星達のオーケストラ   作: 龍也/星河琉

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新年あけましておめでとうございます。今年も星達のオーケストラをよろしくお願い致します。


第67話 その想い、形となりて。

 

 数日後。音羽(おとは)は作業場所を音楽室からスクールアイドル部の部室へ移し、作っている曲の最終チェックに勤しんでいた。パソコンに接続されたヘッドホンを耳に着用し、念入りに音を聴きながら、微調整を施していく。もうすぐ作業が終わるとのことで、かのん達5人は一度練習を中断し、音羽が作業している様子をじっと見守っていた。かのんは音羽と向き合う形で座り、新曲の歌詞が書かれたノートを見ながらそこにメモを書き加えていた。彼女はふとノートから目を逸らして音羽を見てみると、彼の表情は真剣そのものであった。

 

 作業中に一瞬、音羽は痛みを感じたように眉間に皺を寄せ、机上に置かれている橙色のプラスチック製の容器を手に取り、そこからラムネを数粒出して口の中に放り込む。音羽は絶対音感の共感覚保持者であり、音を聞いた際に脳で知覚する情報量は常人よりも多く、特に作曲の作業は音羽の脳に絶大な負担を与える。脳で知覚する情報が許容範囲を超えると、それが頭痛として音羽に襲い来る。何もせずに現状のような作業をし続けるとそれが起こると分かった音羽は、糖分補給の為にみかん味のラムネを摂取するようにし、脳へ与える負担の抑制を試みている。幸いにもそれは正解だったようで、糖分補給をするようになってからは頭痛が起きる頻度が減り、作業も捗るようになった。

 

 だが、最近の音羽が見せる鬼気迫るような様子に一同は時折畏怖している様子である。その姿を見て、特に(れん)は幼い頃の死に物狂いで努力を重ねていた頃の音羽の面影を感じ、左の二の腕を掴んで身震いを抑える。すると、千砂都(ちさと)は彼女の肩を軽く叩き、安心させる為に『大丈夫』と小声で伝えた。千砂都が声を抑えて言葉を発したのは、作業に集中している音羽を気遣っての事なのだろう。

 

 暫くしてパソコンを操作していた音羽の手が止まり、彼は耳に着用していたヘッドホンを外しながら、軽く息を吐いた。

 

「……曲、できたよ。聴いてもらえるかな?」

 

 そう言って音羽は皆の顔を見て、普段のようなふにゃりとした笑顔を作る。皆は彼の言葉に従い、かのんがパソコンを拝借して操作し、スピーカーを通して再生する。音羽が作り上げた曲が流れ始め、それに一同は驚愕せざるを得なかった。『すみれをセンターポジションとして輝かせるのに相応しい曲』というコンセプトを基に、湊人から借りた書籍で得たジャズミュージック等の特性を深く理解して作られたメロディの重厚さや精度が『Day1』を作曲した頃よりも飛躍的に向上しており、その完成度にすみれの開いた口が塞がらなかった。この短期間でここまでの成長速度、そしてこれ程のレベルの曲を作業開始から僅か5日で仕上げた音羽の実力。彼の全てにすみれや一同は平伏するような思いを胸中に抱く。音羽は間違いなく、自分達よりも更に上の次元に居る。彼が作ったこの曲を聴けば、誰もがそう悟るであろうと皆は確信する。

 

 曲が終わり、部室に静寂が流れ始める。曲が終わっても、一同は今流れていた曲の完成度に圧倒され続けていた。数分の沈黙に耐えられなくなった音羽は、不安そうにきょろきょろとかのん達の顔を伺う。

 

「み、皆……? どう……だった? 何かだめだった? 気に入らないところがあったら遠慮なく言って! すぐに直すから……」

 

「あっ……おとちゃん! 違うのっ! 皆、この曲がすごすぎて……何も言えなかったというか……」

 

「えっ……?」

 

「……皆。地区予選は、この曲でいきたい。反対の人、いる?」

 

 かのんは一言、皆にそう問い掛ける。曲の感想を述べるよりも先に、まずはこの曲で地区予選に出たい。その感情が彼女の脳内に溢れていた。音羽が作ってくれた、この曲しかないのだと。かのんの問いに反対意見を述べる者は、誰一人として居なかった。千砂都が首を横に振りながら、静かに微笑む。

