星達のオーケストラ   作: 龍也/星河琉

79 / 117
読んでいただきありがとうございます。感想、評価等よろしくお願いいたします。


第79話 現れる成果、表れる違和感。

 数えるのが嫌になるくらい、ここ数日目覚めの悪い夢をよく見る。

 

 また、色の無い現実とかけ離れた世界に音羽(おとは)は立っており、その世界で耳障りな声が聞こえてくる。かのんが母校である青山南小学校で歌を披露したあの日から、こういった夢を見る頻度が増え、その度に音羽の精神的な疲労が蓄積されていく。

 

『君の頭の固さにはつくづく呆れる。うんざりだよ』

 

「うんざりしてるのは僕の方だ……君は……どうして僕の否定ばかりするの?」

 

『君が今でもその活動をしているのが気に食わないから。君は無力だ。そんな君がいくら頑張ろうと、無意味で無価値なんだよ』

 

「そんなこと……そんなこと……ないっ!」

 

『君が彼女の歌に抱いた感情も、君が持つべきものじゃない。それは、いずれ()()に変わるものなんだから』

 

 徐々に声が大きくなっていき、音羽の脳に刺すように響く。彼が口にした、かのんの歌に対する気持ち。それが呪いに変わると告げられた音羽は、強く拳を握り締める。

 

「かのんちゃんの歌はすごいんだ。僕は……心の底からそう思ったんだ。僕のこの気持ちは……『呪い』なんかじゃないっ! 何も知らないくせに……勝手なこと言わないでっ!!」

 

 音羽は姿の見えない声の主に怒りを露わにしながら叫ぶ。自分があの日抱いたかのんの歌に対しての気持ちを、『呪い』だ何だと絶対に言われたくない。音羽にとってその気持ちは本物で、嘘偽りないものなのだから。それを第三者からとやかく言われる筋合いなど無い。音羽の怒声が辺りに響いてから数秒後、再度声が聞こえる。

 

『知ってるよ。その気持ちが何を齎すのか……君がこれからどうなるか……何もかも知ってる。君の愚かな行動が……周りをどれだけ不幸にするのかを』

 

「……!」

 

 そう言われた音羽は言い返そうと口を動かそうとするが、上手く喋ることが出来ずに硬直する。今聞こえた声は、自身の脳に響いているようには聞こえず、耳で直接聞いているような感覚であった。『近い』。音羽は声を聞いてそう悟る。まるで、自分の真後ろにいると言ってもおかしくないくらいに、自分と距離を詰められているように思えた。

 

『いい加減受け入れたら良いのに。そうすれば……楽になれるのに』

 

 突如、音羽の背中に悪寒が走る。その声の主が、後ろを振り向いた先に居る。そう確信する程に、声の距離が近かった。今振り向けば、自分を邪魔し続ける得体の知れないモノが何なのか分かる。故に後ろを向こうと首を動かそうとするが、恐怖で振り向く事がままならない。それでも音羽は震える身体を奮い立たせ、自身の背後に居る何者かの姿をこの目で見る為に振り向く。

 

「君は……っ!?」

 

 その姿を目にしようとした瞬間に、眩い光が周囲を覆い隠すように広がっていく。もう何度も経験したその現象。それは、音羽自身の意識の覚醒を意味するものであった。

 

 

 

 

 

 

「ぁ……はぁ……はぁっ……」

 

 目を覚ました音羽は、夢の中で染み付いた恐怖で1度身震いをする。彼の背中は汗でぐっしょりと濡れており、額も冷や汗で湿っている状態であった。ここ最近、ずっとあのような夢ばかりを見ている影響で、朝の目覚めが非常に悪く、時には夜中に起きる事もあり、それらが原因で寝不足気味になってしまっている。

 

 ベッドから降りた音羽はふらふらとした足取りで洗面所に向かい、冷水で己の顔面を擦る。夢で聞こえてくる声を掻き消すように、何度も何度も冷水を打ち付ける。ふとその行為を辞め、鏡に映る自身の顔を見て、音羽は小さく声を漏らした。目の下に隈が出来て、目覚めが悪かったのが原因で不快感を露わにしたその顔は、普段の自分とはまるで別人のように思えた。蛇口から出る水が排水溝に流れる音を聞きながら、音羽は無言で俯いた。鏡に映った自身の顔から、目を背けるかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 学校の授業を終えた放課後。スクールアイドル部の一同は屋上でラブライブ東京大会に向けての練習に勤しんでいる。千砂都(ちさと)の手拍子と声掛けに合わせてかのん達は体を動かし、その傍らで音羽が懸命にノートをとっている。

