校舎から徐々に生徒が去っていく放課後。
「特別、すごい才能を持った『スター』が集まっているって訳でもないし……」
「普通の子がひとつになって、何かを突破しようって感じもない、ですか……」
「……ショウビジネス的には致命的よね。それって」
「『スクールアイドル戦国時代』トモ言われるイマ……ソレでは勝ち残れマセン……」
皆それぞれ今の自分達について思うことを語る。全員が全員突出した凄い才能を持ち合わせている訳ではなく、何かの目標をひとつになって達成しようという気概があるかと問われれば素直に首を縦に振ることができない。色々考えてはみたものの、やはり生徒達の言うように『真っ白』という意見が最も適した表現であると自覚し、それではこの先ラブライブに出場したところで他のグループ達に埋もれてしまい、勝ち残るのは夢のまた夢。そういった後ろ向きな気持ちが
「そうかな?」
「……かのんちゃん?」
皆の前に立ったかのんに、千砂都は不安そうに幼馴染の名を呼ぶ。
「致命的? ううん。そんなことないんじゃないかな?」
「……音羽くん?」
音羽の前向きな言葉に対し、恋も思わず親友の名を呼ぶ。スクールアイドル部が『真っ白』なのだと分かったにも関わらず、2人はどこか希望を見出したかのような、憂いなど微塵も感じさせない表情をしていた。
「私、今日練習休む!」
「えっ……? 急ですね……」
珍しくかのんが今日の練習を休むと伝え、その意図が分からない一同の脳内に疑問符が浮かぶ。
「なんかね、皆の話聞いてて……浮かびそうな気がしたの!」
「作詞デスか? ソレとも……グループ名?」
可可がそう問うと、かのんはくるりと皆の居る方へ向き、自信満々な笑顔を見せた。
「わからないけど……でもっ! ぜーんぶっ!!」
「全部!?」
千砂都は自分達とは違い、自信に満ち溢れた様子のかのんを見て驚愕しつつ、千砂都の横に位置している音羽もまた明るい笑顔でかのんを見つめていることに気が付いた。
「なんか、この6人がなんなのかわかった気がした! 私なりに、答えをまとめてみるっ!」
かのんは昼休みに音羽と話したことで、自分なりの答えを出すことができていた。あとはそれを整理し、形にするのみ。道はもう切り拓かれた。そこからはもう一直線に走るだけだ。足早にこの場を去ろうとするかのんを、千砂都が急いで呼び止めた。
「かのんちゃんっ! ……頼ってばかりで、ごめん」
千砂都は素直にかのん1人に作詞やグループ名決めを任せていた事を謝罪する。いくらスクールアイドル部に必要な事といえど、負担を掛けさせていたのに変わりはなく、良い案を出せない自分にもどかしい気持ちを抱きながら過ごしていた。千砂都に謝られたかのんは、すぐに首を横に振る。
「ううん。私の方こそ、時間かかっちゃってごめん。でも、やっと見つかったんだ!!」
「おっ! その顔は大丈夫そうだね!」
嬉々とした顔でそう言うかのんを見て、千砂都は安心して彼女を見守る事を決める。
「デハクク達は練習デス! マズ最初はランニングから! ツイてくるデス〜!」
「もう、すぐバテるくせに〜!」
可可は張り切った様子で走り去っていき、すみれ達もそれに続いて彼女を追いかけていく。その場には音羽と千砂都が残り、かのんは2人の顔を交互に見ながら今お願いするべきことを伝える。
「ちぃちゃん、おとちゃんっ! 今日の練習、任せても良い?」
「もちろん! かのんちゃんは作業に集中して!」
「わかった! 千砂都ちゃんと一緒に指示を出すよ!」
「助かる! じゃあ、行ってきます!」
2人から頼みを承諾されたかのんは走って結ヶ丘の敷地から出ようとするが、何かを思い出したようにピタリと足を止める。
「おとちゃん!」
「うん? かのんちゃん?」
「……ありがとう!」
「っ……! ど、どういたしまして!」
かのんから真っ直ぐに謝意を述べられた音羽は照れながらも言葉を返し、彼女は微笑んでこの場から走り去った。2人は手を振ってかのんの後ろ姿が見えなくなるまで見送った後、自分達も部室に向かおうと歩を進める。
「おとくん、かのんちゃんに何か言ったのー?」
「え? あーいや、そんなに大したことは言ってないよ。ただ思ったことを口にしただけで……」
「でもそれが、かのんちゃんが何かを見つけるきっかけになったんだよ。凄いよおとくん! あんなかのんちゃん、久しぶりに見たもん」
かのんがあんなにも自信を持った言動をとるとは千砂都も思っておらず、完全に予想外の事だったようで彼女はあれ程までにかのんを奮起させた音羽を褒め称える。
「そっか。なら良かった。少しは、かのんちゃんの役に立てたかな……」