 

「この曲でいこう。……ううん。この曲でいかせてほしい。すみれちゃんに相応しい、良い曲だと思う!」

 

「千砂都のイウ通りデス! ククもコノ曲で、ステージに上がりたいデス!!」

 

「私もです。音羽くんの想いが込められたこの曲で、ステージに立ちたいです!」

 

「皆……! どこか良くないとことかなかった……?」

 

 音羽は皆の反応を受けて心配そうにそう聞くが、一同からすれば良くない箇所など微塵も無い。自分達が想像していたものを遥かに超える曲を生み出したのだから、かのん達からすればそれを咎める要素は何一つ存在しないのだ。

 

「ないよっ! おとちゃん、最高の曲に仕上げてくれて……ありがとう!」

 

「かのんちゃん……! どういたしましてっ!」

 

「曲名はもう決めてあるの?」

 

 かのんと音羽が目を合わせて笑い合った矢先にすみれが口を挟む。彼女は曲の内容について賞賛したり、音羽を褒める事はせずにすぐ曲名が決まっているのかどうかを確認する。そう言われた音羽は視線をすみれの方へ移し、口を開く。

 

「うん。色々考えてみて、ぴったりだなって思える名前ができたんだ!」

 

「曲名まで……音羽くん、どんな名前ですか?」

 

 自分で納得できる曲名を考えられたと、音羽は自信を持ってそう答えた。すみれと、ラブライブと、ダンスと。地区予選に関わる全てのことをこの数日間で考え続け、すみれと相談を重ねた上で思考錯誤をした結果、ある1つの単語が音羽の脳内に浮かんだ。それは造語ではなく、既に現実世界に有る単語であるが、今のすみれを表すのに最も適した……まるでパズルの最後のピースのような単語を、音羽は見つけることが出来た。その名を、彼は静かに言葉にする。

 

「……『ノンフィクション』。これが、良いんじゃないかなって」

 

「ノン……フィクション?」

 

「フィクションが『架空』という意味、ノンフィクションは逆に『事実』を意味する単語……ですよね?」

 

 かのんが音羽の言葉を復唱して軽く首を傾げ、恋がその単語の意味を説明も兼ねて音羽に聞いてみると、彼は首を縦に振る。恋の言った通り、『ノンフィクション』とは作り物ではない事実や出来事を指す言葉で、主に旅行記や伝記、歴史等に使われる単語である。何故そのような言葉を曲名にしたのか、音羽は理由を語り始める。

 

「自分がセンターをやりたい、自分が中心になって輝きたい。すみれちゃんが抱いてたその願いは、今まで叶わなかったって聞いてた。でも……ラブライブ地区予選でそれが叶う。そこから着想を得たんだ」

 

 音羽は過去のすみれの発言、そして作曲するにあたって行った話し合いで改めて彼女の願いや、そこに掛ける想いを知った。今まで決して叶わなかった理想、願い。それがラブライブ地区予選で叶えられる事となった。故にすみれは今まで以上に真剣に練習に励み、自身の技術を向上させる努力を続けた。それは紛れもなく彼女自身による行動であり、そこに他者や別の何かは介在していない。本人の意志でそうしているのだ。初めから、すみれはそういう人物だと音羽は気付いていた。自己の研鑽を惜しまないストイックさ、そして彼女に秘められたポテンシャルの高さ。それら全てが複合されれば、強い力が発揮出来る。音羽はそう信じてすみれにセンターを任せたいと思った。すみれの為に、曲を作り直した。その曲に名を付けるならば、その単語しかないと彼はそう確信するに至った。

 

「すみれちゃんの『センターに立ちたい』って願いが叶ったのは、架空とか……もしもの話とかじゃなくて、()()なんだ。それは間違いなくすみれちゃん自身で掴んで、叶えた願いだから。夢を現実にした……すみれちゃんに相応しいと思ったから、『ノンフィクション』。安直かもしれないけどね……」

 

