「皆! 理事長先生から許可、もらえたよ!」
週始めの昼休み。いつもより早めに昼食を終えた
先日かのんと音羽が話していたように、結ヶ丘の創設者である
それでも音羽は可能性を捨てようとは到底思うことができなかった。何処かに活動の記録が残されていると信じ、結ヶ丘高校にある資料や記録を片っ端から探し出し、学校アイドル達が後悔していないのを証明すると誓ったのだ。そうすることで、思い悩む恋の心を救い、それが音羽の父である
資料室の中に入り、皆で手分けして分厚い本や日誌、部活動の記録が纏められたファイルを棚から取り出し、それらしい情報が書かれていないか念入りに探す。探しながら音羽は資料に目を通して神宮音楽学校がどのような学校だったのかを頭に入れながら、学校アイドル活動の手掛かりを見つけようと必死にページを捲り続けた。
捜索開始から十数分。5人で手分けして探しても、恋が話していた通り学校アイドルの文献がどうしても見当たらない。
「……違う」
「これも違う……」
「当時の部活動の記録はあるけど、学校アイドル部のものだけは無いわね……」
「コチラにもナイデス……」
やはり皆似たような結果だったようで、学校アイドル部の記録だけが1つも残されていないようだった。
「絶対っ……どこかにあるはずなんだ……見つけないと……」
皆見つかる気配が無いのを理解して一旦作業を中断していたが、音羽は手を止めることなく探し続ける。意地でも記録を見つけ出す。他者の為に、自分の為に。音羽の中には、『現状を変える』という確固たる信念が宿っていた。
「音羽……」
その様子を見てすみれが心配そうに呟く。幼馴染を、父を救いたいと口にしていたのだから彼の性格上諦めずに探し続けるのは皆容易に想像がついていた。けれど5人総出で探して何の手掛かり1つも無いのなら、どれだけ見つけようと奔走しても暖簾に腕を押すように、焼け石に水をかけるかのように手応えが感じられない、無意味な行為に等しい。それでも。それでも音羽は手を止めはしない。1度やると決めたのなら最後まで貫く。頑固とも、愚直ともいえる彼の精神にあてられ、かのんが資料を探すのを再開しようとしたその時、入り口から声が聞こえてきた。
「……何度も探しました」
「葉月さん……」
かのんが声の主の名を呼び、皆恋の方を向いて彼女の言葉に耳を貸した。
「そこだけ記録が無いのです。敢えて処分したとしか……」
恋もこの資料室に幾度となく足を運んで学校アイドルの記録を探し求めていたが、何も見つけられなかった。学校アイドルのもののみが切り取られたかのように、その存在そのものが抹消されているかの如く。確証がどこにも有りはしなかった。
「何か、イッテはいなかったのデスか!?」
「……いえ。小さな頃、聞かされていたかもしれませんが……」
可可の問いに恋は首を横に振りながら俯く。だが彼女の質問に答えようと思考を巡らせたからか何かを思い出したように少し視線を上げる。
「ただ、いつも口癖のように『同じ場所で、想いが繋がっていてほしい』と」
恋は母親からその言葉を伝えられていたのをかのん達に話した。『同じ場所』。それはまさしく廃校となった神宮が在った場所に結ヶ丘を創ったという花の動機と一致する。
「同じ場所……」
「だからここに学校を作った、ってことだよね?」
「全校集会が始まります。行かなくては」
「どうするのっ!?」
「……正直に皆に話すしかないでしょうね。結ヶ丘の現状を。どうなるかは、分かりませんが」
恋が全校集会で結ヶ丘の現状を話せば生徒達から彼女がどう思われるか。良からぬ事が起こる予感が一同の背筋を震わせる。恋は生徒達から糾弾を受ける覚悟を以て、体育館へ向かおうとその場から去った。
「同じ場所で……想いが繋がる……」
先程恋が言っていた言葉をかのんが復唱し、音羽は瞼を閉じてこめかみに指を当てながら、その言葉の意味が何を示しているのかを導き出す為に只管頭を回す。同じ場所に結ヶ丘という学校を開校した。それが現段階で皆が把握できている事実。その事実に音羽は着目して更に深く思考する。そもそも神宮を大切に思っていなければ、また学校を作るということはしないのではないか。且つ結ヶ丘は神宮と同様音楽を中心とした学校。花が当時音楽活動をしていたその内容。その場所。それらを点と点で結び合わせるように繋げていく。
