すみれを初めてセンターに据えた練習を終えたスクールアイドル部一同。日が落ちかけている夕暮れ時に、
かのんは勿論音羽とすみれも来るように誘ったのだが、音羽は『新曲の構想を練りたい』と自宅に直帰することを選び、すみれは『自主練があるから』と音羽と同様に寄り道をせずに帰っていった。普段共に居るメンバーが2人も欠けていると相応に空気は静かなものとなっており、ドリンクで喉を潤しながら皆でぽつらぽつらと会話を交わすが、ものの数分で会話が途切れてしまう。ラブライブ地区予選を控えている事と、先程の練習で何か思うところがあるのか、カフェに来て以降も
「そんなに心配? すみれちゃんがセンターやるの」
「……イエ。ソウいうワケでは……」
可可はお茶を濁しながらそう返答し、ココアが入ったカップを静かにテーブルに置いた。彼女はすみれと仲が悪いという訳ではなく、毎日顔を合わせて何ら問題なく言葉を交わせる関係性なのだが、皆でラップの実力を試した際やダンス練習の時にとっていた態度から見ても、可可がすみれに信頼の感情を向けているとは現時点だと言い難い。すみれがセンターで不安なのか、それとも何か別の理由があるのか。可可は頑なに理由を話そうとはしなかった。
「すみれさんは、センターを担当した事は無いのですか?」
「いつも『自分が前に出る!』みたいなことは言うけど……実際に任せようとすると、私とかちぃちゃんとか、可可ちゃんに振ってくるし……」
「そうなのですね。本当は、やりたくないのでしょうか……?」
恋の問いにかのんは今までのすみれの発言や態度を思い出しながら答える。今までもすみれにセンターを任せようと考えていた時は何度かありはしたものの、彼女はいつもセンターが決まるギリギリの時になっていくつか理由付けをした上でその提案を蹴り続けていた。皆がすみれと出会ってから数ヶ月。日頃から『センターに立ちたい』と何度も言っていたにも関わらず、いざ任せるとなるとすみれは何故か自身の願望とは裏腹にそれを断ってしまう。彼女の言葉と行動が一致しないその理由を、かのんはなんとなくではあるが察することができていた。
「多分、自信がないんだろうな。今までのことがあるから……」
かのんはすみれと出会って間もない頃に本人の口から過去を軽く知らされていた。幼い頃から何度も芸能界のオーディションを受け続け、いつも自分は選ばれずに落選を繰り返し、オーディションに選ばれて役を貰ったとしてもその役はあまり目立つことの無い脇役ばかり。そういった経験があるが故に、口ではセンターを務めたい、真ん中に立ちたいと言い続けているものの、心の奥底では『自分が選ばれることはない』、『真ん中に立つことができない』と自身を卑下する感情も持ち合わせているのではないかとかのんはそう考えていた。
かのんもすみれと同様物事をネガティブに捉えてしまう自身の性格を自覚しており、時折自分に自信を無くすことだってある。そういった点で見るとすみれとかのんは似た者同士であり、すみれの憂いに一早く気付くことができたのもそれが起因しているのだろう。
だが、ラブライブに出場して勝ち上がる為にはやはりセンターの存在が必要であり、センターに立たないメンバーも隣でセンターを魅力的に見せられるパフォーマンスをしなくてはならない。それは、この場に居る全員に言えることだった。
「でも、私達5人でステージに立って、本当に勝とうと思ったら……全員が同じくらいの力を見せて、全員がセンターだってくらいの気持ちがないとダメだと思う。センターだけが輝くのは、本当に良いパフォーマンスとは言えないだろうし」
かのんは両手でマグカップを揺らし、カップ内のカフェオレを回しながらそう言った。センターに立つ者だけが優れていてもそれは最良のものとは決して言えない。すみれにセンターという大役を任せるからこそ、自分達もまた技術を上げる必要がある。中心に居る者に依存するのではなく、各々が自身を表現できる術を身に付けるべきだとかのんはそう感じていた。ラブライブという場所で歌うのならば、尚更。
