突如
「……足枷って、どういうことですか?」
「言葉通りの意味よ。彼は、今後君達の足を引っ張ることになる。確実にね」
「そんなことありません!!」
かのんは勢いよく立ち上がり、摩央を睨み付ける。音羽が日頃からどれだけ努力をして、『Liella!』の為にどんな思いで、どれ程の覚悟でサポートを行っているのか、
「摩央さん達がおとちゃんと会ったのは、最近の話ですよね? それなのに……どうしてそんなひどいことが言えるんですか? おとちゃんが……おとちゃんがどんな思いでっ……!」
「不快にさせた事は謝るわ。ごめんなさい。……たしかに、私達が音羽君と出会ったのはつい数日前のこと。でも、彼と話してみて分かったの。彼のグループを支える技術、音楽をやる上での技能や才、そして人間性……1人の人間として見れば、とても非の打ち所が無い、優れた子だと思ってる」
摩央は軽く頭を下げた後、音羽と出会い、言葉を交わした日のことを思い出す。話を聞けば聞くほど、音羽の優秀さと、人柄の良さが嫌と言う程伝わってきたのを鮮明に覚えている。間違いなく、音羽は1人の人間として自分達が尊敬できる人物だと言える。それは、摩央の隣に居る悠奈も同じであった。
「摩央の言う通り、私達は音羽君のそういうところは高く評価してるんだ。このまま努力を続ければ、世界中に名を轟かせる人材になれるかもしれない。そう思えるくらいには、すごい人なんだってわかってる」
「なら、どうしてっ……!?」
悠奈と摩央が音羽に抱いた感想は、どれも好意的なものだった。そこに嘘偽りは介在せず、本心での物言いなのだとかのんは分かった。であれば、何故音羽に対してあのようなことを言ったのか理解できず、彼女は声を荒げて両者に問う。
「……音羽君はさ。良くも悪くも、真っ直ぐな子なんだよね。皆を支えたい、役に立ちたいって意識で行動ができる。でもね……真っ直ぐ
「真っ直ぐ……すぎる……?」
「音羽君みたいに100%善意で、他人の為に動ける子は、『皆の為』って前置きがあれば……際限なく頑張れてしまう。恐らく……どんな無理だって厭わない」
「あ……」
思い当たる節が、無い訳では無かった。音羽の健気で献身的な性格は、同時に自己犠牲の気質があるとも言えるのだ。摩央の言い分を、かのんははっきりと否定できなかった。
「そういう子は、『自分のせいで問題が起きた』と自覚した瞬間に……簡単に壊れる。音羽君には、優れた技術も、人間性もある。けれど……いとも容易く壊れてしまいそうな危うさもある。少なくとも私達は、彼に対してそのような印象を抱いたわ」
「そっ……そんな……おとちゃん、は……」
摩央の口から発される言葉の数々を、かのんは『間違っている』と言えなかった。最近の音羽の様子や、不自然な笑顔。それらを思い出すと、摩央の言っていることが間違いではないのではないかと、思いたくなくてもそう思ってしまう。そんな自分に、嫌気が差した。
「それに、音羽君は今回のラブライブで『絶対負けられない』とか、『勝ちたい』って覚悟が無い。勝たせる為のサポートをするのが役目なのに、まず本人にその気が無いなら……音羽君がサポーターである意味って、何なのかな?」
「っ……でもっ! 勝つことだけが……全てじゃないと思います! 私達に、おとちゃんは必要なんです! 誰がなんて言っても……おとちゃんは『Liella!』の仲間です。それを否定するのは……たとえサニパのお2人でも……許せません」
「……!」
悠奈の、音羽がサポーターである意味を問う言葉にかのんは反論し、毅然とした態度で2人を見据える。他の誰が何と言おうと、音羽が自分達にとって大切な仲間で、不可欠な存在であるのは皆が思っている事であり、それを否定するのは何人たりとも許せない。音羽の今までの努力を無下にさせない為、強い言葉を以って自分達に向き合ったかのんを見て、摩央と悠奈は軽く笑みを浮かべる。
「だったら、証明してよ。勝つことだけが全てじゃないって。私達に勝てば、キミや音羽君の言うことが正しいって認めさせられるよ?」
「勿論、こっちも本気で行く。生半可なパフォーマンスや曲じゃ、私達『Sunny Passion』には追いつけないよ」
