星達のオーケストラ   作: 龍也/星河琉

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あけましておめでとうございます。旧年中は大変お世話になりました。本年もどうぞよろしくお願いいたします。


第91話 過去との対峙、君はどうして。

 

 自身の目の前に現れた、『もう1人の(あずま)音羽(おとは)』と言える少年。彼を見つめながら、音羽はゆっくりと立ち上がって目線を合わせる。身長も、髪型も何もかも自分と同一である彼に恐怖を覚えながらも、音羽は彼に対して言葉を紡ぐ。

 

「どうして、僕の邪魔ばかりするの?」

 

『君の愚かな選択を止める為。これも前に言った筈なんだけどね。むしろ、君を救おうとしてるというのに』

 

 音羽はぎゅっと拳を握り締める。どうやら彼の目的は自分を『止める』為だという事であるのに嘘は無いように見受けられるのだが、そんなものは音羽にとってノイズでしかなく、迷惑にも程があるというものだ。怒りを堪えながら、音羽は冷静に問い掛ける。

 

「どこが。君の言葉のどこに、僕を救う要素があるっていうの?」

 

『救いだよ。僕は、君を救う事しか考えていないんだから』

 

「そんな事……頼んでないっ……! 君は……僕にとって()()だ! 見たくも振り返りたくもない、惨めな自分。それなのに、今更僕の前に現れて……ふざけないでっ!」

 

 音羽は必死に目の前の彼を否定する。以前の自分の姿をしている彼が本当に過去の自分自身なのだとしたら、今の音羽にとって嫌いで仕方のない人物に値する。何も出来ない、何かを変える勇気も無い、息を潜めて生きてきた惨めな存在。戻りたくない、振り返りたくない自分なのだ。そんな彼が今更『救い』と称して邪魔ばかりしてくる。その行為のどこに救う要素があるというのか。音羽の頭からは、甚だ疑問しか出てきやしない。

 

『ふざけているのは君だろう。無力のくせに、何も出来ないくせに……あそこに縋り付こうとする。烏滸がましいんだよ。君ごときに、そんな価値があるとでも思ってるの?』

 

「何も出来ないのは君の方だ! 僕は……君の思い通りにはならない! 僕の前から消えてよっ……」

 

『消えないよ。君が愚かな選択をし続ける限り……決して消えない。それに……今の君には、覚悟が無い。絶対に負けられないという覚悟が、君には無いんだよ』

 

「っ……」

 

 あの日『Sunny Passion』に言われた事と同様の内容を、彼は音羽に言及する。『音楽を楽しみたい』という気持ちを抱いてしまったのが原因で、ラブライブに出場していたスクールアイドル達のように勝利を渇望する意志が生まれなかった。それは、音羽自身もこの身で実感し、認識した事柄だ。それと同時に、他の敗退したスクールアイドル達がどんな思いでラブライブのステージに立ち、勝者が居る裏で敗者がどのような時を過ごしていたのかも理解した。それら全てが、音羽の心に迷いとしてこびり付く。その隙を、彼は決して見逃さなかった。

 

『覚悟も無い、敗者の思いを背負う気も無い。辛うじて居場所を与えられているだけの君が何を言ったって説得力が無いんだよ。いい加減認めなよ。自分が、無力な存在だということに』

 

「うるさい……! 無力なのは君だ! 僕は……僕はっ……!」

 

『僕を受け入れなよ。そうすれば……楽になれるのに』

 

 この前も、彼は同じ事を言っていた。受け入れれば、楽になれると。だが、それは彼に全てをぐちゃぐちゃに塗り替えられそうな予感が音羽にはあった。決して戻りたくない、過去の自分。何も出来ない自分に成り下がりたくないが為、音羽は眉間に皺を寄せて憤る。

 

「認めない……! 僕は、君を絶対に認めないっ! ……消えてよ。お願いだから……今すぐ消えてよっ!」

 

 泣きそうな表情で、音羽はもう1人の自分に叫ぶ。『今すぐに消えてほしい』。それが、音羽の本心からの望みだった。もう、耐えられなかった。対話も、何もかも放棄してでも彼との問答を辞めたい。昔の自分と対話するというのも、気味の悪い事象であるのだから。彼は音羽の言葉を聞き、不愉快そうに目を細める。マスクを着けているせいで、音羽から彼の表情は読み取れない。どのような思いや気持ちを持っているのか、それらをマスクで阻害されていると何も分からず、こんなにも不気味に見えるものなのか。音羽は自身を睨み付ける過去の自分と相対して、言いようの無い恐れを抱いた。

 

『消えないって言ってるでしょ。絶対音感と共感覚を以てしても、君は皆を勝たせられなかった。皆を負けさせた。君の感性なんて誰も理解できないし、皆の助けにもなれないなら……誰の役にも立てない無用の長物。それなら、()()()()()()()()()よね』