音羽は歩きながらぼそっとそう呟き、隣に位置している千砂都がそれを聞き逃す筈もない。役に立てたかどうか少し不安気な彼を見て、千砂都は思わず笑みを溢す。いつも彼はそうだ。本当は周りに良い影響を与えているのに、謙虚な人間性であるが故にその自覚が無い。だがそういった不安を隠さずに千砂都やその他のメンバーに言えるようになったのは、千砂都が初めて音羽と出会った時とはまるで違うことを再認識する。マスクや眼鏡で何もかも隠していた音羽が、自分を包み隠さずに他者と接することが出来ている。彼の成長は、千砂都にとっても凄く嬉しいものだった。
「なーに言ってるの! とっくのとうに、おとくんはかのんちゃんの……いや、皆の役に立ててるよ! おとくんが居てくれるから、私もダンスの練習とかに専念できたりもするし。自信持って!」
「千砂都ちゃん……でも、サポートのしかたは千砂都ちゃんに教わったから、皆の役に立ててるのは千砂都ちゃんのお陰だよ。ありがとう」
「そりゃあそうだよ。私がおとくんを良いサポーターにする為に育てたんだもん。私の教え方に狂いは無かったね!」
「あははっ。千砂都ちゃんは自信持ちすぎだよ!」
「だって、自分が自信持ってる事じゃないと相手にちゃんと教えられないでしょ? 中途半端な知識を教えたら相手の為にならないし。『多分』とか『思う』とか、そういう曖昧な教え方されたらおとくんだって嫌じゃん?」
「それはまぁ……たしかに」
「でしょー? だからさ、おとくんもちゃんと自分の行動や知識に自信を持つこと! おとくんはもう、私達スクールアイドル部に必要不可欠な人になれてるんだから!」
「……!」
『必要不可欠』。千砂都からそう言われた音羽は思わず足を止める。まさか自分が千砂都からそう言われる日が来るとは思わなかったからだ。
嘗て同好会の名を冠していたスクールアイドル部に入部したての頃、音羽は千砂都からサポートを担うにあたって直々に彼女から指導を受けていた。サポーターとは単に便利な手伝い役などではない。仲間のことをしっかり考え、広い視野を持ち、その上で的確な指示を出して且つ、効率の良い練習メニューを考え、それをメンバーに提供する。サポーターの技術も決して一朝一夕で身に付けられるものではない。同好会に入って間もなかった音羽は千砂都から色んなことを教わりつつ、時には指摘を受けることもあった。
千砂都がしっかりと音羽に付いてサポーターとしての指導を行った為に、数週間経った頃には、音羽は千砂都が目を見張る成長ぶりを見せていた。常に先を見据えて物事を考え、自らの教えである『視野を広く持つこと』を実行し、気付いた点はすぐに口に出して伝えたり、練習メニューも逐一千砂都に相談をして効率の良いものを作り上げていった。それを目にした千砂都は、音羽の持つ人並み外れた記憶力と飲み込みの早さ、サポーターとしてのポテンシャルを一番最初に理解するに至った。
千砂都は指導を担う者の責務として、音羽の人間性を深く知った。彼の他者を想う優しさと、他者に真っ直ぐ寄り添える誠実さ。その人間性と彼の持つ様々な潜在能力。それらを総合的に考えた上で、千砂都は音羽に全面的にサポートを任せることを決めた。千砂都はあくまでノウハウを彼に教えたのみ。それを自らの頭で理解し、サポートの技術を自分のものにしたのは紛れもなく音羽自身の行いであった。それを知っている彼女は、音羽に心から信頼を置いている。幼馴染であるかのんの大切な友人でもあるのだから。
「千砂都ちゃん……ありがと。ちょっぴり、自信持てた」
「えぇー? 『ちょっぴり』なのー?」
「ご、ごめん……僕っ……」
「冗談冗談! ちょっぴりでもそう思えたんなら上出来だよ! まる! ちょっとずつで良いからさ、自信付けてこ?」
両腕で丸を作りながら千砂都はにかっと笑って音羽を励ます。自信過剰ではなく、謙虚な姿勢を持っていることも、音羽の取り柄であると千砂都はよく分かっている。少しずつの進歩でも良い。音羽の成長を仲間として、彼の師匠として。見守るのも今の千砂都の楽しみのひとつとなっている。
「うんっ! 僕、もっと頑張るから! 千砂都ちゃんに負けないくらいに、頑張る!」
「うんうん。その意気だよ! さ、皆待ってるだろうから、急ごっか!」
「そうだね。よしっ、行こう!」
かのんから託された事を果たす為、2人は走って皆が待ってるであろう部室へと向かうのだった。
翌日の朝。かのんは自身のやるべき事を無事に成すことが出来、軽い足取りでスクールアイドル部の部室へと向かった。今日は、皆が部室に居るような気がして。皆に、真っ先に伝えたくって。悩みに悩んだ末に思い付いた、自分達の為の新曲の詞を。
