第42話 新たな装い、君たちの名は?
至る所で共鳴する雀の声が生徒達を迎える私立結ヶ丘高等学校、その校舎にて。今日もいつものように授業があり、部活動も行われる。彼等にとっての青春の1ページがまたひとつ綴られる秋の朝。皆が穏やかに結ヶ丘校舎内に入っていく中、バサリ、という大きな音から平穏な朝が鳴りを潜め、突如として生徒の不審な声で埋め尽くされる。
校門を潜り、ゆっくりと歩いている中でこの異様な事態に気付いたのは結ヶ丘高校生徒会長、
「何ですか、これは……?」
「恋ちゃーん!」
彼女の後ろから名を呼ぶ声がすると同時に、足音が徐々に大きくなっていく。振り返ると、恋と同じく結ヶ丘高校生徒会の一員で生徒会副会長……そして恋の幼馴染且つ親友、
「音羽くん! おはようございます」
「おはよう! なんか、騒がしいね。どうしたの?」
音羽が校門を通り過ぎた頃から現状のような生徒達の様々な声が聞こえてきており、未だ状況を理解できていない様子であった。その理由を恋に問うと、彼女は横断幕が下がっている方を指差した。
「あれを見てください。屋上からあのような物が……」
「わぁっ……! おっきいねぇ……」
音羽は横断幕を一目見て、あまりの巨大さに感嘆の声を上げる。横断幕に記されている文字を彼は目を凝らして解読する。文字はアルファベットで書かれているが、読み解くにはそう時間はかからなかったようだった。
「L.i.v.e……『Love Live!』?」
音羽がその文字を声に出して読んで恋の方を見る。『ラブライブ』。横断幕には確かにそう書かれており、間違いは無い筈なのだが……音羽と恋はその言葉の意味を理解は出来ず、2人は共に首を傾げた。
放課後。生徒会の仕事を終えてスクールアイドル部の部室の中へ入った音羽と恋が最初に見た光景は、
「ラ・ブ・ラ・イ・ブ……のっ! エントリーが始まりマスっ!」
「ラブライブ……? あっ! もしかして今朝の横断幕って、くぅちゃんが作ったの!?」
「そうデス! ククがコノ日の為に……寝る間もオシんで作った力作デス!」
「おぉ〜! すごいよくぅちゃん!」
「やはり、可可さんだったのですね」
2人は朝に見た横断幕が可可お手製の物だということに納得するのと共に音羽が彼女を褒め讃える。いつのまにあのような巨大な横断幕を作成していたのか些か疑問に思った一同だが、今日の可可は普段よりも感情が昂っており、それに水を差さないよう敢えて口には出さずに
「部活で言う、全国大会みたいなものだよね?」
「そんなヒトコトで済ませラレル大会ではありまセン。ラブライブは嘗て……いくつもの感動と奇跡を起こしてキタ、スクールアイドルにとっての夢! 魂! 命の源ォ〜ッ!!」
「ふむふむ……それだけ大事な大会なんだね」
可可の熱い言葉に音羽はラブライブの重要性を理解する。『ラブライブ』はスクールアイドルであるなら誰もが目指すであろう指標。スクールアイドルの認知度が上がり、それに属する者達が多くなった現在では、その大会が大勢のスクールアイドルにとってどれ程大きな存在と化しているかは想像に難くない。
「実際に、大会で有名になったことで入学する生徒が凄く増えた高校もあるとか……」
「はいデス! 廃校のピンチから、一気に有名になった高校がイクツもありマス!」
恋の補足に可可が頷き、ラブライブが齎した学校への影響を説明する。廃校寸前だった高校が、スクールアイドルの活動によって知名度が高まり、入学者が多数増えたことで廃校が阻止された例も存在する。恋と音羽が理想として掲げている、結ヶ丘を途切れることなく続いていく学校にする為には、大衆に認知されることが必要不可欠。学校を周りに知ってもらう為の手段としてスクールアイドル活動が機能している今、自分達もラブライブに出場する事こそが、結ヶ丘高校そのものを広報していくことに直接繋がっていくのだ。
