星達のオーケストラ   作: 龍也/星河琉

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第36話 伸ばすその手、結ぶ絆。

 全校集会を終え、理事長は保管していた残りの神宮音楽学校の記録をかのんと(れん)に預けた。2人が話を聞いたところ、理事長は学生時代の友人であった(はな)から恋の選択を何も言わずに見届けていてほしいと伝言を貰っており、恋が自らの意志で選んで前に進んでいくのを望んでいた。それこそが、彼女の母親である花の願いでもあった。娘が自分自身でしっかり考え、恋だけの人生を歩んでいけるように。

 

 

 

 

 理事長室を出て2人は学園祭準備が進められている結ヶ丘敷地内を歩き、外で待っていた可可(クゥクゥ)達と合流した。合流する前にかのん達は学園祭で開催するライブの会場準備の様子を眺めていた。皆が一丸となってステージを作り上げている。その事実を恋に知ってもらいたくてかのんは設営の様子を恋に見せたのだ。その上でかのんは恋の前に立ち、彼女に自身の右手を差し出す。

 

葉月(はづき)さん。……ううん。()()()()。一緒にスクールアイドル、始めませんか?」

 

 音羽(おとは)が嘗て呼んでいたその名と同じように呼び方を変え、かのんは優しく恋を自分達と同じスクールアイドルの道へと誘う。その誘いを聞き、恋は悲しそうな顔で下を向いた。今まで散々スクールアイドルを邪険にするような態度を向け、敵視していた事実は変わらない。そんな自分が、果たしてスクールアイドルになって良いものなのかと。

 

「今まで、澁谷(しぶや)さんの邪魔をし続けてしまった私に……そのような資格は……」

 

「私、恋ちゃんと一緒にスクールアイドルとして歌いたい! この学校の為に……いや、この場所で創られたたくさんの想いの為に!」

 

 かのんもまた、神宮音楽学校の歴史や繋がれた想いを知った。廃校になっても、目に見える形に残っていなくとも。想いは決して消えていなかった。なればこそ自分達でその想いを繋ぐ。『結ぶ』という名を冠したこの結ヶ丘高校の生徒として。スクールアイドルとしてかのん達は歌い続けることを選んだ。恋にもその役割を担ってほしいから、母親の想いを受け継いでほしいからこそかのんは恋に手を差し伸べたのだ。

 

 真っ直ぐに見つめてくるかのんの瞳は、恋にとって異様に眩しく思えた。かのんの気持ちに応えようと恋は一歩前へ踏み出すが、躊躇いが生じて僅かに後退った。気が付くと周りにはたくさんの生徒がその場に居り、恋やかのん達スクールアイドルの決意を見届けにやってきていた。未だ恐怖で足が竦む恋に対し、後ろに居る千砂都(ちさと)達が明るく励ます。

 

「大丈夫! できるよっ!」

 

 千砂都は恋の能力の高さを知っている。彼女がスクールアイドルに加われば百人力であり、恋の幼馴染の彼も喜んでくれる。そう確信しながら千砂都は恋にそう言った。

 

「素直じゃないわねぇ。どこかの誰かさんみたい」

 

 すみれがからかい半分でそう口にした。今この場には居合わせていない、以前恋と親友だった者を引き合いに出しながら微笑を浮かべる。

 

「私タチはいつでも欢迎(ファイン)欢迎(ファイン)デスよ!」

 

 特有の中国語混じりの言葉で可可は恋を歓迎した。学校をより良くしたい、いつまでも想いを繋げていきたいという志が同じなら、共にどこまでだって進んでいける。何せ当初は恋も結ヶ丘でスクールアイドル活動をしようと考えていたのだから。仲間として恋を受け入れる準備はいつでも出来ている。

 

「っ……」

 

 皆から励まされて恋は涙ぐみながらぎゅっと目を閉じる。決心すると共に手を伸ばそうとしたその時、彼女の背中に一陣の風が吹いた。まるで恋を後押しするかのように。優しい風がふわりと彼女達を包む。その現象に些か驚きつつも、恋は並々ならぬ想いでかのんの右手を握った。握られた手の温もりを直に感じながらかのんは笑顔で握り返す。握る手の強さが、恋の決意を物語っていた。

 

 かのんと恋。2人が固い握手を交わした様子を見て、結ヶ丘の生徒達から拍手が溢れた。皆安心したように笑っており、その笑顔を見た恋もまた自然と笑顔になった。こうして、対立し合っていた普通科と音楽科のわだかまりは消え、かのん達スクールアイドルと恋は本当の意味で分かり合うことが出来たのだった。

 

 

「さぁ! 皆で学園祭の準備、始めるよー!」

 

「「「おーっ!」」」

 

 千砂都が周りに居る生徒達に呼び掛け、一致団結と言わんばかりに皆声を揃えて腕を上げた。各々が準備の為に散らばって移動を開始し、全員がその場を後にしたタイミングでかのんが口を開いた。

 

「ねぇ、恋ちゃん」

 

「はい。なんでしょう?」

 

 かのんは恋の手をそっと離しながら彼女に話しかける。恋はそれに応じてかのんの方に目線を向けた。

 

「恋ちゃんに……会ってほしい人がいるんだ」

 

「会って……ほしい?」

 

 そう言われて恋は心当たりがある人物を考えてみる。すると、1人の人物が脳内に浮かび、恋はまさかと思い目を大きくする。

 

「その人はね、出会った頃はすっごく辛そうだった。1人で苦しみを抱えて、誰かを信じたくても信じられなくて。心の底から笑えなくって。……暗かったなぁあの時。思い出すだけで、胸がズキズキする」

 

