星達のオーケストラ   作: 龍也/星河琉

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第39話 受け継がれる意志、結ばれる想い。

 柔らかな日差しと心地良い風が共立する初秋の休日。ついにこの日、第1回私立結ヶ丘高等学校学園祭が開催された。

 

 校舎内では様々な展示や物販のコーナーが設けられており、外では食べ物の屋台が並んでいる。開校してから初めて行われる結ヶ丘の学園祭だが、既に沢山の人が敷地内に足を運び、様々な音や声で溢れる賑やかな様相を見せていた。

 

 時刻は午後。既に彼等の登場を待っている者がちらほらと現れていた。その人達の目当てはこの学園祭のメインイベント、結ヶ丘高校スクールアイドル部によるライブとパフォーマンスである。同好会ではなく部としてそれらの活動を正式に認められた彼等の、謂わば初陣とも呼べるこのライブを応援している者は男女問わず多く散見され、他校の生徒だけでなく、一般の客もステージに来ているようだった。

 

 定刻を迎え、スクールアイドルの彼等がステージ上にその姿を現した。白を基調とし、各それぞれのパーソナルカラーで彩られた装飾が為されたステージ衣装を身に付けた5人の少女が、音色と共に踊り始める。その様子を少しばかり遠くの方から眺める人物が1人。黒いスーツに丈の長いコート、ハットで顔の上半分を隠すように被っている男性。ライブを観ている最中、彼が居ると分かった1人の女性が躊躇なく彼に近付き、声を掛けた。

 

「その帽子、あんまり似合ってないわよ。……湊人(みなと)君」

 

「あぁ。理事長先生。似合わないとは心外だな。お気に入りの帽子だというのに」

 

 開口一番に容姿の指摘をされてクスリと笑みを溢したその男性。名を、(あずま)湊人(みなと)。『音楽界の巨匠』という異名を持ち、現在スクールアイドルのサポートを担う少年、(あずま)音羽(おとは)の父親。そして、過去にこの場所に建造されていた母校である神宮音楽学校の卒業生の1人だ。

 

 彼に軽口を叩いたその人物は落ち着いた色のスーツを着用しており、デジタルカメラを首から下げている。彼女は神宮音楽学校が生まれ変わって出来た、結ヶ丘高校の現理事長を務めている。結ヶ丘高校創立者の葉月(はづき)(はな)の親友、尚且つ学校アイドルと関わりが深かった湊人とは所謂腐れ縁で結ばれている関係性であった。

 

「やっぱりその呼ばれ方、むず痒いわ。なんとかなんない訳?」

 

「私なりに敬意を込めてそう呼んでいるのさ」

 

「その『私』って一人称も何かピンとこないのよね。普通で良いじゃない普通で。私と貴方の仲なんだから」

 

「フッ。……そうだな」

 

 湊人は帽子を深く被り直しながら彼女の言葉に同意した。彼は大衆に名の知れた人物である為、そのままの状態で学園祭に出向けば騒ぎになる可能性がある。故に湊人は周囲の観客に自身が『音楽家の東湊人』だと認識されないように、スクールアイドルのライブを邪魔しない為に敢えて顔を隠しているようだった。

 

「というか、子供の学園祭にはちゃんと来るのね。いつも多忙そうにしてるから意外だわ」

 

「息子が携わった学園祭に行かない訳がないだろう。貯まりに貯まった有給をここで使わせてもらったよ」

 

「湊人君はもう……立派な父親ね」

 

()だっていつまでも子供じゃないさ。それに……親に関心を抱かれないこと程、子供にとって辛いものは無いからね」

 

 湊人の父親……そして音羽の祖父にあたる(あずま)楽人(がくと)という人物も嘗て音楽家として活動しており、その功績と人柄により湊人や他の人々から尊敬と畏怖の念を抱かれていた。彼は音楽への拘りと愛の強さ故に、家庭よりも仕事を優先しがちなきらいがあった。湊人が在籍していた神宮音楽学校の行事に足を運んだ事は1度も無く、むしろ湊人が神宮に入学する道を選んだ事を咎めてもいた。当時学生だった湊人と、彼の父。両者の仲はお世辞にも良いとは言えず、時折口論になることもあった。

