星達のオーケストラ   作: 龍也/星河琉

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第59話 僕にとって、君は。

 

「……すみれちゃんにとって僕は、一体なんだったんだろう」

 

 嗚咽した後だからか、些か枯れた声で小さく彼はそう呟いた。詩穂に抱かれながら子供のように泣きじゃくった音羽(おとは)は、暫くして泣き止み、詩穂(しほ)と共に再度ソファに腰掛けていた。一頻り涙を流した後に彼の脳内に渦巻いていたのは、『自分はすみれにとってどんな存在であったのか』という自問だった。

 

『友達だと思ったことは一度も無い』とすみれに直接言われたのは変えようの無い事実で、この言葉を思い出す度に彼の中に後ろ向きな想像が湧き出てくる。すみれにそうだと思われたくない、思いたくないことばかりが音羽の心の傷を更に深く抉る。その理由のひとつとして、あの日すみれに言われた言葉以外にも思い出す言葉があるからだった。

 

『音羽はもう私にとって他人じゃなくて……友達、なんだから』

 

 学園祭が行われる前、恋の自宅へ行った翌日に言われた言葉。そう言われた音羽は、どうしようもなく心が躍った。嬉しい気持ちで心が満たされた。けれど、その言葉が嘘であった可能性が存在してしまっている。そんな『もしも』を、音羽は考えたくはなかった。

 

「前に、すみれちゃんに言われたんだ。すみれちゃんにとって、僕はもう他人じゃなくて……『友達』なんだって。……嬉しかった。僕を認めないって言ってたすみれちゃんが、初めて僕を認めてくれた気がして。本当に……嬉しかったんだ」

 

 隣に居る詩穂に音羽は静かにそう語る。あの日まで彼はずっと、自分はすみれから認められていないと思っていた。普通に言葉を交わせるまでに仲は進展していたものの、基本的にすみれは音羽を褒めたり、賞賛する事が少なかった。どちらかと言えば、行動を指摘されたり、軽い説教を受ける事の方が多かった。故に音羽は、本当はすみれからあまり良い印象を抱かれていないのではないか、困らせてしまっているのではないか。といった気持ちも少なからず心の中に在った。そんな音羽の不安を霧散させたのが、あの時すみれから伝えられた、音羽はもう自分にとって他人ではなく『友達』なのだという言葉。それに音羽の心は救われた。すみれが、自分を友達だと認識してくれていた。ただそれだけ。たったそれだけの事柄で、音羽の心は充足に値するものであった。

 

「でも……あれは嘘だったのかな。本当は、僕のこと友達だなんて思ってなかったのかな。そう思ってたのは、僕だけ……だったのかな」

 

 思いたくない筈なのに、良くない想像ばかりが浮かんできてしまう。思ってはいけないことなのに、それしか浮かばなくなってしまう。友達だと言ってくれたあの日が、今では嘘のように遠い。

 

「きっと、僕のことなんてどうでも良かったんだ。……そうだよね。いつも迷惑掛けて、手を焼かせて。そんな人……友達でもなんでもないよね。僕だけが友達だって思い上がってただけ、なんだろうなぁっ……」

 

 目に涙を溜めながら、音羽はそう口にする。彼の言葉達を聞いて、詩穂は神妙な面持ちで顎に手を当てる。そして、自分がこの前言葉を交わしたすみれの姿や発言と、今音羽から聞かされたすみれのこと。それらを照らし合わせて思考してみる。どう考えても、双方の言葉や行動が一致せず、詩穂は腑に落ちていない様子で上を向いた。

 

「んー……本当に、そうなのかしら」

 

 音羽の隣で、詩穂は静かにそう呟いた。

 

「私は、()()()()()()見えなかったけど……」

 

「えっ……?」

 

 音羽は思わず詩穂の方に向き直り、そう言った彼女の顔を見つめる。詩穂は音羽に対して放ったすみれの言動を、どうしても真実だとは思えなかった。

 

「ほら、1ヶ月くらい前にすみれちゃんが音羽に忘れ物届けに来てくれたでしょ? それも今日みたいな土砂降りの中。音羽を本当にどうでも良いと思ってるなら、絶対そんなことしないと思うのよね」

 

「あっ……そういえば。すみれちゃんが、ペンケースを僕に届けてくれて……」

 

 詩穂からそう言われ、音羽は1ヶ月前の出来事を鮮明に思い出す。その出来事は彼の記憶に新しい。部活動が終わって家に帰り、授業で習ったことの復習とその日の練習についてノートに纏めようとした際に、ペンケースを部室に忘れているのに気が付いた。筆記用具なら勿論家にあるし、最悪その日のうちに必ずノートに練習内容や気付いた点を纏める必要は無い。それは後日でも何ら問題は無かった。だが、音羽はどうも落ち着かず、学校までペンケースを取りに行こうかと迷っていた。その日は大雨だったが故にさすがの彼も再度外出する気分にはなれず、その日は珍しく復習の前に気分転換の為に入浴をし、自分が風呂から上がった際に詩穂から『すみれちゃんが音羽の為に』と、小さな袋を手渡された。その中には部室に忘れていった筈のペンケースが入っていた。いつも愛用していて且つ、ファスナーにすみれから貰った御守りを付けている、決して失くせない大事なペンケース。音羽はそこですみれの優しさを改めて認識し、涙が出そうになったのを覚えている。

