星達のオーケストラ   作: 龍也/星河琉

8 / 117
読んでいただきありがとうございます。音羽の過去編前半です。感想、評価等よろしくお願いします。


第8話 音楽をやった、それ故に。

 父親は音楽業界で名を馳せる著名な音楽家、母親は元有名歌手。両者から産まれた子供を、一体周囲はどう思うだろうか。

 

『凄い』と言う者もいれば、勝手に過度な期待をして心無い言葉を投げ掛ける者も居る。どちらが多いかと言われれば、間違いなく後者の方であろう。その心無い言葉というのも、気付かなければ言われていないも同然である。当時小学生で、音楽を熱心に勉強する(あずま)音羽(おとは)という少年は、周りがどうだろうとお構いなしだ。

 

 音羽が音楽を習い始めたのは5歳の時。親が『習ってみないか』と勧めたのがきっかけで、音羽はピアノと歌を習うこととなった。音羽の憧れの人物は言わずもがな父親である東湊人(みなと)と母親である東詩穂(しほ)であり、将来の夢は『父のような音楽家になりたい』と言う程に、父……そして母を尊敬し、日頃からレッスンを頑張る毎日だった。そんな彼と共に、音楽に励む者が1人。それが、音羽の幼馴染の少女、葉月(はづき)(れん)である。彼女は東京に広大な土地を保有する名家の令嬢で、音羽が唯一学校や音楽教室以外で交流を持つ、親友同士の間柄であった。

 

「ぼく、大人になってもれんちゃんといっしょがいいな」

 

「おとはくん?」

 

 恋の自宅で共にピアノで遊んでいたところ、音羽は唐突に恋にそう言った。

 

「ぼく、お父さんやお母さんみたいなすごい人になりたい。れんちゃんといっしょに、もっともっとがんばりたいんだ!」

 

「……わたしも、おとはくんといっしょがいいです。いっしょに、すごい人になりたい!」

 

 初めは驚いたように呆けていた恋であったが、音羽の無邪気な笑顔を見て恋もまた笑う。それからお互いに夢を語り合い、やりたいことや野望を出し合った。2人は毎日のように一緒に時を過ごした。学校内でも、音楽教室でもいつも一緒。嬉しいことも大変なことも共有し合う、とても良好な関係性だった。その頃の音羽はいつも明るくて心優しく、よく笑顔を見せる無垢な子供であった。夢を信じ、他者を信じ、自分なら出来ると信じる。嘗ての音羽には全てが輝いて見え、且つなんでもできてしまうような、そんな根拠のない自信で溢れていた。けれどその自信は、徐々に失われていくこととなる。

 

 

 

 

 

音羽(おとは)くん、この曲もうそんなに弾けるようになったの? すごいすごい! 頑張ったね!」

 

「ありがとうございます! 家で練習したら、弾けるようになりました!」

 

 時が経ち、音羽と恋は小学校高学年となった。2人とも低学年だった頃とは比較にならないくらいに出来ることが増えていた。

 

 恋は音楽の他にも習い事を始め、葉月家の令嬢として多彩な技術を身に付けて周囲から一目置かれる存在となっていた。

 

 対する音羽はピアノだけでなく歌のレッスンにも力を入れ、音羽が持つ女性的な声を歌として安定的に出せるようになり、滑舌も向上。ピアノを弾く技術も相応に上がり、1度目を通した楽譜ならある程度は弾くことができるくらいには暗記、模倣の能力が高まった。故に音楽教室の先生に褒められることが以前と比較して明らかに多くなった。しかし、それに比例するように、周囲の音羽に対する声も大きくなっていった。

 

『これくらいならできて当然』

 

 一部の人間が、口を揃えて音羽にそう言うようになった。音羽の両親の知名度やネームバリューが大きすぎるが故に、彼等の息子である音羽にも少なからずその影響が出てくる。まだ年端も行かない年代であるのだから、『親が凄いなら子も凄くて当然』というレッテル貼りは軽率に起こり得る。音羽の演奏が終わった後、何人かの生徒から小声で嫌味や皮肉が聞こえてきたが、音羽は特に反応を示すことなくやり過ごした。それからは何も起こることなくレッスンが終了した。

 