「ふーん。たかが
ホワイトボードに書かれた『Love Live』の文字を見ながらすみれが半信半疑の様子で可可にそう問うと、彼女は『待ってました』と言わんばかりに自信満々な表情を見せる。
「フフッ。アナタがソウ言うのは想定済デス。見るがイイデス! 音羽! 手伝ってくだサイ!」
「う、うんっ!」
可可が音羽にサポートを頼み、彼は席を立って可可がやろうとしている事の準備を手伝う。彼女の指示により部室に保管されているプロジェクターを取りに行き、スクリーンを物置きから引っ張りだしてそれを定位置に配置。可可が勢いよくスクリーンを開き、プロジェクターのスイッチを押すと、明かりを消した暗い部室にとある会場が投影された。
「コレが今年の……決勝の会場デス!」
「すごい……!」
「こんな大きな所なの!?」
千砂都とかのんが決勝戦の舞台となる会場を目にして驚嘆の声を上げる。
「ハイ! ついについに……コノ『神宮競技場』で行われるコトになりマシタ……!」
「神宮……競技場……」
音羽が復唱したその会場の名は神宮競技場。オリンピック等のスポーツ行事や大物アーティストのライブに使われる世界的に有名な建造物で、特に音楽業界ではライブだけでなく、その年に多大な功績を残した人物が表彰される式典に利用されることもあり、十数年前に音羽の両親……
「ここで……ハッ!」
神宮競技場の規模の大きさにすみれの瞳がきらりと輝く。そして彼女の脳裏に浮かぶのはその場所で輝いている自分自身。何千、何万人もの人が自分に目を向け、拍手喝采をすみれに浴びせている光景。眩しいスポットライトが自分を照らし、視線の先には大勢のファンが居る。それを想像したすみれの表情筋が一気に緩み出す。
「……ウフッ。幼きあの日から夢見てきた……スポットライトを浴びる瞬間が……!」
「……すみれちゃん?」
ブツブツと独り言を呟いているすみれに音羽が反応を示した瞬間、可可の手で再度部室の明かりが点けられた。自身の至福な妄想が無機質な電気の光に遮られ、現実に引き戻されたすみれは可可に不満を露わにした目で睨む。
「ちょっと!!」
「ソンナ簡単に、ココに立てると思うなデスよ。コノスットコドッコイ」
「すっとこ!?」
可可はすみれが神宮競技場に立っている自分を想像していたことはとっくにお見通しであり、彼女の妄想を冷たく一蹴した。
「どういうことです?」
「あはは……やっぱりそう簡単にはいかないよねぇ……」
「ん……? あれ?」
音羽と恋がそれぞれ可可の言葉に反応を示した瞬間、かのんが隣に居る2人にいつもとは違う『何か』を感じ取った。
「ん? んー……ん〜!?」
「な、何ですかっ!?」
「そ、そんなに見られると恥ずかしいよぉ……」
千砂都とかのんが2人の姿を凝視し、両者共に恥ずかしそうに頬を染める。衣替えにより制服が夏服から冬服に変更になったのは皆が目に見えて分かる点なのだが、衣替えをしているのは生徒全員がそうなので然程気にする部分ではない。そういった点では拭い切れない、2人の決定的な違いが何なのかを彼女らは真剣に探りを入れる。
「恋ちゃんとおとちゃん……何か違和感が……」
「んー……ムムム。……あっ! 2人共普通科の制服!!」
「それだっ!!」
千砂都が音羽と恋の普段とは決定的に違う点を発見し、かのんも千砂都の言葉でようやく気付いた。2人はかのんや千砂都、可可とすみれのように同じ普通科の制服を身に纏っていた。音楽科の白を基調としたものではなく青色のジャケットを身に付け、ジャケットの下に恋は白と灰色のブラウスとワンピース、音羽は白いワイシャツに灰色のベスト、音楽科の制服と同様の赤いネクタイを着用している。
「まさか、あんた達まで普通科に移ってこようって……?」
