「これが……動画配信……?」
休み明けの放課後、スクールアイドル部一同は早速動画配信に着手し、小さな三脚に収められたかのんのスマホを
「これで撮影して、ネットで世界中の人に見てもらって……結ヶ丘のスクールアイドルを覚えてもらうの! そしたら、きっと良い名前も集まるんじゃないかって!」
「は、はぁ……」
かのんが恋に改めて動画配信をする目的を説明すると、恋は関心を抱きつつも未だ拭い切れない不安を声に乗せる。かのんの隣ですみれは配信設定を行っており、持ち前の動画配信に関しての知識をフルに活用しつつ自在に指を滑らせて画面のボタンを操作している。その様子を、すみれの側に居る
「じゃあ、行くよ!」
「えっ……えっ、あっ……」
かのんが液晶画面のボタンを押し、軽い効果音が鳴ると同時に録画が始まる。恋は慌ててスマホから瞬時に距離を置き、姿勢を正した状態で口を動かした。
「あ、あのっ! 私、結ヶ丘高等学校の生徒会長をしております、
普段のものとは違い、些か早口気味に自己紹介をする恋。本題に入ろうとしたところで、彼女はとあることに気付く。恋が偶然視線を移した先にはパソコンが椅子の上に置かれており、画面には自身の姿が映っている。だがその左横付近にはたくさんの文字が流れ続けている。その中には『かわいい』や『美人』という意見もあり、それを見た恋の頬がみるみるうちに赤みを帯びていき、カメラが回っている状態にも関わらず声にならない声を上げた。
「〜〜ッ! 何ですか! これはっ!?」
「恋ちゃんを見た人がメッセージくれてるんだよ! 何か答えてみたら?」
「ええっ!?」
かのんにそう言われ、恋はパソコンの画面に表示されているメッセージに目を通してみる。
「……『かわいい』、『美人ですね』、『髪型ステキ』……ッ!? もうっ、こんなの断りも無く始めないでください!!」
動画のチャット欄で自身に対して述べられる容姿や立ち居振る舞いを褒める多数の意見を目の当たりにした恋は恥じらいからノートパソコンを勢いよく閉じ、自分に許可無くこのような行動をとった一同に憤りを露わにした。
「いやぁ……お試しだよお試し……」
「すぐ切ってくださいっ!」
「えぇ……」
かのんの言葉に耳を傾けることなく恋は怒りを収めずに彼女にそう言い放つ。音羽は立腹の様子の恋を見て優しく微笑む。
「まぁまぁ。恋ちゃんを見た人達が『かわいい』とか言ってくれて、僕は嬉しかったよ? 今度は皆と一緒に動画撮るから大丈夫! そんなにムキにならないで……?」
「っ……お、音羽くんがそう言うなら……」
「あんた、音羽が絡むと途端に心広くなるわよね……」
音羽の無垢で率直な意見を聞くと恋はすんなり憤りを抑え、あまりの切り替えの速さにすみれが突っ込む。実際、音羽のこととなると恋が幾分か優しくなるのは皆なんとなく分かってはいた事柄なのだが、一瞬と言って差し支えない程の速度で感情を鎮めた恋と、その彼女を宥めた音羽の人徳に一同は改めて驚かされたのだった。
「じゃあ、準備は良い? 何言うかちゃんと決めた?」
「大丈夫だよー!」
気を取り直し、恋の他に
「最初から、こうして準備させてくれれば良いのですっ」
「はーい。じゃあいくよー!」
かのんは隣に居る音羽と頷き合い、撮影開始のボタンを押そうとしたその時。恋がこの状況の違和感に気が付き、手のひらをかのん達2人に見せてその行為を止めさせる。
「待ってください。かのんさん、あなたは? 映らないのですか?」
「わ、私はおとちゃんと一緒に……撮影?」
「撮影? 撮影なら、音羽くん1人でも成り立つのではないですか?」
「あっ。言われてみれば、たしかに僕だけでも良いような気が……」
「うっ……」
図星を突かれたのか、かのんの誤魔化したような笑みが一気にバツの悪そうな表情に変わる。ただ皆を映すだけであれば撮影係は音羽1人で充分であり、その役割を担うのに2人も人手は必要ない。恋の鋭い指摘に、他のメンバーもかのんの魂胆を何となく察することができた。
「もしかしてかのんちゃん……自分は映らないつもりだった……?」
「やっ……! お、おとちゃああああんっ!」
「ズルいですよ。私達にばかり押し付けて」
「その通りデス!」
「うんうん。やっぱりかのんちゃんも映らないと!」
「はーい……やっぱこうなるよねぇ……」