同じ場所。同じ場所。同じ場所……音羽の脳内でその単語が何度も反芻される。そうして浮かんだのは、普段自分達が足を運ぶ場所。『学校アイドル部』という札が掛けられている、あの部室。もしも……もしも花が学校アイドルという名の音楽活動を後悔していないとしたら? 大切な思い出であるとしたら? 自分がもし葉月花の立場なら、その思い出の記録や写真を何処に保管するべきだと考える? そう思ったら、自ずと自身の中で答えを出すことができた。
「……部室?」
眼を開けて音羽は、思考した末に導き出した結論をかのん達の前でそう口にした。
「おとちゃん?」
「『同じ場所』、『想いが繋がっていてほしい』。僕が花さんとまったく同じ立場で、同じことを考えるとしたら……僕ならきっと、大切な思い出は部室に残しておきたいって思う。そうすれば、いつかそれを見つけた人に想いを繋げられるかなって思って」
同じ場所で想いを繋ぎたいという目的があるのなら、きっと自分が大切だと思う場所に残すと音羽は自身の考えを述べた。そうすることで、いつか来る未来で別の人がその記録達を発見した時に自分達の思い出や想いを継がせたり、繋げられたりできるのではないかと。
「……それだ! それだよおとちゃん! 行ってみよう!」
「う、うんっ!」
音羽の考えに光明を見出したかのんは急いで恋の後を追い、彼女に促された音羽もまた走って幼馴染を追いかける。恋はゆっくりと歩いていた為か、すぐに距離を詰めることができた。
「待ってーっ! 葉月さん、この部屋の鍵って葉月さんが渡してくれたよね?」
かのんは恋に以前直接手渡された部室の鍵を見せながら問う。恋は自分を追いかけてきた2人に目を白黒させながら口を開く。
「ああ。理事長が見当たらないと言うので、家を探したら私の机から……」
恋は理事長から部員の誰かに鍵を渡すように言われていたのだが理事長の手元には無いと聞かされ、家の中を探したら何故かその鍵は恋の部屋から見つかった。それに違和感を感じなかった訳ではないが、自分は直接スクールアイドルに関わる訳ではなかったので理由を解明しようとはしていなかった。恋の発言で、音羽の言っていたことが一気に確信へと近付く。2人は頷き合い、自分達が探している物がある可能性が残されている場所へ走って向かっていった。
「
2人の走る勢いに驚いた恋は思わず彼等の名を呼んだ。初めて見る幼馴染の焦ったような、緊迫した表情で目的の場所へ向かう音羽の姿に彼女の胸がどくん、と一際強く跳ねる。だがいくら火急とはいえ、校舎を走るのは危険な行為である。
「廊下は走ってはいけませんよー!」
最早聞こえていないと分かってはいつつも、この学校の生徒会長として校則を守るよう音羽とかのんの2人にそう言ったのだった。
「かのんちゃん、おとくーん!?」
千砂都達3人も部室がある方角へ走っていったかのんと音羽を追い、千砂都は部室内を見て回るかのんに声を掛けた。
「最初にこの部室に来た時、何があったっけ?」
「トクには……」
「ここにあるの?」
かのんの問いかけに3人は半信半疑な面持ちでかのん達を見つめる。今まで何度もこの部室に来ているのでどこに何があるかはある程度把握できている。故に何か変わった物が部室にあるとは考えにくく、千砂都達は不安気に部室の中へ入る。
「分からない。でも多分……何かが!」
「あるはずだよ。きっと……この場所に!」
前に恋を尾行した際に用いた変装道具が置かれていた、色んな物で溢れた一室にかのん達は入っていった。
「コッチは何も無かったデス!」
「ただの物置きだよ!」
可可と千砂都はここには何も目に付くものが無いのをかのんに伝えるも、それに構わず2人は探し続ける。大切な思い出の手掛かりを。
「何かが……何かがここに!」
「僕達で見つける。見つけなきゃいけないんだ。学校アイドル活動を後悔していないって、その証拠を!!」
音羽も懸命に物置きと形容される部屋を見回して何かが無いか探す。決めたのだ。自分と皆でスクールアイドルの前身である学校アイドルの記録を見つけ、後悔の歴史が刻まれていないことを証明するのだと。
音羽とかのんが同時に視線を移した先に、今まで物陰に隠れていて見つけられなかった箱を発見した。軽く揺すってみると中に何か入っており、音羽がすかさず開けようとするがそれはビクともせず、内側からロックが掛けられているようだった。
「おとちゃん……これ、もしかして……?」
「鍵穴がついてる……かのんちゃん、もう1個の鍵でこの箱開けられないかな!?」