「いえ、科によって制服で区別するのではなく、自由に選べるようにした方が良いと理事長から提案がありまして」
「そうそう! 僕らが普通科の制服を着れば統一感も出て良いかなーって! それにこの制服は……昔お父さんが身に付けてたものと、同じだからね」
学園祭の時に提唱のあった、普通科と音楽科間で手を取り合うこと。それを意図せず邪魔する形となっていたのは、制服等の要素で普通科と音楽科を区別していたことだった。もうそのような差を設けて両学科間で溝を生みたくないという気持ちは理事長、そして生徒会の2人共に一致していた意向だった。結ヶ丘創設者である葉月花も、学科の違いによって生徒同士での関係が悪くなることを望まないだろうと理事長がそう判断し、制服を選択制として自由に選べるように一部の校則を変更したのだった。制服が選択制となった事を初めて耳にし、『音楽科の制服を着たい』とはしゃぐかのん達を横に、恋は音羽が纏っている制服の袖を指でつまんで彼を呼んだ。音羽がそれに気付き振り返ると、恋は彼の耳に手を添えながら口を近付けた。
「また、お揃いになれましたね。音羽くん」
「っ……! れ、恋ちゃんっ……」
耳元で彼と制服が同じになれたことの喜びを小声で告げると、音羽は耳を真っ赤に染め上げて口に両手を当てた。幼馴染の予想通りの反応に、恋は優しく音羽に微笑みかける。かのんと千砂都、音羽と恋のそれぞれの遣り取りを見ながらすみれは『やれやれ』といった面持ちで肩を竦める。すると別の方向から1人の声が聞こえてきた。
「話がカナタにソれていマス!」
制服に関しての話題が数分間続き、業を煮やした可可が彼等に低い声で横槍を入れた。彼女の言葉に一同は先程まで話していたラブライブの話題を思い出し、頬を膨らませる可可を宥めながら音羽達は各々自分の席に着いたのだった。
「コトシのラブライブは難関デス!」
気を取り直し、可可がラブライブについての説明を続ける。いつもとは異なる、彼女の真剣な声音に音羽達は息を呑んだ。
「スクールアイドル人気は留まるトコロを知らず、毎年参加学校は史上最高をコウシンし続けているのデス。ソノ中で夢のステージに辿り着ける学校はホンノひと握り……」
「でも、私達のレベルってそんなに低くはないと思うよ?」
ここ最近のスクールアイドル人気は凄まじく、毎年新たなスクールアイドルが何人も生まれており、ラブライブに出場を希望する学校が多数存在している。その為、全国大会に出場する学校を地区予選を用いて選出が為されている。その地区予選に多くの学校がエントリーする事は可可にとって簡単に予想がつく。まずは地区予選を勝ち抜けなければラブライブの本選にすら出場が出来ない。可可が『難関』だと言うのも決して無理の無いことであろう。可可の真剣な表情とは裏腹に、千砂都が明るく今の自分達のレベルについて言及した。
「かのんちゃんの歌は素晴らしいし、周りの子達と引けを取らないと思うんだ!」
「ちぃちゃんのダンスは、大会で優勝できるくらいのレベルだし!」
結ヶ丘高校スクールアイドル部が持ち得る現状の強みのひとつとして、かのんの歌唱力の高さと千砂都のダンスの上手さがある。元々のレベルに付随して毎日の練習の積み重ねもあり、2人の技術は同好会を結成した当初から格段に跳ね上がっている。
「恋ちゃんはフィギュアスケートとピアノもやっていたし、すみれちゃんは小さい頃からステージ経験が豊富! 可可ちゃんの熱い想いは、何よりの武器だし!」
「私達を多方面でサポートしてくれるおとちゃんだって居るんだよ? 優勝はわからないけど、予選くらいは……」
