「「「おめでとう!」」」
普通科の教室へ足を運んだかのん達を待っていたのは、生徒達からの拍手喝采であった。
自分達がラブライブ地区予選を通過した事を知り、安堵と嬉しさで満ちた気持ちで部室で昼食を摂っていた『Liella!』一同。すると、部室にかのん達と同じく普通科の生徒である
「おめでとう! 『皆なら絶対に地区予選突破した』って、クラスの皆で話してたんだよね!」
「そうそう! すみれちゃん、すっごいカッコよかったよ! 近くで見てた人もファンになったって言ってたし!」
『Liella!』が地区予選を突破したという吉報は他の生徒達にも届いており、中には地区予選の会場まで赴いて声援を送っていた生徒も居た。予選会場現地や生配信等を用いて曲の内容、メロディ、ダンス。その全てを見た生徒達は『Liella!』が絶対に地区予選を突破していると確信を持っていて、それが今現実となった事が皆にとっても大変嬉しいようであった。且つ、地区予選でセンターを務めたすみれが会場に居た観客から高く評価されていたと生徒から語られ、すみれは照れ臭そうに髪を弄る。
「と、当然でしょ? 誰だと思ってるのっ?」
「まぁ、直前マデオジケヅキのグッソクムシだったのデスケドねェ〜!」
「うっさい!」
すみれがステージ本番前に楽屋で最も緊張していた事を
「
「そ、そうだったんだね……良かったぁ……」
「さすが我らが副会長! よくやったよ東!」
「俺達の目に狂いはなかったな! お前ならやってくれるって信じてたよ!」
「ホントな! やっぱすげぇよ東!」
「ありがとう……これからも頑張るねっ!」
「……」
普通科の男子生徒に褒められ、照れたように笑みを溢して礼を言う音羽だったが、すみれはその男子生徒達に対して冷ややかな視線を向けていた。スクールアイドル部での活動は良くも悪くも生徒達から注目を浴びやすく、且つその情報が噂や人伝を介して伝播していくことが多々ある。今回も、音羽が『Day1』に代わる新たな曲を作り、その曲でラブライブ地区予選に出場するという情報は瞬く間に生徒達の間に広がっていた。その際にあからさまに機嫌を損ね、音羽に対して毒付くような発言が見られたのがその男子生徒達だった。
『既に曲が出来ているのに何故作り直すのか』、『作曲が間に合わなかったらどう責任をとるつもりだ』、『もしその曲を使ったせいで敗退したらどうするんだ』、等といった発言をすみれは彼等がはっきりと口にしていた事実を知っている。故に、良い結果だと知った途端に掌を返して音羽を賞賛し始めた彼等に対してすみれは不愉快だと言わんばかりに眉間に皺を寄せるが、他の生徒も自分達を見ている為か、すぐに笑顔を作って平静を装った。
「かのんちゃん達が頑張ってるから、私達も元気もらえた!」
「かのんちゃん達はこの学校の希望だね!」
「何か力になれることがあったら、いつでも言ってね!」
「皆っ……ありがとう!」
ナナミだけでなく、かのんと仲の良い女子生徒であるヤエとココノの2人も皆を褒め称え、『Liella!』一同の力になることを伝えると、かのんは嬉しそうにナナミ達に礼を言う。スクールアイドル部の活動により、徐々に生徒達が1つになっていくのを感じ取った6人。生徒達と喜びを分かち合っていたその時、結ヶ丘の敷地全体に放送が流れ始めた。
『スクールアイドル部の皆さんにお伝えします。スクールアイドル部の部員は放課後、理事長室に来てください』
「ん?」
「もしかして……表彰!?」
放送の声の主は理事長で、スクールアイドル部の部員は放課後に理事長室に来るように、という内容であった。このタイミングで理事長に招集がかかるということは、ラブライブ地区予選を突破した事の表彰が行われるのではないかと一部の生徒達が湧き立つ。
『繰り返します。スクールアイドル部の部員は放課後、理事長室に来てください』
「だと良いけど、なんか……怒ってたような気も……」
同内容がもう1度告げられた後に、放送が切られる。理事長の表情が見えない故に、その声音はどこか怒っているかのように感じた生徒がちらほらと居り、相応の理由が無い限りは滅多に招かれない理事長室に呼ばれるということは、スクールアイドル部の皆を労う為なのか、それとも何か別の理由があってのことなのか。もし女子生徒の言葉通り、理事長が怒っていたのだとしたら、スクールアイドル部の部員に何か指導を入れる為なのか。生徒達で様々な憶測が飛び交い始めていた。
「んー……何だろう?」
「すみれ、モシカシテ……ナニかシタのデスか!?」
「何でそうなるのよ!? 何もしてないったらしてないわよ!!」
「おとちゃん、何か心当たりとかある?」
