スクールアイドル部一同が青山南小学校の下見に出向いてから数日後、ラブライブ東京大会に向けての練習が本格的に始まり、かのん達は
「1.2.3.4……すみれちゃん、早すぎ!」
「わかってる!」
「
「分かりましたっ……」
すみれと恋は千砂都の指摘を聞いて動きを修正するように努め、キリの良い段階までダンスが進んだところで千砂都が一旦練習を中断するよう促した。動きを止めた3人は疲労でその場に座り込み、皆は呼吸を整える為に何度も息を吸い込んでいた。
「今回も難しいダンスだねぇ……覚えるのはもちろん、実際に踊るのも大変……」
「東京大会でのライブだよ? 引けを取らないようにって、気合い入れて作ったんだ! ねっ? おとくん!」
千砂都は音羽の両肩に優しく手を置き、2人でダンスの振り付けを作ったことを皆に伝えた。
「うん。地区大会の時より難しくなっちゃってるけど、これくらいしないとだよねって千砂都ちゃんと話してて……ごめんね。大変な思いさせちゃって……」
「大変なのはもう慣れっこよ。あんたが気にすることじゃないわ」
「そうそう。おとちゃん、全然気にしなくて大丈夫だよ。気遣ってくれて、むしろありがとね!」
「かのんちゃん……」
どんな時でも気遣いを忘れない音羽に対してかのんは素直に礼を言い、彼は些か申し訳なさそうに視線を落とす。ラブライブ地区大会の際に用いた振り付けや動きとはまったく異なり、且つ東京大会の為に作ったものであるが故に難易度も相応に高いものとなっている。またしても皆に無茶を強いる事になってしまった現状に、音羽は一同に心苦しい面持ちで居た。そんな彼の横顔を千砂都はじっと見つめた後、視線をかのん達の方へ移す。
「東京大会で戦う相手には、『Sunny Passion』さんも居るからね。生半可なパフォーマンスはできないし、私達が今出せる全力をぶつけるべきだと思うんだ!」
「勝てる、かな……」
「私は、十分可能性はあると思う! このメンバーなら!」
東京大会で自分達が勝てるかどうか、かのんは些か不安気にそのように呟いた。東京大会に参加するグループには前回のラブライブで優勝を勝ち取った『Sunny Passion』も含まれる。彼女達と渡り合う為に必要なものは、圧倒的なパフォーマンスと、観客に響くような歌と想い。それらを高水準で出せなければ、前回優勝校である『Sunny Passion』を前にして勝ち抜く事など到底不可能。ラブライブで勝ち抜いて行く為に必要な振り付けを考案し、それを歌と共に皆と息を合わせて表現する事が出来れば、充分に勝てる可能性はあると、千砂都は自信を持って答えた。決して自分達の力量を過信している訳ではない。このメンバーでなら、奇跡を起こせる。不思議とそのように思える程にグループとしてのレベルが上がっていると千砂都は考えている。サポーターである音羽の存在もそれに起因しており、『Liella!』にとって不可欠なメンバーとして、彼女は音羽を高く評価している。彼を含めた6人でなら、最高のパフォーマンスを生み出せると信じているからこその言葉であった。
「まぁ、可能性がゼロじゃないだけ良いわね……って、ん……?」
すみれが屋上の入り口の方から聞こえてくる音と、徐々に大きくなっていく声にいち早く気が付いた。連続して響いていた足音が聞こえなくなった時、既に彼女が屋上へと行き着いていた。
「……大変デス〜〜!!」
「あっ、くぅちゃん!」
先程まで不在としていた可可が慌てた様子で皆が集まっている方へ走ってくる。すみれは何の断りも無く練習に遅れた可可に一言物申す為に立ち上がり、彼女と距離を詰めた。
「どこ行ってたのよあんた! 練習始まってるわよ!」
「東京大会のカダイが……発表されマシタ!!」
「「課題……!」」
可可の言葉を聞き、かのんと恋もその場から立ち上がり、彼女が持っているスマホの画面に目を向ける。画面にはラブライブのMCを担当している女性が居り、今回も地区予選の時と同様に、彼女が課題を発表するようだった。
『東京大会の課題はこちら! 『独唱』。歌を聴かせるソロパートを、曲に取り入れてくださいっ!!』
