グループ名を募集する為の目安箱を設置した週の末日。
「ゼッ……ゼロォォッ……」
「すっからかんったらすっからかん」
「うるさいデスぅ!!」
予想通りと言わんばかりにそう呟くすみれに可可はいつも通り噛み付く。先日までの可可の自信満々な作戦とは裏腹に、1つも意見が入れられていなかった事実に一同は肩を落とす。
「私達の方で皆さんに意見を出して貰えるように促した筈なのですが……」
「うーん……そんなに皆興味ないのかな……?」
生徒会である音羽と
「ごめんね。クラスの人達から『私達には荷が重い』って言われちゃったりして……皆考えようとはしてくれてたみたいなんだけど……」
音羽は普段よく話している女子生徒数名に直接声を掛けてみたものの、結ヶ丘を象徴するグループ名の案を出す事にプレッシャーを感じたようで、思考には至ったものの途中で考えるのを辞めた人達が大半であった。
「もしかしたら……ずっと私が反対していたからかもしれません……」
「それは無いと思う。学園祭で恋ちゃんがどういう気持ちでいたかは分かっただろうし」
意見が入れられなかった原因の1つとして、恋が以前までスクールアイドルという存在に異議を唱え続けていた事を彼女自らが口にする。生徒会長の立場の恋が反対し続けていたことで周りの生徒達が引け目を感じて案を出さなかったのではないかと恋はそう解釈し、責任を感じている様子で俯く。だがそれはあくまで過去の事柄であって、現状恋は自身もスクールアイドルとして活動しており、
「じゃあ、どうしてだろう……?」
生徒会が動いても効果は無く、かと言って恋の発言や態度が意見が出されない原因とは考えにくい。ならば何故1つも目安箱に案が入っていなかったのか。かのんが一言疑問を口にし、皆も揃って原因を考えるが、その日のうちでは明確な答えが出されることはなかったのだった。
「動画配信?」
部での活動を終え、時計の時刻は午後8時を指している夜。音羽はスクールアイドル部のメンバーの姿が映し出されているパソコンの画面と向き合いながら、かのんが言った言葉を復唱した。
家に帰った後にかのんは自分達と交流を持っていて、且つ可可が熱烈に推しているスクールアイドルグループである『
『うん。スクールアイドルって、歌とダンスだけじゃなくて、他にも色んなことやってるみたいで……』
『たしかに……私達は歌を上げてるだけだもんね』
千砂都はかのんの言い分に耳を傾け、自分達はあくまでスクールアイドルとして作った曲を動画に上げているだけで、他の活動は一切していなかったことに気付いた。スマートフォンやパソコン、タブレット等、身近に動画を見られる環境がある現在では、数多のスクールアイドルがSNSや動画配信を利用して活動の幅を広げている。これらは情報社会と言える現代で、夢の舞台であるラブライブへの出場にも大きく影響を及ぼす重要な広報活動の1つであった。
『ウカツデシタ……ついラブライブにばっかり目を奪われてイテ……』
『動画を使って宣伝するのは、今の時代なら当然ったら当然よね。というか、さっきからずっと気になってるんだけど……音羽、あんたどこで通話してんの?』
「えっ?」
いきなり名指しですみれに突っ込まれ、音羽は思わず些か間の抜けた声を出した。
『あー。おとちゃんの声、皆よりちょっぴり反響して聞こえたりもするし……』
『あと背景が真っ白すぎて目がチカチカすんのよ。そこ、多分あんたの部屋じゃないでしょ』
「チカチカする……? あっ! ごめんっ……今防音室で通話してるからかな……?」
『ぼ、防音室!?』
かのんが驚いた様子で音羽にそう問うと、彼は小さく頷きながら手を伸ばして照明のリモコンを手に取り、皆の目に不快感を与えないようにボタン操作で輝度を調整した。
「うん。ピアノ弾いても近所迷惑にならないように元から家にこの部屋があって。ピアノの練習してる時にかのんちゃんが連絡くれたから、そのままここで繋いじゃったんだよね」
『やはり……見覚えのある部屋だと思ってました』
「恋ちゃんとは昔ここでピアノ弾いたりしてたからね。懐かしいなぁ……恋ちゃん、今度また一緒に弾いてみない?」
『ええ。ぜひご一緒させてください!』
音羽と関わっていたあの頃と変わらない部屋の風景に恋は気付いており、音羽はまた以前のように一緒にピアノを弾こうと誘うと、恋は嬉しそうな声音で了承の意を示した。
『そういえば音羽のご家庭ってお金持ちだったわね……たまに忘れそうになるけど』
『おとくん、良い意味でお金持ちに見えないからねぇ……』
『モシヤ……音羽もレンレンみたいに高価な花瓶や絵画を持ってるデスか!?』
