今作の三次創作短編集が今年も投稿されました! こちらもよろしくお願いいたします!
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https://syosetu.org/novel/336127/
「はーい……あら、恋ちゃん!」
「こんばんは。突然来てしまい、申し訳ございません。音羽くんは……いらっしゃいますか?」
「音羽は居るんだけど……んー……良いわ! とりあえず上がって上がって!」
「はい。お邪魔いたします」
詩穂は一瞬、恋に今の状態の音羽に会わせて良いものか思案していたが、わざわざここまで足を運んでくれた恋をすぐに帰す訳にもいかないし、尚且つ幼馴染の恋であれば、音羽に寄り添ってくれるかもしれない。そう信じた詩穂は彼女を中へ通し、音羽が居る部屋へ案内した。
2階に上がり、詩穂は音羽の自室の前に恋を誘導する。そうしてドアをノックし、彼に来客が来た旨の呼び掛けを行う。
「音羽ー! 恋ちゃん来てくれたわよー! 音羽ー、聞こえてるー?」
大きな声で恋が来てくれていることを伝えるが、やはり音羽からの返答は貰えない。暫く呼び掛けても、一切の反応が無かった。
「うーん……しょうがないわね。恋ちゃん、普通にお部屋入って大丈夫よ」
「えっ……ですが……」
「私はいくら言われても良いから。音羽と、少しお話してもらえないかしら? ……お願い、できる?」
詩穂は恋と目線を合わせ、真剣な表情で彼女に音羽と対話してもらえないか頼む。恋には何か話してくれるかもしれない、立ち直る切っ掛けになってくれるかもしれない。そんな望みを胸に、詩穂は音羽に怒られるのを承知の上で、恋に部屋に入ってもらえるように伝えた。返事の1つさえ返されていない状況で本人の許可も無く部屋に入るのは気が引けると感じていた恋だが、詩穂の表情を見て、彼女は決意を固める。
「……分かりました。音羽くんと、お話させていただきます」
「ありがとう恋ちゃん! 音羽のこと……よろしくね?」
「はいっ……!」
詩穂から音羽を任され、恋は嬉しさと緊張が混ざった声音で返事をする。詩穂は全てを恋に一任し、軽く手を振って階段を降りて行った。自分を信じて、任せてもらえた。音羽の母親である詩穂に、あのようにお願いをされた。せめてその期待には応えられるように在りたい。恋は今一度呼吸を整え、やるべき事を果たす為に覚悟を決める。彼女は音羽の自室のドアを3度ノックしてから、彼に声掛けを行う。
「音羽くん。私です。
念の為、親友の間柄ではあるが彼に丁寧に名乗り、返答を待つ。だが、言葉は何も返って来ない。
「……申し訳ございません。音羽くん、失礼しますね」
恋は一言断りを入れ、恐る恐る音羽の自室のドアを開け、静かに部屋に入る。入室した瞬間、普段音羽の衣服から香る甘く爽やかな匂いを感じた。照明が点けられておらず、時刻がもう夜というのもあって真っ暗な状況の為、周囲を見回しても音羽が何をしているかどうかも分からない。やむを得ないと判断し、恋は照明を点灯させるスイッチを手探りで見つけ出し、それを押した。すぐに照明が点き、音羽の自室全体を明るく照らす。そうして周囲を見渡せるようになった恋は、思わず驚愕の声を漏らした。
床には真っ二つに裂かれた楽譜、くしゃくしゃに丸められたノートのページが大量に散乱しており、更には中身が入っていない空のペットボトルが無数に落ちていた。いつも綺麗に整理整頓が為されている音羽の自室とは思えない程に荒れ果てた現状を目にし、恋は驚きを隠す事が出来なかった。