ラブライブ東京大会で提示された課題は独唱。その文字通り、楽曲を1人で歌う事を意味する。今回東京大会に出場するグループは、使用楽曲に必ずソロパートを取り入れる必要があり、前回の地区予選と同じく、提示された課題が曲に組み込まれていなければ失格。敗退となってしまう。
「また難しいお題ね……」
「純粋な歌唱力が試されますね……」
恋の言う通り、独唱は本人の歌唱力が最も重要と言っても過言では無い。周りのフォローに頼らず、自分1人で歌声を生み出さなければならないが故に、相応の表現力や声量が必要となると同時に、単独で歌う事への忌避感や緊張を無くす必要がある。地区大会での課題だったラップを曲に組み込む事に続き、今回も難易度の高い課題である事は確かだ。
「そうだよね……」
「歌唱力なら、やっぱり……」
「「「じー……」」」
「えっ。え……えっ!?」
音羽がかのんを見つめるのを皮切りに、可可達も一斉にかのんの方を見る。『Liella!』内でずば抜けた歌唱力を持つ人物といえば、彼女しか居ない。音羽はすぐにそう思い、かのんに期待の眼差しを向ける。恋と千砂都も彼女に微笑みかけ、すみれは『いける!』と言わんばかりにサムズアップをした。
「イロンを唱エルヒトはいマセンよ〜!」
「えぇ〜っ!?」
「かのんさんで決まりですね!」
「違う課題なら、やってあげても良かったんだけど。今回はかのんに譲るわ!」
「でもっ……」
自分の意志とお構いなしに話が進められていくこの状況にかのんはあたふたし始める。皆が自分に任せたいと言ってくれるのは嬉しい。だが、自身が課題の部分である独唱パートを全う出来るかどうかが気掛かりだった。未だ、自分に自信が持てない状態で居る上に、独唱となれば皆の歌声に頼る事も出来ない。そのような条件下で歌うというのは、かのんにとっては不安の方が多くの割合を占める。
けれど、それでも彼女を信じたいと思える皆がここに居る。側に居た千砂都が、かのんの手をそっと握った。
「『Liella!』が始まったのは、かのんちゃんがあの時歌ったから。可可ちゃんの想いに応えたから。それで今があるんだよ」
「ちぃちゃん……」
「かのんちゃん以外、いないよ」
力強く、千砂都はかのんにそう言ってみせた。『Liella!』が始まるきっかけになったのは、かのんと可可の存在があったから。共に歌う仲間が出来て、皆が認める頼もしいサポーターが就いたのも、澁谷かのんという存在があってこその事だ。この大役を任せられるのは、かのんしか居ない。千砂都も、彼も確信を持ってそう思っていた。
「東京大会のセンターは、かのんちゃんに任せたい。良い、かな?」
「おとちゃん……」
「僕も、この課題の部分を任せられるのはかのんちゃんしかいないと思ってる。かのんちゃんなら……出来るよ!」
音羽はかのんに明るい笑顔を見せ、彼女を励ます。音羽も千砂都と同様に、かのんが持つ歌唱力や表現力の高さを理解している。決して世辞で言っている訳ではない。かのんならば出来ると、千砂都と音羽だけでなく、可可達も皆そう思っている。音羽の後押しもあってか、かのんは真剣な表情で千砂都の手を握り返す。
「わかった。皆がそう言ってくれるなら……私がセンターで歌う。独唱……やり遂げてみせるよ!」
「その意気だよ! かのんちゃん!」
「決まりだねっ! よーし、東京大会に向けて……気合い入れてこー!」
「「「おーっ!」」」
かのんが東京大会でセンターを務める事を承諾し、音羽は嬉しそうに声を弾ませる。幼馴染の決意を確かに受け取った千砂都は、より一層練習の気合いを入れる為に音頭を取る。皆もそれに乗り、元気良く腕を掲げていた一方で、千砂都はかのんの手を握ったまま、活気の良い笑顔からすぐに神妙な表情に戻す。彼女はこの一連の会話ややり取りを見て、かのんが今までステージ上で、尚且つ人前で歌い続けられた理由の核心を掴んだ様子で居た。
そして、千砂都の胸中に、とある決意が生まれ落ちるのだった。これからもかのんが歌い続ける為に、たとえ独りだとしても……歌声を絶やさせない為に。自身がかのんの為にすべき事をする決心を付ける事が出来た。
それがきっと、音羽が絶対に納得しない選択だと分かっていても。