「祝! 学園祭ライブ大盛況! ア〜ンドおとくんと恋ちゃんのスクールアイドル部加入を記念してっ! かんぱ〜いっ!」
「「「かんぱ〜い!!」」」
結ヶ丘高校学園祭が終わって1週間後の休日、スクールアイドル部の部室にて。
「か、かんぱ〜い……」
「音羽! もっと声出しなさいよ! 今日はあんたと恋が主役なのよ?」
「あははは……嬉しいんだけど、こういうふうにパーティーするの初めてだから、あんまり慣れてなくって……」
「私もです……」
2人は照れ臭そうに笑みを溢しながら皆にそう言った。歓迎会は音羽が加入した段階で開かれる予定ではあったのだが、日々の練習や生徒会選挙等が重なったことで纏まった時間が取れず、未だ開かれていない状態であった。音羽の次に恋も正式にスクールアイドル部に入部し、今は学園祭も終わり時間に余裕が生まれたので時期的にも丁度良いと皆判断し、先日の学園祭ライブの打ち上げも兼ねての歓迎会となっている。
「でも、今日の主役は僕と恋ちゃんだけじゃなくて、ここに居る皆全員だよ。皆……頑張ったんだから!」
「それもそうね。今回のライブは、私のギャラクシーな活躍があってこその成功よ!」
「そうやってスグ調子に乗るのはアナタのワルいクセデスよ! このタワケ、オタンコナス、グソクムシ!」
「なんですってェ〜!?」
「ま、まぁまぁ! 今日はお祝いの日なんだからほどほどにね! ほら、皆でお菓子食べよう?」
かのんが2人を宥めながら机上に置かれている菓子を食べようと提案した。それを聞いた
「たこ焼きもあるよ! じゃんじゃん焼くから、たくさん食べてね!」
「おぉ……! ありがとう千砂都ちゃん!」
「千砂都さん……さすがです!」
瞳を輝かせながら反応を示す音羽と恋に、千砂都は嬉しそうにウィンクしてみせた。彼女はたこ焼き屋でアルバイトしているのもあり、この6人の中で作るのが最も上手い。千砂都は『皆にたこ焼きを振る舞いたい』と言っていた為、この歓迎会の為に千砂都自らが材料の調達や仕込みをしていた。千砂都がたこ焼き器に生地を流し始めた傍らで、各々菓子に手をつけ始め、今まさにパーティーらしいパーティーが始まった瞬間であった。
数時間後。千砂都特製たこ焼きやスウィーツを堪能した皆は、暫し箸休めをしつつ談笑していた。同好会として活動を始めた頃のこと、なんでもない日常やライブの思い出を語り合う。まだ入部して日が浅い恋はそれらの話を興味津々に聞いていた。嘗ては彼女達と対立し合っていたが、今はその様子はどこにも無い。皆仲間として恋を受け入れ、同じスクールアイドルとしてステージに立ったのだから。
皆で話をしている途中、音羽が静かに席から立ち上がった。
「ごめん、屋上で外の空気吸ってくるね。ちょっとはしゃぎすぎちゃった……」
笑いながら音羽は皆にそう告げ、かのんは『いってらっしゃい』と彼の背中を見送った。音羽が部室から出て暫くした後、すみれが口を開いた。
「随分明るくなったわよね、音羽。前まではあんな風に笑う子だなんて、まったく想像できなかったもの」
「そうだねぇ……きっとあれが素のおとくんなんだよ。ね、恋ちゃん?」
「はい。幼い頃の音羽くんは、あのような明るい性格でした。私と距離を置いた時から、暗くなってしまいましたが……今は以前のような音羽くんに戻ってくれて、とても嬉しいです」
そう言う恋の口調から、音羽が本来の性格に戻った事を素直に嬉しく思っているのは明らかだった。だが、その表情はどこか物憂げで、他にも何か口にしたい事柄がある様子であった。それにいち早く気付いたかのんは恋に声を掛ける。
「どうしたの? 恋ちゃん」
「……ずっと、言うべきか言わないべきか考えてきました。このような場で言うことではないのも重々承知しています。ですが……かのんさんに、言いたいことがあります」
「恋、ちゃん?」
先程のパーティー中に見せていた笑顔が鳴りを潜め、恋はかのんを見つめながら自身の胸中にある複雑な心境を打ち明ける決心をした。
「私がスクールアイドル部に入部できたのも、また音羽くんと共に居られるようになったのも。全てかのんさんのお陰です。この恩は……感謝してもしきれません」
「い、いや! 私はそんな……」
「……ですが」