千砂都が3人の取り柄を口に出し、かのんがサポート役として音羽が居てくれることも可可に伝える。皆それぞれ持ち得るものがあり、歌やダンス、日々の練習等、全面的且つ高水準で皆をサポート出来る人材も結高スクールアイドル部に所属している。千砂都の言う通り、決して低くはないレベルに達しているだろうと5人はそう思っているのだが、可可は皆の考えに難色を示す。
「……甘すぎデス」
「「えっ?」」
「──。──! ────!!」
「なんか……キャラ変わってない……?」
「こんなくぅちゃん、初めて見た……」
日本語と中国語が入り混じった言葉を発しながら地団駄を踏んで辺りを右往左往する様子にかのんと音羽は苦笑する。可可のこの荒れようからして、自分達が思っている程ラブライブは甘くないということを一同は理解するに至ったのだった。
「とりあえず、エントリーはしマスが……突破スルには圧倒的なパフォーマンスが必要デスから、ソノつもりデ!」
冷静になった可可は制服のポケットからスマホを取り出し、ラブライブの地区予選エントリー専用のURLを開いて皆にそう告げた。
「新曲じゃなきゃいけないんだよね? じゃあかのんちゃんが詞を書いて……」
「私が……作曲ですか?」
千砂都が恋に作曲を任せられないか視線を送ると恋がそれに気付き、自身が作曲を担当することになるのかどうかかのんに聞くと、彼女はこくりと頷いた。
「せっかく6人になったんだし、そっちの方が新しくて良いと思う! 作曲は、恋ちゃんとおとちゃんに任せたい!」
「僕も? かのんちゃん、良いの?」
「もちろん! おとちゃんもピアノやってたんだし、恋ちゃんもその方がアイデア出しやすいかなって! 2人に作曲、お願いしてもいいかな?」
「まぁ……出来ないことはないと思いますが……音羽くんと協力して、最善を尽くします。音羽くん、よろしくお願いしますね」
「わかった。お願いされた以上、全力でやるよ。恋ちゃん、よろしくね!」
かのんが音羽も作曲担当に指名し、役割の分担が出来た。かのんが作詞を担い、恋と音羽が作曲に携わることに。音楽科の授業で得た知識を相応に持ち合わせている2人が担当することに他のメンバーから特に異論は出ず、すんなり彼等に任せる形となった。
「パッと華やぐ曲でお願いよ! 音羽と恋ならきっと作れるはずだわ!」
「せ、責任重大……頑張ります……!」
音羽が顔を引き攣らせながら自身を奮起させる為に胸の前で拳を作る。隣に居る恋も音羽の見様見真似で拳を作ってみる。ラブライブ地区予選に出場する以上、生半可な出来の曲は作れない。最善を、全力を尽くす為にこれまで得た知識と経験を用いて作曲する事を2人は共に誓った。そんな折、エントリーの為にサイトに必要事項を打ち込んでいた可可が指を、声を震わせながらスマホの画面を見つめていた。
「どうしたの?」
何事かとかのんが可可に話しかけ、皆も一緒に可可と画面を見てみると、必要事項の打ち込みが早い段階から止まっていた。必須欄に『私立結ヶ丘高等学校』と入力が済んでいるものの、その次の必須欄が何も入力されておらず、白いままだった。
「結ヶ丘……スクールアイドル部……」
可可がぎこちない発音でそう言って、入力欄の項目に指を差す。そこには『グループ名』と、大きな文字で記載されていた。
「グループ名……?」
かのんが一言口にすると、皆何かを察した様子でその場で硬直する。今の今まで頭の外に追い出されていた、そもそも決めようとも思っていなかったその名。
「そういえば、私達って……」
「なんてグループ名なの……?」
恋とすみれが皆にそう質問するが、誰からも答えが返ってこない。自分達がなんというグループ名なのか、メンバーのうち誰一人として考えた者が居ないからだ。
ラブライブ地区予選のエントリーが始まった大切な日。この日、誰も気にも留めなかったような小さな事柄が、今となって大きな問題として膨れ上がった状態で6人に直面したのだった。