音羽が放った悪意の無い核心を突いた発言にかのんの思惑が完全に瓦解。否応なしにかのんも動画撮影に参加することになり、メンバーが立っている場所の中心に移動してスマホの前に立った。
「おとくん、合図お願いー!」
「うん! それじゃ、撮りまーす!」
音羽がかのんの代わりに撮影開始のボタンをタップし、結ヶ丘高校スクールアイドル5人での挨拶が始まった。
「「「こんにちはーっ! 私達、結ヶ丘高校スクールアイドルでーすっ!」」」
「では、まず自己紹介から!」
「えッ!? わ、私達は結ヶ丘でス、スクールアイドルの……恥ずかしいから、やめよっか……」
「どの口が言うのですかっ!? この口が……言うのですかぁっ!」
「う、映ってるよぉっ!!」
「チサトーッ!!」
「うんっ! ……まる〜! まる〜! まる〜……」
「んなっ! 何よ!?」
「行くデス!」
「……グソクムシ〜! グソクムシ〜!!」
「もっと隠すデスぅ〜!!」
「あわわわわ……ど、どうしようっ……」
かのんのカメラを前にしている状況での弱気な言葉に目くじらを立てた恋が彼女の頬を抓るという半ば放送事故とも言える事態に急転し、
「おおっ! イッキにいいね爆上げデスぅ〜!」
「って、こんなのでいいねもらっても……嬉しくなぁ〜〜い!!」
恋に頬を抓られたまま、かのんの叫びが部室中に響き渡り、その声が動画という電波に乗って世界中の人々に届けられるという、初めてスクールアイドル5人全員で撮影した記念すべき動画が、一体この場で何を伝えたかったのかさえも理解不能な珍事としてスマホに納められてしまったようであった。
「み、皆……? 大丈夫……?」
動画を撮り終えた一同は陰鬱な様子で机に伏しており、自分達の行動がインターネットに流れてしまった事に対する恥ずかしさで皆ぐったりしながら音羽の方を見る。
「あーあ……どうすれば良い感じに私達を知ってもらえるんだろう」
「リーダーでしょあんた……ちょっとは自分で考えなさいよ……はぁ……」
「なかなかインパクトは強かったと思うけど、にしてもねぇ……」
「アレでクク達スクールアイドルの名前を考えてクレル方が出てくるとは思えナイデス……」
「ううっ……私は公衆の面前で何てはしたない事を……」
5人共弱気でしおらしい言葉を発し、それを聞いた音羽はおろおろし始める。そんな彼の姿を見たかのんは、何か思い付いたように勢いよく音を立てて席から立ち上がった後、掌の上にポン、と握り拳を乗せる。
「そうだっ! おとちゃんに私達のことを説明してもらうのはどうかな? 普段の活動をよく知ってるし、おとちゃんを紹介できる良い機会じゃない?」
「ええっ!? か、かのんちゃん!?」
「ソノ手がありマシタ……! 音羽を動画に出せば良いのデス! そうすればモットいいねがつくハズ……!」
「かのんちゃんナイスアイデア! おとくん、とりあえずここに立ってみよっか!」
「くぅちゃんっ、千砂都ちゃんまで……僕、スクールアイドルじゃなくてお手伝いなのに……映っても良いのかなぁ……」
「何言ってんの。音羽も部員なんだから映んなさいよ。スクールアイドルだろうが手伝いだろうが関係ないわよ」
「音羽くんもスクールアイドル部なのですから。見てくださる皆様に、音羽くんの存在を知ってもらいたいのです。お願い……できますか?」
「な、何で皆そんなに乗り気なのぉ……?」
かのんのアイデアを聞いた皆も目に光を灯し、いつも通りのテンションへ戻り音羽に動画に出るよう諭す。サポーターの立場である自分が動画に出る事の申し訳なさと恥じらいで気乗りしていない様子の音羽なのだが、5人から向けられる期待の眼差しに彼は唾液を呑み下し、自身の役割を思い出す。自分はスクールアイドルの手助けを担う者。そのスクールアイドル達が今望んでいる事は……それを考えた音羽は意を決して千砂都に指示された場所へ立つ。
「……わかった。皆の為に、僕が結ヶ丘のスクールアイドルについて話してみるよ」
彼は皆の役に立つ為なら、恥じらいなど頭の隅に追いやれる。音羽の了承を受けたかのんはすぐさまスマホのカメラを構え、合図と共にボタンをタップする。その音を聞いた彼は背筋を正しながら口を開いた。
「こ、こんにちはっ! ぼ、僕はっ……結ヶ丘高校スクールアイドルのサポーターの
音羽が自己紹介を終えて、かのん達のことを話そうとした際に視線を移した時。恋と同じく多数のコメントが流れているパソコンがすぐ近くに置かれてあった。それに書かれているコメントは、『もしかしたら悪口のようなものが書かれるんじゃないか』という音羽の脳内の想像を遥かに超えるものだった。
