いつもと違う景色が、目の前に広がっていた。
今の
ラブライブ東京大会が終わった後、音羽は心身共に疲弊し切った状態で家に帰り着き、自室のベッドに倒れ込んだ後、死んだようにすぐさま眠りに落ちた。夢の中で聞こえる得体の知れない声に飲まれない為、2時間毎に無理やり意識を覚醒させるといった無茶な睡眠方法を利用していたが故に、意識を自分の意志で強制的に覚醒させる事が出来ず、ゆっくりと目を開けたその時には、既に夢の世界であった。
辺りを見回しても、やはりそこには誰も居ない。自分1人だけがこの場に立っている。自分だけが世界に1人取り残されたような感覚を覚える不快な場所。何度ここへ来ても、どうしても好きにはなれなかった。
彼が瞼を開いてから数秒が経過したその時。声が聞こえた。五月蝿くて耳障りな、あの『声』が。
『やっぱり君は何も出来ない。何も成し得ない。愚かな選択ばかりするね、君は』
「ッ……!」
音羽は頭を抑え、その場に蹲る。今自分が最も聞きたくない声が、容赦なく耳に入って来る。
『無知、無能、役立たず。何の為に君が居るの? 自分は何の価値も無い存在なんだって、いい加減認めなよ』
「……違う」
『違わない。何が違うの?』
「違う……」
『皆を勝たせられなかったくせに、何で自分に価値があると思えるの? 能天気にも程があるよ、君』
脳内に直接響いて来る声、内容。その全てが音羽の癪に障る。叫びたい衝動を必死に抑え、音羽は荒く呼吸しながら頭を抑え続ける。
「僕はっ……皆を……勝たせたくて……役に立ちたくてっ……『Liella!』にっ……」
『皆を勝たせたくて? よく言うよ。それで君は何をした? 皆を敗北に導いただけでしょ』
「っ……」
『1つ勘違いしているようだから、教えてあげるね。君は……皆にとっての
「……は?」
先程から続く好き勝手な物言いに対し、音羽は低く声を上げる。
『君はいつも思ってるよね? 『皆はすごい』。『素晴らしいポテンシャルを秘めている』。じゃあ、それが正しいと仮定したとしよう。君は、そんな皆の足を引っ張ってる。腐らせてるんだよ。君のせいで皆が負けた。要らない事しかしていないんだよ、君は』
「そんなことない……僕は……僕だって必死にっ……」
『知らないよそんな事。君がどう思っているかなんて心底どうだって良い。君のせいで皆が負けた。それが事実。必死になってやった結果がこれじゃあ、目も当てられないね。君が居なければ、皆は勝てたかもしれないのに』
「……そんな、こと……」
『出会いは運命だって思った?』
「……うるさい」
『自分がそこに入れば、何かを変えられるとでも思った?』
「うるさい……」
『今までの功績は、君の努力の結果だとでも思った?』
「うるさいッ……!」
音羽はとうとう声を荒げて怒鳴る。今最も言われたくない、傷口に塩を塗るかのような耳障り且つ不快な言葉達を耳にし、彼の精神はもう限界であった。一体自分の何を知って、何を分かって言っているのか。彼は蹲ったまま、得体の知れない声に対して問い掛ける。
「君は……僕のなんなの……? 僕の、何を知ってっ……!」
『知ってると言った筈だよ。君の事は、全て知ってる』
「嘘だ……! そんな訳ないっ! そんなはず……」
音羽は首を横に振り、謎の声の言い分を否定する。知っている訳が無い。自分のことを全て知っているだなんて、そんな事はある筈が無い。自分の邪魔や否定ばかりし続ける意図もまるで分からず、音羽は苛立ちで頭を掻き毟る。そんな彼を嘲笑うように、声が響く。
『そんなに信じられない? ……それなら、見せてあげるよ。
その言葉が脳内に響いた後、音羽は気配を感じた。蹲っている状態でも、自身の目の前に何者かが来たのだと分かった。日頃から、自分を邪魔する声の正体を知りたいと思っていた。だが、今は知るのが怖い。一体、声の主は何者であるのか。知る事の恐怖が勝る。顔を、上げられない。
「君は……誰なの……?」
『それも、前に言った筈だよ。聞いてなかったのかな? じゃあ、聞こえるようにもう1度言ってあげる。ねぇ、こっちを向いてよ。……
「え……? ……っ!?」
先程からその声から出ている『僕』という一人称に引っ掛かりを覚え、音羽の予感が確信に変化し始める。気配が近付き、声も近くなったが故に、はっきりと言葉の内容や、声音が知覚出来た。だからこそ、音羽は認めたくなかった。1度生まれ落ちた予想が、的中してしまう事がひどく怖かった。何せその声には……聞き覚えがあったのだから。
恐る恐る俯いた顔を上げた瞬間に、音羽は息を詰まらせるように小さく声を上げ、驚愕混じりの声音でなんとか声を絞り出した。
「どう……して……?」
その問い掛けを聞き、冷徹な目で音羽を見下ろし続ける彼が、再度言葉を紡ぐ。
『もう1度言うよ。……
嘗て、結ヶ丘高校の音楽科所属を象徴していた白い制服、黒縁の眼鏡、そして己の顔を覆い隠し、気持ちや表情を悟らせなくするマスク。その姿を、音羽が見紛う筈も無い。
目の前に立っていた彼は、過去の……結ヶ丘高校に入学した当初の音羽と、まったく同一の姿だった。