星達のオーケストラ   作: 龍也/星河琉

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第72話 辿る追憶、為すべき事は。

 

 理事長から話を聞き終えた一同はスクールアイドル部の部室へと戻り、ラブライブ東京大会に向けて基礎を固める練習メニューをこなしていた。今は(れん)が音頭を取りながら、体幹のトレーニングを行っている。

 

「しっかりバランスをキープして! ……可可(クゥクゥ)さん! これくらい出来て当たり前ですよ! あと10分!」

 

「うぅぅぅっ……」

 

 身体を一定の姿勢で保つトレーニングもまた、皆と比較してやや運動能力が劣る可可にとっては厳しいメニューであり、恋から鋭い声音で発破を掛けられる。元々バレエを習っていて、人並み以上に体幹を鍛えていた恋にとって現状のトレーニングは容易に出来るものであり、自身がスクールアイドルになって以降も怠らずに続けていた。数ヶ月前から皆で行っていたこのトレーニングなのだが、未だ可可は皆と同等の体幹が身に付いておらず、ラブライブ東京大会に出場が決定している状況もあってか、恋の声掛けに熱が入っている様子であった。

 

 そんな中、可可の隣でかのんも同様に姿勢を維持しながら、何かを考え込んでいるかのような表情をしていた。可可を指導する恋の声もあまり耳に入っていないようで、かのんの機微に千砂都(ちさと)がいち早く気が付いた。

 

 かのんの脳裏を過るのは、昔日の記憶。嘗て合唱部に所属し、世界に歌を響かせる事を目標としていたあの頃。ただ、楽しかった。歌うという事が。歌うと、幸せな気持ちになれた。何だって出来てしまうような、そんな全能感にも似た希望に満ちていた。満ちていた、筈だった。

 

『歌は怖いものではなく、楽しいもの』なのだと、そう思っていた。今までどんなにきつい練習でも頑張ってこれたのは、歌が楽しかったからに他ならなかった。他の誰よりも楽しい気持ちで歌える事が、自分にとって誇りだった。だから、沢山の観客の前で歌を響かせられると、信じていた。そう信じて、いたかった。

 

 とある日の発表会にて、自分達の出番が目の前に来た時。突然、体が動かなくなった。ステージ袖から観客の前に立とうとしても、足が竦んでしまった。あの日の心臓の鼓動の速さを、彼女は今でも鮮明に覚えている。

 

 それでも。今まで努力した成果を披露する為に、歌を響かせる為に。彼女は観客の前に嘗ての仲間達と共に立った。視線が一気に自分に集中する。それを見た瞬間に、鼓動がより一層速る。手に汗がじわりと滲んでくる。今すぐにでも忘れてしまいたい感覚なのに、自身の記憶はそれを簡単に忘れさせてはくれない。曲が始まって、第一声を放とうとしても、それがまったく形にならなかった。荒い呼吸しか行えず、声は掠れ行くばかり。周囲に居る仲間から小声で投げかけられる言葉も殆ど聞こえず、気付けば視界には天井が広がっていた。ステージライトが、嫌に眩しく自分を照らしていた。こんな形で、照らされたくは無かったのに。ステージの明るい光に照らされて、楽しく歌いたかった。ただ仲間と一緒に、笑顔で歌っていたかった。いつもなら簡単に出来た筈の事が、ステージに上がった途端にひどく難しいものへと変わってしまった。それ故の恐怖が、こびりついて離れない時期が続いていた。

 

 またあの時と同じ場所で、今度はスクールアイドルとして立つ。その可能性がある事を考えると、不安が押し寄せる。胸が締め付けられるような感覚に陥り、かのんは体幹を鍛える姿勢のまま、目線を下に向ける。そんな彼女を、千砂都は何か思うところがある様子で見つめていた。今自身の中に生まれた予想が、恐らく当たっているであろうと、千砂都は確信を持ってそう思ったのであった。

 

 

 

 

 

 練習を終え、各々体を休めたりエゴサーチに勤しんだりしている中、千砂都は皆より先に着替えを済ませ、帰る準備をしていた。

 

「じゃあ、今日は私バイトだから!」

 

「そっか。頑張ってね!」

 

「ありがと! うぃっすー!」

 

「「「うぃっすー!」」」

 

 今日はバイトがあるからと、千砂都は足早に部室を出て行き、自身のバイト先であるたこ焼き屋に向かって行った。

 

「練習後なのに……大変ですね……」

 

「デモ、楽しんでるミタイデスから!」

 

「すごいよねぇ、千砂都ちゃん……」

 