ふと視線を移した先に、黒い無地の部屋着に身を包み、掛け布団を掛ける事なく背を向けて横たわっている音羽が居た。眠っているのかもしれないが、顔がこちらに向いていない為、意識があるかどうかはまだ判断が出来ない。恋は床に散らばっている楽譜を踏まないように細心の注意を払いながら歩き、音羽が横たわっているベッド付近まで移動する。恋の声が充分届くであろう距離間で、彼女はそっと音羽に話しかける。
「……音羽くん。大丈夫……ですか?」
「……恋ちゃん」
恋の声掛けに、小さく言葉が返ってきた。今にも消え入りそうなか細い声で、音羽は恋の名を呼んだ。彼に意識があると分かった恋は、『Liella!』の現状を聞いてもらおうと、話を続ける。
「かのんさんも、他の方々も。音羽くんを心配しています。今、サポートをしたくないのも重々承知の上です。ですので、部室に来ていただけるだけで大丈夫です。皆さんにお顔を見せていただけませんか?」
「……僕が皆に会う資格なんてないよ」
「そんなことっ……今回の大会で惜しくも負けてしまったのは、音羽くんの責任ではありません。誰も、音羽くんを咎めるつもりは無いのです。ただ、皆さんは……」
「僕のせいだよ」
恋の言葉を遮る形で、音羽は背を向けたまま、一言彼女にそう言った。
「音羽くんっ……」
「皆を勝たせたかった。勝って、結ヶ丘が1番なんだって証明したかったのに……僕のせいで負けた。生徒の皆からも期待されてたのに……その期待を裏切った。何も……出来なかった」
「それは違います! 音羽くんは皆さんの為に……とても頑張っていたではないですか! 期待を裏切っただなんて……そんなことっ……」
「僕がだめなんだ。僕が弱いから、負けたんだ」
「音羽くん……違うんです。音羽くんは……」
「一体何が違うっていうのっ!?」
「っ!?」
寝そべりながらボソボソと恋に言葉を発していた音羽であったが、恋の励ましに苛立ちを覚え、勢いよく起き上がって彼女の方を向いた。まともに食事を摂っていない為、頬がこけ、目元には隈が見受けられている。恋はあまりの音羽の剣幕に思わず一歩後退り、言葉を失う。ふらふらと立ち上がった彼の目から、とめどなく涙が流れていた。
「僕は弱い……皆と一緒に居て、強くなった気になってただけなんだ。僕は……皆みたいに強くないから……だから……少しでも自分に出来ることをしてたのに……僕は皆が望むもの、ちっともあげられないっ……!」
「音羽くん……」
涙を伝わせながら言葉を続ける音羽に、恋は一言、彼の名を呼ぶ。遠くでやや大きめの物音が鳴り、恋は一瞬音がした方へ顔を向けるが、そんな事もお構いなしに、音羽は言葉を続ける。
「僕はもう……皆の役に立てないっ……! 色が……色が見えないんだ……いくら音を聴いても……見えてこないんだっ……!」
「えっ……?」
音羽が口にした異変に、思わず恋は耳を疑う。普段から聴こえた音を色で表現していた彼が、今は色が見えないのだと叫ぶ。今までのように上手く音を捉えられない自分が、誰かの役に立てる筈が無い。役に立てなければ、自身の存在など無意味で無価値なのだと、夢の中の『声』……自分自身が言っていたことが本当なのだと自覚した彼は、自棄に陥りながら恋に向かって言葉を発する。
「もう……だめだ……僕じゃだめなんだっ……皆が望むこと……何1つだって叶えられない! 部に居続ける為に色々やっても……結局何も出来なかったっ……僕はもう……皆と一緒には居られない……全部、全部っ……あの場所に縋る為の言い訳だったんだよぉっ……!」
