星達のオーケストラ   作: 龍也/星河琉

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第73話 繋がる手と手、側にある夢。

 

 また、同じ場所だ。一目見た瞬間に、音羽(おとは)はそのような感想を抱いた。

 

 ふと顔を上げた音羽の視界に広がっていたのは、先日も目にした灰色の景色。色の無いその空間は、結ヶ丘高校スクールアイドル部の部室と酷似しているが、どこを見渡しても人が居る気配を感じない。音羽だけが、この言いようの無い場所に立っている。そしてまた、脳に直接響くように、声が聞こえてくる。

 

『役立たず。邪魔な存在。よくそんなに堂々と出来るものだね』

 

「っ……!」

 

『君がそこに居てどうする。どうせ、大した力にもなれないというのに。烏滸がましいと思わないの?』

 

 あの時と同じく、ややくぐもった声でスクールアイドル部としての、『Liella!』の一員である自身を否定する言葉が音羽の脳に響き渡る。彼は堪らずに頭を両手で抑え、強く目を閉じる。

 

『君は彼等にとっての枷でしかない。『力になりたい』だなんて、余計なお世話でしかないんだよ。それがどうして分からないの?』

 

「違う……皆は……そんなことっ……」

 

『違わない。いい加減、認めれば良いのに。自分が……要らない存在だって』

 

「嫌だ……! 僕は皆の役に立つんだっ……誰が……なんて言っても……」

 

『くだらない。皆が本当に、君を信じているかどうかも分からないのに』

 

「皆は……僕を信じてくれてる……! 分かってないのは……君の方だよ……! 君は誰なの……? 君は……僕にとって何なのっ!?」

 

 頭を抑えたまま、音羽は声を荒げて精一杯に叫ぶ。訳が分からない。何故自分がこのようなことを言われなければならないのか。得体の知れない人物に、何故否定されなければならないのか。苛立ちと胸の痛みを抱えて、音羽は姿も顔も見せない謎の声に向かって問うた。一体何者で、自分にとって何なのかを。数秒の沈黙の末に、再度声が響いた。

 

『本当はもう、分かってるくせに。──は──だよ』

 

「えっ……? 今なん……っ!?」

 

 声が聞こえた直後に眩い光が辺りを飲み込み、声が遠ざかる。その声が今、確かに自分が何者なのか言っていたものの、周囲の景色が消え行くと同時に殆ど聞こえなくなっていた。考える暇も手掛かりも無いまま、音羽の意識は現実へと引き戻された。

 

「……また、夢……」

 

 スマホのアラームが鳴り続ける自室で、音羽は睡眠から覚醒した。寝起きでおぼつかない手付きでスマホを手に取ってアラームを止め、彼は腕で目元を隠す。夢であの声が聞こえたのはこれで2度目。近頃は睡眠中に夢を見る事が無かったのだが、再度夢として謎の声と相対する事態となった。あの時と同じく、未だ声の主は分からない。自分にとって既知の人物なのか、それとも赤の他人なのか。それさえも分かりはしない。手掛かりと言える物が何1つ無い。『分かってるくせに』と、そう言われたが、音羽にとっては何も分からない、というのが正直な感想である。

 

「……着替えて、準備しなくちゃ」

 

 今日は休日だが、皆と行かなくてはいけない場所と、約束がある。音羽は先程まで見ていた夢や、あの声を頭の隅に追いやり、身支度をする為にベッドから降りたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「わざわざ来てくれるなんて、ありがとうね」

 

「家も近いので! こちらこそ……お休みなのに学校開けてくれて、ありがとうございます!」

 

「良いのよ。来てくれるだけで嬉しいもの!」

 

 かのん達6人は千砂都(ちさと)の提案により、下見の為に青山南小学校の校舎に訪れていた。千砂都が皆に意見を聞いてからすぐに学校側と連絡を取り合い、先生の計らいで児童が誰も来る事の無い休日に学校を開放してくれる事となった。その厚意を一同は素直に受け取り、今こうして結ヶ丘の制服姿で青山南小の校舎を歩いていた。

 

「スクールアイドルっていうの? この学校の生徒でも、憧れてる子は結構いてね」

 

「本当ですかっ!?」

 

「嬉しいっ!」

 

 校舎を案内しながら先生がそのように皆に伝え、母校の児童がスクールアイドルという存在に憧れていることにかのんと千砂都は喜びの声を上げる。自分達が憧れを抱かれるような存在となっている事実を知った皆も嬉しそうに微笑む中で、音羽だけが朝に見た夢が起因しているのか、些か浮かない表情だった。