 

 父親に自身のやりたいことや行動に関心を持たれず、否定ばかりされてきた湊人は自分の息子にそのような態度を絶対に示さないと心に誓った。理解されないことがどれだけ精神的に苦痛を伴い、悲しい事であるかを湊人自身が体験している。なればこそ『自分は父のようにはならない。子供の成長を見守り、信じ抜く』というモットーを胸に今まで音羽を育ててきた。仕事上休日が不規則な詩穂に代わり、湊人が事務所やマネージャーに融通を効かせて休暇をとり、それを利用して今まで授業参観や体育祭等の行事に彼は出席していたのだ。全ては愛する息子の為に、自身が父親らしい父親でいられるように。本職の音楽家と東家の大黒柱。それら二足の草履を履きながら、彼は今を生きている。

 

「どうりで育ちが良い訳ね。音羽君、すごく良い子よ。入学したばかりの頃が嘘みたいに今は明るくて、信頼もされてる。貴方の育て方が良かったんでしょうね」

 

「そう言ってもらえるなら救われるな。音羽は少々、思い遣りが強過ぎる面が目立つが」

 

「貴方ソレ、人のこと言えた口? 花ちゃん達の役に立つ為に色々無理してたのはどこの誰?」

 

「……言い返す言葉が出てこないな」

 

「やっぱり蛙の子は蛙なのねぇ。ま、私の方が貴方より花ちゃんの役に立ってたし、花ちゃんへの気持ちなら私の方が絶対上よ。私が1番花ちゃんを知ってる自信あるもの」

 

「何を言う。僕の方が君より役に立ってたに決まってるだろう。君は彼女の一ファンで、僕は協力者。天と地ほど差があるぞ。あと僕の方が花さんのことを知っているさ」

 

 2人は学生時代幾度となく繰り返していた、『どちらが花にとって1番か』の言い争いをし始める。当時の花からすればどちらも大切な人であるのに間違いはなかったのだが、両者共に一歩も引くことは無く、側から見れば五十歩百歩だったにも関わらず彼等の諍いは3年間続いた。

 

「まーたそうやって作曲自慢して。貴方、花ちゃんのグッズいくつ持ってたかしら? あぁ、恥ずかしがって1個も買えてなかったわよね。私は何個も買ってたのに」

 

「大切なのは量よりも質だよ。持っている物の数で優位に立ったつもりか。虚しいと思わないのか?」

 

「はぁ? 最後の最後まで花ちゃんのファンを自称できなかったクセに。ヘタレよヘタレ。臆病者よ」

 

「……もうやめよう。この歳になってまで君と口喧嘩する為にここに来たんじゃないんだ」

 

「なに大人ぶってんのよ。逃げる気?」

 

「戦略的撤退と言ってもらおうか。言ったろう、僕は子供ではないと。君は未だ、子供のままらしいがな。僕は大人だから君の癪な物言いも水に流せる。感謝してほしいね」

 

「はいはいわかったわよ。一時休戦といきましょ」

 

「賢明な判断だ。ありがとう」

 

 湊人の言葉に些か不服そうな表情を見せながら彼女は言い争いすることを止め、彼と共に視線をステージ上に居るスクールアイドルへと移した。ライブの演出で周囲にシャボン玉が飛び交う空間で2人は彼等に当時の学校アイドルの面影を感じつつ、かのん達5人の姿を見守った。

 

「彼女達が、今の学校(スクール)アイドルか」

 

「ええ。花ちゃん達の意志を継いだ、正真正銘のスクールアイドルよ」

 

「皆、それぞれ違う音を持っているな。優しい音や逞しい音を感じる」

 

「貴方、昔から変わった感想言うわよね。どれも的を得てるから反論しようもないけど」

 