音羽の精神は、とうに限界を迎えていた。皆の役に立ちたかった筈なのに、勝たせられなかった自分がひどく恨めしく、憎い。挙句の果てに自身の特殊な才まで失い、まともに作業する事さえも出来なくなってしまった。そんな自分に、価値など微塵も無いと音羽は涙を散らしながら大声で恋にそう告げる。役に立てない自分などスクールアイドル部に居る価値が無い。自身が皆にとって有用である事を証明出来なければ、皆と関わる資格など無い。音羽は、今まで行動してきたその全てが、スクールアイドル部に所属し続ける為の言い訳だったのだと気が付いた。そんなつもりは無くとも、振り返ってみるとそうであったと認めざるを得なかった。恋が自分に会いに来てくれる価値さえも無いと、彼はそう思っていた。もう、今すぐにでも消えてしまいたい。心から願ってしまうくらいに、自責の念が音羽を縛る。
「もう、やだよ……苦しいよ……あの時みたいに、何も出来ない……こんな自分が……憎くて憎くてしょうがないんだ……僕には何も変えられないっ! 僕は……何も出来な……」
音羽の身体に、暖かな感触が走る。自責の念に苛まれ、過去を、自己までも否定し続ける彼を、恋が優しく抱擁していた。彼女の突然の行動に、音羽は目を白黒させながら言葉を止める。
「音羽くんは……私達を何度も助けてくれました……
そう言いながら、恋もまた瞳から涙を流していた。密着している状態の為、音羽から彼女の表情は見えない。しかし、恋の声音と、小刻みに震えている腕で、彼女が泣いている事をすぐに認識出来た。
「亡き母の想いを知れたのも……『Liella!』という名前が生まれたのも……ラブライブの地区予選を突破出来たのも……全て、音羽くんが居たからなのですよ……?」
「僕、が……?」
嘗て、恋がスクールアイドルの存在に懐疑的な気持ちを抱いていた頃、音羽はそのスクールアイドルのサポーターとして奔走していた。音羽を語るあの時のかのんの表情は、とても優しかった。きっと、音羽は皆から信頼されているのだと肌で感じた。恋自身もスクールアイドルとして活動を始めて、自身の予想が違わぬ事を知った。音羽は皆を信じ、皆に信じられながら活動しているのだと分かった。音羽が居たから成し得たことは、あまりに数え切れない。音羽が居なければ、もしかしたらラブライブ地区予選突破さえ叶わなかったかもしれない。東京大会で初出場ながら2位という好成績を残せたのは、音羽が側に居てくれたからだと恋や皆はそう確信している。そんな音羽が、『何も出来ない』筈など無い。
「全部……全部っ……音羽くんから貰ったのです……今までの音羽くんを……否定しないでくださいっ……」
「恋、ちゃん……」
音羽を抱き締めながら、恋は嗚咽を漏らし始める。自分達を幾度となく救い、励まし、成果を上げてきた彼が自分を責め、卑下する姿を目にしたくないと、恋は強く思う。他の誰も、音羽が何も出来ない人間なのだと思っている訳が無い。
「けど僕は……皆を勝たせられなかった……それなのに……皆と合わせる顔がないよ……本当は、恋ちゃんにだって……」
「音羽くん……そんなことっ……」
「「「わぁっ!」」」
恋が言葉を紡ごうとしたその瞬間、音羽の部屋のドアが開くと同時に、2人を除く『Liella!』のメンバー4名全員が彼の部屋に雪崩れ込む。すみれが
「ったぁ……もうっ! 押すんじゃないわよ可可!」
「アナタが前ノメリにナッタからデス! ククのせいデハありマセン! まったくコノグソクムシハ……」
「グソクムシって呼ぶなぁっ!」
「いたた……頃合いを見て部屋に入ろうと思ったけど、バレちゃったね……」
すみれと可可は言い争いを始め、
「皆さん……!?」
「皆……どう、して……?」
「ごめん。おとちゃん、恋ちゃん。……来ちゃった」
かのんは苦笑を溢した後、2人に対して静かな口調でそのように言った。音羽もまた目を見開き、恋だけでなくかのん達までもが自室を訪れた事に動揺を示している。
「ごめん、恋ちゃん。恋ちゃん1人で心配だから来た訳じゃないんだ。あの後にもう1度話し合って、私達もおとくんのお家に行こうって話になったの。この入り方はちょっぴり想定外だったけど……まぁ、結果オーライ?」
