星達のオーケストラ   作: 龍也/星河琉

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第61話 受け入れる心、受け入れられる心。

 

「……まさか、あの平安名(へあんな)ちゃんがねぇ……」

 

 詩穂(しほ)に励まされ、音羽(おとは)がすみれと向き合う決心をした日から一夜が明けた次の日。昼休みに彼は友人の美麗(みれい)と昼食を共にしており、音羽は大筋だけではあるが美麗に最近の出来事を話した。すると美麗は些か驚いていたようではあるが、薄々こうなる事が予想はついていた、といった様子だった。

 

「すみれちゃんとは、改めて話をするつもり。謝りたいし……『サポートする』って、約束してるから」

 

「それは良いことだけれど……アタシは平安名ちゃんの言い方には納得しかねるけどね。音羽ちゃん、傷付いたんじゃないの?」

 

 パンを咀嚼して飲み込んだ後、美麗は怪訝な表情で先程音羽から聞いたすみれの発言に言及する。美麗もまた、周囲から『普通ではない』ことを浮き彫りにされた経験があり、それを音羽と仲が良好だった筈のすみれが口にしたという事実に対し、美麗は言われた本人である音羽よりも怒っていた。

 

「たしかにショックだったけど……僕もすみれちゃんを傷付けてたんだからお互い様だよ。僕は気にしてないかな」

 

「はぁ……ホント、人が良すぎるわよ。音羽ちゃん。それがアナタの良いところでもあるけどね? アタシはだぁ〜い好きよ?」

 

「ふふっ。ありがと、美麗さん」

 

 音羽は軽く微笑みかけ、紙パックのストローに口を付ける。傷付いたのはきっとすみれも同じで、自覚できずにすみれのことを追い詰め、傷付けていた罪悪感の方が音羽にとっては大きい。なのに自分がそれに対し怒ったり傷付いたりするのは、あまりにも身勝手。そういった思考も音羽の中にある為、特に感情を荒げたりせずに『お互い様』という結論に至ったのだろう。

 

 しかし、今自分がするべき事柄の方向性は決められたとはいえ、彼は自身が普通ではないことを知ってしまっている。その為、音羽はかのん達スクールアイドル部の人達との関わり方や距離感が分からなくなっていた。『気付いていないのは音羽だけ』なのだとすみれから告げられ、本当にそうだとしたらかのんは勿論、幼馴染の(れん)もとっくのとうに知っていたということになる。そんな中、音羽はどんな態度でかのん達と関われば良いのか苦悩しているようだった。

 

「……でも、これからかのんちゃん達とどう関わっていけば良いんだろう。普通じゃないから……皆に拒絶されるかもしれないし」

 

「ウフフッ。おバカさんね。そんなことあるワケないじゃない。音羽ちゃんと澁谷(しぶや)ちゃん達の関係って、そんなに浅いものだったかしら?」

 

「僕は、そんなこと思わないけど……」

 

「じゃあ大丈夫よ。音羽ちゃんは、そのままの音羽ちゃんで居れば良いの! ウタ先生の教えよ。音羽ちゃんも、大事にしなくっちゃ!」

 

 美麗は嘗ての恩師で、音羽の祖母でもある(うた)の教えに則って彼をそう励ました。自分は自分。この言葉は今の美麗を形成する大切な教えだ。詠のその言葉に救われた美麗は、今度は詠の孫である音羽に伝える。美麗の笑顔を見た音羽は、安心したように頬を緩ませる。

 

「そうだね。まずは皆と話す為に……練習に出なきゃ。もう2回も休んじゃってるし」

 

「たまには休養も必要よ? むしろ、気持ちが不安定な状態で皆のサポートなんて出来やしないんだから。でもまずは、休んじゃったことを皆にちゃんと謝ること。それで、今日からまた頑張れば良いのよ。今までもずっと、そうしてきたんでしょう?」

 

「うん。放課後、部室に行ってみるね」

 

 すみれもきっと放課後に部室に足を運ぶのであろうと音羽は考える。緊張で心臓の鼓動が早まり、些か不安な気持ちを抱きながらも、音羽はそれらも呑み下すように、残り半分程のオレンジジュースに口を付けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 授業が終わって放課となり、部室に行く前に音羽は恋に生徒会室に行こうと誘われ、彼女と共に数十分事務作業に勤しんだ。その間、恋は音羽の特殊な才覚のこと等は決して話題に出さなかった。幼馴染同士の他愛の無い、日常会話が繰り広げられていくのみであった。いつもと何ら変わりない、普通の生徒会活動だった。それに音羽は、漠然とした違和感を覚える。音羽が思うに、恐らくこの違和感は……気の所為ではなかった。

