意識の問題だ。音羽は何も気にしなくて大丈夫だ。ありがとう」

 

「お父さん……」

 

 湊人にとって、失ったものが余りにも大きすぎる。大好きな母校を失い、大切な友が自身の思いを伝える前に息を引き取った。花がそうだったように、音楽で人と人とを繋ぐ為に。死に物狂いで努力を重ねていたのは、無力だった自分からの脱却。そして……形に残るものを後世に残す為に。湊人は自分と、現実と向き合い戦い続けている。そんな父に対し、音羽は懸命に言葉を紡いでいく。

 

「花さんはお父さんのこと、恨んだりしてないと思う。本当に恨んでるなら、アルバムを捨てずに残したりなんてしないと思うから。多分……何か事情があったんだよ!」

 

「それが事実だと、本当にそう言い切れるか? その確証は、一体何処にあるというんだ?」

 

「それは……」

 

 音羽がどれだけ推論したところで、確証が無い以上確実に言い切れはしなかった。事実だとはっきり言えないもどかしさに音羽が唇を噛むと、湊人は彼の肩に優しく手を置いた。

 

「すまん。意地の悪い質問だったな。だが、もう議論の余地は無いんだ。何せその伝えたい相手は……大切な友はもう、この世には居ないんだから」

 

 湊人は上を向きながら、灰色の雲が広がる空を眺める。湊人の想いも、花の心も。真実は当人以外に分かりはしない。もう一度花の墓石に目をやった音羽の顔は、今にも泣き出しそうに歪んでいた。

 

「これから雨が降る予報だ。帰ろう、音羽」

 

「……うん」

 

 湊人がそう言い、2人は彼女の墓を後にする。歩きながら音羽はただ、今でも後悔に苛まれる湊人の心が少しでも救われる事を切に願った。いつか湊人が楽しそうに彼女の話をする日が来るのを望むことしか、現状で彼に出来る事は存在しなかった。

 

 

 

 

 

 




ただ、残っていてほしい。それだけで良かったのに




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