「すみれちゃん、今日も来そうにないね……」
かのんが心配そうに俯き、他の皆も物憂げな表情で下を向く。それでも
「大丈夫だよ! すみれちゃんには、あとで私から連絡してみるね」
「ちぃちゃん、お願いしても良い?」
「うん。そろそろ来てもらわないと困るからね。これくらいお安い御用だ……」
千砂都がかのんに対して言葉を紡いでいたその時。屋上の入口のドアが開く音が聞こえ、千砂都は思わず言葉を止める。音の主は、今まさに部に来てもらおうと連絡することを決めた、今回のラブライブ地区予選でセンターを務める予定の人物であるすみれだった。今日も彼女が来る筈が無いと思っていた一同は、あまりに突然の来訪に息を呑んだ。
「すみれちゃん……」
「……遅くなったわね」
恐る恐るかのんが彼女の名を呼ぶと、すみれの方から今まで練習を不在としていた事への謝罪や弁明等は特に無く、一言かのんにそう返すのみだった。それでも皆はすみれが屋上に来てくれたことに安堵し、可可は呆れたような、それでいてどこか嬉しそうな表情ですみれに声を掛ける。
「マッタク……センターがソレでどうスルのデスか? ダカラ『甘く見るな』と言ってイルのデス!」
「センター?」
すみれは可可が言った『センター』という単語を聞いて怪訝な表情を見せ、不愉快だと言わんばかりに目を細める。その表情を見たかのんは一瞬躊躇うが、すみれにセンターを務めてもらいたい旨を伝える為に彼女に静かな口調で話をする。
「うん。さっきまで私達、そのことについて話してたんだけど……」
「やっぱりすみれちゃんセンターでいこうって。おとくんも、変わらずそうしようって言ってくれたから!」
「……どうして」
「どうして、って……」
「私が可哀想だから? 頑張ってるのに、いつもセンターになれないから……?」
「違うよっ! 僕は……すみれちゃんがセンターに相応しいっておも……」
「あんたは黙ってて」
「……っ」
言葉を紡ごうとした音羽に対してすみれは冷ややか視線を向けながらそう告げ、彼はすぐに押し黙った。
「あんたから気休めの言葉なんて、1番要らないわ」
「そうではありませんっ! すみれさん、音羽くんはただ……」
「それ以外何があるっていうのよぉっ!!」
「……!?」
かのんだけでなく、他のメンバーからも同情の視線を向けられているように感じたすみれは己の感情のままに声を張り上げ、屋上に彼女の怒声が反響して皆の耳に入る。そんな目で自分を見てほしくない。憐れんでほしい訳でもない。なのに何故そのような視線を仲間から向けられなければならないのか。心に渦巻く怒りが、すみれの胸中にある本音を次々と言語化させていく。
「別に同情なんかでセンターになったって嬉しくない……! 学校の皆は、他の人がセンターの方が良いって言ってるんでしょっ……? だったらっ!!」
「同情ナンカではありマセンッ!!」
「っ!?」
可可は大きな声ですみれの言葉を強く否定する。同情など、他のメンバーは勿論、可可自身もする筈が無い。最初は反対していたものの、すみれの懸命に努力する姿勢を目にしたからこそ、彼女を信じてセンターという重要なポジションを任命したのだ。そこに同情という感情が入る余地など一欠片も在りはしない。
「ククは……同情ナンカで衣装を作ったりはしマセン!!」
横から吹く風がすみれと可可、両者の髪を揺らす。可可からそう言われても、すみれの気持ちは変わりはしない。自分は、センターに立つべきではないから。ラブライブに、敗退させる訳にはいかないのだから。
「……あの衣装は返すわ。それでも私にセンターやれって言うなら、スクールアイドル辞める」
「えぇっ……!?」
「そんな……」
かのんと恋がすみれの唐突な発言に驚きを露わにし、千砂都は何か彼女に言葉を掛けようとするが、音羽の言葉が彼女に一蹴されたのを思い出し、何を言えばすみれに納得してもらえるかをひたすらに思考するが、適切な言葉が出てきはしない。すみれに言われた通り、音羽はすみれをただ無言で見つめ続けている。彼女から目を合わせられはしないのに、音羽は静かにじっとすみれを見つめていた。他のメンバーが何も発言できない中、可可が啖呵を切るようにすみれに詰め寄った。
「アナタのスクールアイドルへの想いはそんなモノなのデスか!? ラブライブでヒカリを手に入れるのではナカッタのデスかッ!?」
「……勝たなきゃいけないんでしょッ!?」
可可にそう問われたすみれは先程彼女が電話で話していた内容を思い出しながら、心に溜め込んだ感情を吐き出すかのように、周囲への迷惑など何も憚らずに強く叫んだ。