 

 生徒会の仕事を終えて、音羽と恋は部室へと向かう。入口の前に立ち、扉を開ける。ほぼ毎日のように繰り返していた事だ。けれど、開けようとする音羽の手がピタリと止まる。その様子に、恋は心配そうに声を掛ける。

 

「音羽くん……?」

 

「……あっ。ごめん、なんでもない。入ろっか」

 

 浅く呼吸をした後、思い切って音羽は部室の扉を開けた。するとそこには、制服姿のかのんと可可(クゥクゥ)千砂都(ちさと)がそれぞれの席に座っており、皆は音が聞こえた入口の方へすぐに視線を移した。

 

「や、やっほー……皆……」

 

「あっ! おとちゃん! 恋ちゃん! おつかれさま! 待ってたよ!」

 

「おとくん、恋ちゃんうぃっすー! おとくん、体調は大丈夫? ずっと心配だったんだよー?」

 

「ごめんね……練習休んじゃって……」

 

「イエイエ! やっぱりココには音羽がイナイと! クク、寂しカッタんデスよ……?」

 

 皆、暖かい言葉で最近休み続きだった音羽を迎え入れる。徐々に、音羽の中に生まれた違和感が大きくなっていく。

 

「そんな……僕は寂しいって思われる程の人じゃ……」

 

「えぇ〜? おとちゃんがいなきゃ寂しいよっ! でも、今日は来てくれて嬉しい! やっぱり練習は、おとちゃんのサポートがあってこそだから!」

 

「やっ……えっと……」

 

「おとくんがいないといまいち気分が上がらないからねぇ。今日もすみれちゃんは来ないけど……恋ちゃん来たし、練習始めよっか!」

 

 音羽は目を白黒させながらきょろきょろと視線を動かす。いつも通りの筈なのに、生まれ落ちた違和感をどうしても拭うことが出来なかった。

 

「ソウデスね……ズット待っていてもナニも始まりマセンし、練習しマショウ! さぁ、急いで着替えニ行きマスよ!」

 

「み、皆……」

 

「地区予選まで残り3週間もありませんし、練習あるのみですね。気を引き締めていきましょう。音羽くん、少し待っていてくださ……」

 

「ちょ、ちょっと待ってっ……!」

 

 とうとうこの違和感に耐え切れず、音羽は恋の言葉を途中で遮った。珍しく大きな声を出した音羽に、一同は思わず息を呑んだ。

 

「おとちゃん? どうしたの?」

 

「……すみれちゃんから聞いた。僕は、()()()()()()んだって。気付いてないのは、僕だけなんだって。皆は……そのこと知ってたんだよね……?」

 

 音羽にそう問われ、皆は顔を見合わせる。皆で頷き合った後に、かのんが口を開いた。

 

「……うん。知ってたよ」

 

「じゃあ……どうしてそんな普通に接してくれるのっ……? まるで、何事もなかったみたいに。僕は……()()()()()()んだよ……? それなのに……どうしてっ……?」

 

 瞳を潤ませながら、音羽は一同に問い掛ける。普通じゃないのに、自分を嫌ったりしないのか。周囲と違うのに、どうしてそんなにも普通で居られるのか。音羽にそう聞かれた一同はクスッと笑みを溢す。その様子に音羽は面食らい、大きく目を開く。それに構わず、かのんと千砂都は小さく首を傾げて彼に明るい口調で問いを返した。

 

「「今さら?」」

 

「……えっ?」

 

 今更。音羽が普通ではないことを、かのんと千砂都は今更だと口にした。音羽とどう接するか、これからどのような言葉を伝えれば良いか。皆の中で答えは出せており、音羽の不安を消すにはどうすれば良いかも理解することが出来ていた。

 

「いま……さら……?」

 

「そうだよ? なんなら……初めて会った時から、おとちゃんは普通じゃなかったよ。……男の子とは思えないくらいに、綺麗な声だったから」

 

「……!」

 

 音羽が初めから普通ではなかった事柄として、かのんは音羽の持つ透き通るような綺麗な声を挙げた。初めて素の声を聞いた時に、かのんは素直に『素敵な声』だと思った。女性のように高く、心地良い声。男性であれば殆どは変声期を迎えて声が低くなるが、音羽はそうではなかった。その時点で、音羽は他とは違う唯一無二の存在だった。

 

「正直、私はおとちゃんが羨ましかったよ。男の子でそんなに綺麗な声を出せるの。何の取り柄もなくて……何もかもが普通の私とは、まるっきり違ったから」

 