「うーん……特にない気がするけど……なんだろうね?」
「ねー。なんなんだろ……」
「ん? 恋ちゃん、どうかした?」
「っ!? そ、その……私が、原因ではないかと……思いまして……」
「えっ?」
隣に居る音羽が恋に声を掛けると、彼女にしては珍しく落ち着きの無い挙動を見せ、音羽は思わず間の抜けた声を出しながら恋の顔を見たのだった。
「……私のせいです」
「恋ちゃん……?」
「恋が? 何したの?」
放課後。かのん達は1度部室へ集合することにし、全員が集まったタイミングで皆で理事長室に向かおうと階段を降る。その途中で、恋が申し訳なさそうに皆に『自分のせい』なのだと口にする。理事長室に呼ばれた要因は恋であると、皆はとてもそのようには思えず、すみれが彼女に理由を問う。
「実は、この前部室に入ったら……パソコンが点いていまして……興味本位で、つい……」
時は数日前に遡る。恋は生徒会の仕事を終えた後に部室に入ると、いつも部で使用しているノートパソコンが開けられたまま画面が点灯していた。自分が部室に入った際には既に誰も居らず、皆は今屋上に居ると認識した恋は、気を利かせてパソコンの画面を閉じようとした。けれど、画面に開かれていたサイトのとある広告に彼女の瞳は釘付けとなった。
広告のバナーには『禁断のセカイ』と記載されており、騎士のような格好をした女性と、ドレスを身に付けた女性が手を取り合っているイラストも描かれていた。人と人とが手を取り合っているだけのイラストである筈なのだが、その2人の女性が浮かべる表情には何とも言えない妖艶さがあった。
それを目にした恋は、自身の中にある好奇心が擽られる。まだ自分が目にしたことの無い世界が、その広告をクリックした先にあるのだと思うと、自然と手が動いてしまった。指を震わせながらマウスカーソルを動かし、緊張で荒くなる呼吸を必死に律しようとしながらも、彼女の目線の先にあるのは広告に大きく表示されている『Click!』という文字。ここを押せば、文字通りの禁断のセカイが広がっている。幸か不幸か、その時音羽は生徒会室にある書類の後片付けをしており、彼は『書類の片付けは自分がやるから、先に部室に行って着替え等を済ませてほしい』と恋に伝えていて、彼女はその厚意を素直に受け取って音羽よりも早く部室に向かったのだが、そうして行っていたのが練習着に着替える事でも、ダンス練習の準備をするという訳でもなく、世間的に言えば『いかがわしい』と称されるサイトを覗き見ようとしていたという、音羽の厚意を裏切っているような行為であった。無論、恋にもその自覚はあれど、1度火が付いた好奇心に抗う事など到底出来ず、ノートパソコンのタッチパッドを軽く叩いた。
するとそこには、恋が今まで見たことの無いような淫らな世界が広がっていた。その景色に思わず吐息が漏れ、最早画面をスクロールする事に微塵の躊躇いも無かった。恋の思考が目の前に広がる禁断のセカイに完全に支配されそうになったその時、音羽が部室に入ってきた事で恋の意識は現実へと戻り、凄まじい速さでノートパソコンを閉じた。音羽が恋の前に現れたタイミング的に、彼にサイトを見ていたことは悟られていなかったようで、その日彼はパソコンを使う予定が無かったが為に、恋は音羽が屋上に向かった後に大急ぎでサイトを閉じ、そのサイトを見ていた履歴を抹消。故に、この事は誰にも知られずに済んでいたのだ。
しかし、もしあの場に音羽以外に部室で自分を目にした人物が居るとしたら。仮に、音羽が部室に入るよりも前に理事長がその一部始終を見ていたのだとしたら。スクールアイドル部の部員、且つ生徒会長の立場に在る者が部活中にインターネットに現を抜かしていたとみなされていたら。その可能性が少しでもある状態で、理事長室に呼ばれたのだとしたら、間違いなく自分に責任があると恋は自認せざるを得なかった。
「生徒会長ともあろう者が……あんな物をっ……あぁ……失格です停学です退学です……私の人生終わりました……」
しゃがみ込みながら悲嘆に暮れる様子の恋を見て、かのんは苦笑しながら彼女を励ます。
「いや、さすがにそれはバレてないんじゃ……」
「僕もそう思う。パソコン見てただけでお説教はさすがにないんじゃないかなぁ……あ、そういえばあの時、パソコンで何見てたの?」
「ひっ!? そ、それはっ……」
「あんたは知らない方が良いと思うわ。ね、皆?」
「そ、そうだね! おとちゃんはね……」
「まぁ、そうかもね……おとくんにはちょっぴり刺激が強いかなーって……」
「ナンデ音羽にはヒミツなのデスか? モウ音羽を仲間ハズレにしたくありマセン! すみれ! ククにもトットト教えるデス!」