「……負けません。私達だって……本気で行かせてもらいます!」
摩央と悠奈の言葉を受け、かのんも啖呵を切って2人に決意を表明する。歌で勝ち負けを証明する事、勝つ事で己の正しさを証明する事。そのどれも、今のかのんには到底理解出来やしないものだ。けれど、自分達が今まで歩んできた道、そして音羽の存在を否定させない為にも、負ける訳にはいかない。複数の感情が複雑に入り混じり、早る呼吸を抑えながら、かのんは摩央達に真剣な表情を向け続ける。彼女がようやく火が点いたであろうことを悟った2人は、安堵したと同時に、『Liella!』が自分達にとってのライバルになり得る存在かもしれないと認識し、摩央と悠奈のどちらも、不敵に口角を上げてみせるのだった。
「『何故勝ちたい』、か……」
『Sunny Passion』の2人と別れ、かのんは自宅へ帰る為に人混みの中を歩いていた。クリスマスの時期も近いからか、街は様々なイルミネーションで彩られ、子連れの親子や仲睦まじいカップル等、沢山の人で賑わっている。彼女は1人歩きながら、摩央の言っていたことを思い出していた。ラブライブで何故皆勝ちたいと思うのか。そうまでして勝ちを追い求める理由とは何なのか。そして、音羽に向けて言われた、どうしても許容出来なかった言葉を再度脳内で再生する。
『音羽君は、今後『Liella!』にとって足枷になる』
何度思い出しても、納得がいかなかった。そんな風に音羽を評する摩央と悠奈に、正直疑念と怒りを抱いたのは事実だ。しかし、あの2人が言ったことが、全て間違っている訳ではなかった。むしろ、音羽と出会って間もない筈であるのに、不気味な程に彼を的確に分析していた。音羽が持つ優しさは、『他人の為なら無理を厭わない』という事柄も内包している、別の言い方をすれば歪とも言える程のものだ。最近の音羽は、その優しさが前面的に出過ぎているように思える。疲労が取れていないのか、時々ぼーっと上の空であったり、睡眠不足が起因しているであろう目の隈、違和感のある笑顔。そのどれもがかのんにとって心配になる要素なのだが、それでもあの2人から『足枷』だと称される謂れは無い筈なのだ。他人の為に何かを為せるのは、素晴らしい事の筈で、咎める理由の無いものなのだ。故にこそ、自身の言葉、想いが正しいという事を、『Sunny Passion』に勝って証明しなければならない。
上着のポケットから、音羽から貰った大切なネックレスである星結びを取り出し、彼の今までの行動を思い出す。かのんにとってはそのどれもが眩しく、常に自身が安心できるものだった。尚の事、音羽が『足枷』ではないと。『Liella!』にとって必要なのだと、2人に理解してもらう必要があると強く思った。
立ち止まって暫く星結びを眺めているうちに、周囲から歓声が上がった。何事かと思って声がした方へ視線を移すと、街に設置されていた巨大なクリスマスツリーや、木々に巻かれていた電飾がライトアップされ、煌びやかな光を放っていた。ツリーの頂上には星型の装飾が施されており、暗い夜を明るく照らし始めた。それを見てかのんは感嘆の声を漏らす。このライトアップは毎年変わらず行われている恒例行事なのだが、実際に見るとやはり相応に興奮するものである。周囲で明るく、暖かな光を放っている木々と、眩く人々を照らすクリスマスツリー。それらを見回した後に、かのんは手に握られている星結びに視線を戻す。星の形をしたチャームが光に照らされ、暖色系の色を纏ったのを目にしたその瞬間、かのんは1つ、閃いた。
「……これだ!」
ラブライブ東京大会で、自分達のテーマとして使えるかもしれない案が浮かび、彼女は星結びをポケットに入れた後、急いで自宅へ向かって走ったのだった。
翌日。授業を終えた一同はスクールアイドル部の部室に集まり、東京大会に向けてのミーティングが始められた。かのんはホワイトボードに今回のライブをイメージしたイラストを描き、それを皆に共有する。
「今回のテーマは、『星』でどうかな?」
「星?」
ホワイトボードに描かれた星型の絵を見ながら、