かのんの言葉を、恋は落ち着いた口調で遮る。恋が彼女に伝えたいことは、礼だけではない。かのんに対して抱いている自身の心情をここで言語化して、何か変わる訳でもない。けれども口に出さなければいけない。今後の為にも、自分自身の為にも。
「……少し、かのんさんに妬いてしまいます。私が変えられなかった音羽くんを、あなたは変えてみせた。私は……音羽くんと長年一緒に居た筈なのに。自分が音羽くんに何かしてあげられた事……あるのでしょうか……」
「恋ちゃん……」
恋は分かっている。今自分が言っていることがどれだけおかしなものなのかを。大切な幼馴染を変えた恩人に対してどれだけ無礼な発言をしているのかも嫌という程理解している。けれど、彼女は言わずにはいられなかった。ずっと胸に溜まり続けたその気持ちを。音羽を立ち直らせ、ありのままの人間性を引き出したのは彼の親でもなく、十年以上の付き合いの幼馴染でもなく、彼と出会ってまだ数ヶ月の関係性である、澁谷かのんという少女。そのかのんが、恋の知らないうちに幼馴染と親密な関係を築いていた。互いが互いを信じ合い、共に支え合う。まさしく以前の恋と同じ立場で、音羽と良好な仲となっていた。その事実が、スクールアイドル部に所属し始めた時から、恋の心をきつく縛り付けていた。
かのんに対する嫉妬は、同時に音羽を変えられなかった自身を悔いる事にも繋がっていた。此処に居る誰よりも自分が1番に音羽をよく知り、誰よりも長い年月を共に過ごしてきた筈なのに。自分は幼い頃から音羽にたくさんのものを貰った。だが自分は、音羽に何か出来ていただろうかと。あの日音羽は、『全部、君からもらってた』と口にしていたが、果たして本当に、自分が彼に影響を与えていたのかどうか。恋には音羽の言葉を疑う気もつもりも無いが、恋自身は未だそれらの事象に折り合いをつけられずにいた。そんな恋の言葉に、かのんは優しく微笑んだ。
「私、恋ちゃんが言うほど大したことはしてないんだ。私はただ……おとちゃんの背中を押しただけ。変わったのは、おとちゃん自身の意志だよ」
「かのんさん……」
あくまで自分は彼の背中を押しただけと言うかのんに恋はまたしても彼女の根底にある強さを感じ取る。音羽が選んで変わる事を望んだのだと、かのんはそう思っていた。彼女自身、自分で考えた上で行動に移さなければ変化が訪れないことを知っている。彼女も音羽と同じように変わることを望み、その上で行動をした。故にかのんはそのような認識で音羽を見ている。彼の大きな変化を間近で見ているからこそ、彼女は音羽を尊敬している。尊敬し、仲間として共に居るのだ。
「レンレンは、音羽に何もシテあげられなかったと思ってるデスか?」
「……ええ。私は音羽くんから大きなものを貰っています。数え切れない程に。ですが私は音羽くんに、そのくらい何かをあげられた事はあったのかと、今でも考えてしまうのです。……情けないですね。いつも私は、貰うばかりで……」
「ソレは違いマス!!」
可可が大きな声で恋の言葉に口を挟む。可可もかのんと同様日頃から音羽のことを見ている人物の1人。彼の人となりを充分理解し、且つ音羽が普段恋に対してどのように思っているのかも彼から聞いている。
「音羽はいつもレンレンを褒めてマス。レンレンがスクールアイドル部に入る前だって、アナタのコトを大切に想っていまシタ! 音羽にとっても、レンレンは大きな存在のハズデス!」
「最近は特にそうよね。恋が部に入ってからもっと明るくなったような気もするし。見た感じ、音羽のあれは恋の影響が強いと思うけど?」
「音羽くんが……私に……?」
可可とすみれの話を聞き、恋は戸惑いを隠せない表情で2人を見つめる。練習時や部室に居る時の音羽は、恋が加入する前からあのように明るく元気な様子なのだと恋は思っていた。だが恋以外の皆からすれば、恋が一緒に居るようになってから、一段と笑顔が増えたという認識であった。これと言って目に見えて大きな変化かと問われれば首を傾げる程度の、普段から彼を見ている者でないと気付けない程の微細な変化なのだが、4人共音羽のその変化を確かに感じ取っていた。
