穏やかな陽光が窓を伝って各所を照らす私立結ヶ丘高等学校、その体育館にて。室内で最も広大なこの空間に、結ヶ丘に所属する生徒達が集められた。現在、学園祭が終了してから初めての全校集会が開かれており、壇上には現生徒会長である
「これより、私立結ヶ丘高等学校生徒会、任命式を始めます。
「……はい!」
壇上で恋の隣に位置していた音羽は緊張が滲み出ている声音で返事をし、先程まで恋が立っていた場所まで移動し、全校生徒に一礼をする。この全校集会の主な目的は、副会長に選ばれた音羽が生徒達に自分の意志を伝える為に開かれたものであった。
事の経緯は恋が音羽に自身の願いを伝えた時。生徒会長である恋の助けになってほしいと彼に言っていた結ヶ丘の理事長が、『生徒会長を補佐する人物を隣に置いた方が良い』という提案の元、責任感、学力、成績、人間性等を総合的に評価した上で、且つ恋の一番の親友だということを加味した結果、音羽が最も適任だと認められた。恋本人も、自身の隣に立って生徒会活動を行うのであれば『音羽が良い』とそれを強く望んだ。よって、結ヶ丘高校の理事長、そして現生徒会長の2名から直々に推薦が為され、音羽はその責務を担う事を了承。自らも生徒会に入ることで学校の為、生徒達の力になれるのならいくらでも協力する、と。音羽が恋と和解したあの日に伝えた想いを彼女は汲み、共に協力し合いながら結ヶ丘を守る決意を固めたのだった。
音羽が副会長に推薦された後に信任投票が開かれ、『全校生徒の過半数以上の信任を得られれば承認される』という条件付きではあったものの、理事長と生徒会長両名の推薦であったこと、両学科間の仲を取り持ち、学園祭を盛り上げる為に尽力した功績があったが故に普通科の生徒達からも好印象を抱かれていた彼は、結果として生徒全員からの信任を獲得。晴れて副会長として生徒会長と並び立ち、自身も中心人物として学校を守る担い手となる認可を得られたのだ。
『この度、初代生徒会副会長を務めることになりました。音楽科1年、東音羽です。まさか自分が、このような立場になるなんて思いもよりませんでした。全ては、ここに居る皆さんが……副会長になることを認めてくださったお陰です。本当に、ありがとうございます』
館内に、マイクを通した彼の爽やかで綺麗な声が響く。以前に恋が皆に挨拶した時とは違い、固い言葉回しではなくややくだけた口調で音羽は生徒達に話し始める。全校集会の場で何を言うべきか、音羽は恋に相談に乗ってもらう等して挨拶の言葉を考えたのだが、彼は恋のように厳粛な場で使うような単語をスラスラと口に出すのがあまり得意ではなく、文字に起こしたものを読むと棒読みのようになってしまう点を恋から指摘された。
そこで恋は敢えてそういった堅苦しいものではなく、音羽自身の言葉で皆に言いたいことを伝えれば良いと助言をした。すると音羽は自然と伝えたい事柄が頭に思い浮かび、内容をスムーズに纏めることができた。館内に居る生徒達の表情を見て、音羽の緊張は程良く解けたようで、言葉に詰まらずに話が出来るようになっていた。
『……僕が結ヶ丘高校に入学した時、最初は『この学校に居てもいいんだろうか』、『居ちゃいけないんだ』って。そう思ってました』
音羽は入学当初の自分を思い浮かべながら皆にそう打ち明ける。何事にも向き合わず、勇気を出せなかった自分。他人の目ばかり気にして、何もかも隠していた自分。自分が如何に変わり者で、暗く近寄り難い印象を抱かれていたかを自覚し、幾分か恥じらいで目線を下に向ける。
『皆、やりたいことや成し遂げたいことをちゃんと持っていて。なのに自分は何も無い。何も出来ない。何者にもなれやしない。そう決め付けて、逃げようとしました。ですが……』
視線を上げて音羽は生徒達を見回しながら、柔らかな表情で言の葉を紡ぐ。
『この結ヶ丘で、信じられる友達ができました。一緒に部活動ができる仲間もできました。……疎遠だった幼馴染とも、また仲良くなれました。こんな自分でも、勇気を出せば何かが変わる事を、この学校が、友達が……気付かせてくれました』