「普通に発せられる声だけじゃなく、微弱な『音』を発する人が中には居るんだ。僕にはそれが聴こえる。人に言えば気味悪がられるから口には出さないがね」

 

「その歳で厨二病? って一瞬思ったけれどきっと本当なのよね。凄いわ」

 

「……君に話した僕が馬鹿だったよ」

 

「冗談よ。ごめんごめん。貴方が嘘吐くような人じゃないのは知ってるから」

 

 露骨に不機嫌な表情を露わにした湊人を彼女が彼の人間性をフォローした上で優しく宥める。現に湊人が言う他者から微弱な『音』が聴こえるというものは学生時代から湊人が有していた、人とは違う唯一の個性であった。音楽の才能に恵まれなかった一方で、他者が自分をどう思っているのか。自分を認めているのか見下しているのか。それらを一部の人から発される『音』を聴いて判断出来たことにより、他人からの善意にも悪意にも敏感に反応を示していた。その個性を持っていたが為に、傷付く事も非常に多かった。自分を馬鹿にし、抱いた夢を大言壮語だと揶揄する者が殆どだったからだ。

 

 だが、1人。たった1人。湊人を理解し、苦しみから救った人物が居た。湊人が心から叫んだ音楽に対する『大好き』を受け入れた者が確かに存在した。その人物こそ、湊人の友人で学校アイドルの名を冠し、後に結ヶ丘高校を設立した女性……葉月花。彼にとって花は眩しい太陽のような人だった。彼女の手助けを担っていたものの、『自分は近付けない』と一線を引いていた。花のファンだと自信を持って言えなかったのもそれが起因している。

 

「やはり、恋さんは花さんに似ている。容姿も、音も。恋さんだけでなく、他の4人もちゃんと自分の『音』を持っている。……素晴らしいよ」

 

「あの子達なら、奇跡を起こせるって信じたい。花ちゃんが結んだ想いを、今度はあの子達が結んでいけるって」

 

「ああ。信じよう。音羽も居るんだ。息子が彼女達の手助けを担えていること、すごく光栄に思うよ」

 

「音羽君も頑張ってる。ステージには立てなくても、あの子達を輝かせる事は出来る。信じて任せられるわ」

 

 スクールアイドルと、そのサポートをする者。時が経ち、時代が移り変わっても彼等の役職は変わらない。湊人も当時は音羽と同じく学校アイドルを助けていた原初のサポーターだ。『彼等の力になりたい』と願った学生時代の湊人の意志は、息子である音羽へと色濃く受け継がれている。

 

 スクールアイドル達がパフォーマンスを終え、皆ステージ上で横一列に並んで観客に感謝の言葉と共に礼をする。そして彼等は互いの手を握り合い、声を重ね合わせる。

 

「「「私達は、結ヶ丘高等学校の……スクールアイドルです!」」」

 

 5人全員で、声高々に名乗りを上げた。ライブ会場は拍手喝采に包まれ、観客の後ろで湊人達も笑顔で拍手を送った。花が創ったこの結ヶ丘で、少女達はスクールアイドルとして活動することを宣言したのだった。

 

 

 

 

「僕達で見届けられて、良かったね」

 

「湊人君と一緒に見届けるなんてね。やっぱり縁ってそう簡単には切れないみたい」

 

「そうだな。花さんの想いが時を経て結ばれたように、縁というのは強く結ばれているもののようだ」

 

 暫くして会場から観客達が去っていくのを見ながら、2人は引き続き談笑していた。昔のこと、今のこと。積もる話を徐々に消化し続けていった。

 

「あ、そうだ。湊人君」

 

「何だい?」

 

「ずっと気になってたんだけど、どうして子供に『音羽』って名前を付けたの? 何か由来でもあるのかしら?」

 

「由来、ね……」

 

 聞くのに丁度良いタイミングだと思い、彼女は湊人に気になっていた事柄を口にする。湊人の息子である音羽のルーツは、湊人の友人として、結ヶ丘高校の理事長として知りたい事のひとつであった。

 