「恋ちゃんが部に入ってから、おとちゃんいつも嬉しそうなんだ。だからね、恋ちゃんと一緒に居られて、恋ちゃんが側に居るだけで。おとちゃんはそれだけで幸せなんだと思う」
「うんうん。そんなに気負う必要はないんじゃないかな? 幼馴染なんだし、これからは絶対、仲良くやっていけるよ! 今のおとくんを見てると、自然とそう信じられるんだ!」
かのんと千砂都も可可達に便乗して恋を励ます。2人も音羽と恋と同じく幼馴染同士の関係性であり、両者が互いに抱いている想い等に差異はあれど、『一緒に居たい』という気持ちは間違いなく共通している。離れれば寂しくて胸が苦しく、共に居られれば心地良く、ほっとする関係性。長年付き合っていなければそのような関係には至れない。現に音羽と恋は互いにそう思い合っており、失った半身を取り戻したかの如く、最近は両者共に密接に影響を与え合っている状態であった。恋自身、その事を嬉しく思っている。数年間焦がれ続けた人物が今は身近に、手の届く場所に居て。自分に対して優しく微笑みかけるのだから。
「あの子に何か言いたいこととかあるなら、今のうちにハッキリ言っといた方が良いわよ。この前『頼みたい事がある』って言ってたわよね?」
「はい……そちらも、音羽くんに言うべきか否か迷っていまして」
「大丈夫デス! レンレンの頼みデスよ? 音羽がソレを断るなんて思えナイデス!」
「そうだね。まずはおとくんに伝えてみようよ。恋ちゃんが心から望む事なら、了承してくれるはずだよ!」
「恋ちゃん、もっと自信持とうよ! 恋ちゃんが思ってる以上に、おとちゃんにとって恋ちゃんは……すごく大事な人なんだから!」
「皆さん……!」
かのんだけでなく、可可も千砂都もすみれも以前から気付いていた。恋は音羽にとって心の支えだったのだと。音羽がどれだけ恋を尊敬し、大切に想っているかを。それらを恋に知ってもらう為に、皆は嘘偽りない事実を彼女に伝えた。それに背中を押され、恋の表情が徐々に晴れていく。
「……私も、屋上へ行きます。行って、伝えます。音羽くんが『必要』なのだと」
「うん。きっと大丈夫! ちゃんと伝わるよ!」
「ありがとうございます。では……行ってきますね」
かのん達に対して礼を述べ、恋も音羽に続く形で部室を後にした。
「やっぱりおとくんと恋ちゃん、似た者同士だよね。お互い優しいから、時々気を遣いすぎちゃったり」
「でもまぁ、大丈夫なんじゃない? これと言って不安な要素はもう無いしね」
「デスね。コレからはもっともっと仲良くシテほしいデス!」
「そうだね。これからは……泣いたり、苦しんだりしないで、笑っていてほしい。おとちゃん達が笑ってると、私も嬉しいから!」
そう言ってかのんは笑みを溢し、彼女に釣られて皆も笑う。あの2人に涙は似合わない。笑顔が1番似合っている。先日から部室に飾り始めた学園祭の集合写真を見ながら、かのんは目を細めた。写真に写っている、2人のにこやかな表情のように。
恋が屋上の戸を静かに開けると、音羽は屋上の地面に座りながら、橙色に染まり始める空を眺めていた。口元に下弦を描いて上空を見上げるその佇まいに、恋は思わず見惚れてしまう。だが恋はすぐに用件を思い出し、自身の存在に気付いてもらう為に彼に声を掛けた。
「音羽くん」
「あっ、恋ちゃん!」
恋の声に音羽はすぐに気付き、彼はゆっくりと立ち上がる。恋もそれに合わせて音羽と距離を詰めた。
「恋ちゃんも外の空気を吸いに?」
「は、はい! そんな……感じです」
「あははっ。同じだね!」
音羽の問いに、恋は咄嗟に嘘を吐いた。急に伝えたいことがあると言えば彼を驚かせてしまうと思った為、音羽と同じ理由で屋上に来たという体にする。半分本当の中に半分程嘘も混ざっている自身の言動に少々罪悪感が出るが、『同じ』だと言って笑う音羽を見て、その笑顔にときめいてしまう気持ちも心に内在していた。恋は何か話題を変えようと自分も音羽と同じく空を見上げ、率直な感想を口にする。
「空……綺麗ですね」
「うん。……僕、屋上から見える空が好きなんだ」
空を見上げたまま、音羽は言葉を続ける。
「朝や昼は青空が広がってて、夕方になるとオレンジに染まって。夜になるとたまに星が見えたりする。当たり前の事かもしれないけど、その当たり前の景色を皆で見られることが、なんだか嬉しくってさ。幸せだなぁって、いつもそう感じてる」