自分の身の周りで起こった出来事を順番に語り、その要因となった生徒達を探してみる。かのんも、
『そして、結ヶ丘高校の前身……神宮音楽学校の歴史を知りました。この場所には、神宮から結ばれた大切な想いや、願いがあることが分かって。その想いともしっかり向き合いたい。心から……そう思いました』
恋の自宅で見た神宮音楽学校の写真や資料室にあった卒業アルバム。キラキラと輝いていたその記憶達。音羽は聢とその瞳に焼き付けた。彼の父、
『……気付いている人も中には居るかもしれませんが、僕の父親は……音楽家の
実の父親の名を出した瞬間、一部の生徒達の声で体育館に騒めきが起こる。初めて知る生徒も居る為か、特に普通科に所属している生徒が驚愕した様子を見せていた。数秒経った後に教師が発した鶴の一声ですぐに騒めきが収まり、音羽は息を整えてから話を再開した。
『彼は神宮音楽学校の最後の卒業生で……自分の大好きな学校を音楽を用いて廃校から救おうと、守ろうとしました。でも……それは叶わなかった。父は、後悔していました。『何も出来なかった』と自分を責めて、悔やんで。だから僕は……もう二度と父のように傷付く人を見たくない。生まれた思い出を、悲しいものにさせたくないと心に誓いました』
前に湊人は学校を救えなかった事を『過ち』だと言った。だが音羽は決してそうは思えなかった。彼の言う通り、廃校から守れなかったのは事実で、覆しようの無いことであるのは確かだが、湊人が抱いた学校を守りたいという想い、
『僕は、父が大切にしていたものをこの手で守りたい』
グッと力強く、自らの拳を握る。
『父が果たせなかった事を、次は自分が果たしたい。僕が……父の想いを継ぎます。結ヶ丘を地域に根差し、途切れることなく続いていく学校にする為に。生徒の皆さんが、笑顔で居られるように。願いが、繋がり続けるように……』
恋が生徒会長に就任した際に言っていたことを音羽も同じく口にする。そこに音羽の理想も織り交ぜられる。彼の言葉に、皆静かに耳を傾けていた。涙ぐんでいる可可の姿が見えて音羽もそれに釣られそうになるが、堪えながら音羽は脳内に浮かべた言葉を言語化する。
『僕はまだまだ未熟で、皆さんの手を借りることがたくさんあるかもしれません。その時は共に協力してくださると助かります。皆さんと力を合わせて、結ヶ丘をより良い学校にする為に……尽力することを誓います』
皆で手を取り合っていくこと。音羽がこの数ヶ月で学んだ、いつのまにか自身の中のポリシーとなっていたその信条。仲間の大切さ、協力し合うことで生まれる力。それらを知った音羽だからこその、良くも悪くも音羽らしいと言える言葉だった。
『夢も、想いも。全部背負って、僕は前に進みます。皆さんと、進み続けたいです。生徒会長と一緒に、結ヶ丘を守ります! 皆さん、よろしくお願い致します!』
音羽が生徒に深々と礼をすると、1人の女子生徒の拍手からどんどん音が伝播していき、ついには体育館内に溢れんばかりの拍手が溢れた。生徒達のこの拍手が、音羽を副会長として認めた何よりの証であった。それが予想外だったのか、音羽は思わず自分から見て左に居る恋の方を見ると、恋も手を叩きながら朗らかな笑みを見せていた。その幼馴染の様子を目にして、音羽はホッと肩の力を抜き、全校生徒に向かって最敬礼で自身の喜びを伝えたのだった。
「2人共、全校集会お疲れ様でした。音羽君、良い挨拶でしたよ」
「あ……ありがとうございます! 光栄です!」
放課後。音羽と恋は理事長室に呼び出され、全校集会の総評と今後について話す為に2人は理事長の前に立っている。
「音羽君。初代生徒会副会長としての責任を持ち、生徒の模範となるような生活を心掛けてくださいね。他の誰でもなく、貴方が副会長に選ばれたという事を忘れないように」
「はい。肝に銘じます。理事長先生、僕を副会長に推薦してくださり、ありがとうございました」
