「結局何も進まなかったねぇ……」
あっという間に日が暮れ、かのんの言葉と共に一同は疲れ果てた様子で校舎を出る。特に
「そもそもの原因は、あなたなんですよ?」
「えぇっ!? 私!?」
「今日も動画だとか名前だとかでゼンゼン練習デキてマセンし……」
「よりによって何で私が音羽に……」
「ぼ、僕よりすみれちゃんの方が絶対人気だとおも……」
「……何か言った?」
すみれはまだ音羽が動画配信の際に自身より人気と反響があった事を根に持っているようで、フォローの言葉を掛けようとした彼に脅すように低い声を発した。
「ヒィッ!! ご、ごめんなさい! なんでもない!」
「謝られても逆に悲しくなんのよ! 余計傷付くじゃないの!!」
「そんなぁ〜! ひどいよすみれちゃん〜!」
半ば理不尽とも言える八つ当たりをしながらすみれは呪詛のように先程の件にブツブツと文句を垂れ、その横で情けない声を発する音羽に皆は苦笑し、すみれが生んだこの空気を変える為に
「とりあえず名前のことは置いといて、明日からは練習ちゃんとやらないとね。おとくんと作った新しい練習メニューもあるし」
「名前決めも大事だけど、練習を疎かにしちゃうのはあんまり良くないからね……」
「そうだね。そろそろ練習しないと身体が鈍っちゃうかも」
千砂都と音羽の言葉にかのんが頷いて納得の意を示したところで、すみれがふと何かに気付いたように我に帰る。
「そういえば。かのん、歌はできたの?」
「歌?」
「それもそうですね。かのんさん、詞を渡していただけると助かります」
「……?
先日話していた新曲の件にかのんは首を傾げながら
「ん……? 私達は
「うん。かのんちゃんの詞が完成してから作ろうって僕と恋ちゃんで話してたんだけど……」
「ウソ……!? 私は曲ができたらそれに合わせて書こうと……」
「「えっ」」
「えっ……?」
ここ最近の活動で作詞や作曲の話題が皆からまったくと言って良い程に出されていなかったが、それは作詞担当のかのん、作曲を担当する音羽と恋がそれぞれ作成を進めているだろうと互いに考えていた為であり、どちらかが完成してからもう一方の作業に着手しようと各々は予定していたのだが、今明かされた衝撃的な事実に3人は目を丸くする。互いの作業が終わるのをただ待っていただけで、作詞と作曲のどちらもまだ何一つ手が付けられていなかったのである。
「「「えぇー……」」」
3人だけでなく千砂都達もさすがに驚きだったようで、全員で予想外と言わんばかりの反応を示す。グループ名を決めるという段階で難航しているだけでなく、それに追い打ちをかけるように更なる問題が生まれ落ちたのだった。
次の日。スクールアイドルの一同は昨日話していた通り練習に勤しんでおり、5人はダンスに必要なバランス感覚を鍛えるトレーニングをしていた。結ヶ丘の屋上に千砂都の元気な掛け声が響く。
「しっかり前を見て! フラフラしない! あと5秒! ……3、2、1! はい、終わりっ!」
千砂都からトレーニング終了の合図があった瞬間、バランスを崩した
「おとくんノート貸ーしてっ!」
「はい、千砂都ちゃん!」
音羽は練習メニューも一緒に書かれている自前のノートを千砂都に手渡し、彼女はページを捲って次の練習内容をかのん達に告げる。
「次はジャズダンスを少しやってから、今度は腹筋とスクワットを3セットずつ!」
「そんなに!? 随分ハードね……」
「ほとんど運動部ですね……」
「仕方ないよ。曲も振り付けも決まってないから、基礎的なことをやるしかないし」
千砂都と音羽は現状で出来る練習を話し合った結果、基礎練習を集中的にやることに決めた。曲とダンスの振り付けが不明瞭な以上は基礎の部分を底上げしていくのが最も有効だと判断し、以前と比較して皆のレベルが上がっていることを鑑み、千砂都は普段やっているものよりも少々重めの内容を提示した。
「うぅ……コンナノで本当に間に合うのデスか……?」
「それは……んー……」
可可の問いかけを聞いて、皆の視線はとある1点に集中する。バランスを崩して地面に伏している状態から体勢を整えていたかのんは、皆から向けられている眼差しに気が付いて瞬時に振り向く。
「わかってる! わかってるよ!! でも、このグループと学校を代表する曲って言われるとなかなか……」