「えッ……」
「あんた……絶対勝たなきゃいけないんでしょっ……?」
すみれは、泣いていた。肩を震わせて、ぽろぽろと涙を溢している。いつも勝ち気なすみれが初めて見せたその様子に可可はたじろぎながら彼女の瞳を見つめる。
「マサカ……?」
可可は、絶対に勝たなくてはいけない。すみれがそれを口にするということはつまり、先程の通話を聞いていたのかもしれないと可可は思い、すみれに真偽を問おうとするが、自分を見つめる可可の表情に耐えられなくなり、すみれは走って屋上から出ていってしまう。
「すみれちゃん!」
「マッテっ……」
かのんが名を呼ぶ頃にはもうすみれの姿は消えており、可可が急いですみれを追いかけようと駆け出す。それに続き、音羽も彼女を追う為に全力で走り出す。
「センターは……すみれちゃんじゃないとっ……」
「音羽……ハッ。音羽っ! 待つデス!」
「くぅちゃんっ?」
屋上を抜け、音羽が急いで階段を降りようとしたその時。可可が背後から音羽を呼び止め、部室の中へ入る。音羽は自分を呼んだ可可の元へ走り、彼も部室の入り口へ体を潜らせる。可可は部室のテーブルに置かれてあったある物を手に取り、音羽に見せる。
「それは……僕が案を出してた……完成したんだね!」
「ハイ。音羽が言ってたヨウニ、アノ人のタメに装飾をフヤシタ……センターの証デス! コレを……渡しにいきマス。音羽のキモチを、ムダにはさせマセン!」
「くぅちゃん……ありがとう。僕も行くよ」
音羽が可可と打ち合わせをした際に考案していた物を、音羽が部を不在にしている間に可可がそれを形にし、完成させていた。丁寧に作り上げられたセンターの証を見て、音羽は笑みを浮かべて可可に同行することを決める。すみれに改めてセンターを任せる意志を固め、共に頷き合った2人は逃げるように去っていった彼女を追いかける為に全速力で駆けるのだった。
可可と音羽は校舎を出ようとしていたすみれを発見し、自分達も外へ出て彼女を呼び止める。すみれは無言で足を止め、振り返りはせずに口を開く。
「……うるっさいわね。もう話は終わったでしょ?」
正面玄関入口付近の、可可より少し離れた場所で音羽の目は両者を捉え、可可が後ろで隠している物を見つめながら、可可の想いが届くことを切に祈っていた。
「サッキのククの電話……聞いていマシタね。盗み聞きとは、ヤハリ根性が曲がっていマス!」
「……かのん達は知ってるの?」
先程の電話をこっそり聞いていた事を咎める可可に構わず、すみれは単刀直入にラブライブで結果を出さなければ母国へ帰らなければならない事をかのん達が把握しているのかを問うた。可可は一瞬口を噤むが、その事についての現状を正直に打ち明ける。
「……イエ」
「……音羽は?」
「知らナイデス。言えるワケ……ありマセン」
「何で言わないのよっ!? かのん達に言えないならまだしも、音羽には……」
「ククのコトを気にして、スクールアイドルをやってホシクありマセン! 言えば音羽がドウなるか……アナタだってワカッテルはずデス」
「……」
同じスクールアイドルとしてステージに立つかのん達に事情を話さないのはまだ理解が出来る。けれど、可可の身近に居て様々な悩みを相談出来る存在である音羽にまでそれを伝えていないのを聞いたすみれは可可に何故言わないのかを問い質す。可可は自分のことで他のメンバーに雑念を与えて練習やライブに集中出来なくなることを恐れ、音羽に話すことで彼に無用な責任を感じさせるのを良しとしなかった。故に今までそのことを一切話さずにここまでスクールアイドルをやってきた。その事実を知ったのは、部の中ですみれが初めてであった。音羽は自分の名前が出されているのは察したものの、両者とやや距離が離れている為に何を話しているのかは詳しく聞き取れていないようだった。可可の言葉を聞き、すみれは更に声を荒げる。
「でもっ! 勝たなきゃいけないんでしょ!? 結果を出さなきゃっ! だったらっ……!」
「ソノ為に……アナタがセンターが良いと言ってイルのデス! かのん達も、音羽も! ソウ思ってるんデスよ!」
「なに意地になってんのよ……2人がそう思ってるとか、嘘なんて吐いて……」
「意地にナドなっていマセン。それに、ウソを言った覚えもありマセン!」
すみれの言葉に可可は憤るように声のトーンを低くして返答する。自分が、他者に対して嘘を吐く筈が無い。本心からすみれがセンターを務める方が良いと思っているのに。可可は未だ誰の声にも耳を傾けないすみれに対して、悲しみや怒りの感情が募っていく。信じる者の声にまで、耳を塞いでいる彼女に。