「自分の『音』を持っていてほしいと思ったからかな。人によっては、『音』が聴こえないことがある。そういう人は物事や他人に対して無関心……何とも思っていない証拠。『音』が、聴こえてこないんだ」

 

 湊人は右手で耳朶に触れながら彼女に由来を語り始めた。全員が全員微弱な『音』を発するという訳ではなく、湊人の聴こえ方や受け取り方にも人によって差異が生じる。湊人が今まで出会ってきた人達の中で『音』がまったく聴こえない人は、自身の信念や思い、夢。そういった物が希薄、尚且つ他者に対して何とも思っていなかったり、興味を持っていなかったりすると『音』として表層化せず、湊人の鼓膜に響いてこないのである。

 

「何事にも無関心な子供であってほしくなくてね。あと個人的に音楽が好きだからというのもある。詩穂も音楽を愛していたから、名前に『音』と入れるのを快く賛成してくれたんだ」

 

「へぇ。音楽が好きな貴方達らしい名前だなぁ、とは思ってたけど」

 

「それともうひとつ。……花さんの歌を初めて聴いた時に、上手くは言えないが……()()()()が見えたんだ。辺りに羽根が舞い散るような、そんな光景が」

 

 湊人は頭上に広がる青空を見渡しながら、真剣な声音でそう言った。『葉月花の歌を聴き、その際に白い羽根を幻視した』。聞く人によっては意味不明とも捉えられるその事象。だが彼女は湊人の人間性を知っている。その声音も、嘘を吐いているようなものではなかった。それに茶々を入れるのは野暮だと思い、彼女も空を見ながら無言で湊人の言葉に耳を傾ける。

 

「忘れられない。今もそれが僕の目に焼き付いている。まるでどこまででも飛んでいけそうな感覚、高揚感。あの日、あの時……彼女の世界が、僕の世界を塗り変えたんだ」

 

「白い、羽根……」

 

「あの時の記憶を忘れないように……そして、高く高く羽ばたいていけるように。だから、『音羽』だ。音羽は、僕と詩穂にとってずっと……自慢の息子さ」

 

 湊人は隣に居る彼女に柔らかな笑みを見せながら自信を持ってそう伝えた。音楽を通じて出会った湊人と詩穂。その2人の想いと夢が、『音羽』という名前に込められている。2人の間に授かり、産まれた我が子にたくさんの愛情を込めて育てる。詩穂と湊人はそう心に誓った。どちらも親から夢を応援されていなかったからこそ、自分達と同じ気持ちを味わってほしくないと思った故に、2人は音羽のどんな選択も信じて応援する。それが、親として子供にするべき責務だと彼等は自覚している。湊人の話を聞き、彼女もまた彼と共に微笑んだ。

 

「音羽君自身の『音』、ちゃんと持ってる?」

 

「一時期は、聴こえなかったことがあった。泣きそうになる程の悲しい音が聴こえて、それきり何も響かなくなった。でも今は違う。……とても優しくて、暖かい音がする。それこそが音羽の本質なんだと、僕は思う」

 

 音羽は湊人の願い通り、自分の『音』をしっかり持てているようだった。湊人が音を聴き取れなかった時期は、音羽が音楽で挫折し、恋と距離を置いたあの時。それらが原因で音羽の中から『音』が消えて無くなっていた。彼が結ヶ丘に入学し、かのん達と出会って以降、失われた『音』を取り戻し、音羽の素の人間性を表しているかのような暖かい音が湊人の耳に届くようになったのである。

 

「ホント、成長したわよね。音羽君」

 

「これから音羽がどんな道を歩んでいくのか……楽しみだね」

 

「親バカねぇ」

 

「……フッ。そうかもな」

 

 彼女に揶揄われて湊人は『悪くない』といった面持ちで笑って瞳を閉じる。息子を愛する気持ちは偽りでないし、彼は望んでそのような父親になった。自分が父に注がれなかった愛情を、息子の音羽に。今の湊人は無力な子供でも、何も残せなかった人間でもない。保護者としての立場を得て、意志や想いを次世代に繋ぐことのできる者へなれたのだ。夢見ていた理想が、今は紛れもなく現実となっていた。

