私立結ヶ丘高等学校の学園祭が開催されるまで残り数日。全校集会が行われたあの日以降、普通科と音楽科の生徒達の結束力が非常に強まり、協力して日々準備を順調に進めていた。かのん達スクールアイドルは学園祭ライブの為に懸命にレッスンを繰り返し、練習はそろそろ大詰めを迎えようとしていた。
新たに
「スゴいデスレンレン〜! サスガフィギュアスケートをやっていたダケありマス! グソクムシとは大違いデス!」
「だからその名前で呼ぶなって!」
「嬉しい……」
「入ったばかりなのに、むしろ皆を引っ張っていけるくらい!」
「言いすぎです。私はまだそこまででは……」
「恋ちゃん、センターやってみない?」
「えっ?」
「この学校の初めての学園祭だよ?」
「それは……そうですが……」
かのんの提案に恋は曖昧な言葉を発する。まだ加入したばかりの自分がセンターに立って良いものだろうか。自分がセンターで、果たして観客達を盛り上げることが出来るだろうか。そういった考えが脳裏を過り、不安気な表情で恋はかのんを見た。だがかのんは明るい表情のまま続ける。
「それに、私が歌ってほしいんだ。恋ちゃんに。おとちゃんだって、恋ちゃんに歌ってほしいって思うはずだよ?」
『思うはず』。かのんはあたかも
「私も賛成かな!」
「ククも良いと思いマス!」
「フフッ。私がセンターをやるのは、もっと大きなステージって決めているから」
可可と千砂都も快く承諾。すみれだけ他のメンバーとは違う理由で今回は恋がセンターに立つ事を了承。妙に自信満々な言動のすみれを一同はちらりと見てすぐに目を逸らした。
「決まりだね!」
「あはは……」
「あ、そういえば恋。音羽と仲直りできたのよね? あれからどうなの?」
「お、音羽くんですか? そうですね……その……」
すみれが恋の方へ振り向きながら音羽のことについて言及する。今音羽は学園祭準備で同好会を不在にしており、恋の口から彼の話題が出されない為に一同は2人が和解できたという事実しか知らず、音羽と最近上手くやれているか気になったすみれが思い切って質問した。すると恋は人差し指を何度も合わせながら頬を赤らめる。
「最近は以前のように仲良く話せています。それにもうあんなことや、こんなことまで……」
「お、おとちゃんとあんなこと……?」
「こんなコト……デスか?」
「ちょ、ちょっと恋! あんた音羽と何したのよ!?」
「わ、私はこの前……音羽くんと……」
恋が含みのある言い方をした為か、皆困惑しながら彼女に問いかける。特にすみれが強めの語気で恋にそう聞くと恋の耳が赤く染まり始める。その様子が余計に皆の興味を引き立てる。かのんの頬に冷や汗が流れたと同時に、恋が口を開いた。
「……昼食を共にしたのですっ」
「ギャラクシーッ……」
余りに拍子抜けするその答えにすみれが体勢を崩して地面にぺたりと脚をついた。妙に恥ずかしがりながら音羽について話す恋に、かのんの脳内は良からぬ想像に支配されていたのだが、恋の言葉を聞いてかのんはホッと胸を撫で下ろした。
「な、なぁ〜んだ……お昼一緒に食べただけかぁ……」
「『だけ』とは何ですか! かのんさんは些細な事だと思うかもしれませんが、私にとってはすごく嬉しくて……幸福で……奇跡に等しい事なのです。また音羽くんと一緒に居られるのが……」
恋は右手の小指を立てながら、あの日音羽と交わした約束を思い出す。彼は誓ってくれたのだ。自分を独りにしないと。これからは一緒に居ると。それらを誓って以来、クラスで話をする機会が増え、共に昼食をとることができるまでに関係が修復された。恋は噛み締めるように自身の幸福を言葉にする。熱を帯びる頬を両手で抑える恋の仕草を見て、かのんは嬉しそうに彼女に笑いかけた。
「おとちゃんと仲直りできて良かった。やっぱり、2人には笑っててほしかったから」
「かのんさん……」
