音羽が練習に復帰したことは一同にとって喜ばしいことなのだが、すみれが未だ部に姿を現さないのが皆気掛かりであり、身体を伸ばしながら
「……やっぱり、来ないね。すみれちゃん」
「うん……今日も来ないのかな」
千砂都の言葉にかのんがそう返し、
一通り、現状で出来る練習をキリの良いところまで行ったかのん達は休憩の為に音羽が安座している隣に在るベンチに座り、恋は音羽の真横に位置する場所に腰を下ろした。かのん、千砂都、恋が腰掛けているベンチの右横では可可がしゃがみながらスマホの画面を見つめていた。
「……ふぅ。すみれちゃんが来ないと……あんまり練習にならないね……これから、どうしよう?」
かのんが皆に今後どうしていくかを問い掛け、思考しているが為に誰も言葉を紡がない他のメンバーの代わりに、恋がまず初めに返答する。
「やはり、センターのことをはっきりすべきなのでしょうね……」
「恋ちゃんは、どう思う?」
「難しい問題ですね……すみれさんのレベルは、歌もダンスも高い所にあります。ただ、グループの中で1番かと言われると……」
恋は冷静にすみれの能力を分析し、自身が思う彼女のレベルを正直に言語化する。確かにすみれは歌もダンスもすぐに覚えることが出来て、どれも高い能力を発揮できている。しかし、それらを『Liella!』全体として見た場合だと、どうしても他のメンバーと比較して劣りがちなのだと恋はそう感じていた。
「歌は、かのんちゃん」
「ダンスは、ちぃちゃん。優雅さなら恋ちゃんが1番だし、華やかなところは可可ちゃん……」
「音感やリズム感は、音羽くん……ですね」
皆で各々の優れている点を挙げ、恋から名前を出された音羽はすみれとのことを思い出し、悲しげに目線を逸らす。たとえ他者より優れていたとしても、音羽にはそれを嬉しく感じられはしない。一同もすみれのことを考えているのか、表情は暗いままであった。
「確かにすみれちゃんには全部備わってるけど……正直、どれも1番とは言えないんだよね……」
「……だからなのでしょうね。今まで希望が叶わなかったのは」
千砂都の言葉に恋も同意し、すみれが今まで選ばれなかった原因を心苦しくはあるが納得の意を示す。芸能界に於いては突出した才を持つ者が特に優遇され、注目を浴びる世界。故にどの技能も満遍なくこなせるすみれは貴重な存在であるのは勿論なのだが、部の中で最も輝いているとは言い難いのが事実であった。
「うん……だからこそ、すみれちゃんがセンターやるべきだと思う。だって、実力ではまったく引けを取ってないんだから!」
「そうだね。センターは、すみれちゃんのままが良い。くぅちゃんもそう思うよね?」
皆の言葉を聞いて、かのんはすみれがセンターをやるべきだと強く主張する。それに音羽も同意しながら頷き、音羽は可可にもすみれがセンターを務める事への賛成を求める。
「……ハッ。そ、そうデスね! かのんと音羽の言う通りデス! ……あ。クク、ちょっとダケ電話してきマス!」
数秒の間があった後にスマホからかのん達が居る方へ視線を移し、可可も納得の意を示した。それとほぼ同時に可可のスマホに着信が入り、彼女は皆に一言伝えてから小走りで屋上から出る。その様子を音羽は無言で見送り、少し心配そうに可可が出ていった方を見つめる。彼女はこれまでも何度か電話が掛かってくる事があり、その場合は必ず席を外して通話を行っている。音羽はいつもの事だと思いはするのだが、屋上を出る際に見せた可可のどこか浮かない表情が気掛かりであった。
随分と長く葛藤した。だが、行かなければ始まらないと思った。部室に足を運ぶ理由としては、それで充分だろう。すみれはやっとの思いで自分の中にある迷いを追い払い、部の皆に会う為に部室と屋上に続く階段を登っていた。もう、心は決まっている。自分ではない誰かにセンターを務めてもらうように伝える。そうすれば結ヶ丘の生徒達から出た意見に沿う形となり、皆が望む結果となる。結ヶ丘を背負うスクールアイドルならば、生徒の意見に従うのは至極当然の話であり、すみれ自身もそれを受け入れている。ほんの少しの、後ろめたさを残して。