 たとえ練習後であっても決して疲労した様子を見せず、いつも元気にバイト先に向かう千砂都に皆感心しており、彼女の優れた体力とやる気を尊敬している。千砂都が部室から出て行ったのを見た一同も帰る準備をする為に更衣室に向かおうとしたその瞬間、すみれがスマホの振動に気が付いた。

 

 すみれがグループチャットの通知に気付いたと同時に、音羽(おとは)、可可、恋のスマホも振動する。通知の主はたった今出て行った千砂都からで、彼女はかのんを除く音羽達4人を招待して新たにグループを作成し、そこで4人に宛ててメッセージを書き込んでいた。

 

『急にごめんね』

 

『臨時のグループだから、用が済んだらすぐに消すね』

 

 音羽達がグループに招待されてすぐにこのメッセージが表示され、皆は何事だろうと暫くチャット欄を見つめる。音羽と恋は互いのスマホの画面を見合い、彼は恋に小声で『なんだろう?』と話し掛ける。恋は不思議そうに顎に手を当てると、続きのメッセージが表示されていく。

 

『早速なんだけど』

 

『この後時間ある?』

 

『かのんちゃんには内緒で』

 

『たこ焼き屋に集合!』

 

『おとくんへ→ごめんだけど今日かのんちゃんとお茶する約束、今度にしてもらえないかな?』

 

『上手く誤魔化して!』

 

 たて続けにこのようなメッセージが送られ、千砂都から皆に今日、バイト先のたこ焼き屋に来てもらえないかと頼まれる。それに付随し、音羽は今日の練習後に予定していたかのんと遊ぶ約束を今度にしてもらうようにとの指示も千砂都から為された。その指示を受けた音羽は小さく肩を跳ねさせ、その様子にかのんが気付いた。

 

「ん、おとちゃん? どうしたの?」

 

「あ……え、えっと……」

 

「ナンでもありマセンよ! デスよね! 音羽!」

 

「え……う、うんっ! なんでもない!」

 

「何で可可ちゃんが代わりに……?」

 

「あぁッ! クク、買いたいモノがあるんデシタ! 急いでカエらなくテハ! 売れてしまいマスッ!」

 

「わ、私も自主練がありますので……早くお家に帰らなくてはっ……!」

 

「わ……私も家の手伝いがあるから帰らなくちゃ! 帰るったら帰るわっ!」

 

「そ、そうなんだ?」

 

 皆次々に即興で思い付いた嘘をかのんに伝え、早く帰らなくてはならないことを告げると、かのんは特に疑う様子も無く3人の言い分を飲み込む。

 

「私も今日、おとちゃんと一緒に家でお茶するから、そろそろ着替えに行こうかなぁって。ね? おとちゃん!」

 

「っ……えっと……その、うぅ……」

 

『頑張れ』。3人共音羽に対して同じことを心の中で思い、かのんに今日予定していた約束を改めて話題に出され、彼はあからさまに言葉を詰まらせており、日頃から誰かに嘘を吐くという選択肢が頭に無い彼にとっては、他者を誤魔化す為の軽い嘘であってもそれを考えることは非常に困難を極め、只管に頭を悩ませる一方である。

 

「かのんちゃん……ごめん。今日……急用が……でき、ちゃって……」

 

『嘘下手か!』と、すみれは声に出さずに心の中でそのように叫び、可可と恋はもどかしさと言いようの無い歯痒さを感じながら、かのんに悟られない程度に手や足をぱたぱたと動かしている。

 

「えっ……? そうなの……?」

 

「うっ……うん。本当に、ごめん……お茶するの、また……今度にしようっ!」

 

「えぇー……楽しみにしてたのになぁ……」

 

 かのんは心底残念そうに肩を落とし、その様子を見た音羽は彼女に対しての申し訳なさから思わず今の発言を撤回する旨の言葉が出そうになったが、それをなんとか呑み込む。間一髪であったものの、事なきを得られたのだった。

 

「ごめんね……かのんちゃん……」

 

「ううん。しょうがないよ。気にしないで! おとちゃんが来れないなら……もうちょっと練習してから帰ろうかな……今日覚えた振り付け、けっこう難しかったし」

 

「そっ、それが良いんじゃないっ!? さ、私達は帰りましょ! ねっ!」

 

「着替えに行くデス〜ッ!」

 

「着替えたらすぐ学校出なきゃね! それじゃかのん、お疲れ!」

 

「あ……皆……」

 

