「入学希望者が増えたっ!?」
理事長室を出た後、部室に戻ってきた
「はい! 今の数ならば、生徒が足りなくなる事は無いと……! 来年以降も、結ヶ丘は続いて行きます!」
「資金援助も受けられるようになったから、当分は大丈夫そうだって!」
「良かったぁ〜っ……!」
恋と音羽は嬉々とした様子で皆にそう言い、かのんは安堵しながら喜びの声を上げる。2人が理事長から聞かされたのは、『先日から結ヶ丘高校の入学希望者が絶え間無く増え続けている』という話であった。『Liella!』がラブライブ地区予選を突破して以降、毎日少しずつ増えていた入学希望者が、最近では日を追う毎に今まででは到底考えられない程に結ヶ丘の入学試験にエントリーする人々が増え続けているそうで、現段階でもこれだけの人数の希望者が居れば、来年2期生として結ヶ丘に所属する生徒が足りなくなるという事はまず無いとのことだった。尚且つ恋の父親から資金の援助が為されるという話も出ており、来年、再来年と、結ヶ丘高校を運営して行ける可能性が高くなった。これらの吉報が訪れ、結ヶ丘のスクールアイドルが確かな結果を出していると実感することが出来た。
「地区予選の評判が良かったからかな!?」
「私のラップが、人々の心を掴んだのね!」
「うぬぼレルなデス。ミンナのおかげデスよ!」
「でも、すみれちゃんのラップ、かっこよかったよ!」
「音羽くんの曲も、素晴らしかったです!」
「恋ちゃん、ありがとう……」
かのんがすみれのラップを褒め、それに付随して地区予選で作った曲を恋から褒められた音羽は、目を細めて笑顔を作る。先程理事長や恋に言われた言葉に感じた重さ。言いようの無い違和感が音羽の心にしこりのように不快感を生み出している。だが、『Liella!』が残した結果は上々で、上向きの風が吹いているかのように吉報が続々と訪れているのも事実。全て、上手く行っている筈なのだ。悪い事など、何1つ起きていない筈なのだ。そう自分に言い聞かせ、音羽は違和感から目を背けるかの如く、それを忘れようと試みるのだった。音羽がそうしている内に、千砂都がスマホを開き、SNSの画面を開いた。
「見てっ! 『Liella!』のフォロワー数!」
胸を躍らせながら、彼女は皆にスマホに表示されている『Liella!』のSNSを見せる。そこには、誰もが驚愕する数字が映し出されていた。
「52000……!?」
「ごっ……ごまん……!?」
かのんと音羽が1度顔を見合わせ、流石に見間違いかと思ったのか、2人は再度千砂都のスマホに目線を移す。だが、目を擦ってよく見ても、表示されている数値は変わらなかった。ラブライブ地区予選を突破した影響と、初出場というのも相まって、この数ヶ月で『Liella!』のフォロワーは数万単位で増えていたのだ。
「ギャラクシー……! 私がセンターの歌で……! センターを務めた、私の歌でっ……!」
自分がセンターを務めたというのを強調しながらうっとりとした様子を見せるすみれ。それを見て可可はまたムッと表情を険しくするが、千砂都はこの現状を良い方向に捉えていた。
「でも実際、かなりの人達が前のライブをきっかけに、学校に興味を持ってくれたみたい!」
「じゃあ……本当に『Liella!』が、入学希望者を……!」
「そうみたいだね。すごいよ! 皆っ!」
かのんの言葉に音羽が反応し、彼は皆を称賛する。SNSでもかなりの数のフォロワーが増え、知名度が着実に伸びて行っているのを目の当たりにし、本当に自分達が結ヶ丘の入学希望者を増やすきっかけとなっているのをより一層実感させられる一同。可可は興奮する気持ちを表すかのように立ち上がり、その場で大きく腕を振り上げながら足踏みを始める。
「コノままイッキに、優勝マデ駆け上がりマショウ!!」
「東京大会の概要は、発表になったのですか?」
「今夜、発表デス! ミンナでククの家に集まって、配信を見マショウ!」
「良いね! そうしよっか!」
可可の提案に千砂都が賛成し、今日の夜に発表される、ラブライブ東京大会の概要説明を皆で一緒に見る流れとなった。東京代表としてラブライブ本選に出場する学校が決まる、とても大事な大会。今日はどのようなことが発表されるのだろうか。音羽は笑顔で皆と話を合わせながら、先日発表された課題の内容と照らし合わせて、それに対して今自分が出来そうな事をぼんやりと考えるのだった。
その夜。予定通り可可の自宅に集まった皆は、彼女の私物のパソコンに視線を集中させながら定刻を迎えるまで静かに待っていた。そうして予定時刻を迎え、毎度恒例となっているラブライブMCによる妙に高いテンションでの解説が始まった。
『ついにラブライブ東京大会です! 日程はこちら! メリークリスマース! ウォッホッホッ……!』