「千砂都さん……皆さんも、来てくださったのですね」
初めは恋1人だけ音羽の自宅に行き、音羽と話をしてもらうというのが皆の意向であったが、恋が一同と別れた後に4人で改めてそのことについて話をした。音羽の為を思い、敢えて幼馴染である恋のみが彼と話をする作戦にしたは良いものの、皆の音羽に会いたい、話がしたいという気持ちは一致していた。それならばいっそ、恋に続く形で自分達も音羽の家へ向かい、タイミングを見て彼の部屋に入らせてもらう予定であった。こうする事により、音羽や恋から怒りや顰蹙を買うのを覚悟した上で、皆はここにやって来た。可可はゆっくりと立ち上がり、改めて事情を説明する。
「ミンナ、音羽のコトが心配で……トクにすみれが何度も心配ダト……」
「そんな何回も言った覚えないわよ……心配してないって言えば嘘になるけど。というか、ひどい散らかりようね……そこら中に楽譜が落ちてるし……」
恋と同じく、すみれも音羽の部屋の荒れ具合に気が付き、近くに落ちていた楽譜を手に取る。途中まで音符が記入されているものの、そこから先がぐちゃぐちゃに塗り潰され、破られたものだった。それを見てすみれは一瞬、悲痛の表情を浮かべるものの、すぐに平静を装い、立ち上がって音羽の方を向いた。
「……すみれちゃん」
「しばらく見ないうちに、随分負け犬根性が染み付いちゃったみたいね、あんた」
「どこまで……聞いてたの?」
「ほぼ全部よ。負けたのは自分のせいだとか、何も出来ないとか、私達が望むものをあげられないだとかなんとか言ってたわよね?」
「……うん」
すみれの問いに対し、音羽は正直にそれらの言葉を発した事を認める。いくら取り繕おうと、それが事実なのだから。すみれは握った拳を震わせながら無言で俯いた。数秒の後、彼女は音羽に一歩近付いて言葉を放つ。
「……ほんとはあんたの為を思って私からは何も言わないつもりだったけど……あんたのその顔見て腹立ってきたから、言わせてもらうわ」
「ちょっと、すみれちゃん……」
すみれの『腹が立ってきた』という発言に危機感を覚え、かのんが彼女を制止しようとするも、それに構わずすみれは音羽に正直な気持ちをぶつける為に口を動かす。
「そうよ。今回のラブライブ東京大会に負けたのはあんたのせい。『自分のせいじゃない』って言われたかったのかもしれないけど、私がそうやってあんたを慰めてあげるとでも思った? だとしたら、能天気も良いところよ!」
「すみれさんっ!! 何をっ……!」
「……そうだね。僕のせいだ……」
「でもっ! 負けたのはあんただけのせいじゃない。……
「っ……!」
負けたのは音羽のせいなのだと、すみれははっきりとそう言った。容赦無く放たれた彼女の横暴な言葉を聞き、恋がそれ以上言わせない為にすみれを止めようとするも、間髪入れずにその続きを言語化する。今回の東京大会で敗北したのは音羽だけのせいではなく、自分達のせいでもあるのだと。
「あんただけでラブライブに出場してるつもり? 違うでしょ!? 負けたのはここに居る全員のせいに決まってるじゃない! あんた1人で、勝手に全部背負いこんでんじゃないわよ。似合わないのよ! あんたにそういうのは……ちっとも似合ってないのよっ!!」
音羽の表情や、先の言葉を受けて抱いた感情が堪え切れなくなり、すみれは涙を流しながら音羽に怒鳴る。自分1人で結ヶ丘を、『Liella!』を背負った気になって、挙句の果てに敗北した事の全てを自分の責任なのだと言い張る音羽の態度に、すみれは憤りを露わにする。普段の音羽を思えばあまりに似つかわしくない、分不相応な考えや態度を持つ彼を、すみれはこの場ではっきりと否定したかったのである。