 

 2人が次の世代を担う結ヶ丘の生徒達の様子を眺めていると、幾分か離れた場所から声が聞こえた。声の鳴る方を見ると、結ヶ丘指定のジャージを身に付けた音羽が、湊人達の方へと走ってきていた。

 

「ふふっ。噂をすれば」

 

「これまた……凄い偶然だね」

 

 2人は顔を見合わせて苦笑しつつ、走ってくる音羽を迎えた。

 

「お父さん! 理事長先生!」

 

「こんにちは。音羽君」

 

「音羽、お疲れ様」

 

「ありがとう。やっぱり来てくれてたんだね」

 

「当然だ。校舎の中も一通り見てきた。そっちはだいぶ忙しそうだな」

 

「あはは……おかげさまで。けどなんとか時間作って、皆のライブは見れた。結高スクールアイドル……どうだった?」

 

「とても素晴らしかったよ。あの子達が、音羽の大切な仲間、なんだろう?」

 

「……うん! 皆大切で、信じられる仲間だよ!」

 

 音羽は無邪気な笑顔で2人に自信を持ってそう答え、その言葉に湊人は安堵する。

 

「そうか。お前があの子達に出来る事を精一杯やれば良い。勿論、自分のペースでな」

 

「わかってる。その為に僕は、スクールアイドル部に居るんだから」

 

「頼もしいわねぇ。……あら? 音羽君、それなあに?」

 

 音羽を褒めると同時に、彼女は音羽の手に持たれている封筒を指差した。その封筒は、音羽とかのんが部室で見つけた花から湊人へ宛てた手紙であった。

 

「これを、お父さんに。部室で見つけたんだ。花さんからの手紙だよ」

 

「花さんが……私に……?」

 

 湊人は封筒を受け取りながら珍しい声音でそう口にした。その声からは明らかな動揺が見て取れた。

 

「なになに? もしかして……! 花ちゃんからのラブレター?」

 

「まさか。そんな筈無いだろう」

 

「ねぇ気になるわ! 早く開けちゃいなさいよ!」

 

「落ち着け、まだ心の準備が……」

 

「……おとちゃ〜ん!」

 

 湊人が手紙の封を開けるか開けないかでしどろもどろしている最中、音羽の背後から明るい声がした。その呼び方をするのは彼の身近でただ1人。音羽が振り向くと、予想に違わぬ人物が居た。先程のライブ衣装を纏っているかのんが音羽にひらひらと手を振りながら微笑んだ。

 

「あっ、かのんちゃん!」

 

「おとちゃんおつかれ! あ、理事長先生! 湊人さんも! こんにちは!」

 

「あ、ああかのんさん。いつも息子がお世話になっているね」

 

「い、いえ! むしろ私がおとちゃんにいつもお世話になって……」

 

 湊人は手紙をさっと後ろに隠して平静を装いながらかのんに挨拶する。彼の手紙を隠す速度と他者に対してやや猫を被ったような口調に、かのんから理事長先生と呼ばれている彼女は溜息と共に肩を竦めた。

 

澁谷(しぶや)さん、どうしてここへ?」

 

「理事長先生に写真を撮ってほしくて! 私達5人が初めてステージに立った事を、記録に残したいなって思ったんです。良いでしょうか?」

 

「もちろんよ。いくらでも撮ってあげるわ。それじゃ、ステージの方へ行きましょうか」

 

 彼女はかのんの提案を快諾し、首から下げていたデジタルカメラを手に持った。

 

「ありがとうございます! いこっ! おとちゃん!」

 

「うんっ! ってかのんちゃん!? ちょっ、速いよぉ〜っ!」

 

 かのんは音羽の手を握り、仲間が居る方へ全力で駆け出し、音羽もそれに釣られて声を上げながら足の速度を早める。手を引いて、引かれて駆け出す2人を見て、湊人は昔日の記憶とそれを重ねた。湊人も今の音羽のように、花に手を引かれていた。彼は自分を学校アイドルの世界に誘い込んだ彼女と、音羽の手を引いたかのんに、懐かしい面影を感じ取っていた。

