星達のオーケストラ   作: 龍也/星河琉

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第33話 それでも、僕らは救いたい。

 湊人(みなと)と共に(はな)の墓に供物を持って行ったその翌日。学校も同好会の練習も無い休みである筈だが、音羽(おとは)は結ヶ丘高校の屋上のベンチに腰掛け、1人物思いに耽っていた。

 

 休日に校舎に出向く理由も義務も無い筈であるが音羽はどうも落ち着いてはいられず、上手く言えないもどかしい感情を抱えながら、自分の居場所兼憩いの場所の屋上へと足を運んでいた。雨上がりの青空を眺めながら音羽はふぅ、と息をつく。

 

 湊人が人知れず抱えていた、独りでは到底抱え切れないであろう想い、そして痛みを音羽は花の墓の前で知った。父は学校を愛し、音楽を愛し。自分が愛する母校を愛するもので守り、救おうと奔走した。けれど、それでも奇跡は起こらなかった。湊人が心から願った神宮音楽学校存続も、学校アイドル達の笑顔も。望んだ全ては彼の手からするりと溢れ落ちていった。

 

 これ以上大切なものを失う苦汁を嘗めない為に、形に残るものを生み出す為に。湊人は悪魔に魂を売るかの如く自らの全てを音楽に注いだ。時間も余力も何もかもを捧げ、努力のみであそこまでの知名度と賛辞を得た。まるで、罪滅ぼしかのように。

 

 彼の母校が無くなってから長い年月を経て、結ヶ丘高校と形を変えてその敷地が再度利用されることになった。しかしその結ヶ丘も、嘗てと同じく存続できるかできないかの瀬戸際に立たされている。音羽は結ヶ丘の生徒として出来ることを探し続けているが、未だ明確な解決策は浮かんでおらず、昨日の湊人の話もあってか彼の表情からはいつもの明るさが鳴りを潜めているようだった。

 

 ぼーっと空を見上げてこれからのことを考える。恋のこと、学校のこと、新たに父のことも。花が神宮音楽学校で過ごした思い出や、学校アイドルとしての活動を後悔していただなんて音羽はどうしてもそう思えなかった。きっと忘れられない思い出だったのだと解釈したいのに、現状それらを証明する物も根拠も在りはしない。であれば音羽の考えは無情にも唯の能天気な戯言に落ちよう。自分以外誰もいない屋上でこのむしゃくしゃした感情を叫び出したい気持ちを呑み込んで下を向いたところに、入口付近から物音が聞こえた。音がした数秒後には、音羽がよく知る人物が屋上に足を踏み入れていた。

 

「あれっ、おとちゃん!?」

 

「か、かのんちゃん?」

 

 制服や練習着でもない私服に身を包んだかのんが、小走りで音羽が座っているベンチの方へ向かってきた。

 

「今日は練習ないのに、どうしたの? おとちゃん」

 

「んー、特に理由はないんだけど……なんとなくここに来たいなって思ったから。かのんちゃんこそどうしたの?」

 

「あはは……実は私もおとちゃんと似たような理由で……」

 

「かのんちゃんも? 奇遇だねぇ……」

 

 後頭部に手を回しながらかのんは笑って音羽にそう言った。彼女もまた音羽と同じく落ち着かない様子で、この気持ちの正体を確かめたいが故にいつものこの場所へやって来たようだった。不思議な偶然に音羽もまたかのんに少し笑い掛けた。

 

「隣、良い?」

 

「良いよ。というか、僕が断る訳ないじゃん」

 

「だよねぇ。よいしょっ、と」

 

 かのんは躊躇いなく音羽が座しているベンチに腰掛けて軽く伸びをした後に、頭上に広がる青空を一望した。

 

「なんか、僕ら2人でここに居るって珍しいよね」

 

「たしかに。いつもは皆一緒だもんね。あ、おとちゃん、学園祭の準備はどんな感じ?」

 

「順調……って僕が言っていいのかわかんないけど、上手くいってるんじゃないかな。うぅ……良いんだか悪いんだか……」

 

「ううん。おとちゃんができることをやって、それで力になれてるなら私は嬉しいよ? 準備、頑張ってるもんね」

 