「……そんなことないわよ。あんたの気持ち、伝わったわ。『ノンフィクション』……良い曲名じゃない。曲も名前も、それで行きたい。皆はどう?」

 

「……! すみれちゃんっ……!」

 

 すみれは音羽の前で笑みを見せ、曲と、それに付けられた名前を褒める。彼女の口からそれらを採用したいという旨の発言が為され、皆はほっと胸を撫で下ろしながら頬を緩める。

 

「『ノンフィクション』、良いと思う! 曲名もこれにしよう!」

 

「ククもかのんに同意しマス! 音羽、ホントに……アリガトウゴザイマスっ!」

 

「私も、異論はありません」

 

「ふふっ。皆、異論はないみたいだね。おとくん、ありがとう。この曲でステージに上がらせてもらうね!」

 

 皆、音羽が考えた曲名に納得の意を示し、この内容で地区予選に出場する意志を固める。自分が作った曲が皆から賞賛され、それを使ってステージに立ってくれる。それが音羽にとって非常に嬉しく、にこやかな笑みを浮かべた。

 

「ありがとう、皆……こんな無茶、聞き入れてくれて……」

 

「お礼を言うのはコッチデスよ! コンナニ早く曲を完成サセタのデスから! 音羽はホントに……スゴイデス!」

 

「そうそう。一応1週間までってことにしてたのに、5日で仕上げてくれたんだもん。頑張ったね、おとくん!」

 

「その曲名をもとにして、歌詞に1フレーズ追加できそうだから、私がやっておくね! まずは……はい! おとちゃん!」

 

 かのんは音羽から借り受けていたノートとペンを机上で渡し、新曲の歌詞が書かれたページを指差した。ノートを渡された音羽は『んっ?』と小さく声を漏らしてかのんを見ると、彼女は優しく微笑みを返す。

 

「曲名は、おとちゃんが書いてほしい。『ノンフィクション』は……おとちゃんが考えてくれたものだから」

 

「うんっ。わかった!」

 

 かのんの頼みに従い、音羽はノートにペンを走らせる。その様子を見ていると、すみれにある考えが思い付く。音羽が文字を書き終わり、ペンを動かすのを止めたのを見計らって彼に声を掛ける。

 

「ペン、貸して」

 

「あっ、うん。すみれちゃん、何か書くの?」

 

「ただ『ノンフィクション』ってだけだとちょっと味気ないでしょ。だから……こうするったら、こうするのよ」

 

 すみれは音羽が書いた『ノンフィクション』の文末に、『!』を2つ書き加えてペンを置いた。何故彼女がその記号を2つ書いたのか、その意図が読み解けずに音羽はすみれに視線を向ける。

 

「びっくりマークが2つ……! でも、どうして?」

 

「センターの私と、あんたの曲だから……2つ。……あんたの気持ちも、込められてる曲だしね」

 

「っ……!」

 

 すみれが『!』を2つ書いたのは、音羽の気持ちを汲んでの事であった。センターであるすみれの為、そしてそれを形にした音羽。その両者の意味を込めて、すみれが曲名を『ノンフィクション!!』という形にアレンジを施した。彼女が自分にそのように言ってくれたことで、音羽の胸が、目頭が熱を帯びていく。

 

「すみれちゃん……ありが……っ……」

 

「おとちゃんっ!?」

 

 音羽がすみれに対して言葉を紡ごうとした瞬間、彼が力無く項垂れる。皆音羽を心配したのは束の間、暫くして彼はすぐに顔を上げる。

 

「……ごめん。ちょっと……疲れちゃった。外の空気、吸ってくるね……」

 

「あ……そうだよね。疲れたよね、おとちゃん……」

 

「おとくん、暫く休んでて大丈夫だよ。無理しないでね?」

 

「ごめんね……行ってきます……」

 

 曲が出来上がったことで、ここ数日間の作業で蓄積した疲労が一気に音羽を襲い、彼はおぼつかない足取りでふらふらと屋上へ向かう。校内に居る時だけでなく、家に居る時もずっと作業をしており、睡眠時間もいつもより大幅に削っていた為に、珍しく音羽は疲労困憊の様子であった。普段は皆に疲れた様子を見せない音羽がここまでの状態になるというのは今まで見た事が無く、一同は不安気に音羽を見つめていた。 