「うん! 昨日、外のイルミネーションを見ながら思ったんだ。満天の星を……体育館いっぱいに作り出せたら、素敵だなって!」
昨日のイルミネーションの光を見て、かのんは『星』を想起した。様々な色を持った光が、絶え間無く人々を照らしていく。星のように光が連なる様子が、彼女のインスピレーションを刺激し、星を今回のテーマにしようという考えに至ったのだ。かのんの意見を聞き、皆は頷きを返す。
「絶対キレイデス!」
「『結ヶ丘スター』って訳ね。良いんじゃない?」
「私も良いと思う!」
「星……僕も賛成! すごく良いテーマだと思う!」
「ですが、この規模だと……すぐに準備に取りかからないといけませんね」
「たしかに……かのんちゃん達は練習があるし、僕がステージを準備するにしても限界があるしね……」
「いくらおとくんでも、1人で準備してもらうとなると……ちょっと厳しいかもね……」
「100
「そうだよね……かのんちゃん、どうしようか?」
音羽はどうするべきかをかのんに問う。ステージは自分達で用意するというラブライブ東京大会のルールに沿うとなると、ステージ設営はスクールアイドル部で行わなければならない。かのん達が練習を行う事を考慮すると、自由に行動できるのは音羽のみ。けれど音羽1人でステージを用意するのは、今から準備に取り掛かったとしても無謀である。時間も人手も、何もかもが足りない。そうなると、必然的にメンバー全員でステージ設営をするのが自然なのだが、ここでも1つ問題が発生する。
「うーん……やっぱり、私達でステージを準備した方が良いと思うんだけど……」
「そうなると、練習できる時間がかなり減ってしまいます。大事な東京大会ですし、念入りに練習しておいた方が良いのではないかと、私は思いますが……」
「うぅ……ムズカシイ問題デス……ステージも練習も、ドチラモ同じクライ大事なモノデスし……」
「そうなのよね……ステージ作りは1人じゃ絶対できないし、かと言って皆で手伝うと、練習できなくなるし……」
確かにこの6人でステージ作りをすれば、東京大会当日までには間に合わせる事ができるだろう。だが、そうするとライブの練習時間が著しく減ってしまうのだ。作業量を鑑みると、当日までの時間をほぼ全てステージ作りに費やす事になり、練習できる機会が皆無と言っても過言では無い。それではやはり東京大会に出るにあたって不安が大きく、万全な状態でのパフォーマンスができないことにも繋がる。かと言って全ての時間を練習に充てると、ステージが完成しない。可可の言う通り、どれが最良な選択なのか分からない、難しい問題である。皆で頭を悩ませ、唸っているところに、部室の入口から声が聞こえてきた。
「そこまで!」
「えっ……? ナナミちゃん! ヤエちゃんもココノちゃんも! どうしてここに!?」
声の主は、普通科に所属しているナナミで、彼女の両隣には、同じく普通科のヤエとココノが立っていた。
「話は聞かせてもらったよ! そういうことなら、ステージ作りは私達に任せて! かのんちゃん達は練習に集中っ!」
ナナミはステージ設営を自分達に任せるようにスクールアイドル部一同に声掛けする。彼女には日頃から自分達の力になると言ってくれており、その気持ちは非常にありがたいのだが、ステージ設営を任せるということは、冬休み期間に入っても学校に足を運んでもらうという事に繋がる為、かのんはナナミの提案に首を縦に振れずに居た。
「で、でも……」
「準備に忙しくて、ちゃんと歌えなかったりしたら……私達が後悔するの!」
「私達1年生だけだからさ、他の部活が大会に出たとしても……すぐ負けちゃうんだよね」
ナナミに続き、ヤエとココノもそのようにかのんに伝える。結ヶ丘はこの春から運営を開始した新設校である為、知名度は他校と比較して劣り、生徒が自分達1期生しか居ない事から人数の面でも部活動で遅れをとっている。故に結ヶ丘高校の運動部は大会であまり良い結果を残せておらず、惜しくも予選で敗退してしまう事が殆どなのである。
「その中で、かのんちゃん達はここまで頑張ってる!」
「かのんちゃん達は、この学校の