「そんな難しく考えなくても良いんじゃないかな?」
「そうデス! この6人を見て感じたコトをソノママ歌にすれば良いのデスよ!」
千砂都と可可の励ましの言葉を聞くかのんだが、グループと学校、その両方を代表する曲を作るとなると当然プレッシャーも大きいものとなり、制作自体も難しくなる。未だイメージが固まっていない状態で歌として形にするように言われてもかのんにとってはそれが余計に作詞を難解なものにさせてしまっているのだ。
「じゃあ聞くけど、可可ちゃんはこの6人を見て何を感じる?」
「そうデスね……ソレは……『最強』とか、『最高』とか、『エクセレント』とか……」
かのんにこのグループを見て何を感じるかという問いに、可可は順番にメンバーを見つめながら言葉を紡ぐ。自分以外の5人全員の顔を見た後、彼女の答えが導き出された。
「……ではナイかもしれマセン」
「ほら〜! 可可ちゃんだってわかってないんじゃん!」
可可もまたかのんと同様に具体的な答えを持ち合わせてはおらず、かのんは口を尖らせる。
「そんなの『ギャラクシー』に決まってるったら決まってるでしょ!」
「えぇ〜? 『まる』だと思うけどなぁ! 名前も『まるまるサークル』なんだし!」
「その名前は既に拒否されました」
「どっちも響きが良いし、ふたつ合わせて『ギャラクシーサークル』なんてどうかな!? かっこよくない?」
「あんたの『かっこいい』の基準どうなってんのよ……」
「音羽くん、たとえ響きが良くても長すぎるものは良くない気がします。もっと良い名前が見つかる筈です!」
「じゃあナンだと言うのデスか!」
「それは……私にはまだ……」
「ほら、皆だってそうでしょ? 難しいんだよ。この6人ってバラバラだし、最初から何か目的を持って集まった訳でもないし……」
かのんの言う通り、このスクールアイドル部の6人は謂わば成り行きで集まった面が強く、最初から明確な目的があって活動していたとはお世辞にも言い難い。強いて言うなら、『皆の役に立つ』と確固たる意志を持って入部を果たした音羽のみがメンバーの中では唯一の例外なのだが、その音羽も彼女達やその歌に対してはっきりとした『色』を見出せずにいる。かのんは彼からそのことを聞いて、自分達を一番に理解している人物でも言語化が難しいものなのだと悟っていた。音羽だけでなく他のメンバーでさえ持ち合わせていない答えを、いくらリーダー的存在であるかのんにも簡単に答えを出せる事柄では無かったのである。
「それは分かりますが……」
「名前の方はエントリー期限までに決められれば良いんだよ! 僕もいっぱい考えるから!」
「でもエントリー期限まであと少ししかないんだよ?」
「まさか、諦めるの?」
「そんなワケありマスかぁっ!!」
すみれの『諦める』という言葉を可可は即座に否定しながら彼女に詰め寄る。可可の脳内辞書に『諦める』という単語は最初から存在していない。やると決めたなら何がなんでも貫き通すのが彼女であり、スクールアイドル部がラブライブ出場という更なるステージに上がる為には最早悠長な事はしていられない。
「こうナッタラ……」
「なったら……?」
「ナッタラ……!」
可可はじっとかのんを見つめ、グループ名や歌をを手っ取り早く作れる『秘策』を練る。かのんの作る詞の完成と、このスクールアイドル部に合致するイメージを固めるのをもう気長に待ってはいられない。可可が思い付いた策は多少強引ではあるが、これらは自分達の為だと割り切り、すぐに実行へ移したのだった。
可可の提案により、今日は練習をしないということになり、だがそれぞれ帰路に着く訳ではなく一同が向かったのは恋の自宅である葉月邸。そしてかのんが入れられたのは人1人が過ごすには広大と言える恋の自室。恋がいつも使っているであろう席に半ば強引に着かされたかのんは、不安の声を皆に漏らす。
「あのー……これって……」
出入り口付近にはかのん以外の5人がおり、状況を飲み込めていないかのんに可可は大きな声を出して説明する。
「ジャパニーズ
「えっ、ちょっと可可ちゃ……」
