星達のオーケストラ   作: 龍也/星河琉

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第60話 私にとって、あんたは。

 

『心のドア』。生きていく上での人間関係構築における自分自身の価値観やこだわり、関わり方を、彼女はそのように名前を付けた。

 

 心の内側に部屋があり、心の外側に鍵付きの扉があるとする。扉の内側の部屋に入れるのは自分が心を許している数人の人物のみ。それ以外……心を開いていない、若しくは興味の無い無関心な人物には、鍵を開けずに部屋に入れない。家と一緒だ。主に人を家に招く際に使う線引きを、彼女は自身の心の中にも設けていた。

 

 その心の中に唯一、『入れて』とお願いされた訳でなく、彼女自身が望んで心のドアの先へ『入って』と招き入れた人物が居た。途切れることなく雨音が聞こえる自室、そのベッドの上で、平安名(へあんな)すみれはその人のことを思い出していた。思い出しながら、すみれは痛みを感じたように目を細める。その視線の先にあるのは、左手首に付けられた銀色のネックレス。『星結び』と称してその人から渡された大切なお守り。渡されたその日から、肌身離さず身に付けている代物だ。()()()()()を言ったのだから、付ける資格など無い。外してしまえと心に命じても、それを簡単に外せる程、すみれは彼に対して非情に徹する事など到底不可能であった。

 

 (あずま)音羽(おとは)。自分が通う結ヶ丘高等学校の同級生で、同じスクールアイドル部の仲間。そして、すみれにとっての大切な友。その彼のことを、すみれは彼と出会った日の時から遡っていた。

 

 初めて音羽と出会ったのは今年の夏頃。自分がスクールアイドルになって間もない時期、かのんに半ば強引に連れられて彼は部室にやってきた。明るめの色をした茶髪に、音楽科の白い制服を纏い、何故かマスクを着用して顔を隠していた彼。初めに抱いた彼の印象は、『根暗』の一言に尽きた。ボソボソとした喋り声で、マスクを着けているせいで笑っているのか怒っているのか、そういった感情さえも分からない。正直、『かのんは何故こんな奴を気に掛けているのか』と、甚だ疑問に思っていた。どうしてこんなにも周りと違う変な人を、且つスクールアイドルになる気など毛頭無い男性なんかを。あの時の自分はそういった懐疑的な姿勢を見せていたのは事実で、今思えば申し訳ないことをしたと自認している。そんな彼への見方は、不思議なことに徐々に形を変えて行った。

 

 元々、以前よりかのんから音羽の名前が話題に出されていて、かのんは『スクールアイドルに勧誘するチラシを届けてくれた優しい人』だと称して度々彼のことを話していた。『優しい人』。すみれの第一印象から見れば、とてもそのような人物には見えなかった。何事にも無関心そうで、何も考えていなさそうで。スクールアイドル同好会の部員見習いとして、邪魔にならないところでただじっと座って自分達の練習を眺めている。何か被害を被った訳でもないのだが、何故だか気に食わなかったのを覚えている。けれど、日に日に彼の姿を見るうちに、少しだが言葉を交わす度に、かのんの言っていることが理解できたような気がした。

 

 練習が終わって帰る際にはドアを開けたままにして皆が出るのを待ったり、落とした物を拾って手渡したり。マスクで顔を隠していても、彼の根底にある優しさは隠し切れていなかった。優しさを知ると同時に、彼の目に憂いを帯びているのも感じ取った。彼を見ていくうちに、何故だか……放ってはおけなくなった。

 

 日々を過ごすうちに音羽が悪い人ではないと知ったすみれは、初めて彼を『音羽』と名前で呼んだ。すると僅かではあるが、彼の瞳に輝きが宿ったのを目にした。そこで初めて音羽の人間らしい一面を垣間見ると同時に、そんな彼の為に何かしてあげたいという気持ちが芽生えた。彼が何かを抱えているのは明らかで、自分を抑えて苦しそうにしているのも知った。『助けられたら』と、思ってしまった。自分の、心のドアのその先に招く筈など無いと思っていたのに。心の内側から彼を見る度に、もどかしい気持ちが溢れてきた。そして、自らそのドアから飛び出して、彼の元へ向かった。彼女の心の裡を形容するならば、そんな表現が正しいであろう。

 

 そうして、彼女は音羽を叱咤した。日頃から思っている言葉をぶつけた。自分の意志で何かを決めるようになるまで、決して彼を認めないと。すみれからそう言われた音羽の何かが、その時から変わり始めた。その数日後、音羽は素顔で皆の前で本音を吐露した。『こんな僕を信じてくれる君達の力になりたい』と。すみれは、大きな変化が生じた彼の一助になれたのだと知り、誰にも悟られないよう、静かに涙を流した。

 

 それからの音羽は、以前とは比較にならない程に明るくなった。話しかけやすくなったし、関わりやすくもなった。よく、笑うようになった。いつもにこにこと笑顔を見せて、すみれに対しても同じく笑いかけた。いつしか……その笑顔が、とても好きになった。すみれは心の内側に音羽を招き入れ、もう自分にとって他人ではなくなっていた。同じ時を共にし、何かあれば心配する対象となっていた。東音羽という存在が、自分の中で徐々に大きな存在となっていった。

 

 ある日、音羽に言われた。どうして自分が応援したい筈の人間が居たのに、自分を応援していたのか。何故自分の気持ちを無視するような行動をとったのか。それを聞いた際に彼からこう言われた。

 

『だって……すみれちゃんも大切な人だから!』

 