「音羽くん……」
空は日々移ろって色を変える。時には雨が降って身体を、地面を濡らす。雨が降った後には晴れて、時折虹が出る。それは至極当然で、生きていれば当たり前に起こる現象だ。けれどその『当たり前』が、音羽にとっては楽しい。スクールアイドル部の皆と共に同じ景色を共有出来る事が彼にとっては嬉しく、毎日がかけがえの無い日々なのだ。
「いつかこの景色を、恋ちゃんと一緒に見られたらなって、そう思ってた」
「えっ……?」
「学園祭準備とかの時かな。色々自分の中で悩んで、ぼーっと空を見上げて。その時ふと思ったんだ。もしもこの空を一緒に見られたら……どれだけ楽しいんだろう、って」
音羽は素直に恋にそう言った。恋と再会して言葉を交わし、一度拒絶されたあの時。その数日後の休日に音羽は1人で屋上の空を眺めていた。空を見ながら彼の脳に渦巻いたのは、きっと叶いもしないと諦めかけていた『もしも』の出来事。音羽の隣に恋が居て、彼女と共に屋上からの景色を一望する。恋に対しての本音を思い出し、現在の音羽が真っ先にしたいと思ったのは、幼馴染と楽しみを共有する事であった。
「いつかそれができる日が来るかなって、来たら良いなって思って。そうしたら、今恋ちゃんと一緒に空を見てる。不思議だね。いつのまにか僕の願い、叶っちゃってた」
上空から視線を移し、音羽は恋の顔を見ながら笑顔を見せる。恋は彼と目が合い、照れながらもなんとか笑顔を繕った。
「最近、毎日楽しい。元々楽しかったのが、今はもっと楽しい。恋ちゃんが居てくれるから、だと思う」
「私の方こそ。毎日がとても楽しくて。皆さんが居て。そこに音羽くんも居てくれるので……すごく充実しています」
「ほんと? 楽しいなら……良かった。そう思ってくれると、僕も嬉しい」
「これからは……一緒です。共に空を眺めるのも、他愛のない話をすることも、共にお菓子を食べることも。一緒なので、いつでも出来ます。その毎日が、日常が。私にとって何物にも代えられない……『幸せ』です」
「恋ちゃん……そうだね。これからは、一緒だもんね!」
満面の笑みで、恋は音羽にそう答えてみせた。彼は恋の笑顔を見て安堵したように笑う。彼等はもう、離れ離れではない。自分達の居場所があり、顔を合わせられ、行動を共にすることができる。恋が焦がれ続け、切望した事象、音羽が心の底で望んでいた恋の存在。両者の願いは、既に叶えられていた。その願いの先にある我儘を、恋は彼に伝えようと心に決める。
「……そういえば音羽くん、先日私に仰いましたよね? 『なんだってする』、と。その言葉に、偽りはありませんか?」
「えっ? あ、あー! そうだよ? 学園祭だけじゃなくて、僕が結ヶ丘の為になれるならなんだってするって気持ちで、本心でそう言ったよ。……やっぱりあの時の僕説得力ないなぁ。今持ち出されるとすごい恥ずかしい……」
音羽は耳まで真っ赤に染めながら手で口元を隠してその場で左右に揺れる。その仕草に恋は可愛らしいと思うと同時に、その言葉に嘘偽りは無く、本心からのものだと確認がとれた。であれば、恋が伝えるべき事柄はただ1つ。
「仮にあの時は説得力が無かったとしても、今なら……自信を持って言えるのではないでしょうか?」
「う、うん! 僕の気持ちは同じだよ! 僕が力になれることなら、なんだってする! 皆の為に。……自分自身の為に!」
恋に問われて音羽は冷静になり、真剣な声音で自身の覚悟を口にした。音羽の答えに彼女は口角を上げて、且つ音羽に真っ直ぐな視線を向けた。
「それでこそ、私の知る音羽くんです。では私も、その覚悟に応えたい。音羽くんに……いえ、
「……? 恋、ちゃん?」
恋の表情からは、強い意志と音羽に対する信頼が見え隠れしていた。恋の眼差しとその言葉に、音羽は唾液をひとつ呑み下す。
「音羽くんに……お願いしたい事があります」
夕日が、向かい合う2人を照らした。
形を変えていくものと、変わりはしないもの。
失くしたくないものと、無くなりはしないもの。
それは、きっと……。
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