 

「え……?」

 

 音羽が所有している、他者には無い特殊な才覚である『絶対音感』と『共感覚』。それらの能力を十二分に使った上で作曲をした東京大会の新曲。それでも『Liella!』は敗北した。であれば、責任は全て音羽に有り、結局皆を勝たせられなかったのならば、音羽の特殊能力は何の役にも立たない不要なもの。彼からすれば、そのような認識であった。一層声のトーンを低くした彼の声を聞き、音羽は一歩後退る。

 

『君の物分かりがあまりにも悪すぎるから、僕も直接的な手段を使う事にした。するつもりは無かったけど……そうさせたのは君だ。君が、全て悪いんだよ』

 

「何を……言って……?」

 

『君から……『色』を奪う。君の物語を、色褪せた無価値なものにしてあげるよ。そうすれば、受け入れられるだろうから』

 

「そんなこと……っ!?」

 

 もう1人の自分に言い返そうとした瞬間、音羽の視界が激しく揺らぎ、色付いていた周囲の景色から、徐々に色が無くなっていく。音羽はどうにかして彼を見つめようとするも、激しく眩暈を起こしたかのようにぐわんぐわんと視界が、脳が揺らされるような感覚が走る。

 

「ぐっ……っぁ……!」

 

『君はもう2度と、誰かの役には立てない』

 

 吐き捨てるように、彼は音羽にそう言った。遠ざかる意識の中、音羽は彼の姿を認識する事もままならず、その場に倒れ伏した。異様な眩暈に耐えようと必死に意識を繋ぎ留めようとしたが、その抵抗も虚しく、数秒経った後には、音羽の視界が真っ黒に染め上げられていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ……はぁっ……」

 

 勢いよくベッドから起き上がり、音羽は夢の中の世界から帰還した。意識がはっきりと覚醒しており、もう一切の眠気も感じられない。いつものように、枕元で鳴っているスマホのアラームを止めようとしたその瞬間、猛烈な違和感が音羽を襲った。

 

「えっ……?」

 

 スマホを取ろうと伸ばしかけた手が、ピタリと止まる。自分が設定した、個人的に最も聴き触りが良くて、爽やかな色が見える筈のアラーム音。それなのに、とあるものを知覚出来なかった。

 

 音羽は急いでスマホを手に取り、スピーカーを耳元に当ててアラーム音を聞く。暫くの間、自室にアラーム音が鳴り響き続けるが、何分聞いても、普段見える筈のものが……見えて来なかった。

 

「嘘っ……そんな……そんなはずっ……」

 

 音羽はすぐにベッドから抜け出し、机の引き出しから何枚かCDを取り出し、それを自室の音楽プレーヤーに挿入してイヤホンと接続する。今まで制作した『Liella!』としての曲を、音羽は普段聴く時の音量よりも大きくしてから流す。数分聴いたら、また次のCDを挿入し、耳を澄ませて聴く。その繰り返し。何度も、何度も聴き続けた。

 

 あるタイミングで、音羽は曲を耳に伝える機器をイヤホンから、自分が所持している中で最も高性能なヘッドホンに付け替え、また最初から曲を聴き始める。だが、無情にも結果は変わらない。見えない。普段は見えるものが、まったく見えて来ないのだ。

 

「……嘘だ」

 

 夢の中で彼が言っていた言葉が、鮮明に思い出される。

 

『君から……『色』を奪う。君の物語を、色褪せた無価値なものにしてあげるよ』

 

「嘘だっ……!」

 

 ヘッドホンを耳に強く押し当てながら、音羽は必死にメロディに喰らい付き、知覚しようとする。

 

「嘘……だっ……」

 

 東京大会で使った曲を、幾度と無くリピートした。耳が痛くなる程に強くヘッドホンを押し付け、5人の歌声を聴き続けた。それでも、何1つ変わらなかった。音階としては認識出来るのに、普段知覚しているもう1つの要素が、何も見えては来なかった。

 

 

 

『君はもう2度と、誰かの役には立てない』

 

 

 

 

「あ……あぁ……あぁっ……あぁぁぁっ……!」

 

 着用していたヘッドホンが外れ、音を立てて床に落下した。音羽は頭を抱えながら俯き、泣き声を上げる。彼の目から涙が溢れ、自室の床が濡れていく。夢に出てきたもう1人の自分の言葉は全て嘘で、信じたくないと拒絶した。けれど、今起きている事象が、それを嘘では無い事を証明していた。音羽は身体を震わせ、恐怖で更に泣き声と涙が増して行った。

 

 音を聴けば否応なしに知覚出来る筈の『色』が、音羽の視界から跡形も無く消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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