「すみれ、ちゃん……」
「すみれちゃんの言う通りだよ。負けちゃったのは、おとくんだけのせいじゃない。私達がおとくんに、色々大きなものを背負わせちゃってた。気付いてあげられなくて……ごめんね」
「違う……違うよっ……僕は……皆の、役に立つ為に必死で……でも、だめでっ……なのに、どうして僕を責めないの……? 責めてくれれば……僕は……僕はぁっ……」
音羽は先程よりも一層涙を伝わせて千砂都に問う。何故、自分を責めないのかと。いっそ口汚く責めてくれた方が、それを罰として受け入れられるからと、彼はそう思っていた。しかし、千砂都はすぐに首を横に振る。
「私も含めて、皆おとくんを責めるつもりなんかないよ。私達は全力を出し切った。おとくんも全力で曲とステージを作ってくれた。でも負けちゃった。ただそれだけだよ。おとくんを責める理由なんて、どこにもない」
「千砂都ちゃん……」
「おとくんさ、自分のこと『弱い』って言ってたけど……私はそうは思わない。むしろ、ずっと前から強い子だなって思ってたよ」
「どう、して……」
「いつも明るくて、前向きで、私が教えたことちゃんとできてるし。同好会に入ったばかりの頃は、たしかに辛くなっちゃうことも何度か言ったし、落ち込むこともあっただろうけど……それでも、おとくんは逃げなかった」
「……!」
千砂都はずっと、音羽を強い人間だと思っていた。嘘でもお世辞でもなく、心の底から東音羽という人間を尊敬していた。
「自分の役目を理解して、その役目を果たす為にずっと……ずっとずーっと、努力してきた。苦しいことがあっても真っ直ぐに向き合って、何度も壁を超えてきた。おとくんはね、もうとっくに『強さ』を持ってるんだよ」
「強さ……」
「正直……おとくんの物事を見抜く力や、思いやりとか、活動に向き合う姿勢は……私よりもずっと上だよ。私もそこら辺はけっこう自信ある方だったけど、おとくんには負けるかな。いつの間にか、追い越されちゃった」
「そ、そんなこと……」
「あるよ。ちぃちゃん、いつもおとちゃんのこと褒めてたもん。おとちゃんが頑張ってるから、自分も頑張るんだって。誰がなんて言おうと、おとちゃんは強いよ」
かのんは普段の千砂都のことを音羽に話す。皆のサポート活動をするにあたり、千砂都は音羽にとって師匠のような存在で、スクールアイドルを支える為のノウハウを彼に叩き込んだ張本人である。その千砂都が、音羽に追い越されたと、嬉しそうにかのんに語っていた。音羽が居るから安心して練習に専念出来るのだと、いつも音羽を褒めていた。音羽の周囲に対する気遣いや思いやり、スクールアイドル部の活動への向き合い方は、自分よりも上なのだとはっきり口にしていた。千砂都は、ずっと前から音羽を認めており、仲間として切磋琢磨し合えるのだと確信していたのだ。
「でも……僕にはもう、色が見えないから……前みたいには出来ない……だから……」
「スクールアイドル部には居られない、って言いたいの?」
「そう……だね……そんな資格、僕にはもう……」
「うーん……」
千砂都は音羽の返答を受け、腕を組みながら数秒考えた後、彼の言葉に返答する。
「強いて言うなら、他人想い過ぎて……自分のことを大切にできないのが、おとくんの弱いところかなぁ」
「え……?」
「部員とかサポーターよりも前に、私達は友達でしょ? 何かが出来ない、役に立てないからって、一緒に居られない理由にはならないよ。それに、何かが欠けてるから一緒に居ないなんて……そんな薄っぺらな関係、私は絶対嫌かな!」
「でも……それじゃ皆にとってメリットが……」