 かのんが皆に声を掛けるよりも先に、皆は一目散に駆け出し、瞬く間に部室から出ていく。

 

「おサキデェ〜ス!」

 

「さよなら〜っ!」

 

「グッバァ〜イ!」

 

「かのんちゃん、また明日ねぇ〜っ!」

 

「……? まぁ、いっか……はぁ……せっかくおとちゃんと約束してたのに……」

 

 一瞬のうちに部室からメンバーが居なくなった事にかのんは些か違和感はあれど、こういう日もあるか、と解釈は出来たのだが、数日前に音羽と交わしていた遊ぶ予定が無くなってしまった事に憂いを募らせ、やや不貞腐れた様子でスポーツドリンクが入ったボトルに口を付けたのだった。

 

 

 

 

 千砂都がたこ焼き屋のキッチンカーに入って職務を始めてから数十分後。千砂都のメッセージ通りに音羽達が彼女のバイト先へ足を運び、千砂都は皆を近くのテーブル席に座るように誘導する。そして、手製のたこ焼きを全員分焼いて差し出した。『今日は自分の奢り』なのだと伝え、一同は千砂都の厚意をありがたく受け取ることにしたのだった。

 

「それで、話というのは何なのですか?」

 

「しかもかのんには秘密なんて……千砂都らしくもない」

 

「音羽とかのんの約束もコンドにしてモラッタくらいデスし……大事なお話ナンデスよね?」

 

「うん……おとくんにも、聞いてもらいたい話だから」

 

 そう言いながら千砂都は器用な手捌きで鉄板の中で焼かれている生地を返しているものの、彼女の表情はどこか冴えない様子だった。大事な話であると分かった以上、音羽は真剣な表情で千砂都の顔を見つめる。

 

「小学校のコト、デスよね?」

 

 可可の問いに千砂都は小さく頷き、千砂都が今日の出来事で感じたことを少しずつ、素直に皆に伝える。その上で、彼女はかのんの過去について話し始めた。一同は口を挟むことなく千砂都の言葉を聞いていたのだが、彼女が発したとある言葉に思わず恋が驚愕の声を上げる。

 

「倒れた……!?」

 

「うん。それがかのんちゃんが歌えなくなった最初の事件で……」

 

 暫く話をしている内にいつのまにか客が音羽達のみになっていて、千砂都は頃合いを見てコンロの火を止め、皆が居るテーブル席に腰掛けた後にそう口にした。かのんが小学生の頃に起きたその一件以来、彼女は大切な時程声が出せなくなり、まともに歌えなくなってしまった。中学生の時にも合唱部に所属していたものの、大会等では殆ど声が出せずに終わっていた事も皆に話した。

 

「なるほどね。そのステージに立ったら、またぶり返すんじゃないかってこと?」

 

「大丈夫だとは思うんだけど……」

 

「そうデスよ! かのんはククとステージに立って歌いマシタ! アノ時からイチドだって歌えなくなったコトはありマセン!」

 

「むしろ、率先して歌っているというか……」

 

「そうだよ。今は皆を引っ張っていけるくらいに歌えてるし。大丈夫じゃないかな?」

 

 今のかのんなら大丈夫、という皆の意見を聞き、千砂都はそれを理解しつつも、別の面で心配な事柄もある。理事長から歌を披露してほしいと依頼を受けた場所は、青山南小のステージ。そこは、今千砂都が話していたようにかのんが歌えなくなった初めての事件が起きた場所だ。事の発端であるその場所にかのんがもう1度立つということは、あの日の出来事を思い出してしまうんじゃないか、という懸念があるのだ。

 

「うん。それは、分かってるんだけどね。ただ、かのんちゃんって……すごく繊細なところ、あるから」

 

 千砂都はずっと側でかのんを見ていたが故に、彼女の人間性や心理まで、かのんに関するあらゆるものを人一倍知っている自信がある。だからこそ、他者と比較して繊細な一面があるかのんをここに居る誰よりも心配し、身を案じていた。かのんが繊細であるということは音羽もなんとなく感じていたことであり、もしかしたら千砂都の言う通りの事が起きる可能性はある、と彼は考える。けれど、果たして今のかのんにそのような事が起こり得るのだろうか、という疑問も同時に生まれ落ちる。音羽がそれを口に出すよりも先に、すみれが沈黙を破った。

 

「……でも、さ。それで歌えなくなっちゃうようだったら……ラブライブで歌っていくことなんて出来ないんじゃない?」

 

「同意スルのは気に入りマセンが、すみれの言う通りデス」

 

「そこは素直に同意しときなさいよ……」

 