「かのんちゃん……」

 

 普通科と音楽科の狭間に立ちながら学園祭準備をすることも音羽にとっては直近の悩みの種であった。準備自体は楽しいと思えるようになり、それでいて自分が周囲の力になれているのを自覚できる環境なのだが、かのん達普通科の生徒達とも一緒に学園祭を創り上げられないのが悲しくもある。音羽は周りと比較して様々なことを考えながら準備を進めている為か、体だけじゃなく心も徐々に疲弊してきていた。かのんに自分の行動を肯定され、音羽は少し救われた気持ちになれた。

 

「かのんちゃん達の方はどんな感じ?」

 

「この前葉月(はづき)さんが部室に来て、色々話をしてくれたんだ。学校のこととか、お母さんのこと。それで、葉月さんのお母さんが元々今で言うスクールアイドルだったことも知れた」

 

「葉月さんが……」

 

 音羽が湊人から聞いた話と似通った内容を恋がかのんに話したという事実を聞き、彼の心臓の鼓動が速度を増していく。

 

「僕も昨日、お父さんから神宮音楽学校のことを聞いた。お父さんが葉月さんのお母さんを助ける立場だった、とも言ってた」

 

「えっ……? 湊人さんが!?」

 

「お父さんも学校アイドルと一緒に神宮を救おうとしたけど……できなかったって。お父さんは今でもそのことで苦しんでる。『廃校になったのは自分のせい』って思ってるみたいなんだ……」

 

「そんな……湊人さんや葉月さんのお母さんのせいじゃないよっ! 学校の為を想って頑張った人達が報われないなんて……おかしいよ……」

 

 かのんは不条理な現実に心を痛めながら自分の感情を言葉にする。それを聞いて音羽もかのんと同じことを感じていた。『おかしい』と。何故学校の為に、生徒の為に頑張った者達が報われず、心に傷を残したまま生きなくてはならないのか。湊人が一流の音楽家になった理由は名声を得たいでも、有名になりたいでもない。人の心に残り続けるものを生み出したいという、母校が廃校になった故の目的であった。昨日、帰りの車中で湊人は言っていた。自分の音楽活動のルーツは間違いなく、神宮音楽学校と花の存在が在ったからなのだと。校舎の門が閉められ、開けられなくなったあの日からずっと、湊人の心は曇りを残したままなのだ。

 

「葉月さんのお母さんも……僕はそんなこと無いって思ってるけど、お父さんはこう言ってた。もしかしたら……」

 

「「後悔していたのかもしれないって」」

 

 一言一句違わずに、音羽とかのんの声が重なった。それに驚きながら彼はかのんの方を見る。自分とまったく同じことを口にした。それはつまり、かのんもまた聞いたのだろう。花が学校アイドルに対しどのように思っていたのかという、その推察を。

 

「葉月さんもそう言ってた。後悔してるんじゃないかって。でも……そんなふうには思えない。あの人が後悔してるなんて……そんなことある訳ない。おとちゃんも、そう思ってるよね?」

 

「うん。僕もそう思う。でもね、その確証が何も無いんだ。当時の事をよく知らない僕が、お父さんに何て言葉を伝えれば良かったのかもわからない。僕には何も……できないのかな……」

 

 何か出来ないか考えても答えは出ず、かのんに心中を吐露しながら両手を組みながら音羽は俯く。するとかのんは音羽の気持ちをなんとなく察した様子で彼の顔を覗き込む。

 

「おとちゃん、落ち込んでる?」

 

「えっ?」

 

「そんな気がしたの。落ち込んでるって。色んなことを考えすぎちゃって、それでまた大きなものを抱えて。何もできない自分が嫌だって思ってる。違うかな?」

 

 図星だった。かのんに悟られないようにできるだけ笑顔を見せたりして平静を装おうとしていたものの、かのんには全てお見通しだった。

 

「な……何で分かるの……」

 

「そりゃわかるよ。おとちゃんしょんぼりしてると、すぐ顔に出るから。毎日同好会で一緒だし、わかっちゃうよ」

 

美麗(みれい)さんにも似たようなこと言われたなぁ……恥ずかしい……」

 