かのんの手に握られている鍵を指差し、音羽はそれを使って箱を開けられるかどうか試すよう提案する。かのんはいつも部室を解錠しているものとは違う方の鍵を穴にゆっくりと差し込み、捻った。すると箱の内部で機械的な音が小さく響いた。箱のロックが外れたことを確認した音羽とかのんは2人で箱の蓋に手を掛けてその箱を開く。
果たしてその中には、一冊のノートと横開きの封筒、1着のステージ衣装らしきものが納められていた。皆で箱の中身を覗き込んで確認し、音羽がそれらをそっと取り出した。
「『学校アイドル部活動日誌』。……皆、あったよ。やっぱり、ここにあった!」
嬉しそうに笑いながら音羽は安堵と興奮が入り混じった様子で皆にそう言った。音羽の推測通り大切な思い出達はこの場所に、活動の場であるこの部室に残されていたのだ。音羽がかのんにノートを渡すと、かのんも音羽に入っていた封筒を差し出した。
「封筒? 何が入ってるんだろう」
「これは、おとちゃんが確かめるべきだと思う。だってほら、ここに……」
「ん? あっ! 『湊人くんへ』。って書かれてる! まさかこれ、お父さん宛の手紙!?」
封筒の裏には女性が書いたような文字で父の名前が書かれてあった。音羽は封筒を、かのんは活動日誌のノートを開き、内容を確認する。音羽が恐る恐る開けた封筒の中には手紙と、1枚の写真が入っていた。手紙の内容と写真に写っている複数人の少女と1人の少年。それを見た音羽の顔が思わず綻んだ。かのんもノートに書かれていた出来事に一通り目を通し、音羽と顔を見合わせて安心したように笑い合った。
「葉月さんのお母さんは、学校アイドルの活動を後悔してない。日誌がそれを証明してる! このこと、葉月さんに伝えなきゃ!」
「最初から、確証はここにあったんだ。廃校になっても……離れ離れでも、想いは消えてなかった。消えるなんてことは……なかったんだね」
音羽は丁寧に封筒に手紙と写真を戻してかのんにそれを預ける。2人の見立て通り、花達が活動を後悔しているという訳では決して無かった。日誌の最後の文章には花が後悔していないこと、そしてまた想いが繋がっていくように。彼女の切なる願いが綴られていた。恋にその旨を伝えれば、彼女の心はきっと。一同はそう確信した。
「あっ! 全校集会始まっちゃう! 皆、体育館に行こうっ!」
「そうしたいけど……僕は資料室を片付けるよ。全校集会が始まるまでに片付けておく約束なんだよね?」
資料室の物に手を触れる事を許可する代わりにかのんが理事長に言われた条件は、全校集会が終わるまでに出した資料を元通りに片付けること。様々な資料が保管されている場所である故に、出しっぱなしにしたまま資料室を空けるのは厳禁だそうで、徹底するようかのんは理事長に強めに言われていた。その片付けの役を音羽が担うと名乗り出た。
「で、でもっ! それじゃおとちゃんが……」
「大丈夫。片付けが終わったらすぐ体育館に行くから。それに……かのんちゃんなら葉月さんを説得できるって、信じてるから」
曇りひとつ無い真っ直ぐな眼で音羽はかのんを見つめる。今のかのんならきっと、恋を助けられる。説得し、音楽科と普通科が手を取り合えるように仲を取り持つことが出来るだろうと。全校集会の場に自分が居なくとも。たとえ離れていたとしても、かのんと音羽、皆の心は1つになって繋がっている。
「かのんちゃん。僕の大切な幼馴染を……
他人行儀ではない、本来呼んでいた幼馴染の名を呼び、音羽はかのんに恋のことを託した。託しても尚、音羽が望むものは変わらない。恋と分かり合うことを心の底から切望している。
「……うん! おとちゃんの想いも、学校アイドル達の想いも。全部持っていくから! 任せて!」
「かのん、行きマショウ! 音羽、申し訳ナイデスが、お片付けお願いしマス!」
「おとくんありがとう。そっちは任せたよ! 皆、急ごう!」
「行くって言ったからにはちゃんと全校集会に来なさいよ? あんたもこの学校の生徒で、ましてやスクールアイドルの仲間なんだからね。パパッと終わらせて来るのよ!」
皆は音羽を信じて礼を述べ、すみれはちゃんと全校集会に来るように念を押した。皆から信頼されて任されたことに喜びを感じ、彼はにこっとはにかんだ。
「分かってる! すぐにそっちへ行くよ!」
走り去る4人の後ろ姿を見送り、音羽は自身の中に芽生えた新たなる想いを胸に刻みながら立ち上がった。願いや想い。それらが消えないものであるのを理解した彼には、今の自分が本当に為すべき事を見つけられたのだった。