 素直に同意するのは不本意であったのか、皮肉を混ぜながらも可可もすみれの発言が正しいという解釈だと伝えた。もしも、当時の出来事が思い出された時に声が出せず、歌えなくなってしまったら。もし万が一、ラブライブのステージ上で過去の記憶が呼び起こされてしまったら。そうなればほぼ確実にラブライブの敗退に繋がる事態になりかねない。その時のかのんのポジションがセンターであってもそうでなくとも、メンバーの1人がステージで歌えないというのはひどく致命的であり、絶対に避けなくてはいけない事柄である。その恐れがある状態でラブライブ東京大会に臨むのは危険なのではないかと、千砂都がそう言いたいことは皆も把握しているものの、音羽と同様にすみれ達もかのんに限ってそれは有り得ないのではないか、という考えであった。すみれの意見を聞いて、千砂都はぎこちなく首を縦に振る。

 

「そう、だよね……」

 

「では1度、下見に行ってみるのはどうでしょうか? そこでかのんさんの反応を見てみる、というのは」

 

「それ、良いかも! 下見に行ってみたら、心が楽になるかもしれないからね」

 

「下見か……」

 

 恋の提案に音羽も賛同し、1度2人の母校である青山南小学校に下見に行く事を千砂都は無言で検討してみる。音羽の言った通り、それで少しでもかのんの心が楽になれるのなら、行ってみる価値はあるかもしれない。児童が誰も居ない休日に下見に行く許可を取れれば、心を落ち着かせてステージの見学が出来る。千砂都は数秒思考した後に、恋が出してくれた提案について答えを出した。

 

「そうだね。下見、行ってみようか。学校側には私が掛け合ってみる! 卒業生だし、すぐに話ができると思う!」

 

「わかりマシタ! 下見、皆で行きマショウ!」

 

「そうね。私も付き合ってあげるわ」

 

「私も勿論、同行させていただきます。音羽くんも一緒に行きますよね?」

 

「うん。僕も良ければ、着いて行こうと思う」

 

「皆、ありがとう! 助かったよ!」

 

 千砂都は話を聞いてくれた皆に礼を言い、とりあえず直近ですべき事を決められた。青山南小に下見へ行き、そこでかのんがどのような反応をとるかを見る。それによって今後の動き方も変わってくる為、まずは下見から開始するのが良いと皆納得する形となった。一通り話し終わり、たこ焼きを食べ終えたすみれ、可可、恋は別れの挨拶を交わした後、それぞれの帰路を歩いていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「おとくん、今日はごめんね。かのんちゃんとの約束、蹴ってもらっちゃって」

 

「ううん。かのんちゃんには納得してもらって、今度にすることにしたから大丈夫! さっき謝ったけど、あとでもう1回、謝ろうと思う」

 

「ふふっ、律儀だねぇ。はい、お父さんとお母さんの分のたこ焼き。ここに置いとくね!」

 

「あ、ありがとう!」

 

 すみれ達3人は話が終わった後にそのまま帰ったのだが、音羽は自分のたこ焼きをまだ完食できていなかったのと、両親の分のたこ焼きを買ってから帰りたいとのことでその場に唯一残っていた。千砂都と音羽は練習メニューを共に作ったりする都合上、2人で居る事は珍しい話ではなく、このたこ焼き屋で語らうのも1、2度の話では無かった。それ故か、千砂都は音羽がここに居る事に安心感や、彼になんでも話せそうな心地良さを感じていた。皆がたこ焼きを食べていたテーブルを拭きながら、千砂都は音羽に話し掛ける。

 

「おとくんは、どう思う?」

 

「ん? さっきのこと、かな?」

 

 音羽は千砂都に言葉を返しながら充分に冷ましたたこ焼きを口に含み、咀嚼を始める。千砂都がどう思うかと聞いた内容は恐らく、先程の話であろうと音羽は予想しており、その予想は違わなかった。

 

「そう。かのんちゃんがもう1度あの場所に立ったら、どうなっちゃうんだろうって。おとくんの率直な気持ちが聞きたいんだ。おとくんもさ、私と同じくらい……とは言えないけど、かのんちゃんと一緒に居ることが多いからさ」

 

「んー……」

 

 音羽は上を向きながら千砂都の問いに対してどう答えるべきか軽く考え、たこ焼きを完全に飲み込んだ後に口を開いた。

 

「僕は……大丈夫だと思う。千砂都ちゃんが思ってるより……かのんちゃんは強いよ」

 