「あぁもうっ……あんたも話に入って来なくて良いから! 余計ややこしくなんのよ!」
音羽は何の他意も無く、恋にパソコンでどんなサイトを見ていたのか聞くと、即座にすみれがお茶を濁した。高校生にしては稀有と言える程に純真な心を持つ音羽に、恋が目にしたサイトの詳細を教えてしまっては彼に悪影響が出るかもしれないと感じたすみれ達は、音羽には何も言わない事を決める。けれど可可は1度音羽の持つ才覚について自分達だけが知って、音羽にのみそれを明かさないという事をしているが故に、また音羽だけ仲間外れのように扱う事に反発した。そんな可可もまた、音羽と同様に恋が見ていたサイトがどのような物なのか知らず、すみれに教えるように問い詰めるが彼女は勿論それを拒否した。音羽と可可が知るにはまだ早いと、多少過保護かもしれないが、2人の純真さを守る為、かのん達4人はそのサイトについて何も話さないことを決めたのだった。
「……? よくわかんないけど、皆がそう言うなら……」
「ご、ごめんね! おとちゃんに意地悪したいとか、そういう訳じゃないから!」
「そ、そうなのよ! ごめんね、音羽!」
「おとくんはねぇ、そのままのおとくんで良いんだよぉ……?」
「う、うん……? わかった! 知らないままでいるね!」
「むぅ……ククも知りたカッタデス……」
皆の意向に納得の意を示し、にこっと笑う音羽と、自分も知りたかったと頬を膨らませて不貞腐れる可可。両者の反応を見てほっと胸を撫で下ろした一同。音羽はしゃがんでいる恋に手を差し伸べ、『とりあえず理事長室に行ってみよう』と優しく声を掛ける。彼の優しさに、恋の心にあるネガティブな思い込みや感情が少しずつ晴れていき、そっと彼の右手を取って立ち上がるのだった。
「失礼します……」
「どうぞ」
扉をノックし、返答があった後に理事長室に足を踏み入れたスクールアイドル部の6人。理事長に特に怒っている様子は見受けられないのだが、どことなく怯えているような表情をしている皆に対し、彼女は疑問を浮かべたように首を傾げた。
「どうしたの? 何か悪いものでも食べた?」
「い、いえ……ただ……」
「申し訳ありませんっ! 私、
「なに、言ってるの?」
「えっ?」
理事長に向かって深く頭を下げた後、恋が数日前に行った所業の謝罪を早口で捲し立てる。だが彼女は恋が何の事について話しているのか皆目検討がついていない様子で聞き返した。理事長の一言に、恋は言葉を止める。
「来てもらったのは、これが来たからです。
そう言いながら、理事長は恋に1枚のプリントを手渡す。そこに記されていたのは、今彼女が話した内容と同等の文章だった。このプリントの送り主は、かのんと千砂都が当時通っていた母校……青山南小学校の学校長であった。
「私と、ちぃちゃんの?」
「えぇ。母校の卒業生が始めたスクールアイドルの歌を、生徒に聴かせたいって。ラブライブの地区予選を通過した事についても、大層褒めていらっしゃったわよ。さっき、青山南小の校長先生からお祝いのメールを頂いてね」
「そういうことでしたか……」
恋は理事長が怒っている訳では無かった事、『禁断のセカイ』というサイトを覗いてしまったのが知られていなかった事。理事長に咎められるのではないか、といった考えが自身の勘違いだったと知り、肩の力がストン、と抜け落ちる。何故かはよく分からないが、恋が安堵している様子を見て、音羽は彼女の隣で柔らかく微笑んだ。
「スバラシイデス! ゼヒ参りマショウ!」
「じゃあ、OKってことで良い?」
「えっ……?」
可可の言葉を聞き、皆が承諾の意を示したのだと思い、理事長がかのん達にこの話を受けるかどうか聞いてみると、かのんが驚いたように言葉を返した。
「ん……? どうかした?」
「い、いえ……とても、素敵なお話だと思います!」
「じゃあ、『前向きに検討してみる』ってことで、あっちの校長先生に伝えても良い?」
「はい! 今はとりあえず……そう伝えてほしいです!」
「ふふっ。分かったわ。伝えておくわね」
理事長はかのんの言葉に了承し、机上に置かれているメモ紙の上にペンを走らせる。かのんにしては歯切れの悪い返し方だな、と音羽はそのように感じ取った。自分の母校から声を掛けられて、自分達の歌を聴かせてほしいと言われるのは誇らしい事であり、かのんにとっても嬉しい事なのではないかと音羽は思ったのだが、急な話で驚いているのもあるだろうとも考え、口には出さなかった。
だが、音羽と同じ違和感を感じ取った人物がこの場にもう1人居た。かのんの幼馴染で、彼女と最も一緒に居る時間が長い千砂都は、彼女が発した違和感を決して見逃しはしなかったのだった。