 

「1.2.3.4……可可(クゥクゥ)ちゃん、肩で息しない!」

 

「はァいッ……」

 

「すみれちゃんは、止まる位置ちょっとだけズレちゃってる!」

 

「えっ……ウソっ!?」

 

 的確で、それでいて鋭い千砂都の声を聞いて、2人は即座に動作を改善する。かのんと恋も一層気合いを入れてダンスに臨み、東京大会の為に用意した振り付けを完璧にこなす為に全神経を注いだ。動きの確認を何度か繰り返した後、千砂都から号令が為される。

 

「はい、お疲れー! 今日はここまで! って、あれ……?」

 

「「「はぁっ……はぁっ……」」」

 

「ありゃ……? 気合い入りすぎちゃった?」

 

「千砂都、手加減なさすぎ……!」

 

「アシが棒デスぅ……」

 

 颯爽と屋上を出ようとした千砂都だが、皆がいつにも増して疲労している様子を見て、足を止める。音羽はへたり込んでいる皆に近付き、水分補給用のボトルを差し出す。一同は彼に礼を言いつつボトルに口を付け、激しいダンスで身体から出て行った水分を補給する。珍しくすみれも疲労で動けない状態で居る中、かのんはボトルから口を離して口元を拭った後、千砂都を見据えながら声を掛ける。

 

「まだまだっ!」

 

「えっ?」

 

「かなり……良くなってきてる。この調子で、ランニングもう1セット行こうっ!」

 

「えェ〜ッ!?」

 

 かのんがダンス練習の前に行ったランニングをもう1セットやりたいと所望し、可可は驚嘆の声を上げる。皆がここまで疲弊している状態でのかのんの提案に、さすがに無茶しているのではないかと危惧したすみれと音羽が口を挟む。

 

「あんた……力みすぎじゃない?」

 

「かのんちゃん……あんまり無理するのは……」

 

「だって、東京大会が近いんだよ!? なんか……頑張った分だけできるようになっていくのって、楽しいなって思って……!」

 

 かのんの言葉に、音羽はハッと気付かされる。努力を重ねるというのは、元よりそういうものであったと。努力を重ねれば、前までは不可能だった事が出来るようになる。昨日よりも確実に成長した自分になれる。やればやるだけ動きや技術が洗練されていき、本人の自信にも繋がっていく。その感覚に楽しさを見出せるようになったかのんは、以前よりも活き活きとした姿を見せることが多くなった。皆と同様に疲労しているものの、笑顔で言葉を発するかのんを見て、すみれはフッ、と笑いながら肩をすくめる。音羽も以前とは違ったかのんの言葉を聞いて、安堵したように笑みを浮かべる。かのんは音羽の顔を見て、ふと思ったことを率直に述べる。

 

「おとちゃんこそ……無理、してない? ちゃんと、眠れてる?」

 

「え……?」

 

「あんた、目の下にクマできてるわよ。うわっ……近くで見るとほんとひどいわね……大丈夫?」

 

「そんなに……? 寝てるはず、なんだけどなぁ……」

 

「眠りが浅いのでしょうか……音羽くん、寝る前に紅茶を飲んでみるのはどうでしょう? ハーブティーや、カフェインが入っていないものが良いと思います。もし良ければ、私がいつも愛用している茶葉を差し上げましょうか?」

 

「恋ちゃんが良いなら……もらおうかな……」

 

 音羽は頬を指で掻きながら皆に一応は眠っている事を伝える。不眠という訳ではないのだが、最近見る夢の影響で眠りが浅く、夜中に起きては寝付けない事が多く、ちゃんとした睡眠をとれていない自覚は彼にもある。しかし、自分が見ている摩訶不思議な夢の事を皆に話すのはどうにも気が引ける。睡眠不足がこのように身体的や外面的にも影響が出るなら、皆に心配を掛けてしまうのならそれを改善する事に専念しようと考え、音羽は(れん)のアドバイスを素直に聞き入れ、彼女が普段から飲んでいて、他者に自信を持って勧められるという紅茶を厚意に甘えて貰い受けることにした。

 

「ククもヨク眠レル枕をあげマス! ヒトツ余ってるモノがありマスので、音羽が使ってクダサイ!」

 

「じゃあ私からも、ホットアイマスクでも渡そうかしら。寝不足で体調崩されても困るしね」

 

「ありがとう……ごめんね、皆……」

 