「なってるでしょ! ほんとは嫌なのに、かのんや音羽が勧めるからとか……なんだかんだ練習してるから仕方なく、とか……可哀想、とか……」
言葉を紡ぐうちに、徐々にすみれの声に力が失われていく。今まで自分が選ばれる事など無かったのに、今になって自分が選ばれる理由など無い。すみれはそう心に刻み付けるようにその言葉で自分を縛った。センターになんて、自分がなれる筈など無かったのだと。可可は顔を顰めながら、すみれの目を見据える。
「……アナタは、いつマデそうイッテ……」
「練習してるとこも、こっそり見てたでしょ? 全部わかってんのよっ! あんたのことなんてっ!!」
「……ナニもわかってマセンよ」
「は……?」
「ナンドでも言いマス。アナタは……何もわかっていマセン!!」
「っ……!?」
可可から今まで見たことが無い程の剣幕でそう言われ、すみれは一歩後ろへ下がる。可可から言われた言葉と同じものを、すみれも音羽に対してぶつけた。何もわかっていないと。彼を拒絶した。その罰が当たったかのように、可可に同じ言葉で怒りの感情を向けられている。そう言われた悔しさか、悲しみなのか。すみれは堪えるように唇を噛んだ。
「そんなコトで……ククが神聖なラブライブのセンターをマカセルと思ってイルのデスか!?」
「……任せたでしょ。実際」
「ククがアナタにマカセタのは……アナタが相応しいとオモッタからデス!」
「え……?」
可可に真っ直ぐな瞳でそう言われたすみれは、驚きの表情を彼女に向ける。可可は普段のすみれの姿と、以前自主練していた姿を思い出しながら、彼女に懸命に伝えようとする。すみれにセンターを任せたその理由を。
「練習をミテ……ソノ歌声を聴いて……『Liella!』のセンターに相応しいとオモッタからデス。ソレダケのチカラが……アナタにあるとオモッタからデス!!」
「っ……」
可可の言葉は、紛れもなく本心だった。本心から、すみれがセンターに相応しいと認めている。ラブライブでセンターを務められる程のポテンシャルを秘めていることを理解し、その上で可可はすみれ専用の衣装を作ったのだ。衣装だけでなく、音羽と共に形にしたセンターの証も有る。後ろに隠していたそれを、可可がすみれに差し出した。
「ダカラ……受け取りナサイ! ワタシと音羽が、想いのスベテを込めて……アナタのタメに作ったのデスから!」
「……! それは……」
可可がすみれに差し出した物。それは、地区予選のライブ衣装と同じ紫色の宝石が付いたティアラだった。勿論他のメンバー4人にもティアラは用意されているのだが、センターポジションのすみれが身に付ける物は宝石の大きさや装飾の数が異なっており、センターであるすみれをより一層輝かせる為にと音羽が考え、そのアイデアを可可が形にした……2人の想いの結晶のようなティアラなのだ。これが、すみれがセンターである証。これこそが、可可が彼女をセンターに相応しいと見込んだ何よりの証明である。
「おとちゃん! あ……すみれちゃん!」
「……アナタのタメに作ってきマシタ。センターの……アナタのタメに!!」
かのん達もすみれが心配で屋上から降りて来ており、正面玄関の近くに居た音羽と合流。すみれと可可の姿を見つける。可可と音羽。両者の想いを感じ取ったすみれは、可可が持つティアラに手を伸ばそうと一歩踏み出す。しかしその瞬間、皆の周囲に突風が吹き、思わぬ強風にすみれはよろめいてしまう。可可も風でぎゅっと目を閉じた瞬間、彼女の手からティアラがふわりと離れていってしまう。風に煽られながらティアラが宙を舞い、みるみるうちに遠くへ飛ばされていく。
「このっ……!」
すみれはティアラが飛ばされた方角へと走り、可可達も彼女に続いて走る。音羽と可可の想いを無駄にさせたくない、風に飛ばされて、失わせなせたくない。そう思ったら、すみれは体が勝手に動いていた。自分はセンターをやらないと、心に決めていた筈なのに。どうしようもなく、自分の目の前でティアラが遠ざかっていくのを見るのが嫌だった。『掴みたい』と、思ってしまった。
「待てぇぇぇぇっ!! ふっ……!」
走る速度を弱めないまますみれは全力で跳躍し、上空へ手を伸ばす。だが、宙を舞うティアラがすみれの手から逃げるように距離を離していく。
「届いて……届いてっ……!」