階段を上がり、部室に辿り着くその寸前に可可の声が聞こえ、すみれは彼女に気付かれないように咄嗟に身を隠す。可可がこちらを向いても気付かない程度に階段を降りてしゃがみ込み、彼女の様子を耳をそばだてながら窺う。可可はいつもの話し口調とは違い、中国語を用いて誰かと通話をしているようだった。彼女が日本語ではなく母国語で会話をする相手は誰なのか、すみれには容易に想像が付いた。恐らく、身内の誰かと話をしているのだろうと。
「──。──。──……」
中国語で話している為、すみれは可可が何を言っているのかまったく聞き取れず、自分では意味が理解出来ない言葉に態々耳を傾ける必要は無いと感じたすみれは、引き続き可可に存在を勘付かれないように黙って彼女の通話が終わるのを待つことに決めた。2分ほど待っても、一向に通話が終わる気配は見えない。角張った階段に身体を置いている為、すみれの腕や脚に徐々に痛みが生じ始める。その時、可可の口から『ラブライブ』という単語が発された。
中国語に疎いすみれでも、『ラブライブ』という単語ははっきりと聞き取ることが出来た。可可が身内相手にその単語を出すということは、それに関して何かあるのではないか。何故だか妙な悪寒がした為、すみれは制服のポケットからスマホを取り出してロックを解除し、翻訳アプリを開いて可可が通話をしている方向へマイクを向ける。すると、すぐに可可が発した言葉の翻訳結果が表示された。
『うん。わかってるよ』
『
「……はっ?」
翻訳結果を見て、すみれは思わず小さく驚愕の声を漏らす。結果が出なかったら、帰る。という事はつまり、彼女が元より住んでいた母国へ帰国し、スクールアイドル活動はおろか、皆と一緒に居る事さえ出来なくなる。そうなれば自動的に結ヶ丘高校を退学、可可が夢として掲げているラブライブ優勝も叶えることができなくなってしまう。
「帰る……?」
不可抗力で知ってしまった事実にすみれは声を出さずにはいられない。そんな彼女の声に気付かず可可は通話を続けており、最早すみれの耳に彼女の声は届いていない。頭が真っ白になっていく感覚がすみれを襲い、スマホを持つ手が震え始める。翻訳した内容を更に深堀りすると、『ちゃんと覚えているよ』と可可が言うということはつまり、数ヶ月前……もしかすると日本に来てスクールアイドルを始める前から身内の者からそのように言われていた可能性が高い。そう考えると可可は、皆の見えないところでずっとこの重圧を抱えながらスクールアイドルとして活動していたのだ。結果次第で自分が母国に戻される恐怖と一心に向き合いながら、努力を重ねていた。普段から見せる仲間想いな一面や、ラブライブに向ける情熱は、今過ごしている時間が彼女にとってかけがえのないものであるからということに他ならない。
『うん、じゃあ、今練習で忙しいから切るね』
一拍遅れて次の翻訳結果が表示され、可可の声が聞こえなくなった。彼女は通話を切ったようで、屋上のドアが開く音がした為に練習に戻ったのだとすみれはそう悟った。可可が居なくなって自由に動ける身となった筈だが、すみれはその場から動くことが出来なかった。可可が人知れず背負っていたものを知ったすみれは、尚更自分がセンターを務める必要は無いと感じる。自分がセンターを務めて、もし地区予選敗退が決まってしまったら、可可や他の皆に合わせる顔が無い。何より、音羽を悲しませることにも繋がってしまう。ならば、センターは今まで通りかのんか、以前学園祭ライブでセンターを務めた恋が適任であろう。きっとそうだ。そうした方が良いに違いない。地区予選に負けない為に、そして……可可を帰国させない為には、自分にスポットライトが当たらないようにすれば良い。最初から、こうすれば良かった。すみれは何度も何度も、自分にそう言い聞かせながら、スマホを握る手に力を込めた。
あれから、どれくらい時間が経っただろう。翻訳アプリを開いていたスマホは時間経過で自動的に閉じられており、今のすみれには再度画面を点灯して時刻を確認する気さえ起きていなかった。憂いと悟りを宿した瞳で彼女は静かに立ち上がり、屋上の入り口の前に立つ。センターのこと、ラブライブのこと。その全てに片を付ける為、すみれは意を決して扉を開けるのだった。