かのんが異議を唱える隙を与えずに可可は素早く部屋の戸を閉めた。可可が思い付いた策はいたってシンプル。作詞やグループ名決めという目的を達成する為、それらが完成するまでかのんを部屋に閉じ込めるというもの。そうすれば1日でラブライブにエントリーする条件が整うと可可はそう思ったが故の行動なのだろうが、あまりに時代錯誤的な突拍子もない作戦の強いられ方をしたかのんはだらしなく椅子にもたれかかりながら虚空を見つめた。
「……ズルいよぉ。私にばっかり押し付けて……」
誰にも聞こえていないと分かっているが為に、かのんは本音を露わにしながら机上に視線を移してみる。幸いにもこの部屋には彼女の作業を邪魔するであろう物は何一つ置かれておらず、おまけに物音も聞こえてこない静かな一室。『ここでならもしかしたら……?』そう思ったかのんはノートを開き、アイデアを出そうと脳内でひたすらに思考してみる。
「んー……」
ひとまず思考してみて5分が経過するが、何も案が浮かばない。
「うーん……?」
更にそこから時間が経つも、良いものが浮かばずに集中が徐々に切れ始め、文房具を用いた手遊びを始め出す。タワーを作るように消しゴムや定規を積み上げていった。
「ん〜〜」
ちょうど30分が経過したところでペンを動かす手が完全に止まる。静かな環境が用意されてもかのんからアイデアが生まれ落ちることはなく、彼女は溜息をひとつ零す。自分だけがこの場所に閉じ込められて無理矢理作業をさせられている苛立ちを、普段からよく行っているヨガのポーズをとって解消し始めた。気を紛らわす為に何度かポーズをとり、数秒それを保っていたその時。かのんの真後ろの戸から3回ノックする音が聞こえた。それに返事をすると、左手にお盆を持った音羽が静かに戸を開けてそっと中に入ってきた。
「失礼しまーす……」
「おとちゃん! どうしたの?」
「恋ちゃんと一緒に紅茶を淹れてみたんだ。少しでも作業が捗れば良いなぁと思って!」
音羽が持っているお盆には見るからに高級そうな皿とティーカップ、味を変える為のミルクと砂糖が乗せられており、カップの中には橙色の
「わぁっ! ありがとう! 私の為に淹れてくれたの?」
「うん。かのんちゃんに任せっきりは申し訳ないし、何か役に立ちたくて……」
「おとちゃん……!」
音羽が見せる純粋な善意にかのんは瞳を輝かせる。音羽の優しさが心に沁み入ると同時に、とある考えが彼女の脳裏を過る。この状況で音羽にしか頼むことのできない、今まさにアイデア不足で思い悩んでいる現状を打破する最適解。それをかのんは音羽の目を見ながら頼んでみる。
「……ねぇ、おとちゃん。お願いがあるんだけど、良い?」
「ん? なにかな?」
「私、名前とか詞とか色々考え過ぎてさ……ちょっと頭痛いんだよね……」
「えっ!? 大丈夫!?」
「……う、うん! そんなにひどくないから平気! でもこれ以上頭使うともっと痛くなりそうでさぁ……痛みが治るまで、おとちゃんがアイデア考えてくれたり、しない?」
かのんは上目遣いで音羽にそう聞いてみる。無論、彼女が言っていた頭が痛いというのはかのんが今咄嗟に思い付いた嘘であり、本当は頭痛などまったく起こしていない。かのんが実行しようとしているのは、少しの間だけ仮病を用いて自分の代わりに音羽に作業を任せるという策。音羽の善意を逆手にとるこの策に胸が痛くなるかのんだが、誰かに作業を手伝ってほしい気持ちは紛れもなく本物である。かのんの頼みを聞いた音羽は彼女の期待に応える為に了承の意を示した。
「良いよ! かのんちゃんに無理させてごめんっ! 僕が代わりに考えるから、かのんちゃんは休んでて!」
「ほ、ほんと!? 助かるぅ〜! じゃあおとちゃん、任せた!」
「任されたっ! よーし、頑張ろ!」
先程までかのんが座していた席に今度は音羽が座り、ペンを持って顎に手を当てた。その様子を見ながらかのんの中に些か罪悪感と申し訳なさが出てくる。純粋で無垢が過ぎる音羽の言葉と、快諾と行動の速さにかのんは心の中で『ごめん』と何度も呟く。だが自分だけ閉じ込められるのは不公平と感じてもいるので、束の間の休息をとろうと辺りを見回した。すると、カーテンの隙間から純白の何かが見えた。
「すっご〜い! 大きなベッド! とおおっ!!」
そこにあったのは、恋が就寝の際に利用しているであろう巨大なベッドだった。見るからに柔らかそうな質感にかのんは誘惑に耐えられず、遠慮なくベッドに飛び込んだ。