音羽は改めて彼女に礼を言うと、机上で手を組んだまま静かに微笑んだ。
「元々、副会長に推薦するなら貴方にしようと決めていましたから。言ったでしょう? 葉月さんの助けになってほしい、と」
「あははっ。最初からそれを見越してあの時話してたんですね。今ようやく分かりました」
「り、理事長っ……音羽くんにそんなことを……?」
「ええ。あの時の葉月さんは危うさがありましたからね。側で貴女を支える人が必要だと判断したので、彼にそう伝えていました」
「そうだったのですね……なんだか少し、恥ずかしいです……」
恋は両手で熱を帯びる頬を抑えながらそう呟いた。音羽はそのことを伝えられた時はあくまで彼女の友人として助けになってほしいのだと解釈していたのだが、理事長としての立場では願わくば生徒会という地位に就いた上で恋を支えてほしいという願いも含まれていたのである。音羽は自分がその地位に就けて初めて、彼女の真意と意図が理解することができた。
「これからは、貴方達2人が結ヶ丘を背負うのです。互いに協力しながら学校を運営していってください。期待していますよ」
「勿論です。私はもう、1人ではありません。音羽くんや、スクールアイドル部の皆様が居ます。一緒なので……怖くありません」
「……! 恋ちゃん……」
恋の発言に音羽の胸が熱くなる。前に音羽が伝えた言葉を、今度は恋が理事長に堂々と口にした。『一緒なら怖くない』と。自分1人では出来ないことが、皆となら出来てしまいそうな、そんな予感が恋の胸中に渦巻いていた。不可能を可能にできるかのような、そんな根拠の無い自信。音羽にも恋にも相応の不安はあるが、それ以上に安心感を強く感じ取っていた。自分は、独りじゃないと。いざとなれば手を貸してくれる仲間が居る。手を伸ばせば、掴んでくれる人達がちゃんと居るのだから。
「僕も、皆が居てくれるので不思議と怖くないんです。恋ちゃんと一緒に……頑張ります。お父さんの願いも、
胸に手を当てて、音羽も自らの決意を2人に告げる。彼の心には父の願いが在り、それに加え自分の想いも確かに存在している。決して揺るがず、譲れないもの。それらを胸に抱えて、刻んで。彼は結ヶ丘を背負う覚悟を持って恋と並び立つことを望んだのだ。
「頼もしい限りですね。では早速、葉月さんの仕事のお手伝いをしてもらいましょう。葉月さん、色々教えてあげてね」
「はい! 行きましょう、音羽くん!」
「うんっ! じゃあ行こっか!」
「あぁ、そういえば音羽君」
恋の仕事を手伝うように言われ、2人で理事長室を出ようとした時、彼女が音羽を呼び止めた。
「何ですか?」
「湊人君は……あれから元気にしてるかしら?」
「はい! 変わらず忙しそうにしてますけどね……でも、部室で見つけた写真を渡したらすごく喜んでくれて。『ありがとう』って、言ってくれました!」
音羽は嬉しそうに湊人のことを話すと、彼女もまた安心したように頬を緩める。学園祭が終了して後日、音羽は部室で見つけた写真の焼き増しを行い、封筒の中に入っていたものを湊人に手渡していた。焼き増ししたものは現在、スクールアイドル部の部室に飾られている。
「……そう。彼に、よろしく伝えておいてね」
「はい! 失礼しました!」
音羽は笑顔で返事をし、恋と共に理事長室を出た。2人の表情を見て、彼女はふと思いを馳せる。
「まったく。2人揃って同じ笑顔しちゃって」
椅子から立ち、彼女は窓から空を眺める。太陽の明るい光が、その瞳に眩しく刺さった。
「やっほー! 遅くなってごめん!」
副会長として初めての仕事を終えた音羽は、恋と一緒にスクールアイドル部の部室に入る。今日は簡単な書類仕事をするのみで仕事が終了し、生徒会室から真っ直ぐ部室にやって来た。部室には既に練習着に着替えたかのん達4人が座っていた。
「おつかれおとちゃん! 恋ちゃん! 挨拶、かっこよかったよ! 副会長っ!」
かのんが笑顔で2人を出迎え、音羽が就いた役職を口にすると彼は恥ずかしそうに頬を人差し指で掻いた。
「あはは……ありがと。けど副会長って呼ばなくて良いよぉ……」