 

「おとちゃんがこんなに頑張ってくれたんだから、私達も負けていられないね!」

 

「そうデス! 練習、サラに気合い入れていきマスよ!! 学校のチカクで走り込みしマセンか!?」

 

「おっ。良いねぇ。それが終わったらダンスの練習と、動き合わせ! それと曲に合わせて踊ってみよっか! やることが多いけど、楽しくなってきたね!」

 

「ええ。地区予選の為に……全力を尽くしましょう」

 

「うんっ! じゃあ、走りに行こっか!」

 

 音羽が今日まで頑張ってきた姿に励まされた一同の心に更に熱が灯る。気合いと勇気は、彼から受け取った。地区予選の為の曲も、想いも。全てを貰い受けた。故にこそ、絶対に地区予選を突破しなくてはいけない。皆の気持ちが、ひとつに重なっていく。可可(クゥクゥ)が日頃から苦手としている走り込みを自ら提案したのも、彼女のラブライブに対する熱い気持ちの賜物であろう。

 

「フッ。腕が鳴るわね! じゃ、行きましょ!」

 

「あ、ごめん! すみれちゃんは残って! 今日は私達だけで走ってくるから!」

 

「はぁ!? 何でったら何でよ!? ハブるつもり!?」

 

 すみれも気合いを入れ、走り込みに行こうとすると、それを何故かかのんに止められる。それを聞いた可可達も何かを察したように頷き、かのんの意見に同意する。

 

「今日はクク達ダケで走りに行きマスので! すみれは来ちゃダメデス!!」

 

「そうそう! ごめんね! すみれちゃん!」

 

「すみれさんは、他に為すべき事がありますから」

 

「え? 皆して何なのよ……」

 

「そういうことだから! 行ってきまーす!」

 

「あっ! かのん! ちょっとあんた達も! 待ちなさいよっ!」

 

 皆すみれを置いて一目散に駆け出し、部室にはすみれ1人だけが残された状況となった。数秒間経った後にかのんが入口の前に戻ってきた為、すみれはすぐに駆け出そうとするが、かのんは掌を見せてそれを止める。

 

「かのん……?」

 

 名を呼ばれた彼女は口元に手を当て、声を発さずに口だけを動かす。ゆっくり大きく口を動かし、今彼女が1番にやらなければならないことを伝える。『なかなおり』。かのんはその5文字を口の動きで表した。

 

「あっ……」

 

 口の動きが伝わったと悟ったかのんは、すみれにサムズアップをした後に全力で駆け出す。今度こそ自分1人だけが残されたこの場で、すみれは様々な事を思い巡らす。音羽のことを。自分が言った言葉を。そして今、自分が音羽に何を言えば良いのかを。彼女は暫し無言で考え続ける。『音羽の為を思うなら』。千砂都は自分にそう言った。音羽を思うなら、自ずとどうすれば良いのか分かる筈だと。思考した末に、すみれは答えを出した。先日出した答えとは、違う答えを。自身の気持ちと正直に向き合った果てに、自分が今どうすべきか。彼女はそれを明確に出来た。であれば、行くべき場所はただ1つ。音羽が居る場所だ。

 

 深く呼吸をした後、肩の力を抜く。そして、一歩ずつ。しっかりと歩を進める。音羽の元へ繋がるその場所へ来る頃には、すみれの心は落ち着きを取り戻していた。勇気を出して、ドアを開ける。ドアを開けた先には、ベンチに座って空を眺めている音羽が居た。幾度となく見た、彼の空を眺める姿。それを見た瞬間、今までの起きた彼との出来事が映像のように鮮明に思い出される。その上で、すみれは足を一歩、前に踏み出す。

 

「……音羽」

 

「あ……すみれ、ちゃん……?」

 

 彼女の姿に気付いた音羽は、驚きながらベンチから立ち上がる。屋上の入口で佇むすみれを見て、音羽の両手に力が籠る。

 

 秋風に煽られた二片の銀杏の葉が、屋上の地面にふわりと落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




解けた2人を繋ぐものは




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