「かのんちゃん……」

 

「自分が傷付いてまで、他の人の為になろうとするところもね。それが『普通か』って聞かれたら、多分違うだろうし。それはおとくんだけが持つ、特別な優しさだから」

 

 かのんに続き、千砂都も音羽の普段から見せる優しさを挙げる。他の人とは違い、音羽は自己犠牲の傾向が特に強いことにあるのは千砂都は把握しており、自分には出来ない優しさであると同時に、彼の強さだとも思った。そんなにも真っ直ぐに他者を想える人はそう居ない。その唯一性を、千砂都は好いていた。

 

「ククもそう思いマス。デスから、音羽はサイショから、クク達からミレバ()()()()()()()()んデス。ダカラ大したコトじゃありマセン! イマサラデスよ!」

 

 可可は優しく音羽に笑いかけ、音羽が知った特殊な才を持っている事は大したものではないと諭した。可可達から見れば、今更。故に皆は初めから音羽への態度を変えたり、嫌うつもりなど毛頭無かったのである。

 

「他者と違って普通ではないことも、音羽くんの個性です。それら全てを含めて、音羽くんなんです。誰が何と言おうと、私達は音羽くんを受け入れます。それが……仲間です。誰も……音羽くんを拒絶したりなんて、出来る筈が無いんです」

 

「恋ちゃん……皆……」

 

 音羽の隣に立ち、恋が彼にそう伝える。幼い頃から音羽の共感覚の片鱗が見えていた恋にとって、音羽が他者と違う表現方法を用いていたことはあくまで彼の持つ1つの個性という認識に過ぎず、恋は音羽の性格や人間性を好ましく思っていたからこそ、『ずっと一緒に居たい』という想いが芽生えた。その気持ちは今も、そしてこれから先も変わることなど有り得ない。たとえ音羽がどんなに他者と違っても、恋は彼の全てを受け入れるのだと心に誓っているからだ。

 

「たしかに他の人とはちょっぴり違うかもしれないけど……おとちゃんはおとちゃんだから。笑って、泣いて、怒って、落ち込んで、悩んで、迷って。感情表現が豊かで、純粋に他の誰かの為を想える……そんなおとちゃんだから、良いんだよ。普通だとか普通じゃないとか関係ない。おとちゃんは、私達にとって大切な友達。それはこれから先もずっと、変わらないよっ!」

 

「っ……!」

 

 かのんの言葉とその笑顔に、音羽はぎゅっと目を瞑って涙を堪える。かのんが知る東音羽という人間は、とにかく感情表現が豊かで、思っていることや感情がすぐに顔に出る。恥ずかしい時や照れている時はすぐに口元を両手で覆ったりする等、女性のような愛らしいところが魅力的で、他の誰にでも分け隔てなく優しく接し、愚直と言える程に真っ直ぐ相手と向き合い、純粋に相手を想える。そんな存在である。他の誰とも変わらない、素晴らしい魅力に溢れた1人の人間。それが、かのんが思う音羽という存在である。1つや2つ他者と違う点があろうとも、それらが音羽を拒絶する理由になどなりはしない。到底なり得ることは無いのだ。

 

「音羽くんは、音羽くんのままで良いんです。そのままの音羽くんが、誰より素敵なんですから!」

 

「そうそう。おとくんはおとくん! 何も気に病む必要なんかないんだよ! 私達が居るんだから!」

 

「音羽は音羽デス! ククのダイスキな、音羽なんデス! ダカラ泣かないでクダサイ……クク達が、音羽を受け入れマスから!」

 

「ねっ? 皆もこう言ってる。わかった? おとちゃんは、今まで通りのおとちゃんでいてくれたらそれで良いんだよ!」

 

「皆……ごめんね。……ありがとう」

 

 真っ直ぐにかのん達を見据え、自分を受け入れてくれる選択を取った皆に礼を言う。皆にそう言われて初めて、音羽は自分が普通ではないことを、絶対音感と共感覚という特殊な技能を持っている事実を受け入れることが出来た。その隣で、かのん達が自身の大切な幼馴染を『受け入れる』と言ってくれた嬉しさに恋も音羽と同様に目に涙を浮かべ、音羽を少しでも励ます為に、恋はそっと彼の左手を握った。彼女に手を握られた音羽は、恋に対して嬉しそうに微笑む。

 

 緊張で冷たくなっていた音羽の手が、恋の手が持つ微熱で次第に暖かく熱を帯びていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




雲間から差した、暖かな光。




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