星達のオーケストラ   作: 龍也/星河琉

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第6話 運命は、彼のすぐ側に。

 桜が全て舞い散り、太陽の日差しがより一層強くなっている今日。音羽(おとは)は自室のベッドの上で静かに目を覚ました。

 

 今日は休日。学校が休みの日なら、音羽はいつもより1時間程多く睡眠をとる。彼は目覚まし時計が無くても予定した時間にすっきりと目覚められるタイプであり、朝は比較的強い部類に入る。その仕事柄、時間に厳しい両親の教えの賜物であると言えよう。

 

 簞笥から私服を取り出して着替え、音羽はリビングへと足を運ぶ。するといつものように新聞を読む湊人(みなと)の姿があった。

 

「おはよう、お父さん」

 

音羽(おとは)、おはよう」

 

 音羽は湊人に挨拶すると、新聞を持ったまま顔を音羽の方へ向け、一言そう告げた。

 

「お母さんは?」

 

「同じ職場にいる講師の1人が体調を崩したみたいでな。代わりに母さんが授業を担当することになったから早くに家を出て行ったよ」

 

「そうなんだ」

 

 コップ一杯の水を飲みながら、音羽は納得したように頷いた。詩穂(しほ)は教師である立場上、講師から急に体調不良者が出ると代わりとして駆り出されることが多い。彼女が教育者として優秀だからだろうが、普段からたくさんの生徒を抱え、ほぼ毎日歌を教えていると思うと少々働きすぎではないかと、音羽は少し心配そうに眉を顰めた。

 

「あぁそうだ。音羽、私は今日友人の墓にお供えをしてくるから家を空けるぞ。夕方までには戻る」

 

「うん、わかった」

 

 言われてみれば湊人は休日であるにもかかわらずワイシャツとネクタイを身に付けており、隣の椅子には黒のジャケットが掛けられていた。湊人は定期的に『友人』と称する者の墓に供物を置きに家を出ることがある。別段珍しいことでもないので音羽は特に気にすることなく席に着く。席上の皿にかかっているラップを剥がし、既に焼き上がったトーストを手に取って咀嚼を始めた。

 

「……(れん)さんとは、仲良くできているか?」

 

 唐突な質問だった。湊人は新聞を置き、いつにも増して顔を強張らせながら音羽に問う。父からのその質問に、音羽の手が止まる。

 

「どうしたの? いきなり」

 

「少し気になってな。入学してからしばらく経つんだ。以前のようにまた一緒に過ごす間柄になっているかなと思ってね」

 

「……僕は一緒に居られないよ。普段話す訳じゃないし、仲が良い訳でもない。それに……」

 

 俯きがちに音羽はぽつぽつと呟く。結ヶ丘に入学してしばらく経つものの、あの日以来彼女との関係に進展は無い。そして音羽は数秒の沈黙の後、湊人に本当のことを伝えようと口を開いた。

 

葉月(はづき)さんと関わるの、辛いんだ。今のあの人に、どう顔向けして良いのか分からない」

 

 それが、音羽が葉月(はづき)(れん)という幼馴染に出した結論であった。ずっと一緒に音楽を習い、切磋琢磨し合った筈の2人。それは『親友』と呼ぶに相応しい間柄。それなのにいつのまにか彼等の間には溝ができてしまっている。音羽は恋のことが嫌いだという訳では決して無い。ただ、自分が惨めに思えてくるからだ。恋と共に居ると、絶対に埋められない差を痛感することになる。故に音羽は恋と距離をとる。たとえ彼女にどう思われようと、それが音羽がとれる最善の方法であった。

 

「……そうか」

 

 それを聞いて湊人は静かに了解の意を示した。彼はこれ以上音羽に何も言うことなく席を立ち、ジャケットを羽織る。

 

「じゃあ、行ってくる」

 

「いってらっしゃい」

 

 鞄と供物が入った紙袋を持って家を出て行く湊人に視線を向けながら、音羽は今し方思いを巡らす。自分が抱いている幼馴染に対しての感情を。彼女を傷付けているかもしれない。嫌われているのかもしれない。だがきっと、これで良い。音楽や他者に関わりさえしなければ、それで。そう自分に言い聞かせながら音羽はトーストと共に自身の中に存在を主張し続ける、複雑な思いを呑み込んだのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の午後。家に1人残された音羽はアテもなく街を出歩いていた。自宅には自分1人しかいないはずなのに、妙な居心地の悪さを感じ、外に出て心を落ち着かせられる場所を求め、ただ歩く。気温が高くなっているせいか、マスクをすると息苦しく、呼吸をする度に眼鏡が曇る。それでも音羽はこれらを身に付けるのを辞めない。『目立ちたくない』と思った、あの日から。

 

 気付けば音羽は結ヶ丘高校近辺に来ており、いつもの通学路をゆっくりと歩く。ただアテもなくふらふらと喧騒飛び交う東京の街を彷徨い続ける。それはさながら居場所を探し求める鳥のように。それでいて翼を捥がれて飛べなくなった鳥のように。今の音羽を形容するには、その言葉が相応しい。

 

 無論、音羽も今のままではいけないことは分かりきっている。親の、幼馴染の気持ちを無下にし続け、劣等感と罪悪感でがんじがらめになっている現状。この現状をどうにかしようにも、彼にはそれらに立ち向かう勇気も、気力も失われてしまっている。また同じことの繰り返しになるのではないか。その恐れが、音羽の心をどんどん疲弊させていく。歩を進めている間に余計な事ばかりが頭に浮かび、項垂れていたその時、軽い鈴の音が耳に入ってきた。

 

 ふとその方角を見ると、20代くらいの若い女性が店から出て行く様子が見えた。入り口付近には木で出来た看板があり、そこが喫茶店であることが分かった。

 

『ここでなら』。音羽は直感でそう思った。それに特に理由は無い。喫茶店に抱いている自分のイメージと、心を落ち着かせるという目的がただ合致したに過ぎない。『目の前に喫茶店があるから』。入ろうとする理由は、それだけで充分であろう。

 

 入り口のドアノブに手を掛け、静かに戸を開くと、冷房の冷たい空気が音羽の身体に入り込んでくる。店内は予想通りの落ち着いた雰囲気であり、ほっと安堵した次の瞬間、音羽が目を見開いた。

 

「いらっしゃいませ! おひとりでよろし……」

 

 明るい髪色をしたエプロン姿の少女が音羽の来店を出迎える言葉を紡ごうとするが、彼の顔を見てその言葉が止まる。音羽はその少女を知っている。そしてまた、彼女も音羽のことを知っている。何故なら、()()()()()()()()()()()()()からだ。

 

「「君は……」」

 

 静かな店内に、2人の声が重なった。

 

 

 

 

 

 

 

 




その心を開くのは



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