「だから、それをやめなさいって言ってんの。メリットだとか、損得で考えないでちょうだい。友達とか仲間ってそういうのじゃないでしょ? 皆、あんたと一緒に居たいって思うから友達やってんのよ。マブダチの私が言うんだから、間違いないわ」
「ククだって音羽の好朋友デス! クク達はナニがアッテモ音羽と一緒に居マス! 音羽は大切な仲間なのデスから! ゼッタイに見捨てマセン!!」
「すみれちゃん、くぅちゃん……」
「音羽くんに、とても辛い思いをさせてしまっていましたね……出来なければいけない、役に立てなければいけないと、強迫観念を生んでしまう程に……本当に、申し訳ございません。私達は、そのようなことは断じて思っていません。音羽くんと共に、スクールアイドル部で活動を続けたい。それだけなのです。何かが出来る、出来ないではないのです。音羽くんは、音羽くんなのですから」
3人の言葉を聞き、音羽の心が揺らぎ始める。自分では力不足だと感じ、スクールアイドル部に居る資格など無いと思い、距離を置こうとしていたのに。本当は会いたくなんて無かったのに。皆に合わせられる顔が無いのに。音羽の気持ちと相反するように、一同は音羽との繋がりを求める。何故かと問われれば、それは音羽と自分達が『友達だから』という理由に他ならない。
「勝たせられなかったとか、前まで出来たことが出来なくなったとか、そんな理由で……おとくんを見捨てられる訳ないよ。何があっても、私達は絶対におとくんを見捨てない。おとくんと一緒じゃなきゃ……寂しいよ?」
「私は……皆で勝ちたい。その為に、おとちゃんも側に居てほしい……おとちゃんが居なきゃ……始まらないよ」
「かのん、ちゃんっ……でも……僕のせいで、負けてっ……僕じゃだめで……だけどっ……僕じゃなきゃ……僕がやらなきゃ、いけなくて……もう……どうすれば良いか……わからないよっ……!」
音羽は涙と共に途切れ途切れに言葉を溢す。皆を勝たせられなかった自分では皆を十全にサポート出来ない。こんな自分では駄目だ。そう思うと同時に、皆のことを1番に思い、他の誰よりも上手にサポートが出来る自負も有った。自分では、自分じゃなきゃ。僕じゃなきゃ、僕じゃ駄目だ。2つの相反する感情がせめぎ合う。かのんは、机上に置かれていた音羽の星結びを手に取り、彼に近付いた。
「私は、『Liella!』のサポーターはおとちゃんじゃなきゃって……そう思ってるよ」
「かのん、ちゃん……?」
「おとちゃんが居たから、たくさんの人や想いが結ばれた。おとちゃんが居たから……私達はここまで頑張ってこれた。代わりなんて居ない。ラブライブで優勝する為に……おとちゃんの力が必要なの! 私は……おとちゃんが良いっ! おとちゃんが居なきゃ……『Liella!』じゃないよっ!!」
「……!」
かのんは、音羽に対して堂々と言い放った。音羽が居ない『Liella!』は、『Liella!』ではないと。これまでの全ては、音羽の尽力もあってこそのもので、決して無意味では無い。音羽はスクールアイドル部で何も出来なかった訳では無い。かのんに沢山のことを気付かせてくれて、数え切れない程に勇気を与え、側で彼女を支えてきた。音羽は絶対に『Liella!』に必要な存在だと、皆がそう思うくらいの結果を出しているのだ。そんな彼が、スクールアイドル部と距離を置く理由など何処にも無い。
「1回負けたくらいで……諦めないでほしい。次は絶対に勝てるっ……おとちゃんも一緒なら勝てるよっ! 私達全員で、またラブライブに出よう?」
かのんは音羽の手を取り、彼の手に星結びを優しく乗せる。皆の団結力が深まるように、音羽がかのん達に渡してくれた大切なネックレス。一同にとって大事な御守りを再度握らされた音羽の瞳に、迷いが生じる。
「……だめだよ。僕じゃ……また……」