「幼馴染なのにお互い傷付いたまま、分かり合えないままなんて……そんな悲しい事、あってほしくなかったの。たとえ離れ離れだったとしても、ほんの少しの一歩でさ。変えられるものなんだよ」
かのんは恋と音羽の両者から話を聞き、今は双方の事情をよく知る人物となっていた。彼等はどちらも互いに互いを思い合い、気に掛けていた。一度結ばれた縁はそう簡単に断ち切れはしない。10年程の付き合いにもなるならば尚更だ。
以前までの2人は互いを必要以上に尊重していたことで望まぬ擦れ違いが起きていた。故に分かり合えず、彼等が望んだ事象が遠い夢であるかのように遠ざかっていく一方であった。だが、2人は放課後の教室で本音を全て曝け出した。『寂しかった』、『友人で居たい』と。両者共に同じことを考え、そして互いに嫌うつもりは微塵も無い。それらが分かったことで2人は和解に至り、スクールアイドルとそのサポーター。立場は違えど、恋と音羽は同じ場所で、同じ歩幅で歩んでいくことを誓ったのだ。かのん達が信じた彼等は、また一緒に居るという望みを実現。叶えることができたのだった。
「スクールアイドルを始めてようやく、音羽くんの気持ちを理解できた気がします」
「おとくんの気持ち?」
千砂都が首を傾げながらそう問うと、恋は結ヶ丘の生徒達が準備している姿がよく見える位置までゆっくり移動しながら言葉を紡いでいく。
「『皆の為になりたい』と。音羽くんがそう言ったんです。初めは、理解できませんでした。何故そこまで音羽くんは……他者の為になろうとするのか」
音羽が昔から心優しい人物であるのを恋はよく理解している。けれど以前まではそこまで彼に『多くを助けたい』という気持ちがある訳ではなかった。『皆の為』などと、そのような漠然としたことを口にする人物ではないのも理解していたからだ。久しぶりに2人で話した際に聞いた彼の言葉に、昔は感じ取れなかった違和感を覚えていた。その違和感の正体を、かのん達と行動を共にすることで恋は突きとめることが出来た。
「ですが……音羽くんには大切にしたいもの、譲れないものができて。自分が大切に思うものなら、たとえ無理をしてでも守ろうとする。よく考えたら、音羽くんは以前からそういう人でした。自分のことよりもいつも他人のことばかり。私にも……そうでしたからね」
半ば呆れたように、且つ嬉しそうに微笑みながら恋は音羽のことを語った。自分にとって大切なものが身近に存在するようになり、それらを守りたいと思うからこそ音羽はかのん達スクールアイドルや、結ヶ丘高校の為に自分ができる事を模索し続ける。他者の為を思うがあまり、自身が辛い思いをする選択を時にとってしまう。恋と距離を置いた事がその典型だ。
「私に出来るのなら……結ヶ丘の生徒達の笑顔を、音羽くんの笑顔を……守りたい。私にも、決して譲れないものが身近にあるのですから」
「恋ちゃんのその思いは、皆に届いてるよ。だって、ほら!」
4人も恋が居る位置に並び立ち、かのんが指差す方に視線を向けると、両学科で協力して学園祭準備に勤しむ生徒達の姿が在った。
「皆さん……こんな遅くまで……」
「学校を盛り上げたいんだよ。皆も、結ヶ丘を大切に思う気持ちは同じだと思う!」
「自分達で作っていくんだって、皆言ってたもん! おとくんのお陰で、周りの士気もどんどん上がってるみたいだよ?」
かのんと千砂都が恋にそう伝えると彼女は一瞬口角を上げるが、生徒達の姿を見ながら些か不安そうな表情を皆に見せた。
「入学希望者……増えるでしょうか」
いくら自分にとって譲れぬものがあるとはいえ、恋自身まだ恐怖が完全に無い訳ではない。学園祭は入学希望者を増やす絶好の機会であるが、逆に言えばもし学園祭を盛り上げることができなければ、結ヶ丘を受験する人が増えず、入学に繋げられない可能性がある。その責任を背負うのは、誰であろうと不安が生じる。
「正直言うと……わからない。けど、やるしかない。信じるしかない。皆の為に全力を尽くすのが、私にできる唯一の事だから」