「だから可可ちゃんも応援してあげてよ。きっと本気になれば、誰も敵わない力を発揮すると思うんだ。すみれちゃんって」
「応援、デスか……?」
すみれの持つポテンシャルの高さは皆分かっており、そんな彼女が本気で物事に取り組めば誰も寄せ付けることの無い程の実力を発揮できるとかのん達は信じている。だからこそ可可にもすみれの能力を認めてもらい、その上で彼女がセンターに立ってパフォーマンスすることを応援してほしい。そしてすみれを心から信じて任せるようになってもらいたい。可可は決して聞き分けの悪い人物ではなく、1度『信じる』と決めた人やものを一途に真っ直ぐに信じる彼女の人間性を皆把握しているからこそ、すみれの力を信じてほしいと願っているのだ。
「うん。だからああ見えて、気にしてると思う。スクールアイドルのことで、可可ちゃんを怒らせちゃったこと。すみれちゃん、今はスクールアイドルを甘く見てたりとかしてないと思うよ?」
「……」
可可はかのんの言葉に耳を傾け、複雑な心境で押し黙る。以前、すみれはスクールアイドルを『アマチュア』だと言い張ったことで可可の反感を買い、それ以降彼女は何かとすみれに突っかかるようになった。自分が愛するスクールアイドルという概念そのものを下に見る発言をした人物がスクールアイドルをやるということに可可は懐疑的な気持ちを抱いたまま時が過ぎていった。音羽と千砂都が『すみれにセンターをやってもらいたい』と提案した際にまず真っ先に反対したのはその為なのだろう。
けれどすみれの日頃の姿を見ていると、自身の心に巣食う彼女への不審感は消え行く筈なのに。それがセンターに関することになるとどうしても不安ばかりが募ってしまう。センターを任せるという事はそんなに軽い事ではないのを1番に知っているからこそ、以前あのような発言をした彼女に任せるべきではないのではないかと思ってしまう。そんな子供じみた考えは捨て去るべきだと自分で分かっている筈なのに。それを強く拒む心が在るのもまた事実であった。
すみれが自分を『怒らせた』という言葉で、可可は今日部室で放った一言で音羽を怒らせてしまったことを思い出す。表情は笑っているのに、その笑顔に乗せられているのは強い反目と冷たい怒気。それが可可の脳内でフラッシュバックし、暖房が効いている店内に居る筈なのに彼女はひとつ身震いをする。
「……ククも今日、音羽のコト怒らせちゃいマシタ。あんなコト、アノ人に言う必要はナイハズだったノニ……」
「あの時のおとくん、けっこう本気で怒ってたよねぇ……やっぱり、それだけ嫌だったんじゃないかな。すみれちゃんがあんな風に言われるの」
「幼い頃から音羽くんを見てきましたが……初めてでした。音羽くんがあのように怒りを露わにしている姿を見るのは……」
「恋ちゃんも初めてだったんだ……私に言われてる訳じゃないのに、泣いちゃいそうになるくらい怖かった。あのおとちゃんでもああなるくらいには、嫌だったってことだよね……」
一同はあの時の音羽の様子を脳裏に浮かべながら恐怖を言葉に表す。音羽の人間性を熟知していると言っても過言ではない皆からすれば、彼が怒るというのは想定外の出来事であった。普段から柔らかな雰囲気を纏い、すみれから多少心に来る発言や揶揄いがあっても何でも笑って済ませていた音羽が、あの場では可可に対し明確にすみれの『ポテンシャルが低い』という旨の発言をはっきりと否定した。時折見せる可可の突飛な行動や言動を今まで全て受け入れ、共に笑顔ではしゃいでいたりしていた彼が初めて、可可に向けて明確な怒りを見せた。普段あんなにも温厚な音羽を怒らせた事実と、それだけの事を招いてしまった自分へのやるせなさで可可は瞳に涙を浮かべる。あの場で最も畏怖したのは他の誰でもない、怒気を向けられた張本人である可可なのだから。
「ククは……ククはっ……!」
「大丈夫だよ。おとちゃん、『気にしないで』って言ってたでしょ? だから、おとちゃんは可可ちゃんにわかってほしかったんだと思う。すみれちゃんがすごい人なんだってこと。なんなら、私達よりも先に見抜いてたんじゃないかな?」