「いえ。お気になさらず! 睡眠不足は身体に良くありませんから。出来る事なら、何でも協力します!」

 

 自身を気遣ってくれる恋達に音羽は礼を言い、可可とすみれの厚意も受け取る事を決める。一連の遣り取りを見て、かのんは以前の音羽の言葉を思い出していた。誰にも心を開こうとしなかった、嘗ての彼の言葉が脳裏を過った。

 

『だから僕は音楽を辞めたんだ。人と関わることだって辞めた。辞めたはずなんだ』

 

 信じていた筈の者から陰で罵詈雑言を浴びせられ、他者との繋がりを断ち、誰とも関わろうとしていなかった音羽。そんな状態だった彼が今はもう、積極的に他人と関わるようになり、且つ音羽が困った時には手を差し伸べる人達が居る。かのん自身も1人じゃないと思えるのと同様に、音羽もまた、1人ではない。孤独とは無縁の環境に身を置くことが出来ている。その事実を、かのんは改めて嬉しく思った。音羽がかのんに独りじゃないと思わせてくれたように、かのんも音羽を独りにさせないと誓う。自分に出来る事ならいくらでもする気概で居るのだった。

 

「おとちゃん、あんまり無茶しないでね? 困ったことがあったら、いつでも言ってよ! 私もおとちゃんにできること、なんでもするから!」

 

「かのんちゃん……! ありがとう! その時は、頼らせてもらうね!」

 

「うんっ! 私も無茶しない程度に頑張るから! ……よし! ランニング行こうっ!」

 

「またランニング? もう少し休ませなさいよ……」

 

「いっそ、5セットくらい行っちゃおうよ!」

 

「うぇぇっ!? あんた、『無茶しない程度に』って言ったわよね!? 言った側から無茶してるじゃない!」

 

「無茶じゃないよ! すみれちゃんも絶対行けるよっ!」

 

「行ける行けないの問題じゃないのよ! ちょっとくらい休ませてって言ってんのっ!」

 

 かのんの突飛な発言にすみれが食い付き、両者で言い合いが始まる。その様子を入り口付近で見ていた千砂都と恋も2人で言葉を交わす。

 

「かのんさん、以前よりだいぶ変わりましたね。前向きになったというか……」

 

「そんなことないよ。……これが、かのんちゃん! 私が知ってる、かのんちゃんだよ!」

 

 千砂都は自身の髪に付けている飾りを指差しながらそう言った。恋は結ヶ丘に入学して初めてかのんと出会い、交流が増えてからは彼女の後ろ向きな発言や意外にも引っ込み思案な面を知り、それが彼女の素の性格であると思い込んでいたが、昔からかのんをよく知る千砂都から見れば、それらもかのんの性格の中に在る一部だという認識で、彼女の本質はそういったものではないと思っている。本当のかのんは、いつも前向きで、勇敢で、間違った事には毅然とした態度で立ち向かうことが出来る善性を持った人物。それを千砂都はよく知っている。幼い頃、自分をいじめていた人達から盗まれたこの髪飾りを取り返してくれたのは他でもない。澁谷かのんなのだから。かのんがあの頃の自分を取り戻してくれて、そして自分と音羽がその背中を押す事が出来て、千砂都は嬉しさでそっと笑みを溢した。

 

 かのんとすみれの賑やかな会話を皆で暫く見ていると、誰かが階段を登ってくる音が聞こえる。千砂都が入り口に目を向けると、かのん達と同じ普通科の生徒であるヤエが屋上に訪れていた。

 

「しつれーい。あ、ちょうど居るね。葉月(はづき)さん、(あずま)君! 理事長が来てほしいって!」

 

 ヤエがここに来たのは、恋と音羽を理事長が呼んでいたことを2人に伝える為であった。生徒会長と生徒会副会長が理事長に呼ばれる案件となれば、余程重要な事柄であるのが予想される。以前もスクールアイドル部一同が理事長に呼ばれた事があり、そこでの出来事が想起されたのか、かのんが恋に声を掛ける。

 

「恋ちゃん……またパソコンで見ちゃいけないものを……」

 

「見てません! 忘れてくださいっ!」

 

 かのんの言葉を即座に否定し、恋は頬を赤らめながら彼女を睨む。それに千砂都は便乗し、彼女はかのんと違いフォローと励ましの意も込めて恋を宥める。

 

「良いんだよ、恋ちゃん。趣味は人それぞれなんだから……」

 

「だから……! 違うと言っているのですっ!!」

 

「恋ちゃんが何を見てたのか、やっぱり気になるかも……恋ちゃん、あの時どんなサイト見てたの?」

 