「あははっ。そういうのは家にないよ。お金持ちっていっても普通に生活する分には困らないくらいだし、お母さんもお父さんも……よくドラマとかで見るような高い物を買う趣味はないからね」
音羽は笑いながら自身の家庭のことを皆に話す。
無論、家庭の大黒柱の湊人も、一家の主婦である詩穂も、金が大事な物だということは理解している。当初はその為に努力を重ねてきたのだから。2人は下積みをしていた時に最低限度の生活すら出来ていなかった過去がある。安い賃貸とそれに比例した古い設備。1日1食、悪い時では水道水だけでその日を乗り切ったことだってある。スーパーやコンビニで半額で売られている惣菜やパンをひとつ買うことでさえ熟考を要される環境が長きに渡り続いていた。故にこそ金のありがたみを人一倍知っており、大成して多額の金が自分達の口座に振り込まれるようになったとしても、驕らず、欲張らず、手を伸ばせば目の前に有る大金に決して呑まれなかった。家庭を、愛する息子を守る為に建てた家が映画やドラマで見るような豪邸ではなく、一般的な家庭よりも少し贅沢をした程度の物にしたのが彼等の金銭感覚や思いの表れと言えよう。
そういった家庭で育てられた音羽もまた、思考や金銭感覚は庶民のそれに近しく、普段渋谷や原宿で見かける物全てに瞳を輝かせていることから、流行している物に一切触れてこなかった影響でどちらかと言うと恋と同じくやや世間知らずな一面を皆に見せている。音羽のその面を皆知っているからこそ、時折彼の家庭が富豪であるのを忘れてしまいそうになる。けれどその事象こそが、音羽が皆と打ち解けられている何よりの証拠である。
「本格的に動画撮るなら家にある機材とか色々使えそうだし、やってみようよ!」
『まずは私達を知ってもらわなくちゃいけないからね。皆も、それで良いかな?』
『良いよー! 面白そうだしね!』
『ククも賛成デス!』
『そうと決まれば、ショウビジネスの世界で生きてきたこの私が、動画配信のイロハを教えてあげても良いわよ?』
音羽以外の他のメンバーも賛成した中で、恋の不安そうな声が皆の耳に入ってきた。
『……あの、つかぬことをお聞きしますが……『動画配信』とは何なのですか?』
『『『えっ』』』
『動画を、
そもそも動画配信の意味を理解していなかった恋の発言に、皆揃って固まった。予想の斜め上を行く彼女の質問に可可は冷や汗を流しながら言葉を発する。
『ま、マサカ……?』
『恋ちゃん……知らないの?』
『はい。あまりそういうものには近付かないように言われていたこともあり……』
可可と千砂都の質問に恋は素直にそういったものに疎いことを言葉にする。インターネットには恋の健全な発育に悪影響を及ぼす情報も中には載っていると悟った葉月家の人間は、恋にそういったものに触れてはいけないと強めに言い聞かせており、そう言われていた恋が情報を手に入れていた媒体は殆ど本等の書物や、嘗ての音羽の言葉達からだった。本の情報や人伝でしか知識や情報を得ていなかった恋にとって、パソコン等の電子機器やインターネット、SNSは未踏の領域であった。
『わかった! じゃあ一緒にやってみよう!』
「恋ちゃん、一緒にやれば怖くないよ! 大丈夫!」
『かのんさん、音羽くん……! ありがとうございます!』
かのんが恋にそう提案し、後日自分達の動画を撮ってみることに。知らないのであれば、皆でそれを恋に教えれば良い。それが友達であり、仲間というものだ。知らない景色を共に楽しむことができるのも仲間だからこそ出来る事なのだから、音羽達はその手のことを詳しく知らない恋を咎めたりはしない。かのんと音羽の優しさを受け取った恋は、壁紙によって表情は読み取れないが、先程までとは違い声を弾ませながら2人に礼を言ったのだった。
動画配信の話題から色々な話題に移り変わりながら皆は雑談に花を咲かせ、日付が変わるタイミングでかのん達はビデオチャットを落とした。画面越しの皆に手を振った後に音羽も通話を切り、パソコンを静かに閉じる。そうして立ち上がり、防音室の二重窓を開けて外の空気を吸いつつ、夜空を見上げた。この防音室には出入口のドアとピアノ、非常時に脱出するための窓しか設けられていない、言ってしまえばひどく無機質な部屋だ。そしてこの場には音羽1人しか居ない筈なのに、彼には不思議とつい先程まで皆がすぐ近くに、目の前に居たかのような充足に満ちていた。
「ずっと、皆とこうしてたいなぁ」
夜の冷たい空気で肺が満たされる中、音羽はふっ、と微笑を浮かべながらそう呟いた。この無機質な部屋にしか響かない音羽の儚い呟きは、街の夜風に乗ってさらりと消えていった。