 

 その翌日に音羽はすぐにすみれに礼を言ったが、彼女は『大したことじゃない』と軽く流した。そこでも音羽はすみれの優しさや強さ、凄さを再認識させられた。誰にでも出来ることではない、すみれの確かな優しさを知ったのだ。

 

「女の子が夜に1人で、しかも雨降ってる日にお家まで届けに来てくれたのよ? もし私が同じ立場でも、それをできるかって聞かれたら怪しいもの。友達ならまだしも、どうでも良い人には絶対そんなことしないわ」

 

「そう、なんだ……」

 

「音羽は普段、すみれちゃんにどんな接し方されてる?」

 

「えっと……いつも色々助けてくれて、その度にいつも叱られて。『しっかりしなさい』って、よく怒られる。いつもすみれちゃんに迷惑掛けてばっかりで……申し訳ないって思う」

 

 音羽は普段の自分へのすみれの態度を脳内に浮かばせる。思い返せば、毎日のように何かを指摘されて怒られ、自分の発言を突っ込まれて。直近では、街中で皆でクレープを買った際に音羽はクレープに夢中で周りがよく見えておらず、そのまま赤信号を渡ろうとしたところをすみれが背後から彼の制服の襟を掴んで止め、彼女にいつもより厳しめに怒られたという出来事があった。今にして思えば、自分はいつもすみれに怒られてばかりだった。面倒と手間ばかり掛けさせていた。それらを思い出しながら、音羽は自分は『友達じゃない』と言われて当然だと悟り、悲しげに俯いた。けれど、それとは裏腹に詩穂は安堵したように、何かを確信したように笑みを浮かべた。

 

「……やっぱりね」

 

「……? お母さん……?」

 

「やっぱりすみれちゃん、音羽のこと……『どうでも良い』だなんて思ってないわよ」

 

「何、で……?」

 

「相手のことを叱ったり怒ったりするのはね、ある程度の信頼が無いとできない事なの。どうでも良い、興味が無い人とかに、自分の時間を割いてまで怒ったりとか……すると思う?」

 

「それは……」

 

 その問いに音羽は口ごもり、それ以上の言葉を発せなかった。人はそもそも、関係性が薄い人物や無関心の人物に自分の時間を使ったりは到底出来はしない。相応の関係性が構築されていなければ、相手に対して叱るという選択肢はまず出てこないだろう。

 

「すみれちゃんだけじゃなくて、他の人達だって……どうでも良い人に怒ったりしない。その人のことが大切だって思うから怒るの。『もっと良くなってほしい』って思うから、叱るの。特にすみれちゃんは、どうでも良い人に時間を割くような子には見えないわよ?」

 

「っ……!」

 

 音楽の講師として数多の生徒を相手にしている詩穂は、音羽やすみれと同年代の生徒も多く見てきた。故に彼女は相手がどんな性格で、どういった傾向にあるかを一目でなんとなく理解できる程には経験を積んでいる。今までの経験から、すみれを見た詩穂の所見だと、恐らく彼女は自分が大切に想う人物に対しては世話を焼くのも、助ける事も厭わないが、逆に自分にとって関係性が薄い人物には労力や時間を使わないタイプではないかと推察していた。そもそも、どうでも良い人相手に無駄な労力を使うといった事は決してしないのだろうと、詩穂は大体見当がついた。すみれと似たような価値観の生徒を何人も見てきていたが為の推測であった。音羽の話を聞いて、詩穂は自分の推察が概ね正しいものであったと知ることができた。すみれがあの日自分に伝えていた言葉を考えれば、初めから答えは出ているようなものだったと。詩穂は心の中でそう感じ取っていた。

 

「あの時すみれちゃん、言ってたわよ。『音羽は私の大切な友達だ』って。『迷惑だと思ったことは1回もない』って。とても、嘘を吐いてるようには見えなかった。大丈夫よ。すみれちゃんは音羽を『友達』って思ってる。今は辛いだろうけど、そこは……信じてあげて?」

 

「すみれちゃんが……そんなこと……」

 

 音羽は閉じられていた瞼を開き、俯いていた顔を上げた。詩穂が見たすみれの姿には、嘘偽りなど無い本心からの言葉に思えた。でなければあのような言葉は出てこないだろうと、詩穂はそう確信している。すみれにとっての音羽はきっと、どうでも良い人などではないと。あの日の言葉通り、大切な友達なのだと信じているのだ。

 

「すみれちゃんが何で音羽にああ言ったのかは分からないけど……それには必ず理由があると思う。すみれちゃんだって、相当苦しかったはずよ? 『友達だと思ってない』とか、簡単に言えるようなタイプじゃないだろうから」

 