「音羽くんまでぇっ……だっ……駄目です! 音羽くんにだけは……音羽くんにだけはぁっ……!」

 

「えっ……そ、そんなに言いたくないんだ……ごめんね、恋ちゃん……」

 

「あっ……いえっ……その……違うんですっ! 決して音羽くんのことが嫌いで言いたくない訳ではないのです! うぅっ……私はどうすれば……」

 

「音羽、悪いけど聞かないであげて。恋も悪気がある訳じゃないから」

 

「わかった……何か事情があるみたいだし、仕方ないよね……」

 

 音羽にパソコンでどのようなものを見ていたのか問われ、恋があからさまに取り乱しながら彼に対しなんとか言葉を紡ぐ。すみれから恋にこの件を詮索するのを止められた音羽は素直にそれを同意する。恋からその話を聞いてから、音羽は未だに話を上手く飲み込めておらず、どんなものを見れば恋があのような態度になるのか皆目見当も付かないのだが、恋がそのことを言えない事情があると分かった音羽はそれ以上彼女にこの事について聞くのは辞めようと決める。恋は言いようの無いもどかしさで頬を両手で抑えながら辺りを動き回っていた。それを横目で見ながら、すみれは話が脱線する前にヤエが伝言してくれた内容について言及する。

 

「それにしても、音羽と恋が呼ばれるなんて珍しいわね。また何かのオファーかしら?」

 

「さぁ……? 一体、何なのでしょう?」

 

 すみれの呟きを聞いた恋はすぐに平静を取り戻し、本題である理事長から生徒会2人が呼ばれたことについて思考を巡らせるが、特に何か問題を起こした訳でも、誰かに対して粗相をした覚えも無い。音羽も同じく何故理事長から呼ばれることになったのか分からない様子で、顎に手を当てながら上を向いて理由を考えていた。それでも思い当たる節は無く、隣に居る恋に話し掛ける。

 

「恋ちゃん、とりあえず理事長室に行ってみようか。ヤエさん、教えてくれてありがとう!」

 

「そうですね。皆さん、音羽くんと一緒に理事長室に行ってきます。お先にランニングを始めていて大丈夫です!」

 

「うん! わかった! いってらっしゃい!」

 

 恋が音羽と共に少し席を外すと皆に伝え、それにかのんが返事を返す。2人が屋上から出るのを見送った一同もまた、何故音羽と恋が呼び出されたのかを軽く考えながら、ランニングに行く為の準備を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 練習着から制服に着替える恋を待ち、更衣室の前で座って待っている音羽。恋の着替えが終わり、2人は早歩きで理事長室へと向かい、いつもと同じく3回ドアをノックしてから入室する。そこで2人を待っていたのは、柔らかな雰囲気を纏った、普段通りの理事長であった。

 

『忙しいのにごめんね』と2人に労いの言葉を掛けつつ、理事長は1枚の紙を引き出しから取り出し、恋に差し出した。

 

「見て。この事は……2人には1番に知っておいてほしいから」

 

 彼女は柔和な笑みを浮かべて、渡した1枚の紙に書かれた内容に目を通すように促す。恋の隣に位置している音羽も覗き込むような形でそれを見ると、その紙には自分達が予想し得なかった内容が書かれてあった。

 

「「えっ……!?」」

 

 2人の声がぴったりと重なり、予想通りの反応を示してくれた音羽と恋を見てクスッと笑う。

 

「凄いでしょう? 私もまさかと思って。……貴方達に感謝しなくちゃね」

 

「いえっ……そんな……!」

 

「僕達の活動が……こんな結果を……!」

 

 2人が理事長に知らされたこの事柄は、いつかそうなれば良いな、というあくまでも期待の域を出ない話であった筈なのだが、まさかこんなにも早く自分達が望む成果に繋がるとは思ってもみなかった……そんな予想外の出来事が今起きている。その事実を前にして2人は何と言葉を返せば良いのか、喜びと驚きの感情がせめぎ合い、上手く口に出せない状況であった。

 

「これは貴方達が日々努力し、その上で繋がった成果よ。存分に胸を張りなさい。貴方達のお陰で結ばれた縁が、こんなに沢山あるんだから」

 

「理事長……!」

 

「あぁ、そうだ。これも。貴女のお父様からのお手紙よ」

 