「強いのですね。かのんさんは」
「そんなことないよ。ただ……私ね、『始まりの瞬間』が好きなの。『これから始まるんだ』って思うとワクワクする。不安ももちろんあるんだけどね。でも、いつも私に、私達に……勇気をくれる人がいるから」
かのんの視線の先には、ダンボール箱を抱えて歩く音羽が居た。音羽はふと上を向くと偶然その頭上にはかのん達5人が居て、彼は嬉しそうに笑みを浮かべながら屋上に居る仲間達に手を振った。それを見たかのんと可可も笑って手を振り返し、すみれと千砂都もそれに続いた。
「ホラ、恋も手振ってやんなさいよ。きっと喜ぶわよ」
「そうですか? で、では……」
すみれに促されて恋も音羽に控えめに手を振る。恋が手を振っているのに気付いた音羽は先程よりも表情を綻ばせ、満面の笑みで恋に手を振り返した。その笑顔を見て恋の心が高鳴ると同時に、一層身が引き締まる。守りたいものの為に、自身も自らの役割を果たすのだと。
「おとくんの笑った顔って、不思議なチカラがあるよね」
「デスね! ナンだってデキそうなキモチになりマス!」
「音羽があんなに頑張ってるんだから、弱気になんてなれないわ。やってやるったら、やってやるのよ!」
「私達のすぐ側で勇気を、笑顔をくれる人がいる。だから頑張れるんだ。おとちゃん達の想いも背負って、私はステージに立ちたい。皆と一緒なら、怖くないよ!」
「……!」
かのんもまた、音羽と同じことを口にした。『皆と一緒なら怖くない』。互いに影響を与え合い、気持ちを共有し合い、奮起させる。かのんは自分1人では出来ることが限られているのをよく分かっている。だからこそ皆で協力し合う大切さも知っている。自分は決して1人ではない。共に励まし、支え合える仲間が居る。1人じゃないからこそ自分を強く持ち続けられている。かのんのその強さに音羽は影響を受けたからこそ、彼も仲間が居ることで生まれる強さを知った。皆がいるから、音羽も自分がしたい事を全力で実行出来るのだ。『かのん達スクールアイドルの助けになる』という、揺るがない目的を。
「私も……強くならなければ」
恋の小さなその呟きは、誰の耳にも入らずに風に乗って消えていった。今はまだ弱くとも、自分は絶対に強くなる。皆の為に。音羽の為に。幼馴染から勇気を貰った恋の心に、熱が灯る。
「……そうだ! 皆っ!」
かのんは一同に声を掛け、ピースサインをとった指を差し出した。
「何です?」
「せっかくだから、やってみようかと思って!」
「モシカシテ……! やりマスッ! クク、ずっと夢ミテいまシタ!」
可可はかのんが何をしようとしているのか察し、嬉々とした表情で彼女も指を差し出す。
「『うぃっす』じゃだめなの?」
「スクールアイドルデスから!」
千砂都も指を出し、すみれもそれに続く。恋も皆に倣ってピースサインが為された右手を、繋げるようにそっと前へ出した。
「今は5人でだけど、この次はあの子も混ぜるわよ?」
「もちろん! じゃあ今回は私がおとちゃんの分も!」
かのんは左手でもピースサインを作り、この場に居ない音羽の分を含め、6人分としてある形を作った。
「音羽くん。どうか……見守っていてください」
「ちぃちゃん。可可ちゃん。すみれちゃん。恋ちゃん。……おとちゃん! この学校を、歌で結んでいこう!!」
かのんの号令と共に、一同は改めて決意を固める。自分達がステージに立ち、学園祭を盛り上げることを。結ヶ丘の為に、それに属する全ての生徒達の為に。側に居る仲間の為に。歌で想いを結ぶという嘗ての学校アイドル達の意志を背負い、屋上で高らかに声を上げた。あの空には届かなくとも、皆それぞれが輝く一等星だ。それらが合わされば、不可能を可能にできるかもしれない。繋がる想いが、いつかは時さえも越えていく。過去を、未来を、
夜空が広がりゆくこの地上に、ひとつの星が生まれ落ちた。