「皆……」
良い結果を残せているとは言えない部活動が大半を占める中、唯一スクールアイドル部だけがラブライブという大きな大会の地区予選を突破し、東京大会へと駒を進める事ができた。自分達のライブを見た人を魅了し、徐々にファンを増やしていったスクールアイドル達の姿や、スクールアイドルの為に適切な補助を行うサポーターの活躍は、結ヶ丘高校の生徒達に大きな勇気を与えており、今では大勢の生徒が『Liella!』を応援し、結ヶ丘の希望なのだと信じて疑っていない。今回の大会に勝てば、全国大会への切符を獲得できるとなれば、そのスクールアイドル達の為に力になりたいと思うのは自然な事であろう。ナナミ達の言葉を聞き、かのんの涙腺が緩む。
「良い話デス……! 良いヒト達デスぅ……!」
「なに泣いてんのよっ……」
「オマエが言うなデスぅ〜……うぅぅぅ……」
「ナナミちゃん、ヤエちゃん、ココノちゃん! ありがとう……! すっごく助かるよ!」
可可は涙ぐみながらナナミ達の言葉に反応し、すみれもまた目に涙を溜めながら可可を茶化す。ナナミ達にステージ設営を手伝ってもらえるとなると、かのん達は東京大会の練習に専念でき、思う存分パフォーマンスの完成度を高められる。かのんはナナミ、ヤエ、ココノの想いを受け取り、彼女達に礼を述べる。東京大会までの道が開けたような気がして、一同の士気が一気に上昇する。
「じゃあ、かのんちゃん! 私達は練習しよっか!」
「うんっ!」
皆で練習する流れとなり、皆椅子から立ち上がって着替えに行こうとしたところで、音羽がかのんに話し掛ける。
「ねぇ、かのんちゃん」
「おとちゃん? どうしたの?」
「東京大会で使う曲……今回も、僕に作らせてほしいんだ」
かのんの瞳を真っ直ぐ見つめて、音羽は彼女にそう言った。
「おとちゃんが……? でも……おとちゃんにこれ以上何かしてもらう訳には……」
現状、音羽に作曲を任せられる程の余裕が心身共に無いと思っていたかのんは、作詞や曲作りを自分でやる予定だった。そんな中で彼から作曲をすると提案され、彼女は音羽に対する心配な気持ちがより一層募る。
「大丈夫。僕は……大丈夫だよ。『星』をテーマにして、最高の曲を作ってみせるから」
「おとちゃん……」
「音羽くん。私も、お手伝いします」
「恋ちゃんも……? でも、練習が……」
「もちろん、練習はしっかり行います。その上で、曲作りを手伝うつもりです。練習が足りなければ自主練で補うので、心配しないでください!」
音羽とかのんが言葉を交わしている中、恋も話に混ざり、彼女も音羽の曲作りを手伝うと申し出た。練習があるのに大丈夫かと音羽は彼女を気遣うが、心配には及ばないと彼にはっきりと伝える。音羽と恋、両者の気持ちを汲んだかのんは、曲作りに関する指示を2人に出す。
「……わかった。今回も、おとちゃんと恋ちゃんで作曲をお願い。作詞は私がやる。それで良いかな?」
「でも……恋ちゃんは……」
「恋ちゃん、大丈夫って言ってたでしょ? おとちゃん1人に負担を掛けさせる訳にはいかないもん! 作曲は絶対、2人でやってほしい!」
「かのんちゃん……」
「音羽くん、私を……信じてください。音羽くんが作りたいものに、私も全力で応えます。だから……一緒に、最高の曲を作りませんか?」
恋は真剣な表情で音羽を捉え、目線を離さない。今の恋が音羽にできることは、彼を独りにさせないこと。そして、彼の為したい事に全力で助太刀をすることだ。それが、音羽のたった1人の幼馴染として、親友として果たすべきものだと恋は考えている。彼女の熱い視線を受け、音羽はふっ、と優しく笑った。
「……うん。
「っ……! はいっ! 喜んで!」
『一緒に』作曲をしようと音羽に言われた恋は嬉しそうに顔を綻ばせ、力強く返事をした。音羽と恋の2人で東京大会の曲を制作する事が決まり、かのんはほっと胸を撫で下ろしながら、ライブの練習と作詞の両方に気合いを入れて臨む事を誓う。頼れる仲間、応援してくれる生徒達の想いを胸に、結ヶ丘高等学校スクールアイドル、『Liella!』は来る当日に向けて、大きな一歩を踏み出すのだった。