 詩穂はすみれのことを思いながら諭すように音羽にそう伝える。『音羽を嫌いになる時はきっと、自分自身も嫌いになる』。彼女は詩穂にこうも言っていた。それも本当なのだとしたら、恐らく身を引き裂かれるような思いで音羽にあの言葉達を放ったのだろうと詩穂は考えている。すみれの性格で、そのような言葉を身近な友人に言える筈が無い。言ってしまったのには、何か大きな理由があるのではないかと。詩穂のその言葉に音羽の心が動かされる。あの日、屋上で見たすみれの表情が次々に思い出されていく。センターを降りると言った際の、諦めたような表情。胸倉を掴んでいた際の、怒りに燃えている表情。そして……ほんの一瞬だけ見せた、まるで苦痛を感じたかのような泣きそうな表情。それを思い出した瞬間、音羽の両目から涙が溢れた。

 

「……ああ。僕……バカだ。大バカだ。ちょっと考えれば……わかるはずだったのに……言われて、傷付いて。被害者面して。すみれちゃんを傷付けてたのは、僕の方なのに……」

 

 分かっていた筈だった。すみれが、簡単に誰かを傷付けるようなことを言いはしないと。身近に居る人以外に対しては、無関心で非常にそっけない態度をとっていたことも。それなのに、すみれは自分を友達だと思っていなかったのだと勝手にそう思い込んだ。いつも自分を叱咤し、日頃から助けてくれていたすみれに、あんな言葉を言わせてしまう程に傷付け、追い詰めてしまっていたことを悟った。音羽はそんな自分が、許せなくなった。強く、強く強く、拳を握り締める。

 

「……会わなきゃ」

 

 袖で目元をごしごしと強く擦り、一言そう呟く。

 

「会って、謝らなきゃ。今までのことを。いっぱい、すみれちゃんを傷付けたこと。……話したい。すみれちゃんと、話がしたいっ……!」

 

「うん。……音羽にとって、すみれちゃんはどんな人?」

 

 優しい目で、詩穂は音羽にそう問い掛ける。

 

「……眩しい人。すみれちゃんは……選ばれないとか、センター向いてないとか言うけど……僕はそんなこと全然思わない。いつも厳しくて、でもすごく優しくて……なんでもそつなくこなせる。キラキラで眩しくて、かっこいい……僕の大切な友達なんだっ……!」

 

 大きな声で、はっきりと音羽は詩穂にそう言った。音羽にとって平安名すみれという存在は、とても眩しい。真面目で、部の中で随一な程に常識と良識を兼ね備え、言いたいことをはっきりと述べるがどれも理知的で説得力があり、日頃から他者への気遣いを忘れない人物。些細なことでも気付いて声に出し、時に励まし、時に叱る。歌もダンスも両方優れているすごい人。尚且つ……皆と同じく全力でサポートをしたいと思える仲間で、友達。音羽にとってのすみれは、そんな存在であった。彼の言う『友達』は、決して軽い意味合いではない。今まで恋以外に近しい友人が居らず、数年の間孤独を経験している音羽にとって、『友達』とは自分にとって本当に大切な存在で、その存在そのものが特別なのだ。無論、すみれも音羽が皆と同様に特別な想いを向ける相手であることに違いは無い。音羽は、一度もすみれを蔑ろにしようとした事は無い。故に意図しない形で、それも無意識にすみれを傷付けていた不甲斐無さに、音羽は自分自身に怒りの感情が湧き出ていた。

 

「すみれちゃんと、向き合いたい。それで……すみれちゃんを全力でサポートして、ステージの上で輝かせるんだ。でなきゃ……こんな自分が嫌で嫌で、たまらなくなるから……」

 

「ふふっ。そうね。傷付けちゃったんなら、謝らなきゃね。謝って、話して。これからどうしたいかをすみれちゃんに伝えれば良いと思うわ。大丈夫! 音羽ならきっと、大丈夫だから!」

 

 詩穂は音羽の頭を撫でながら彼を励ます。自分と湊人譲りの明るい色をした彼のふわふわな髪を触りつつ、音羽が恋の他に本心から向き合いたいと思えるような人と出会えたことを、他者の為に役に立つと確固たる意志を持てた息子の成長に詩穂は母親として、万感なる思いが心に満ち溢れていく。

 

「お母さん、ありがとう。情けないとこばかり見せて……ごめん」

 

「ううん。そんなことないわ。悩む時はそうやってちゃんと立ち止まれる音羽が……私は好きよ? 私も、勿論お父さんも!」

 

「……ふふっ。もう、悩んでばかりじゃいられない。ちょっとでも前に、進まなくちゃね」

 

「辛いと思うけど……応援してるわ。これからも、この先も。ずっと、ずっとね」

 

 音羽はようやく少しだけ笑みを見せ、詩穂もまた微笑で言葉を返した。一歩ずつの進歩しか出来ない、他者と本気で向き合わなければ問題の解決など出来やしない。情けないのは重々承知だ。それでも、音羽は進まなくてはならない。すみれとの約束を果たす為に。そして、すみれと『友達』で居る為に。泣き腫らした彼の目から、先程まで纏わりついていた迷いが、一切消えて無くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 




理由の無い涙も雨も、この世には存在し得ない。




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