突然の邂逅に両者とも驚きを隠せないまま、互いに顔を見つめ合う。オレンジ色の髪を肩の辺りまで伸ばし、紫色の瞳を持つその少女。間違いなく
「いらっしゃいませー! このお客さん、お姉ちゃんの友達?」
「友達というか……顔見知り?」
苦笑いしながら彼女は妹と思われる眼鏡を掛けた少女にそう答える。すると『なにそれ』と、彼女も笑う。確かに音羽と彼女は先日会ってはいるが何か会話を膨らませた訳ではなく、ただ顔を合わせただけに過ぎない奇妙な関係性である。彼女の言葉通り『顔見知り』という単語が最も適しているだろう。
「とりあえず、席に案内するね」
「う、うん」
彼女は音羽をテーブル席に案内して注文を聞いた後、店主らしき人が立っているカウンターへ小走りで向かった。
しばらくするとエプロンを外した彼女が音羽と向き合う形で座り、音羽が注文した飲み物を彼女の妹が持ってくる形となった。
「お待たせ致しました! ごゆっくりどうぞ〜!」
「ちょっとありあ、本当に良いの?」
「良いの良いの! この時間帯あんまりお客さん来ないし、それに仲良くなるチャンスじゃん!」
「もう……」
彼女とその妹が話しているのを目の当たりにしながら、音羽は注文したオレンジジュースを手に取ろうとしたがその手がピタリと止まる。せっかく注文したので飲みたいのは山々であるが、近くに自分の同級生が居る中でマスクを外すのは気が引ける。その為、1度伸ばした手を再度膝の上に戻した。落ち着けると思ったはずが、彼女らの話を聞く限り何故か一緒に席を共にすることになっていて、音羽は何ともいえない気持ちで2人が話し終わるのを待った。
「……そういえば、まだお互い名前も知らないんだったね」
妹が去るのを確認した後、彼女は音羽の方に視線を向けて話し始めた。指摘されて音羽はまだ自分の名を教えていなかったことを悟り、軽く咳払いをした。
「そうだね。僕は
「音羽君ね。私、
かのんと名乗った少女は音羽から名前を教えてもらって嬉しかったのか、先程妹と話していた時より幾分か声のトーンが上がっているようだった。
「この前はチラシを届けに来てくれてありがとう! ずっとお礼言いたかったんだけどなかなか会えなくて……」
「お礼なら既に
「嵐……そっか! 音楽科だからちぃちゃんと同じクラスだもんね!」
チラシを届けた件にまた別の人からお礼を言われて音羽はすぐに気にしないよう伝える。落とし物を届けただけでそんなにも感謝されるものなのかと若干の疑問が浮かぶが、先日千砂都が話していた『幼馴染』が目の前にいる彼女であることが判明した今、その疑問はすぐに別の話題に上書きされることとなった。
「チラシを見て分かったんだけど……君が、結ヶ丘のスクールアイドル?」
「そうだよ。と言っても、正式に活動が認められてる訳じゃないんだけどね。まだ部としてじゃなくて、同好会ってことになってるんだ」
「そうだったんだ……」
かのんからの説明と学校内でのスクールアイドルというものの扱いを照らし合わせると、音羽は腑に落ちたように顎に手を当てる。スクールアイドルは今や世間にとってかなり大きな存在になっており、それが新設校である結ヶ丘で活動するとなったならば、もっと話題性があっても何らおかしくはない筈だ。それがお世辞にもあまり話題に上がらないということは、学校側から正式に認可されていないのが要因であり、それならば直ぐ納得がいく。今はまだ、スクールアイドル自体が結ヶ丘にとっては大きな存在ではないことを、音羽はかのんの言葉から悟った。
「私からも聞きたいことがあるんだけど、良いかな?」
「……良いよ」
聞きたいこと。かのんが自分に聞きたがっている内容を薄々予想しながら、一層小さな声で質問を認めた。
「音羽君ってどうして、普通の声で喋らないの? あんなに綺麗な声なのに。あの日から私、ずっと気になってたの」