 

「さて、と。私も行こうかしら。湊人君、その手紙あとで私にも見せてね? それじゃあね!」

 

「考えておくが期待はしな……って、もう聞こえていないか」

 

 湊人はその場で独り言を漏らし、再度音羽に渡された封筒に目を向ける。花が一体自分に何を書いたというのか。一抹の不安と恐怖が彼を襲う。だが、もしかしたら花の気持ちがここに記されているかもしれない。そう思った湊人は意を決して封を開け、その内容を頭に入れる。数分間、綴られた文面を直視した後、湊人は他者に見せられない程に表情を歪めて歯を食い縛った。

 

「……花、さん」

 

 呻くように彼女の名を呼んだ。その手紙には、湊人が長年求め続けていた答えが記されていた。『私は、学校アイドルの活動を後悔していない』。その次の文には、湊人に辛い思いをさせたこと、重荷を背負わせてしまった事への謝罪が綴られていた。必死に涙を堪えながら下の方まで読み進めると、最後の一文にはこう書かれてあった。

 

『私は、湊人くんの作る曲が好き。ずっとずっと、これから先も大好きです。どうか、湊人くんは湊人くんのままでいてね』

 

 葉月花より。その一文で内容は終えられていた。手紙の内容全てに目を通した湊人は思わず声を漏らした。

 

「……ははっ。これは……一種のラブレターだな」

 

 大の大人が気恥ずかしくなる程の純粋な、花が湊人に抱いていた想い。湊人にとって音楽は自身を表現する手段だ。昔も今も、ずっと変わらない。湊人が生み出す音楽を、花は『好き』だと思ってくれていた。たったその一文で。それだけの言葉で。湊人の長年続けていた音楽活動、挫折や後悔、辛酸を舐め続ける日々。それら全てが救われたような、言葉では形容し得ない感情が湊人の心を満たしていった。様々な感情が入り乱れた中で湊人の心に生まれたのは、人生で最大級の安堵と喜びであった。

 

 湊人が当時の学生時代を彷彿とさせる、朗らかな笑顔を見せたその時、突風が吹いた。その風が勢いよく湊人が頭に被っていた帽子を飛ばし、ふわりとそれが天高く舞い上がった。一瞬の出来事だったので彼は瞬時に反応が追い付かず、急いでその帽子を追いかける。彼の後追い虚しく、帽子は結ヶ丘の敷地にある樹木の上に乗り、自力で取るのが困難な箇所に運悪く位置してしまった。息を切らして木を見上げるのも束の間、近くに居た人が大きな声を上げた。

 

「えッ!? あ……東湊人!?」

 

「ほんとだ! 音楽家の東湊人!」

 

「嘘っ!? ホントに!?」

 

「……まずい」

 

 帽子が取れ、素顔を晒している湊人の姿を発見する人が加速度的に増えていき、大勢の人が湊人が居る方へ距離を縮めていく。

 

「湊人さん! ずっとファンでした! も、もしよければこれにサインを!」

 

「お、俺にも!」

 

「私にも!」

 

「あっ、ずるいぞ!! 僕だって!」

 

「あたしも欲しいっ!」

 

「えっ、ええと……あはは……ありがとうございます……」

 

 数秒で沢山のファンに囲まれ、彼は逃げ場を失う。大勢から一斉に話しかけられるこの奇想天外な状況に湊人は顔を引き攣らせ、もう取れはしないというのに未だ木の上に在る帽子にその手を伸ばしたのだった。

 

 

 

 

 

「皆! おまたせー!」

 

「かのん! 音羽! 待ってマシタよ!」

 

「かのんちゃん、おとくんも! うぃっすー!」

 

「音羽、ちょうどいい時に捕まったわね」

 

「音羽くん、お疲れ様です。無理はなさっていませんか?」

 