 

「音羽くん……? どうかなさいましたか?」

 

「あ……ううん。大丈夫」

 

「あんた、ちょっと顔色悪くない? ほんとに大丈夫なの?」

 

「き、昨日あんまり眠れなくて……下見行くのに緊張してたのかも……?」

 

「ふふっ。遠足行く前の小学生じゃないんだから」

 

「だねっ……! 緊張しすぎだよねっ……あはは……」

 

 (れん)が音羽の表情に気付いて声を掛け、すみれも音羽の様子に違和感を覚えて心配して話し掛けた。先日から見始めた夢の事を皆に話すのは気が引けた為か、音羽はなんとか本心を織り交ぜて誤魔化し、事情を聞いたすみれは軽く笑みを浮かべて揶揄う。顔色が悪かったのはただ緊張しているだけだと思ったすみれは、彼にそれ以上詮索する事は無く、『ちゃんと寝なさい』とだけ伝えて話が終わった。すみれや恋からこれ以上何も聞かれなかった為、音羽は密かに胸を撫で下ろす。夢の中で言われた言葉が色々と気になるところではあるが、今はかのんと千砂都の母校の下見中だ。余計な感情は捨てようと決心し、音羽は俯きがちだった姿勢から、前を向いて歩を進め始めた。

 

 廊下を暫く歩いているうちに、児童が普段授業を受けている教室に着いていた。その教室に見覚えがあるかのんと千砂都は立ち止まり、その教室の中へ入って行った。

 

「懐かしい……! ここ、私とかのんちゃんが居た教室!」

 

「机ちっさ!」

 

「小学生って、こんなに小さかったんですね……」

 

「そうだね……」

 

 教室に並べられている机や椅子は全て、小学生が利用するのに相応しい大きさに合わせてある為、今や高校生の自分達から見ればそれらは非常に小さい物に映り、懐かしさやほんの少しの寂しさ等、様々な感情が皆の胸に満ちていく。かのんは嘗ての教室の中で、千砂都の前で楽しそうに一回転してみせた。

 

「ちぃちゃん、いつもここでダンスしてたよね!」

 

「かのんちゃんだって、いつも歌ってたよ?」

 

「あははっ、そうだっけ?」

 

 千砂都にそう言われ、かのんは照れ臭そうに笑う。その時は、ただ純粋に歌が好きだったからこそ、教室でいつも歌っていたのだと彼女は悟る。今の自分がそれを出来るかと言われれば間違いなく出来ないだろうな、とも感じる。まだ小学生で、年齢的にも幼かったからこそ出来た事であると。そう思った彼女の目線の先には、合唱コンクールに向けての張り紙があった。『合唱コンクール! めざせ優勝!』と書かれており、当時の記憶に思いを馳せている最中に、千砂都から『行こうか』と軽く声を掛けられる。それにかのんは頷き、彼女はこの教室に少しの寂しさを残しながらも、次の場所へ向かう為に、駆け足で教室を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 先生の案内により、一同は室内の中で最も広大と言っても過言では無い場所へ辿り着いた。

 

「当日は、この講堂のステージで歌ってもらうことになります」

 

 先生はそう言いながら皆を中へ入るように促し、かのん達は当日に歌を披露する場所である講堂のステージを見渡した。ステージには下見の為に照明が点けられており、座席も皆が想定していた数よりも多く備え付けられていた。その広さに、思わずすみれの口が開いた。

 

「思ってたより広い……」

 

「当たり前デス! 生徒ミンナ集まるのデスから!」

 

 全校生徒を収容する事を前提に作られている為に、客席側には相応の広さが必要になってくる。音羽や恋はピアノのコンクールに参加した経験があるが故に特に驚く様子は無いものの、ステージを目にしただけでも嘗ての自分達が味わった緊張を思い出す程には広く、圧迫感を感じさせる場所だった。

 

「かのんちゃん。ちょっとステージ上がってみる?」

 

「うん。ちょっと、行ってみようか」

 