『え、男?』
『スクールアイドル部にサポーターなんているんだ、すご』
『いや男じゃないだろ女だろ』
『だ、男装女子……?』
『は? かわいすぎるんだが?』
『何この可愛い生き物』
『結高にこんな隠し玉がいたとは……』
たった数秒で音羽の容姿を誉めるコメントが相次ぎ、且つ性別をどちらか理解できていない者も何人か居て、彼は慌ててそのコメントに言及する。
「あの、そのっ……僕、男です! ごめんなさいっ! 男が何でスクールアイドルの手伝いしてるんだって思うかもしれないですけど、僕は本気で皆の力になりたいって、役に立ちたいって思って、それでっ……」
音羽の容姿は母親である
『男!? そんなかわいい声で!?』
『いやまてそれはズル。男の概念こ わ れ る』
『めちゃくちゃ健気じゃん。推せる』
『おとはきゅん……好きだ』
『やばい推し変わりそう』
『自分、おとはくん推してよろしいか?』
『おとはくんがんばれー!』
『おとはくんかわいいよぉ!!』
「っ……えっ……う……あう……」
滝のように湧き出る自分を褒める言葉の数々に音羽はついに声も出せなくなる程に恥ずかしがり、口元を両手で覆う。その仕草が更に視聴者に火を付け、とめどなくコメントが投稿されていく。
「スゴい……先程とは比較にならナイくらいいいねがついてマス!!」
「これがおとくんパワー……」
「あわわ……おとちゃん、頑張ってー!」
「音羽! 声が小さい! もっと大きい声で喋りなさいよ!」
「音羽くん……すごいです!」
画面外にいる一同も感心したように音羽とコメントを交互に見る。画面外のかのん達の声が入ったからか、スクールアイドル達も共に言及が為される。
『おとはくん皆とめちゃくちゃ仲良さそう』
『あーやばいわこれ。オチる』
『おとはくん好きー!』
『もっと顔見せてー』
『マジで推し変しようかな。すみれちゃんからおとはくんに変えようか悩む』
『正直グソクムシより好み』
顔を抑えながらもコメントを目にしていた音羽はすみれと自分を比較する意見に気付き、顔を覆うのをやめて大きな声を出した。
「あ、あの! 僕なんかより、すみれちゃんを好きでいてください! 僕はサポーターですしステージに上がる訳じゃないので……すみれちゃんだけじゃなくて、皆のことを好きでいてほしいです!」
「な……なっ……」
音羽の言葉を聞いてすみれは急いで自身のスマホで動画を再生してコメントを開く。そこに書かれた、自分よりも音羽を推すという意見を目にし、彼女は大きく目を見開いた。
「私より音羽を推す……ですって?」
そう言いながらすみれが音羽を睨みつけ、とうとう画面外に居る状態から音羽が映っている画角へと入り込み、音羽の肩を強く掴んで思い切り揺らす。
「何で私じゃなくて音羽の方が人気なのよ! おかしいったらおかしいでしょぉっ! ねぇ、音羽っ! なんとか言いなさいよっ!」
「すみれちゃっ……ご、ごめんなさっ……」
「何やってるデスかこのグソクムシィっ!」
「すみれちゃん、落ち着いて! 映ってる映ってる!」
「おとちゃん大丈夫!? もうっ、何してるのすみれちゃん!」
「だって音羽が……何でったら何でよぉぉぉぉっ!」
「すみれさん、お……落ち着きましょう?」
いつのまにか部員全員がカメラの前に乱入し、先程のように混沌とした絵面に変わる。その一部始終を見て視聴者のコメント欄が更に湧く。
『ほんと仲良いなこの子ら』
『おとちゃんって呼んでるのかわいい』
『おとかのコンビよき』
『おとすみコンビよくね?』
『おとすみコンビの溢れ出る姉弟感』
『はぁーすこ』
『永遠にイチャイチャしててくれ』
『結ヶ丘スクールアイドル部、大好き』
『6人で結ヶ丘スクールアイドル部だなこれは。間違いない』
『結ヶ丘最高っ!』
『結ヶ丘万歳!』
『結ヶ丘。お前らがナンバーワンだ!』
『ラブライブに出場希望!!』
「あっ……!」
音羽が自分達スクールアイドル部のラブライブ出場を希望している好意的なコメントを目にし、嬉しさで頬が緩んだのも束の間、すみれにネクタイをぐいっと引っ張られて即座にこの現状へ引き戻される。他にも様々な肯定的意見が沢山寄せられ、ある程度の知名度も得られて状況は間違いなく好転してはいるのだが、6人で繰り広げられる小さな画面内の騒動は暫くの間続いたのだった。