「皆もお疲れ様! 全然へっちゃら! ありがとね、恋ちゃん!」

 

 かのんと音羽は皆と合流し、各々2人に反応を示した。音羽は自分の身体を気遣ってくれた恋に礼を言いつつ、遠くの方でざわめきがすることに気が付いた。

 

「あれもしかして……お父さんかな?」

 

「湊人さん、超が付くくらいの有名人だもんね……」

 

「あー、あれは多分気にしなくて大丈夫よ。そんなことより、早く撮りましょう?」

 

「理事長先生、意外と薄情ですね……」

 

 音羽が彼女にそう言い、一同は苦笑いを浮かべる。先程彼女は手紙を見せるように彼に言ったが、それはあくまで冗談であり、その手紙に書かれている内容は既に知っていた。勿論、葉月花が学校アイドル活動を後悔していないということも。最後の最後までその事を知らなかったのは湊人だけであった。敢えてそのことを彼に言わなかったのに若干責任を感じているものの、湊人がずっと花に対して罪悪感を抱いているのが彼女に取って甚だ謎で仕方がなかった。あんなにも思い出が出来て、想いが生まれていたというのに。彼女はいたずらっ子のようにはにかみながら、騒ぎになっている方角を見た。

 

「……また私の勝ちね、湊人君。貴方よりも私の方が、花ちゃんを知ってるんだから」

 

 湊人と居る時や話している時にのみ、学生時代の頃のように彼を揶揄う癖が出てくる。互いに嫌い合っている訳ではないが、些細なことで諍いが起こるその関係性は、まさしく『腐れ縁』と称するのが相応しい表現であった。

 

「……理事長先生?」

 

 かのんに話しかけられた彼女はすぐさま振り向き、本来の目的を遂行する為に自身の素である陽気な口調で彼等の音頭を取る。

 

「あーごめんなさい! じゃあ撮るわよ! もっと寄って寄って!」

 

 かのん達5人のスクールアイドルと音羽を交えた6人は学園祭ライブのステージをバックに距離を詰めて並んだ。

 

「ねぇ、皆で手繋ごうよ!」

 

「おっ! ちぃちゃんナイスアイデア! そうしよっか!」

 

 千砂都(ちさと)がそう提案し、かのん達4人が賛成。『手を繋ぐ』と聞いて音羽が恥ずかしそうに頬を赤らめるも、お構いなしにかのんは隣に居る音羽と手を繋いだ。

 

「か、かのんちゃんっ……」

 

「だって、せっかく6人で揃ったんだもん! 恋ちゃん、おとちゃんと手繋ごっか!」

 

「は、はいっ!」

 

 音羽の左隣に位置する恋も、かのんと同様に音羽の手を握る。恋からも手を握られて音羽の頬はみるみるうちに真っ赤に染まっていく。

 

「恋ちゃんまで……うぅ……良いのかなぁ……」

 

「音羽くんだから、良いのですよ?」

 

 恋がそっと音羽に話しかけ、彼は咄嗟に恋の方を向く。恋も少し頬を赤らめているが、異性、もとい音羽の手を握っているこの状況に、嫌悪感を示してはいなかった。音羽を安心させる為に、恋は音羽に柔らかな笑顔を見せた。その表情を見た彼はなんとか気持ちを元に戻し、目線をカメラのレンズに移した。

 

 神宮音楽学校で生まれた想い。それが時を巡り、再度この地で結ばれる。遥か遠い空に居る彼女も、それを心から望んでいたことだろう。夢が、想いが。少年少女の手によりこの地に伝播していった。かのん、可可(クゥクゥ)、すみれ、千砂都、恋、音羽。皆それぞれ万感の想いを抱きつつ、カメラが向けられている前方を向いた。

 

「それじゃ、撮りまーす! 笑ってー! はい、チーズっ!」

 

 合図と共に、互いの手を結んだ6人の笑顔が咲いたと同時に、シャッター音が会場に鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




音は風に乗り、羽のように舞う。想いは空を、時を超えて。




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