 千砂都の提案により、5人はステージに上がって実際の感覚を確かめる事となった。かのんと千砂都以外の3人はステージ付近に設けられている小さな階段で直接上がり、2人は舞台裏からステージに上がることにした。舞台裏の狭い空間を通り、かのんは一足先に待機場所へ着いた。もしかして、と思い向かったこの舞台裏には、昔と変わらずに学芸会で使用する小道具が無造作に置かれてあり、少し見上げた先には世界地図が今も同じ場所に貼られていた。舞台裏に立つ度に、かのんはいつもその世界地図を眺めていた。「世界に歌を響かせる』という目標を掲げていた彼女にとって、世界地図は一種の指針のような物であり、自身の野望を明確に表してくれる……そんな代物だった。再度その世界地図を見ることが出来た感慨と共に、かのんは千砂都と共に既にステージに立っている3人と合流した。

 

 ステージに立つと、尚の事客席が広く見え、かのんは思わず身震いしてしまう。そんな折、客席の最前列まで移動していた音羽に笑顔で手を振られ、それに気付いた彼女は音羽を安心させる為に笑顔で手を振り返す。何故かは自分でもよく分かっていないが、彼に情けない姿は見せたくないという気持ちが最近強く心に在り、大事な場面で歌えなかった過去をまた繰り返す訳にはいかない。皆に迷惑を掛けてはいけない。そんな思いがかのんの心に渦巻いていた。千砂都はかのんの様子を伺いつつ、頃合いを見て彼女に話し掛ける。

 

「かのんちゃん、ちょっとだけ歌ってみせてよ」

 

「えっ?」

 

「練習です。せっかく来たことですし、しておいた方が良いでしょう?」

 

「はいデス! かのん、歌ってみまショウ!」

 

「う、うんっ……」

 

 千砂都達に促され、かのんはステージの真ん中に移動し、その背後で皆が彼女を見守る形となった。音羽もじっとかのんを見つめ、歌い始めるのを無言で待っている。彼女は心臓の鼓動を抑える為に何度も深呼吸を繰り返し、歌おうと試みるが、なかなか声が出せずに居た。何分もその状態を続かせてしまった為、堪らずにかのんは俯く。

 

「ごめん。ちょっと、待って……」

 

「かのん……」

 

 いつもと異なるかのんの様子に可可(クゥクゥ)は心配そうに彼女の名を呼ぶ。背後でそれをずっと見ていた千砂都は、かのんを安心させる為に急いで駆け寄り、固く彼女の手を握る。

 

「……! ちぃちゃん……」

 

「こうすれば怖くない! でしょっ?」

 

「ククも繋ぎマスっ!」

 

「あっ……可可ちゃんも……!」

 

「一緒に歌いマショウ! 1人デハナク、皆で歌エバ良いのデス!」

 

 可可も千砂都に便乗する形でかのんの手を握り、恋とすみれも続けてそれぞれ移動して手を繋ぐ。5人並んで手を繋いでいる姿に、音羽は瞳を輝かせてかのん達を見守っていた。

 

「こうすれば歌えるんじゃない?」

 

「かのんさん、私達が居ます。気負わずに歌いましょう!」

 

「すみれちゃん……恋ちゃん……!」

 

「……かのんちゃん!」

 

「あ……おとちゃんっ……」

 

 客席側に居る音羽にも声を掛けられ、かのんは彼の方へ視線を移す。そうして彼女の瞳に映る音羽の表情は、いつものように柔らかかった。

 

「大丈夫! 皆一緒なら……大丈夫だよ!」

 

 そう言って音羽はにこやかな笑みをかのんに見せる。その一言だけで、先程までの緊張が解れていくのを感じ取る。自分は、1人ではない。共に歌ってくれる仲間達が居る。すぐ側に励まし、笑ってくれる大切な人が居る。その揺るがない事実が、かのんの心に暖かく沁み渡っていく。

 

「皆っ……ありがとう……!」

 

 皆に礼を言った後、かのんは少しの間瞼を閉じ、そしてゆっくりと目を開ける。千砂都と可可の手の温もり、皆が隣に居てくれる安心感、音羽が見守ってくれている心強さ。皆の気持ち全てを感じながら、かのんはステージの上で歌い始める。かのんの声を聴き、皆も共に歌って声を重ねる。先生と音羽の2人だけが居る講堂で、かのん達は歌声を響かせる。自分達スクールアイドルの、『Liella!』としての歌を。その歌に呼応するように、音羽の脳内にも色彩が現れた。聴けば聴く程、鮮明に色が見えてくる。

 

 まるで、何も見えない暗い夜空に虹が生まれ落ちるかのような、心地良く、鮮やかな5つの色が音羽の視界に広がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




瞼を閉じれば、そこに誰かが居る。




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