「おとくんさ、私達が思ってる以上にそういうのよく見てるんだよね。すみれちゃんにセンターを任せたのだって、元は私じゃなくておとくんの提案だからね。私は相談されてそれを許可しただけだから」
「おとちゃんの話を聞いた上で私も『すみれちゃんが良い』って納得できたし、センターが大事なポジションってことはおとちゃんもわかってる。すみれちゃんを信じて任せてるんだろうし、可可ちゃんも信じてみない?」
「音羽くんが何の理由も無く提案する筈はありません。何か考えがあっての事だと思います。一緒に、すみれさんを信じてみませんか?」
『今回は、すみれちゃんにセンターポジションやってほしいって思ったから』
音羽は可可にそう伝えていて、彼女はあくまで音羽と千砂都がそう言うならとその方針に納得しただけに過ぎない。果たしてすみれに本当に任せて良いものなのかを見定めている段階である。皆に励まされた可可は人差し指で右目の涙を拭いながら、小さく笑う。
「……分かりマシタ。ククがコノ目で、アノ人がセンターに相応しいか見極めマス! ちゃんと見たウエで、音羽や皆サンが信じるモノを、ククも信じたいデスから!」
「……! ありがとう! 可可ちゃんっ!」
かのんが嬉しそうに前向きな言葉を見せた可可に礼を言って、千砂都と恋も安堵したように表情を綻ばせる。音羽が見せたすみれへの信頼、かのん達が信じるすみれのポテンシャル。それらを可可自身の目で確かめ、その上で答えを出すことを誓うのだった。
すみれを見定める為に気合いを入れようと、可可がマグカップに入ったココアを一気に飲み干そうとしたその時。可可の太腿に2回ほどスマホの振動が伝わった。画面を点灯させ、送られたメッセージの内容に目を通した可可の表情が一瞬。ほんの一瞬だけ、翳りを見せた。瞬きする間の変化であった為か、その表情に気付いた者は……この場には誰1人として居なかった。
冷たい風が吹く夕暮れ、所々に落ちている紅葉が地面を彩っている神社にて。この場所はすみれの実家の敷地であり、その敷地内で練習着姿のすみれがスクワットを行っている。数を数えながら只管に脚の曲げ伸ばしを繰り返す。それをすることで両脚に走るじんわりとした痛みに耐えながら回数を数え、その数が100になったところで動きを止める。自主練で彼女が日課としているトレーニングであり、下半身が鍛えられることでダンスにも有用な効果を得られる為に、すみれは数ヶ月間怠らずにそれを実行している。
スクワットが終わってすぐにすみれは次のトレーニングに移行する。神社で使用するおみくじが入れられた六角の箱を上空に投げ、手でキャッチした状態でバランスをとってその姿勢をキープする。主に体幹を鍛える為のもので、自己流のトレーニングではあるものの、これを繰り返していたら確かな結果に結び付いたが為にすみれはこのやり方を継続して行っていた。
自主練を行っている際に過るのは、先程自身が任せられたポジションの『センター』という単語。それが頭に纏わりついて離れない。片脚を上げた姿勢を数十秒キープしていると、すみれよりも小柄な金髪の少女が彼女に近付いた。
「お姉ちゃん、いつまで練習してるの? ご飯だよ!」
すみれを『お姉ちゃん』と呼称するこの少女は彼女の実の妹で、夕飯の時間になっても戻ってこないすみれを心配して呼びに来たようである。その容姿は姉であるすみれをそのまま幼くしたかのようにそっくりな印象を与える少女だった。
「先、食べてて。今から走ってくるから」
すみれはおみくじの箱を妹に軽く放り投げて返却し、淡白にランニングに行くと告げて神社を後にした。今の彼女は家族揃って食べる夕飯よりも自主練の方が大事だと判断していて、食事は二の次で良いと感じていた。今はただ、トレーニングに集中していたい。彼女の心の中では、圧倒的な技術を渇望している。
銀杏の葉を纏う木々の真ん中で、すみれは真っ直ぐに走る。
「センター……」
走りながら一言そう呟く。自分が、
『村人だって、大切な役よ?』