 理事長が音羽と恋、そしてスクールアイドル部の皆のお陰でこのような成果になったのだと激励する。想いが結ばれ、それが繋がり合い連鎖して縁が、新たな想いが生まれる。それこそ、結ヶ丘高校スクールアイドル部、『Liella!』が心から望む事象であった。理事長の言葉は、それを実現出来る存在になった皆に対する、最大限の賛辞であった。

 

 2人が知らされた事柄の他にもう1つ別の要件があるのを思い出し、理事長は恋に1通の手紙を渡した。その手紙は、恋の実の父親から出された物だった。ここ数年連絡を取り合っていなかった父親からの、あまりに急な手紙。受け取った本人の恋は些か困惑している様子だが、手紙の内容を見た恋は、また驚いたように声を上げる。葉月家のプライベートに関わるものだと思った為、音羽は敢えて手紙を一緒に見ようとはしなかったが、彼女の様子から、これも予想外の出来事なのだろうとなんとなく察することが出来た。

 

「『必要なお金を学校に寄付したい』。ですって。連絡してあげなさい? 貴女の頑張りは、ちゃんとお父様にも届いてた。きっと、空の上に居る……(はな)ちゃんにもね」

 

「お父様っ……!」

 

「お金を学校に寄付したいってことは、つまり……!」

 

「ええ。先の成果もあるから……この結ヶ丘高校は、来年も運営していける。少なくとも、今すぐ廃校になるって事は無くなったわ」

 

 音羽の問いに、理事長は率直に答える。先程の紙に書かれた成果と、恋の父親からの寄付金。それら2つがあれば、来年も私立結ヶ丘高等学校は運営を続ける事が出来る。以前、恋はこの学校を運営していくこともままならない状態なのだと、厳しい現状を打ち明けていた。その現状が覆ったのだと分かり、音羽は心から喜んでいる様子で恋に話し掛ける。

 

「良かったねっ! 恋ちゃん! 僕達はまだ……この学校に居られる!」

 

「はいっ……! 早速、皆さんにも報告しましょう!」

 

「ふふっ。そうしてらっしゃい。ラブライブ東京大会も近いんだってね。頑張って!」

 

「はい! 頑張りますっ! 失礼しました!」

 

 音羽と恋は今すぐにこの喜びをスクールアイドル部の皆に伝えようと理事長室を出ようとしたのだが、今音羽が口にした発言と、顔色を不審に思った理事長が彼を呼び止める。

 

「音羽君。ちょっと待ちなさい」

 

「……はい? な、なんでしょう……?」

 

「貴方……顔色悪いわよ。見るからに疲れが滲み出てる。睡眠、しっかりとれてる?」

 

「は、はい……寝てるつもり、なんですけどね……」

 

「……そう。サポーターである()()()()()()()()()()()()()()()なのよ? 体調管理はきちんとしないと! 無理して体壊したら元も子も無いんだから。分かった?」

 

「はい……」

 

「理事長の言う通りです。音羽くんは、私達にとって()()()()()()ですから。居てもらわなくては、困ります」

 

 恋は優しく笑みを浮かべながら、音羽を励ます。恋の言葉に音羽は一瞬硬直するが、平気な素振りを見せて恋に微笑み返す。

 

「……うん。そうだよね。ほどほどに頑張るから、心配しないで」

 

「……? ええ。あまり無理はしないでくださいね?」

 

「わかってる。……戻ろっか」

 

「は、はい……理事長、失礼致しました!」

 

 恋は理事長が居る方へ礼をした後、静かにドアを開けて部屋から出て行った。自分しか居なくなった一室で、彼女は溜息を吐いて机に手を付いた。音羽の見るからに疲労している様子、恋に見せていた、違和感のある笑顔、表情。音羽の父親である湊人(みなと)譲りの悪癖が出てしまっていると捉え、彼女はふと机に飾っている写真を見つめる。母校である神宮音楽学校の廃校が決まり、狂ったように曲を作り、なんとかライブをする事が出来ないかと街の人達に死に物狂いで聞いて回っていた、あの頃の湊人と似た何かを感じ取り、理事長は神妙な面持ちで瞼を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 理事長室を出た後、音羽は違和感を覚えながら恋と共に廊下を歩いていた。サポーターである自身もスクールアイドル部の一員なのだと理事長から諭され、恋からは自身を『不可欠な存在』だと言ってもらえた。自分のことをそのように言ってくれて、嬉しい筈なのに。より一層皆の為に頑張ろうと思える筈の言葉なのに。

 

 どうしてか、その言葉達が鉛のように重く響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




形の無い恐怖は、いとも容易く心を支配する。




評価用リンク
https://syosetu.org/?mode=rating_input&nid=264358
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。