予想に違わぬその問いにマスクで覆われている音羽の顔が引き攣る。千砂都もかのんも、考えていることはまるで一緒であった。確かに音羽と言葉を交わした者ならば疑問に思うのは決して無理のない話ではあるのだが、その訳を話すか話さないかはまったく別の問題である。かのんからの質問に音羽は何も答えられず、暫しの沈黙が流れた。
「ごめんね、答えたくないなら無理に答えなくて大丈夫だよ。ただ、
核心をついたかのんの言葉に音羽は再度彼女の顔を見る。初めてだった。その声を聞く者は大抵、音羽を『変な人』だと認識するか、嘲笑するかの2択であったのに、音羽の心境を考えてそのような発言をする人に、今の今まで出会ったことがなかったのである。
「それに、音楽やってたんだよね? 何もしないでそんなに綺麗な声、出せる訳ないもん。私も音楽やってたから、なんとなく分かるんだ」
「君も……?」
音羽がそう聞き返したことにより、かのんは音羽が自分と同じく音楽をやっていた人間だと知った。本人から詳しくやっていたことを聞かずとも、『君も』と言った時点で音羽が自分と同様であることを知れた。彼にシンパシーを感じたのか、かのんは安心したように話を続ける。
「私ね、昔から歌うのが好きで、ずっと歌い続けてた。でも……ある日を境に人前で歌えなくなっちゃってさ。人目を気にするようになったから、かな?」
かのんはどこか懐かしむように自身の過去の話を音羽に言い聞かせる。
「本当は結ヶ丘の音楽科に行きたかったんだけど、やっぱり本番で声が出せなくて試験に落ちちゃったの。それで普通科に居る。……全部終わったって、その時は思った。でも、私の歌を好きでいてくれる人と出会って、人前で歌えるようになった。だから今はスクールアイドルとして活動してる」
出会ったばかりのまだ他人とも言える彼女の話を、いつのまにか音羽は聞き入っていた。音羽もまた、かのんに自分と近しいものを感じた様子であった。
「澁谷さんは、克服できたんだね。自分の弱さを」
「皆のおかげだよ。皆がいてくれなかったら、きっと歌えるようにならなかった」
どんな理由があろうと、現状の問題を解決し、克服したことに間違いはない。かのんの話を聞いて音羽はより一層、何も変えられない自分に嫌気が差した。マスクと眼鏡で隠れているが、一瞬その瞳に憂いの気配を纏ったのを察知したかのんは、音羽と少しでも距離を縮めようとする。
「私やっぱり、音羽君を知りたい。悩みとかあるんだったら何でも聞く。解決できるようにしたいの。だから……教えてもらえないかな? 音羽君のこと」
上辺ではない、本心からのかのんの言葉。彼女が嘘を吐いている訳ではないと、音羽でも知ることができた。自分を心配してくれている人に、且つ自分の過去を話してくれたにも関わらず己のことを何も話さないのは失礼だと思った音羽は、失くしかけていた勇気を振り絞った。
「誰かに話しても無駄。話したとしてもどうにかなる話じゃない……前までは、そう思ってた」
音羽は震える右手を必死に抑えながらそう呟く。
「けど……僕に自分のことを話してくれた。僕にあんなふうに言ってくれた君に、何も話さないのは失礼だとも思った」
膝の上から両手を離し、マスクの紐に手を掛ける。そしてゆっくりと自身を覆い隠すソレを剥がし、最初から度など入っていない自身を隠す為だけの物である眼鏡も外し、音羽本来の端正な顔立ちが露わになった。その整った容姿に、かのんは思わず息を呑んだ。
「君になら……話しても良いと思う。僕のこと」
自分が他者に過去のことを話すなど、どこかおかしくなってしまったのかもしれない。正気じゃないのかもしれない。けれど音羽は話さずにはいられなかった。自分と真摯に言葉を交わしてくれた、澁谷かのんという少女に。
音羽は静かに語り出した。これまでのことを。そして、今まで誰にも話してこなかった、自身の胸中にあるその思いを。
辿るその記憶に在る物は
次回から音羽の過去編に入ります。時系列が変わりますのでご注意ください。
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