また、負けてしまうかもしれない。皆が涙を流す結果に終わるかもしれない。良からぬ想像が音羽の脳裏を過る。絶対音感や共感覚を駆使して作り上げた曲も、『Sunny Passion』には及ばなかった。ならば、きっと次も勝てる筈が無い。音羽は、完全に自信を喪失していた。今の彼にとってそれは無理も無いことであるが、それを理解した上で、千砂都は音羽に話し掛ける。
「おとくん。おとくんはさ……このまま負けっぱなしで、
「えっ……?」
「私は、悔しいよ。全国大会まで行けなくて。こんなところで終わっちゃうなんてさ。おとくんは……違うの?」
「僕、は……」
「上手く行かなかったら投げ出して、勝てなかったらそこで諦めて。本当に、このままで良いの? 負けたままで終わって……良いの?」
千砂都は優しい口調で音羽に問い続ける。このまま敗北を喫したままで良いのか。他の誰かから初めて聞かれた、これらの問い。音羽は俯き、星結びを乗せられた右手をぎゅっと強く握る。爪が赤黒く変色しており、握ったことでじわじわと痛みが走る。音羽の握り締めた手が震え始め、目の前に居るかのんが少し驚きながら彼の背中に手を回して介抱しようとする。
「おとちゃんっ……?」
「……しい」
「えっ……?」
「くや……しい……」
「おとくん? ごめん、なんて? もう1回良い?」
千砂都が耳に手を当て、音羽の小さな声で発せられた言葉をもう1度聞く。すると、彼はゆっくりと前を向き、大きく息を吸い込んだ。
「……悔しいよっ!!」
「っ……!」
音羽の口からはっきりと、そのような単語が飛び出した。ぽろぽろと涙を流しながら、音羽は初めて、あの時から思っていた本当の気持ちを言葉にする。
「皆全力でステージに立って……良いパフォーマンスをしたのに……勝てなかった! 勝たせられなかった!! 悔しいじゃん……悔しいに決まってるじゃんっ!! このままじゃ……終われないっ! 終わらせたくなんか……ない! 皆もっとやれるんだって……すごいんだって証明したいっ……! 『Liella!』が最強のスクールアイドルなんだって……言わせたいっ! 僕は……僕はっ……! こんなところで立ち止まりたくなんかないんだっ!!」
涙ながらに、音羽は己の本音を皆に叫ぶ。自分自身が『Liella!』にとって必要か不要か、勝たせられるか否か。それらを度外視した上で言うのならば、彼の気持ちは『悔しい』の一言であった。自分の無力さを恨み、呪うのも敗北した悔しさが起因している。ただ只管に悔しい。それが、音羽の本音だった。もっと自分が優れていたら。もっと本気で作曲をしていれば。たらればの話など無限に湧いて出てくる。故にこそ、敗北したままでは終われないと強くそう思っていた。しかし、自分は『Liella!』に居る資格など無いという気持ちがその思いに覆い被さり、彼の口からその言葉達を封じていたのだ。皆を前にして、音羽はついに言ってしまった。自分で気が付いた頃には、既に遅い。かのん達は、彼の心の底から出た本音を全て聞き入れていたのだから。
「私達よりすごいスクールアイドルが居たとしても?」
「居たとしてもっ……!」
「他のスクールアイドルを負かしてでも?」
千砂都は音羽にまた質問を投げ掛ける。『Liella!』が勝ち進むということは、否応なしに勝ち負けを意識せざるを得ない。彼女は、音羽の本当の欲望をここで表に出したい。その願いを以て彼と向き合う。暫くの間があった後、音羽は口を開く。
「負けさせたとしても……スクールアイドルから夢を奪ったとしてもっ……それでも……『Liella!』が1番で在りたい。……勝ちたい。僕は……『Sunny Passion』さんに勝って、追い付きたい。僕は……勝ちたいっ! 勝ちたいよぉっ……!」