MCが画角から外れたほんの一瞬で彼女はサンタクロースの服に身を包み、再度画面の前に現れた。東京大会が行われる日は、12月25日のクリスマス。多くの学校はその前日から冬休みとなっている場合が多く、クリスマスの日に日程を組むというのは、より多くの観客がライブを見やすくする為の配慮なのだろうか。どちらにせよ、地区予選とは会場や観客の規模がまったく異なるということに違いは無い。サンタクロースに扮したMCが、そのまま概要の説明を続ける。
『今回はリモートで、それぞれの学校ゆかりの場所からの生中継! それをオンラインでリレーしていきますっ! 果たして今回は、各々の学校でどんなパフォーマンスが見られるのか……我々一同も楽しみにしておりますっ! それでは皆様! ご武運を〜っ!』
MCの東京大会概要説明が終わり、パソコンの画面が真っ黒に染まる。今回のライブはリモート形式。それぞれの地区代表がインターネットを用いてライブを生中継し、リレーで繋いで行くという手法が使われることとなった。会場が指定されている訳ではなく、各地区代表の学校に
「クリスマス東京決戦デス! 今回のルールはかなり特殊デス。自分タチのステージは、自分タチで用意シナイといけマセン!」
「僕達で会場を……」
可可の説明を受け、音羽が顎に手を当てて東京大会の会場について思考する。先程のMCや可可の言葉の通り、ライブのステージが運営から指定されている訳ではない為、それを自分達のみで用意しなければならない。東京大会当日までにステージの用意が出来ない場合は言わずもがな失格、かと言ってステージを用意するのに注力すると、東京大会に使用する曲の作成が疎かになってしまう可能性を孕んでしまう。既に決められていた東京大会の課題である、使用楽曲には独唱パートを設けなくてはならないという条件も課せられている為、曲作りのハードルも上がっている状態なのである。地区予選の時とは比較にならない程に、スクールアイドル達に求められるものが増えている。『ステージを自分達で用意する』というのを受け、皆は『Liella!』が立つステージを軽く空想してみる。
「んー……どこが良いんだろう?」
「派手なところなら……神宮競技場?」
「それは決勝の会場です……」
すみれが東京にある、ライブ等に使われる建造物の例として神宮競技場を挙げるが、そこは恋の言う通りラブライブの決勝戦で使用される会場であり、たとえ東京大会に出場するスクールアイドルだとしても、『貸してほしい』と頼んですんなり貸し出されるような場所では決して無い。その為、神宮競技場は自動的に候補から外れる。
「じゃあ、外苑球場?」
「いやいや……誰に頼めば貸してくれるのぉ……?」
かのんは例に出される会場のスケールの大きさに思わず疑問の声が漏れる。今千砂都が挙げた外苑球場も、プロの選手が集まり野球等のスポーツが行われる巨大な会場ではあるのだが、そこも一介の学生が頼んだところで貸し出してもらえる場所とは到底思えず、そもそも外苑球場を運営している団体や人物もかのん達は知らず、誰にその依頼をすれば良いのかも分からない。
「明日直接行ッテ、聞いてきマス!」
「えぇ……迷惑になっちゃうよ!」
可可が直接外苑球場に出向いて貸し出してもらえるか聞きに行くと言い、あまりにも無謀過ぎる、且つ球場側に迷惑を掛けるような提案にかのんは慌てて彼女の行動を止める。可可はそんなかのんを見据えて、声を荒げる。
「東京大会デスよ!? 何ノンビリしてるのデスか!」
「そういうのじゃないって! 真面目に考えてるってば~!」
「今回は東京大会! ドノ地区もトッテオキの場所を用意スルはずデス。地味なステージデハ……『Liella!』はウモレテしまいマス!」
可可はパソコンでラブライブの公式ホームページを開き、それを持って皆に東京大会のステージを用意するのが如何に大事な事なのかを熱く語る。各地区代表は選りすぐりの場所とステージを用意してくる筈だと可可は予想しており、自分達『Liella!』もそれを超えるくらいのステージを用意出来なければ、間違いなく埋もれてしまうと、そう考えている。彼女の言うことは最もであり、正しい発言なのだが、今すぐに自分達に相応しい場所が思い付く訳でもなく、暫く皆で考える時間が続いた。
「おとちゃん、何か思い付いた?」
「んー、毎日自由に貸し出してる市民体育館とか? あそこなら、事前に許可を取れば貸してくれるかなって」
「あー。現実的だし、それがベタだけど……多分他の学校も同じこと考えてるんじゃない?」
「だよねぇ……」
「でもおとくんが言った通り、現実的なところで言ったら、街で運営してる体育館とかに絞られちゃうんじゃないかな?」