 それを言った彼の瞳は純粋で、真っ直ぐだった。吸い込まれそうな程に綺麗な琥珀色の瞳。少し潤んだその瞳で、彼は彼女に『大切な人』なのだと告げた。それがすみれにとって、どうしようもなく嬉しかった。嬉しかったのだ。初めて他者から言われた、『大切』という言葉。心が暖かくなって、頬が緩んで。気持ちが沈んでいる日でも、その言葉を思い出すだけで不思議と元気になれる……魔法の言葉だった。その時から、音羽に対しての見方が更に変わった。自分にとっても、音羽が『大切な人』になった。

 

 だが、大切だと思う気持ちと彼に対して思っている気持ちは必ずしも比例しない。音羽と関わっていく毎に、劣等感を時折感じることもあった。並外れた記憶力と知識や技術の吸収力。彼本来の人柄の良さ。すみれにとって、音羽の全てが眩しかった。街中で困っている人を見たらたとえ他人でも声を掛けて力になろうとするところも見て、自分との差を痛感したことだってあった。自分はそこまで、何も頼まれ事をされていない見ず知らずの他人に優しくなど出来ない。もし声を掛けられれば助けにはなるのだが、日頃関わる人間を選んでいる自分からしたら、音羽のようにああやって率先して人助けは出来ない。彼に対しての尊敬が、時に嫉妬に変わった。

 

 極め付けは、音羽が他者とは違う特殊な才覚を持っていると知った事。共感覚と絶対音感。系統の違う2つの才能に目覚めていたからこそ、彼の持つ記憶力や能力の高さに起因していることを知った。それを知った時、自分と彼の中にある確かな距離を悟った。いつも身近に居る筈の音羽が、ひどく遠い存在のように見えた。それでも、すみれの音羽に対しての気持ちは来る日も来る日も、確かに膨れ上がっていった。言葉では形容し得ない、特別な感情が溢れていた。

 

 音羽が自分にラブライブ地区予選のセンターを任せてくれたこと、自分の為に怒ってくれたこと、『全力でサポートする』と言われたこと。ここ最近の彼の行動や言葉の全てが嬉しかった。だが、最近になって気付いてしまった。その笑顔も、言葉も。自分以外の他の誰かにも向けられているということを。自分は音羽に特別だと思われてなどいない、何も特別じゃないと思ってしまった。自分はこんなにも音羽の言葉に一喜一憂し、特別だと感じているのに。音羽はきっとそうではない。そう思うと、胸が痛んだ。なのに、音羽は毎日変わらず自分に笑顔を向ける。キラキラと眩しい、その笑顔を。彼女にとっての音羽は、まるで太陽のようだった。自分達を明るく照らし、何も言わずとも心を暖めてくれる優しい太陽。すみれにとって音羽は、そんな存在であった。

 

 しかし、彼女の胸中にとある気持ちが芽生えた。『自分だけを照らす存在であってほしい』、『自分だけを、見ていてほしい』と。叶う筈の無い願いだ。単なる都合の良い妄想だ。そんなことは自分にだって分かっている。だが、そう思ってしまった以上、その気持ちを簡単には無くせなかった。無くせやしないのに、音羽のすることは変わらない。誰にでも変わらない、優しい笑み。段々と……音羽に何をされても、それを嬉しいと思えなくなってきていた。センターを務める重圧や周囲からの声に板挟みにされ、すみれの心は限界に近付いていた。

 

 様々な感情が限界を迎えそうになった時、音羽に言われた言葉。『すごい人』、『なんでもそつなくこなせる』。これらが、すみれの逆鱗に触れた。自分よりも優れている筈の人間が、それを自覚せずに励まそうとする能天気さや、傲慢さ。普段は絶対にそうは思わないのに、あの時の精神状態が不安定だったが故に音羽に皮肉られていると受け取り、怒った。彼に対し、初めてあそこまでの激情を向けた。

 

 その時に改めて悟ったのだ。自分は、音羽の特別じゃない。特別な存在などではない。ただの友達。いや……彼の厚意を嬉しくないと感じてしまう時点で、自分が彼を友達だと思う資格なんて無い。そんな人は、友達でもなんでもない。それに、彼に本当のことを伝える良いチャンスだとも思った。友達ではないと割り切ってしまえば、躊躇いなく言えると思った。ただ、知ってほしかった。知ってほしかったのだ。音羽が『すごい人』なのだと。すごい才能を持っているのだと。その伝え方や言い方を根本から間違えていたことには、言葉に表してから気が付いた。言う必要の無いことまで言って、きっと彼をひどく傷付けた。言いたくない言葉も放った。一度言葉にすれば、もう二度と取り消すことは出来ない。まるで刃物のように、心に深く突き刺さっていく。

 

「っ……」

 

 すみれはベッドの上で、胸に走る鋭い痛みに小さく声を上げる。痛い。辛い。苦しい。頭が、どうにかなってしまいそうなくらいに。だがそれを招いたのは全て自分だ。音羽は決して悪くない。冷静に考えれば火を見るより明らかなのに、彼に感情をぶつけ、転嫁してしまった。その事実が、すみれの心にまで土砂降りの雨を降らす。

 

「私は……」

 

 呻くように呟き、左腕で目元を隠す。制服の袖が、徐々に湿っていくのが分かった。歯を食い縛っても、目から熱いものが音を立てずに流れていく。もみあげを伝い、それが耳に入るむず痒い感触に構わず、すみれは右手を強く、強く握り締めた。

 

「どうすれば良いのよっ……」

 

 勝手に期待して、勝手に裏切られた気になって。そんな惨めな自分に嫌気が差す。『どうすれば良いのか』。などという身勝手極まりない言葉まで口にする、弱い自分。そんな自分を呪うように、戒めるように右手に爪を食い込ませる。

 

 雨は、まだ暫く止みそうになかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




止まない雨はないというなら、今差し出される傘を欲する。




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