 頬を赤らめながら顔を抑える音羽を見つめていると、かのんの頭にとある案が降ってきた。『これなら』と彼女は確信し、今思い付いたそれを彼に提案する。

 

「ねぇおとちゃん、お昼まだ食べてないよね?」

 

「う、うん。まだだけど」

 

「じゃあ……(うち)に来て!」

 

 

 

 

 

 

 

 かのんに誘われるまま音羽は彼女の実家の喫茶店に入り、店内にはかのんの母親と妹のありあが居た。ありあがじっと目を凝らして音羽を見つめ、ようやく彼がこの前店に来ていたマスクと眼鏡の少年だと気付き、暫く驚きのあまり開いた口が塞がっていなかった。音羽は席に通され、かのんの『ちょっと待ってて』という言葉に従って静かに席で待っていた。行儀良く姿勢を正して待つこと10分。エプロン姿のかのんがお盆を持って音羽の席へやってきた。

 

「おまたせおとちゃん! はい!」

 

「これ……オムライス?」

 

 音羽の好物であるオムライスが盛られた皿をテーブルに置き、かのんはにこっと微笑む。一般的な家庭で見られる物とは違い、ケチャップの代わりにデミグラスソースが卵の上に掛けられているタイプのオムライスだった。音羽の知る語彙では表現が難しい、美味しそうな香りが音羽の鼻腔を擽る。

 

「前におとちゃん、オムライス好きって言ってたでしょ? だから食べてほしいなって思って! 少しでもおとちゃんを元気付けたくて……」

 

 そう言われて音羽は改めて気付かされる。たとえ今は準備で同好会に行けなくても、話が出来なくても。自分の為を思って心配してくれる人がいる。元気付けようとすぐ行動に移してくれる大切な友達がここにいる。音羽はもう、1人ではない。互いに信頼し、心配し合える仲間達がいるのだ。

 

「ありがとうかのんちゃん。僕の為に……」

 

「良いの良いの! こういう時くらい、頼ってよ。おとちゃんが抱えてるものは……私も抱えなくちゃいけないと思うから。結ヶ丘の生徒として、スクールアイドルとして。まっすぐに向き合いたい」

 

 音羽を見据えるかのんの目に迷いは無い。曇り1つ見受けられないその表情に、音羽も迷いを捨てる覚悟を決める。考えてばかりではいられない。何も出来ないと自身を卑下する前に、やるべきことがある。音羽は確かめなければならない。神宮音楽学校の詳細を。学校アイドル部の記録を探し、花達学校アイドルが活動を後悔していないと証明したい。尊敬する父の学校生活を、苦渋と悲しみで塗り潰されたままにはしたくない。それは決して、あってはいけないことだからだ。

 

「……全てを変えられる訳じゃないかもしれない。見つけられないかもしれない。それでも僕は探したい。花さんが、学校アイドルの人達が後悔していないことの確証を。それでお父さんを……救いたい」

 

「見つけようよ、一緒に。私達ならきっと……見つけられるよ!」

 

 かのんは音羽の決意に応じ、かのんにしては珍しく強気な言葉で彼を奮い立たせる。音羽もかのんも独りじゃない。可可も、千砂都も、すみれも居る。皆と協力して探し出せば見つけられるかもしれない。そう思うと、音羽は心にある靄が徐々に晴れていくような感覚になる。

 

「僕達で見つけよう。僕達で……結ヶ丘も、お父さんも。……葉月さんを救うんだ!」

 

「……! いつものおとちゃんだ!」

 

 屋上に居た時よりも音羽の表情が幾分か明るくなり、音羽は手を合わせた後にスプーンでオムライスを掬い、充分冷ました後に口へ運んだ。

 

「……おいしい。かのんちゃん、すっごく……おいしいよっ!」

 

 彼女の気持ちが、優しさが心に沁み渡っていく。音羽は先程まで見せていた誤魔化したようなものではなく、本心からの笑顔でかのんにオムライスの感想を述べた。暖かくて優しい味が、音羽の口いっぱいに広がっていった。

 

 

 

 

 

 




繋いだ軌跡を求めて




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