「フワフワだぁ〜……こんなベッドで一度寝てみたかったんだぁ……」
「あっ。かのんちゃん、おやすみー!」
「おとちゃんおやしゅみぃ……」
ベッドに置かれている枕を抱いて、柔らかなこの空間で安眠につこうとした途端、音羽とは違う聞き慣れた幼馴染の声が聞こえた。
「……かのんちゃ〜ん?」
「えッ。……ちぃちゃん!? それに可可ちゃん!?」
「歌は、できたのかな?」
「グループ名もデキたのデスか?」
いつの間にか恋の部屋に入っていた千砂都と可可。千砂都は笑顔を崩さないままかのんに進捗を問う。あれから何ひとつ作業が進んでおらず、挙句の果てに仮病まで用いて音羽に全てを丸投げしている状態だなんて口が裂けても言えない。けれど音羽の様子を見たすみれと恋が、かのんが寝そべっているベッドに近付いた。
「どうせこんなことだろうと思ったわ。どうやら……」
「……監視が必要なようですね」
2人は静かにかのんに睨みを効かせ、それに慄くかのん。音羽は皆も部屋に入ってきたことに気付くも、せっせとペンを走らせていた。この状況を把握した千砂都達は、かのんの監視をすることを決意したのだった。
「「「じー……」」」
無情にもかのんは元いた席に戻され、アイデア練りの作業を続行。背後から4人の視線を感じる中での作業の為、かのんは耐えられずに皆に声をかける。
「あのー……」
「……何デスかぁ?」
「せめて、おとちゃんも一緒だとすごく助かるんだけど……」
「駄目です。そうしたらまた音羽くんに全て押し付けるでしょう?」
かのんが所望する当の本人の音羽は皆の後ろでみかんのぬいぐるみを抱きながら葉月家の飼い犬であるチビを愛でており、自分の名前が出された音羽はくるりと振り返る。
「恋ちゃん、呼んだー?」
「いえ、なんでもないです! お構いなく寛いでいてください!」
「? わかったー!」
「私と扱いが全然違う気がするぅ……」
「ああっ! チビちゃん待ってぇ〜っ!」
みかんのぬいぐるみを口に咥えてどこかに走り去ったチビを音羽が追いかけに行く音を聞きつつ、恋の自分と音羽への対応の差に言及しながらかのんはなんとかペンを動かす。暫くこの状況が続いているが、4人もの監視が居る以上は安易に手を止める訳にはいかず、音羽の手を借りるという手も塞がれている四面楚歌の状態。それに本気で嫌気が差したかのんは意を決して皆の前で声を上げた。
「あーっ! あそこにまるまるギャラクシーがーっ!!」
かのんが指を差した方向に皆が気を取られているうちに彼女は一目散に部屋から逃げ出し、外へ出ようと全力で走る。すぐに可可達もかのんの後を追ってきた為に更に走る速度を上げて撒こうとする。やっとの思いで外に繋がる戸を駆け抜けた瞬間、かのんは何かに躓いて転倒する。顔を上げた先に居たのは、音羽が先程追いかけていたチビだった。彼も近くに居り、すぐにかのんに駆け寄る。
「かのんちゃん、怪我はない!?」
「うん、私はだいじょ……あ。チ、チビ……久しぶりだね……」
ぎこちない笑みを浮かべるかのんの姿を見たチビは彼女とは逆に上機嫌に尻尾を振る。初めて恋の家に来た際にも、このようにチビがかのんに懐いていて、何故チビがこんなにも彼女に懐いている理由を恋に以前聞いてみた時があり、その時に恋はかのんにこう答えた。『恐らくかのんさんは音羽くんの匂いとそっくり』なのだと。
恋はしっかりとチビに躾を施している為に自分に対していきなり飛び付いたり手荒なスキンシップを取らないと言う。しかしかのんや音羽は特にチビに躾も何もしておらず、十数年間チビと接し続けていた音羽はチビに相当懐かれているが為に頬を激しく舐められたり、馬乗りのように身体に乗っかられたりもする。それと同じ事がかのんに対しても為されるということはつまり、音羽とかのんの匂いが酷似しているということに他ならない。そのことを思い出したかのんはひっ、とチビを見ながら小さく恐れを漏らす。
チビの眼がかのんの姿を捉え、息遣いで興奮を露わにする。それに恐怖を感じたかのんは急いで逃げようとするが、時既に遅し。飛び付かれたら最後、かのんではチビを自力で振り解く事は不可能である。
物凄い勢いでチビがかのんに飛び付いて舌でかのんの頬を蹂躙し始め、『因果応報』と言わんばかりの自分への仕打ちに彼女は腹の底から断末魔の叫び声を上げたのだった。