 かのんは振り返るようにその人のことを恋に語る。自分を隠して、声を押し殺し。お世辞にも今のような明るい人物ではなかったことをしみじみと言葉にする。かのんは胸に手を当てながら、心に走る痛みを感じ取る。けれど今の彼は、出会った頃とは見違える程の変化が生じている。

 

「でもね、今は違うの。いつも明るくて、ちょっぴり天然で、けどありのままの自分をちゃんと出せてて。自分よりも他の人を優先しちゃうくらい……あったかくて、とても優しい子。私の……皆の……自慢の友達なんだ!」

 

『こんな僕を信じてくれる君達の……力になりたいよっ!』

 

『僕は……君を信じる! 皆を信じる! 僕に、信じさせてほしい!』

 

 今でも昨日の事のように思い出せる、その人の心からの叫び。失くしていた勇気を取り戻し、自身を信じる者の気持ちに応えようと自らを変えていく覚悟を、そして『皆の力になりたい』という想いを抱いた。その言葉が、現在も彼を突き動かす原動力となっている。誰よりも真っ直ぐな心で、捻じ曲がらない芯を持ち、今この瞬間も幼馴染を想い続けている皆の大切な仲間……(あずま)音羽(おとは)のことをかのんは恋に話したのである。

 

 彼女の言い分により、音羽の話をしているということが恋には大方想像が付いていた。だが、恋は『会って何を話せば良いのだろう』と迷いが生じる。時が経ち、あの頃のような関係性に戻れるかどうかも分からない。恋の迷いに気が付いたかのんは音羽の話を続ける。

 

「大丈夫だよ。だって、今でもその子は恋ちゃんを想ってる。きっと、恋ちゃんと離れたあの時から。その想いは……絶対に嘘じゃないっ! だから……またおとちゃんと仲良くしてほしい。仲直り、してほしい!」

 

「……!」

 

 音羽が恋と距離を遠ざけたのは他でも無い。大切な幼馴染である恋の為だ。恋に別れを告げて以降も、彼は恋を1度だって忘れたことが無かった。どうか、これからも高みへ向かっていってほしい。本音を抜きにすれば彼は心の中で常に彼女の発展を願い続けていた。『寂しい』という感情を『寂しくない』、『辛くない』と小さな嘘を何重にも重ね続けた結果、彼が長年恋に抱いていた想いが薄れていき、心の奥底にまで追いやられてしまったのだ。その本音を思い出させたのはかのん達で、彼女らは2人がもう一度話し合い、その上で和解する事を望んでいる。可可達は恋を見ながら頷き、彼の元へ行くように促した。

 

「……音羽くん。今、行きます!」

 

 かのん達を横切り、恋は一目散に走り出す。幼馴染と会い、話をする為に。迷いを断ち切った恋の背を見送りながら、一同は思いを巡らせる。

 

「あの2人、ちゃんと仲直りできるかしら」

 

「すみれちゃん、もしかしておとくんのこと心配?」

 

「べっ、別にそんなんじゃないわよ! 今のあの子ならちゃんと伝えるとは思うけど……」

 

「音羽はモウ大丈夫デス! 絶対、マタ仲良くなれマス!」

 

「……そうだね。おとちゃんと恋ちゃんを信じよう。あの2人ならきっと……大丈夫!」

 

 確証も、保証も有りはしない。どうなるかは音羽と恋の2人次第。もしかしたら更に仲違いが起こる可能性だってある。だが、かのんは信じている。幼馴染である彼等が、また共に笑い合えることを。

 

 

 

 

 

 

「はっ……はっ……」

 

 敷地内を駆け回り、恋は音羽の姿を探した。慌ただしく走っている恋を見かけて、近くに居た美麗(みれい)が作業を中断し、彼女に話しかけた。

 

「あら、葉月ちゃん。どうしたのそんなに慌てて。あんまり走ると危ないわよ?」

 

「……西園寺(さいおんじ)さん。音羽くんはどこに居るかご存知ですか?」

 

 呼吸を整えながら恋は美麗に問うと、合点がいったように学園祭ライブのステージがある方角を指差した。

 

「あぁ、音羽ちゃんね。音羽ちゃんなら、あそこでステージ設営手伝ってるわ。いつもお手伝い頑張ってるし、労いの言葉でもかけてきたら良いんじゃない?」

 

「分かりました! 教えていただき、ありがとうございます!」

 

「いいえ〜。いってらっしゃ〜い」

 

 恋に手を振りながら美麗は何故あんなに彼女が急いでいたのかなんとなく察する。何か、彼に伝えたいことがあるのではないかと。

 

「ちゃんと、話せると良いわね。音羽ちゃん」

 

 一言そう呟き、美麗は飾りが入ったダンボールを抱えてそのまま作業を再開したのだった。

 

 

 

 

 

「……音羽くんっ!」

 

 皆でステージ設営をしている中、恋の声が響いた。音羽は呼ばれたことに気が付いて振り返ると、そこには息を切らした幼馴染が立っていた。

 

「葉月、さん?」

 

「音羽くん。あなたに……お話したいことがあります」

 

 真剣な眼差しをジャージ姿の音羽に向け、恋は要件を単刀直入に伝える。

 

「ごめん、ちょっと行ってきて良いかな?」

 

「うん、良いよ! 行ってきて!」

 

 念の為音羽は近くに居たクラスメイトに声を掛けて席を外しても良いか聞くと、一同はこの空気を察知したのか快く承諾し、優しく音羽に恋と話をすることを許可した。

 

「ありがとう! 行ってくるね!」

 

 緊張で些か震えた声で皆にそう言い、音羽と恋はここではない場所で話す為にゆっくりと並んで歩き出した。

 

 

 

 

 




僕は、君と。私は、貴方と。




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