勢いよくドアを開けると、かのんの予想通り既にスクールアイドル部のメンバー全員が揃っており、皆でかのんが来るのを待っていたようだった。軽く挨拶を交わした後、かのんはすぐに千砂都達に出来上がった詞が書かれた紙を手渡した。
「どうかな!?」
「かのんちゃん、これ……」
千砂都が紙を持つ手を震わせながらかのんの詞に目を通す。他のメンバーも一緒に詞を読み、その上で抱いた感想を千砂都がかのんに向かって言葉にする。
「……すっごく良いよ!」
「今の私達を、とても良く表している歌詞だと思います!」
千砂都と恋が声を弾ませて感想を述べるとかのんは嬉しそうに、それでいて安堵したような表情を見せた。
「ありがとうっ! それでね、グループ名も思いついたんだ!」
かのんはそう言ってホワイトボードの前に立ち、マーカーペンで思い付いたグループ名を文字に表す。かのんの父親が所有している書物で意味を調べながら考え、自分達を表す要素も取り入れたグループ名。かのんがペンを動かす手を止め、書いた文字が皆の目にも見えるようになった。そのホワイトボードの真ん中に、6文字のアルファベットが書かれていた。
「L.i.e.l.l.a……『
「『リエラ』……ですか?」
音羽がホワイトボードに書かれた単語の綴りを声に出して読み、恋がそうして生み出された単語を復唱する。『Liella!』。それがかのんが思い付いた、自分達スクールアイドルのグループ名であった。
「うん! フランス語で『結ぶ』って意味の単語から作ってみたの! ほら、恋ちゃんのお母さんって、学校を通してひとつに結ばれるって想いから、『結ヶ丘』って名付けたでしょ?」
「ええ。それが、お母様の願いですから」
「私達もそれと同じで、スクールアイドルを通して……
「光、かぁ……!」
千砂都が『光』という単語に関心を示したところで、かのんが部室の窓を開ける。暖かくて、明るい日差しが部室へと広がっていく。
「『赤』だったり、『青』だったり、『緑』だったり……繋がったり、結ばれていく中で……私達自身が想像できないような、色んな色の光になっていく……それはまだ何色でもない、私達だからできることなんじゃないかって、そう思ったんだ!」
「色んな色の……光……!」
音羽は瞳を輝かせながらそれを再度言葉に表す。音羽が昨日かのんに話した、『何色でもないからこそ、どんな色にだって変わっていける』ということ。音羽の考えや想いもかのんは汲んで、自分達自身の色を結び、それがやがて想像もつかないような色彩へと変わっていく。そう信じて、そう願った上でこの名前を作った。自分達の内面に秘める、自分自身の輝きで光を生み出せるように。
「始まったばかりのこの学校だからできること……!」
「私達だから……出来ること……!」
窓から見える青空を眺めて、千砂都は改めて自分達に言い聞かせる。自分達が、自分達だからこそそれが出来るということを。
「まっ、悪くないんじゃない? ……『Liella!』」
まだ慣れていない様子で、すみれが少しぎこちなく名を呟いた。
「……『Liella!』」
噛み締めるように、母の願いを思い出しながら恋もまたその名を口にした。
「『Liella!』っ!」
嬉しそうにはにかみながら、千砂都も皆に続く。
「『Liella!』……!」
可可が喜びを露わにしながら、かのんの顔を見ながら名を言う。
「「『Liella!』!」」
名前を呼ぶ音羽とかのんの声がぴったりと重なる。かのんが音羽と誓った、自分達らしい名前と詞を作ること。それを達成し、かのんは音羽と目を合わせて互いに満面の笑みを見せた。窓からそっと優しい風が吹き、6人の髪を揺らす。柔らかな風を受け、静かに目を閉じながら心の中で名を何度も呼ぶ音羽の耳に、可可の明るい声が響いた。
「さぁ! ソウと決まレバ!」
可可が一気に屋上に飛び出していき、スマホを空に目一杯掲げる。その画面には、ラブライブのエントリー専用のフォームが開かれていた。皆も急いで屋上へと上がり、可可の後に着いていく。
「クク達は、結ヶ丘高校スクールアイドル部! 『Liella!』デス!!」
「まったく、声が大きすぎるったら大きすぎるわ」
「これくらい大きな声でアピールしといた方が良いよ! どんどん有名になっていかなきゃだし!」
「勝たなきゃいけませんね、かのんさん!」
「僕達で……光を結んでいこうっ!」
「うんっ! 私達でなら……きっと……!」
それぞれの決意を胸に刻み、各々可可が掲げるスマホをじっと見つめる。
「ソレでは……エントリーしマスよ! ワタシ達の名ハ……!」
「「「Liella!」」」
皆で声を揃え、自分達の名前を声高々に屋上に響かせた。『Liella!』。結ぶという意味を持つ『
その6つの小さな光が、今この瞬間、ラブライブという名の歴史に刻み込まれたのだった。