音羽が出した案にすみれは肯定的な態度を示し、それが1番無難だとは思うものの、すぐに思い付く中で最も現実的なのが市民体育館等の毎日自由に貸し出している公共施設。けれどそれらの場所では既に同じことを考える人達が先手を打って既に貸し出しの依頼をしている可能性が非常に高い。どこかの施設を借りるのなら、早い者勝ちな面も少なからず有る。早め早めに行動に移す者が得をするのが世の常なのは、言うまでも無いだろう。
「やっぱそうなっちゃうよねぇ……」
「考えるのは大事ですが、今すぐステージを用意出来るという訳ではありませんし……今日のところは解散にしませんか?」
「そうね。あんまり遅くなるのも良くないし。続きは明日にしましょ」
可可の部屋の壁に掛けられている時計を見ながら、恋が今日はもう解散にしないかと呼び掛ける。今回の件は皆で考えてすぐに最適解が出せるとは思えず、もう少し長いスパンで考えていくものだと彼女はそう判断した。すみれもそれに賛成し、リュックを背負って立ち上がる。
「明日、いっぱい考えようか。お家に帰ったら、僕なりにイメージをまとめてみるよ」
「それは助かるんだけど……一旦ストップ。おとくん、明日の部活は休んで?」
「えっ……? 何で……」
「ココノちゃんから聞いたよ? 休みの日でも部室に来て、練習メニュー考えたり、活動日誌書いたりしてるって。生徒会の仕事もあるのに……しばらく休めてないんじゃない?」
「それは……」
「何よそれ……あんたの方がよっぽど無理してるじゃない。明日だけじゃなくて、明後日も休みなさい?」
千砂都とすみれから明日以降の練習を休むように言われ、音羽は不服そうに眉を顰める。確かにここ最近休めていないのは事実ではあるが、普段の授業や生徒会の仕事に支障をきたしている訳ではないし、練習にも充分出られる状態である為、音羽は部活に穴を空ける訳にはいかないと思い、2人の提案を飲み込めない意志を伝えることに決める。
「でも……東京大会が近いし、曲もまだあんまり作れてないから……休む訳にはいかないよ……」
「だとしてもよ。このまま休まないと、遅かれ早かれ必ずガタが来る。それこそ、東京大会に支障が出るかもしれないじゃない。わかってんの?」
「そうだよ! おとちゃんが私達のこと考えてくれてるのはわかるし、嬉しいけど……私は、おとちゃんにそんな無茶……してほしくないよ……」
「かのんちゃん……」
「音羽は最近ガンバリすぎデス! 明日カラ2日間は、クク達のコトは考えずに休んでクダサイ!!」
かのんと可可からも強くそう言われ、音羽は憂いを表情に滲ませて俯く。無茶をしている自覚など無い。いつも通り、自分に出来ることを精一杯やっているだけ。音羽はただそう思っている。しかし、千砂都達から見れば彼の働きぶりはどこか異様で、言うなれば何かに取り憑かれているような印象も受ける。強迫観念に近い感覚を覚えるのだ。そんな状態の音羽を、このまま部活に来させる訳にはいかない。
「休む事も仕事のうちです。生徒会の仕事も、私がしっかり終わらせます。ですので、心置きなく休んでください。音羽くん」
「……わかった。皆が、そう言うなら……」
「決まりだね! おとくんには大事な仕事があるんだし、それをしっかりやってもらう為にも、まずは休まなきゃ! 明日からはおとくんが作ってくれたメニューで練習しようと思ってたところだし、全然大丈夫だから!」
「ごめんね……休んだらまた、頑張るよ」
「ふふっ。さすがおとくん。でもほどほどにね!」
渋々ではあるが、音羽は明日からスクールアイドル部の活動を休む事を了承した。皆からそう言われたら致し方ないと、音羽は特に反論する事なく折れ、休養を取る事を決めた。納得はしているものの、音羽の心は徐々に沈んで行く。皆に余計な心配を掛けさせる自分が情けなくて、嫌で嫌でしょうがない。頼りなく思われない為に、今まで頑張ってきた筈なのに、『休め』と言われると、途端に自分が頼りない存在に堕ちたような気がして、言葉にし難い感情が渦巻いていた。その気持ちのまま、音羽は帰り支度を始める。
荷物を纏めて可可の家から出た一同は、それぞれ家路に向かって歩き出す。かのんは、途中まで帰り道が一緒で共に歩く恋と音羽に挨拶をする。何の変哲も無い、ごく普通のありふれた言葉。それに反応を示し、音羽はかのんににこやかな笑みを見せた。
「またね。かのんちゃん」
「……うんっ! またね、おとちゃん!」
一瞬、言葉に詰まったが、かのんは何とか平静を装って音羽に言葉を返す事が出来た。音羽と恋の背中が遠ざかって行くのを最後まで見送ったかのんは、ゆっくりと手を降ろす。夜の冷たい風が、身体と手を徐々に冷やして行く。外気のせいだけでなく、今感じた違和感への恐怖で彼女は身震いをする。ごくごく普通の、明日また会う為の約束の言葉。彼の口から出るその言葉は、いつも温かいものの筈なのに。
何故か、どこか遠くへ行ってしまいそうな、そんな漠然とした違和感が……拭えない程に纏わりついていた。