 音羽は自信を持って、千砂都の問いに対してそう答えた。音羽はかのんの持つ強さをよく知っている。歌唱力も、表現力も。人に勇気を与えられる、その歌声も。スクールアイドルとしてステージに立てているかのんを見てきた音羽にとって、千砂都が考えていることは杞憂ではないかという気持ちは少なからず持っており、その言葉を聞いた千砂都は、彼にはにかんだ笑顔を見せた。

 

「おとくんがそう言ってくれて嬉しい。でもそう思えるのは……()()()()()()()()()()()()()()()だからだよ」

 

「……うん。僕は、千砂都ちゃんほどかのんちゃんのことを知ってる訳じゃないから。でも、僕の目に映るかのんちゃんは……大丈夫だって。そう言えるんだ」

 

「私も、そう思うんだ。大丈夫だって。でも……もしかしたら大丈夫じゃないかもしれないとも思ってて。その気持ちが今、私の中でけんかしてる」

 

 千砂都は自身の胸に手を当てて、音羽に今の心境を吐露する。彼女は決してかのんと過ごした時間の長さを音羽にひけらかしたい訳でなく、大丈夫だと思えるのは単純に今のかのんしか知らないからなのだと口にした。音羽はそれに納得しつつ、それでもかのんなら大丈夫だと、意見を曲げなかった。音羽の言うことに関しては千砂都も同意はしていて、その通りだと思いはしているが、それとは真逆に『大丈夫じゃないかもしれない』という考えも千砂都の中に在り、正直まだ考えが完全に纏まっていないことを音羽に伝えた。

 

「……幼馴染って、難しいね」

 

「えっ?」

 

「その人が大切になればなる程……信じたいのに、信じれない時もあって。考えすぎちゃうことだってある。そんな自分が、ときどき嫌になっちゃうんだ。……幼馴染、なのにね」

 

「僕もそうなっちゃう時、あるよ。つい考えすぎて、はっきり言えないこととかあるし。仕方ないんじゃない?」

 

 音羽は自分も似たようなものなのだと、笑顔で千砂都を励ます。恋と幼馴染である音羽も、今の千砂都と同じことが時として起こるのだと。そういう意味では、千砂都と音羽は他者や幼馴染に対しての向き合い方に関して似たような部分があり、千砂都が彼にシンパシーを感じているのもそれが要因なのだろう。

 

「ふふっ。やっぱりおとくんには、こういう話しやすいね。私達、幼馴染との接し方とか割と似てるし」 

 

「似てる、かな?」

 

「似てる似てる。けど、私とは違う見方ができるのもおとくんだから……いざって時は、かのんちゃんの力になってあげて? かのんちゃんにとっても、心強いだろうから」

 

「千砂都ちゃん……」

 

 音羽の表情に感化され、千砂都も笑顔で音羽にそう言った。かのんにとって音羽がどれだけ大切な存在なのか、千砂都はよく理解している。彼の支えが、どれだけかのんを勇気付けているのかを。嘗て自分がスクールアイドルになる前に、音羽と同じ立ち位置でサポートをしていた時でさえ、あんな風には出来なかっただろうと千砂都は確信を持ってそう言える。それ程までに音羽はかのんや皆にとって優秀なサポーターとして成長しており、千砂都が想定していたよりも更に上の領域にまで上りついていた。この短期間での彼の成長ぶりを嬉しく思う反面、他者に寄り添い、サポートする技術に関しては先を越された事実に寂しく思う気持ちも内在している。一種の子離れにも似た感情を、千砂都は最近になって初めて自覚したのだった。

 

「……もちろん。何かあったら、かのんちゃんの力になるよ。千砂都ちゃんと一緒に、かのんちゃんを支えるから!」

 

「……! ありがと、おとくん! 何かあれば一緒に、かのんちゃんを助けようねっ!」

 

「うんっ! 任せて!」

 

『一緒に』。この単語を聞いた千砂都は何故だか無性に嬉しくなり、自然と口角が上がっていった。音羽にとっては千砂都も大きな存在で、サポートする上での全ての始まりは千砂都からだったことから、彼は今でも千砂都を自身の師匠として見ており、千砂都と共に皆をサポートしたいという気持ちなのだ。尊敬する仲間、そして師匠として千砂都を見ている音羽は、彼女に全幅の信頼を寄せている。同じくかのんを大切に想う2人だからこそ、出来る事があるのだと互いにそう感じている。

 

 信じて、信じられて。そうして笑い合う2人の姿を、月の明かりが優しく彼等を照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




君に、いつも助けられて。




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