「音羽の言葉にクク、スゴく感動しまシタ……!」
「よく噛まずに全部言い切れたわよね。あんたにしては良かったんじゃない?」
「とか言っちゃって〜、すみれちゃんさっきまでおとくんのことベタ褒めしてたじゃん〜?」
「ちょっ……千砂都! 別に言わなくて良いでしょそれ! 何で言うのよ!?」
「相変わらずヘソ曲がりデスねぇ」
「あんたはどっから覚えてくんのそういうの……とにかく、音羽も恋も来たんだから練習始めるわよ!」
「そうだね。皆、屋上行こっか! おとちゃん、今日も動きのチェックよろしく!」
「わかった! 任せて!」
すみれが話題転換も兼ねて練習を始めることを提案し、一同は席から立ち上がって屋上へと向かう。
「私は着替えてきますので、先に準備運動を始めててください」
「おっけー!」
まず練習着に着替えることを先に皆に告げるとかのんがそれを了承し、彼等は部室を出る。恋も部室から出ようとした時、リュックから必要なものを取り出している音羽に声を掛けた。
「音羽くん!」
「ん? なに、恋ちゃん?」
「……またあとで!」
恋は音羽に一言そう告げると彼はクスッと笑みを溢し、音羽はひらひらと手を動かした。
「うん! あとでね!」
音羽からの返答を聞いた恋は嬉しそうに目を細め、部室のドアを静かに閉めた。同好会として活動が始まったスクールアイドル。今はスクールアイドル部として正式に認められ、6人で日々の練習を頑張る毎日。恋のあのような何気ない言葉も、音羽にとっては大切な日常の1ページだ。先の見えない未来が、まだ見えない明日が。『怖い』ではなく、『楽しみ』なのだと言えるくらいに、音羽は前向きになれていた。スクールアイドルのサポート、そして生徒会副会長。二足の草履を履いた彼の新しい日常が、今幕を開けた。
「よしっ。今日も頑張ろう」
必要な物を全て用意し、彼もまた屋上へ向かおうとしたその刹那。音羽の真後ろにある窓から風が吹いた。思わぬ事象に体勢を崩し、近くにある棚に身体をぶつけてしまった。
「いたっ……ってあーっ! 写真っ!」
身体をぶつけた衝撃で、飾っている写真立てが前方にカタン、と音を立てて倒れた。音羽は慌てて写真立てを手に持って直そうとした時、写真に写っている湊人が目に入った。学校アイドルとそのファン達も写っており、湊人の右隣には葉月花が、左隣にはあからさまに不服そうな顔をしている若かりし頃の理事長の姿が在った。
「やっぱり……良い笑顔だなぁ」
普段は絶対に見ることのない、父親の無邪気な笑顔を見て音羽はそう呟いた。湊人以外の写っている人達も楽しそうに笑っていて、学校アイドルが最高の思い出であったことをこの写真が証明していた。暫く写真を眺めていると、部室の入り口付近から声が聞こえた。
「音羽ー! 早くしなさいよー!」
「あっ。ごめーん! 今行くー!」
すみれに屋上に来るよう急かされ、音羽は急いで写真を棚に戻した。
「これでよし。……行ってきます!」
音羽はノートと筆記用具等を持って小走りで屋上へと移動した。元の位置に戻された写真立てのその隣には、もう1つの写真立てが置いてある。学園祭の時に皆でステージをバックに撮った記念写真もそこに飾られていた。嘗て、母校を廃校から救おうとした学校アイドルが存在したこと、彼女達が居たから今の自分達が居ること。それらのことを忘れないように、音羽の意向で2つの写真が部室に飾られている。過去があるからこそ前に進める。先人達が結んだ意志は、かのん達の心の中にしっかりと生き続けている。
穏やかな陽光が、写真の中に居る彼等をいつまでも照らし続けていた。
まだ知らない明日の、その先へ。
ここまで読んでいただきありがとうございました。これにて星達のオーケストラ第5章、クインテット〜結ぶ絆〜は完結となります。次回から第6章に入りますので、引き続き読んでいただけると嬉しいです。
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