腕が痛くなる程に右手を伸ばすが、すみれの思い虚しく、ティアラが彼女の手が届かない位置まで離れていってしまった。やはり、自分では届かない。自分の為に作ってくれたという、センターの証さえ、結局は取り零してしまう。いつもそうだ。どうせ最後には、自分じゃなくなる。今もまた、掴めずに終わる。すみれはそう悟り、涙を溜めた瞳を閉じたその刹那。声が、聞こえた。優しく、それでいて、強い声が聞こえた。
「……すみれちゃんっ!!」
閉じられた目を開けて声がした方へ視線を向けると、すみれの近くに音羽が居た。彼は他のメンバーの誰よりも早く、彼女を追いかけていたのだ。今まで聞いたことが無いくらいに大きな声で、自分の名を呼ばれた。自分を呼んだ音羽の表情を目にして、すみれの心臓がどくん、と一際強く脈打つ。見てるこちらが目を背けたくなるくらいに、真っ直ぐな眼をしていた。すみれを『心から信じてる』と言わんばかりの、強さを宿した眼だった。……いつも、そうだった。自信が持てない時も、『無理だ』と諦めかけた時も、音羽はいつだってその眼で自分を見つめてきた。『すみれちゃんならできる』と、どこから来ているのか分からない自信でいつも励ましてくれた。言葉は無い、何かジェスチャーをしている訳でもない。だが、彼に向けられる視線だけで理解出来てしまった。『信じてる』と、言われているような気がした。恐らくそれは、思い違いなどでは無い。いつだって、自分の知る
「ッ……!!」
音羽の声と視線に心を加速させられたすみれは、右手だけでなく左手も伸ばし、ティアラを掴む為に渾身の力を全身に掛ける。そして、物理法則の限界を迎えた。高く飛び上がったすみれは重力に従い落下を始め、その身体は結ヶ丘敷地内に繁茂している植物に吸い込まれるかのように落ちていった。
「「すみれちゃん!」」
かのんと音羽が同時に叫び、すみれの無事を確認する為に芝生を下る。
「すみれちゃんっ……あっ……!」
「痛っ……ったくぅ……」
植物に身体を落とした影響で顔や髪、制服が葉と枝で汚れてしまっていたが、その両手には可可が作ったティアラが乗せられていた。すみれはようやく自分の力で、自分の意志で、センターの証を掴み取る事が出来たのである。宝物を見つけた子供のように、すみれは手にしたティアラをそっと胸に抱く。
「……すみれッ!」
「……! あんた……初めて名前呼んだわね……」
すみれの無事と、彼女がティアラを手にしたのを確認出来た可可は心配半分、安堵半分のような面持ちで、初めてすみれを名前で呼んだ。普段は初対面の出来事が起因していたるが故に『グソクムシ』や『アナタ』と、決して彼女を名前で呼ぶことが無かった可可が、改めてすみれをスクールアイドルとして認め、他のメンバーと同様に呼び捨てで彼女の名を口にした。すみれはそれが何だかむず痒く、思わず苦笑してしまう。そんな彼女をお構いなしに、可可は言葉を続ける。
「ソンナコトはどうでもイイデス。『Liella!』のセンターとシテ……恥ずかしくナイステージにしてクダサイ!」
「……当然でしょっ。私を、誰だと思ってるのっ……」
すみれはティアラを掴み取れた喜びと、可可からセンターを任された嬉しさで溢れる涙を指で拭った後、自分の間近に来ていた音羽に目を向ける。その彼から、自分にハンカチを差し出されていた。
「はい、すみれちゃん」
「……お礼なら言わないわよ」
「えっ? お礼なんて良いよ。僕が、好きでやってることだから」
「ソレもだし、さっきの。あんた、バカでかい声で私を呼んだでしょ。それで……目が覚めたから」
「ほんとっ? 僕の声……届いてたんだね……!」
「届いたわよ。……うるさいくらいにね」
皮肉のように言っている言葉なのだが、音羽はそれを聞いて安堵したように微笑む。それを言ったすみれも幾分か表情は緩んでおり、呆れたように腰に手を当てる。だが、彼の存在が自分にとってどのようなものなのかを、すみれは再認識させられた。やはり音羽は彼女にとって、はた迷惑な太陽だった。
「いつだってあんたは……
「まぶしい? ……あっ。夕焼けのこと? たしかに今日の夕日、綺麗だね。晴れてたからかな?」
その言葉が自分に向けられているとは露知らず、音羽は茜色に染まる空を見上げる。相も変わらず少々ズレた天然な発言をする音羽を見て、すみれは溜息を吐きながら肩を竦める。
「……フッ。何よそれ」
「え? すみれちゃん? 何が?」
「……別に。なんでもないわ」
先程の件で少しは彼を見直した筈のすみれなのだが、『音羽はそういう人だった』と呆れながら、諦めながら紡いだ言葉と共に、すみれは自分に差し出されていた音羽のハンカチを受け取ったのだった。