「音羽くん、本当にすごいと思います! あの曲をもう弾けるなんて……正直、驚きました」

 

「ありがとう。でも出来て当然だよ。それにちょっとミスもあったし。お父さんみたいになる為には、あれくらい完璧に弾けなきゃ駄目なんだ」

 

 音羽は軽く恋に微笑みかけるが、その表情からすぐに笑顔が消え、反省を始める。低学年の時の自信に満ち溢れた性分は鳴りを潜め、どこか追い詰められているような、それでいて余裕がないような振る舞いをすることが目に見えて増えていった。

 

「おいおい(あずま)。せっかく葉月(はづき)さんが褒めてんだから素直に受け取ればいいだろ? 実際すげぇことには変わりないんだからさ」

 

狩谷(かりや)君……」

 

 音羽達と同じくレッスンを受けている狩谷が音羽の肩を優しく叩きながら励ます。快活な性格で教室内でも人気な少年だった。音羽とも仲は良好で、いつも彼を褒めていた。

 

「あんまり自分を追い込みすぎんなよ? コンクールも近いんだからさ。んじゃ、またな!」

 

 狩谷はニカッと笑いながら教室を出て行き、音羽と恋はそれを見送り、2人も共に帰ることに。恋は最近妙に自分を追い詰める音羽を常に心配し、無理をしないように何度も声を掛けた。それでも音羽は無理するのを辞めることはなく、ただひたすらに音楽に打ち込んだ。

 

 弾いては歌う。すごい人になる為に。

 

 結果を出す。すごい人になる為に。

 

 弾いては、歌う。

 

 結果を出す。

 

 まだ足りない。もっと。もっと、もっと。

 

 弾いては歌う。結果を出す。

 

 歌って、弾いて、歌って、弾いて。

 

 

『これくらいできて当たり前』 

 

 

 ならばもっと。もっと。もっともっともっと。妥協してはならない。弱音を吐いてはならない。すごい人になりたいなら、このくらいでへこたれることは許されない。もっと歌え、もっと弾け。そうすれば皆きっと自分を認めてくれる。親の七光りとは言わせない。言わせてはいけない。自分が結果を出さなければ、両親の価値を下げてしまう。そういった強迫観念が音羽の心身を更に追い詰める。

 

 歌っては弾く。弾いては歌う。

 

 弾く、歌う、弾く、歌う。

 

 もっとできるようにならなくちゃ。

 

 じゃなきゃすごい人になれない。

 

 弾いて、歌って、弾いて、歌って。

 

 

 

 

 

『どうしてそんなに頑張るのですか?』

 

 

 

 

 毎日異常と言えるくらいの練習をしていた日々に放たれた幼馴染のその言葉。その問いに音羽はすぐ答えようと思った。それなのに何故か、すんなり言葉が出てこなかった。『どうして』という漠然とした簡単な問い。答えは決まっている。すごい人になる為だ。でも、どうしたらすごい人になれるのか。どこまで頑張ればすごい人になれるのか。いつになれば『これくらい出来て当然』と言われなくなるのか。そもそも、そんなこと一々考えながら自分は音楽をやっていただろうか。恋からの質問1つで、音羽は自分にとっての音楽の在り方を考えさせられることとなった。いつのまにか、音羽にとっての音楽は両親の背中を追いかけるものではなく、知らず知らずのうちにただ自分の能力を相手に示す手段と化していた。

 

 

 いくら頑張っても、結果を出そうと足掻いても、言われる言葉は『できて当然』という一言。そちらの方が褒め言葉よりも多かった。親があまりにも優秀すぎるが故の重圧。それに負けじと努力を重ねても告げられる言葉は変わらない。音羽を本当の意味で認めているのは1番身近にいる恋のみ。けれど音羽は恋の賞賛よりも、周囲の言葉の方へ耳を傾けた。ただ……『すごい人』になる為に。自分より出来ることが増えて優れた結果を残す恋に劣らないように。一緒に居続ける為に。だが、その真っ直ぐな思いはある1つの出来事によりバラバラに崩れ去ることになる。

 

 

 

 

 

 

 




いつからだろう、音楽が楽しいと思えなくなったのは

次回過去編後半です。


評価用リンク
https://syosetu.org/?mode=rating_input&nid=264358
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。