劇で自分が演じた、主役とは程遠い村人の役。要らない。そんなちっぽけな役で満足などできない。主役になりたい。ステージの真ん中で1番に目立つ役をやりたい。幼少期から、ずっとそう願い続けていた。
「……私が」
ずっと立ちたいと思っていた場所。自分が1番に輝く為の場所。それがセンター。そこに、自分が立つことになった。
『すみれさんには、主人公の友達役をやってもらいます』
今度は主人公と密接に関わる友達役。村人よりは目立つ役に選ばれた。足りない。まだ足りない。足りる筈がない。自分がなりたいのは主役だ。『友達』という物語の歯車で居たくない。自分こそが中心となって物語を動かす。そんなキラキラと輝く主役で居たい。願っても願っても、叶わなかった。叶えられなかった。叶う筈はないのかとどこかで諦めかけていた。
「私が……」
チャンスは突然訪れた。スクールアイドルになり、仲間と共に日々を懸命に生きられるようになったところで、舞い降りた転機。伝説の大会、ラブライブのステージでセンターを務めること。最初は夢かと思い、信じられなかったその事象。
『たとえコンテストには選ばれなくても、あなたは充分かわいいわよ』
日本で1番可愛い女子中学生が選ばれるコンテストに落選した際に言われた、軽い励まし。……うるさい。それは、
『みてろ』。今にみてろ。いつかスポットライトに当たって、自分が1番に輝いてると証明する。彼女はそう誓った。もう、選ばれない人生は嫌だ。選ばれないんだったら、自分自身で道を選べば良い。だからスクールアイドルになった。ここでならもしかしたら、輝けるかもしれない。希望を持てた。頑張ろうと思った。それは今も変わらない。そして、彼女に信じられる友ができた。
『センターが欲しかったら、奪いに来てよ』
『スクールアイドルはアマチュアではありマセン!』
『すみれちゃん、飲み込み早いね。良い感じ! まる!』
『私も、すみれさんのようになれると良いのですが……』
一緒にステージに立つ同年代の少女達。苦楽を共にする仲間。そしてもうひとり。忘れてはいけない、忘れてはならない人が居る。
『さすがすみれちゃん! すごいねっ!』
『ちょっと難しい振り付けだけど、すみれちゃんならきっとできるよ!』
『僕はすみれちゃんに対してポテンシャルが低いなんて思ったこと、1度もないよ』
『僕達がすみれちゃんをサポートするから!』
「……っ」
いつも自分を信じる、何も言わなくても信じてくれる人が居る。自分の為に、怒ってくれる人が居る。走りながら涙が出そうになる気持ちを歯を食い縛って必死に堪え、更に走る速度を速める。
『だって……すみれちゃんも大切な人だから!』
大切な人。初めて言われた言葉。他者から今まで言われたことが無かった、本心からの言葉。それを聞いて以来ずっと、その言葉を思い出すだけで胸が高鳴る。心が、どうかし始める。自分にそう言った人物が任せたポジション。それこそが、ずっと待ち望んでいたものだった。
「……私がっ!!」
センターだ。センターなんだ。夢ではなく、本当に。本当に本当に、正真正銘の現実。自分が選ばれた。選ばれたんだ。信じて任せられた。これで、輝いている自分を見せられる。親にも、妹にも、観客にも、結ヶ丘の生徒達にも。尚且つ……
走っている時に浮かぶのは、決まって仲間達の顔。優しく微笑むあの人の顔。期待に応えたい。応えなければいけない。その為に、誰よりも自分が努力を重ねる。できないのなら他者より2倍、3倍。それでも足りなければ100倍。今までだってそうしてきた。『成せば成る。成さねば成らぬ。何事も』。運も天も自分に味方しないなら、神に頼む必要は無い。運命なら、自分の手で掴み取ってみせる。すみれは肩で息をしながら上空の月めがけて手を伸ばし、固く拳を握り締める。伸ばした左手首に着いている星結びが、月の光に照らされてきらりと輝く。その輝きをすみれは真剣な表情で見つめる。暫し動きを止め、体力が戻った彼女は先程のペースで走るのを再開した。
辺りが暗くなり、夜になろうとも未だ一生懸命に走り続けるすみれの後ろ姿を物陰から見つめ続ける人物が1人、そこに居たのだった。