『勝ちたい』。音羽からも、勝利を目指す意志を聞けた。であれば、そうする為にまず成すべき事がある。
「じゃあ、おとくんも『Liella!』に居ないと! また、ここから始めようよ。出来なくなっても、またやり直せば良い。皆と一緒なら大丈夫! おとくんと私達なら、出来ないことなんてないよ!」
「千砂都、ちゃんっ……」
「音羽くんが私達を、『Liella!』を大切に思ってくれているように、私達も音羽くんを大切に思っています。これからもずっと、それは変わりません。私達と一緒に、次こそは奇跡を起こしましょう!」
音羽が皆のことも、『Liella!』のことも大切に思っているのが分かるのは、言葉だけではない。音羽の自室に架けられていた結ヶ丘の制服も、地区予選の際に可可に作ってもらった専用の衣装も皺1つ無く、入念に手入れが施されていた。音羽の行動全てに、自分達を大切だと思わせてくれる要素があるからこそ、彼のことを信じられる。音羽が皆を信じているように、皆も音羽を信じている。単純だが、相互に作用し合うその関係は間違いなく強固で、簡単には解けない。自分達には、音羽が必要。それが皆が出していた結論であり、勝利の為に側に居てほしい仲間。それが、東音羽という存在である。
「資格とかメリットとか、そんなのどうでも良いわ。私達のサポーターなら、最後まで責任取ってサポーターでいなさいよっ! 中途半端なところで終わらせるなんて……許さないから!」
「クク達がいマス。音羽はヒトリじゃナイデス。ミンナで頑張りマショウ! クク達と一緒に、ラブライブで優勝スルのデス!!」
すみれと可可も、音羽を叱咤激励する。サポーターとしての責任を果たしてもらう為に部に残ってもらいたいすみれと、一緒に大会を勝ち抜く為に側に居てほしい可可。理由は違えど、2人共音羽と一緒にスクールアイドル活動がしたい気持ちは本物である。
「私達をサポートしてくれる人が、おとちゃんで良かった! おとちゃんをスクールアイドル部に誘ったこと……1度も後悔してないよ。だから……一緒に居て。私の側に居てよっ! おとちゃん!」
「……!」
『あの日僕の手を引いてくれた人が……かのんちゃんで良かった!』
以前、音羽はかのんにそのように伝えた。それと同じように、かのんも音羽に自身の本音を伝えた。音羽がサポーターになってから、スクールアイドル活動がより一層楽しくなった。活動を通じて、音羽との仲も深めることが出来た。音羽と関わりを持った事、音羽と共に活動を行った事を、後悔するなど有り得ない。自分の側に居てほしい。それら全て、かのんの本心であった。彼女にそう言われ、音羽の堪えていた感情が一気に溢れ出し、それが流れる涙に変わって行く。
「う……うぅぅぅっ……うぁぁぁぁっ……」
堰を切ったように、とめどなく涙が溢れる。やるせなさ、悔しさ、申し訳なさ、そして嬉しさ。幾重にも重なった複雑な感情を胸に、音羽はただ涙した。数日経ってようやく、彼は初めて皆に弱さを見せることが出来た。無力感と罪悪感に駆られ、己の存在意義まで見失いかけた末に自暴自棄にまで陥っていた悲惨な有様であった音羽だったが、かのん達が彼を肯定し、受け入れた。皆が音羽の部屋に来たことにより、音羽は己が無価値ではなかったと知れた。自分を大切に想う者達が確かに居るということも。音羽が泣いている姿を見て、かのんもまた、目元に涙を浮かべる。可可達も、辛そうに目を細めていた。思えば、音羽があんなにも取り乱し、泣いているのを見たのは初めてだった。子供のように声を上げて泣きながら、音羽は強く、強く強く心に刻み込む。
『自分はもう、独りではない』のだと。
自分が今までしてきた事を、間違いじゃないと証明してくれる人達が、ここに居るのだと。
かのんの優しい温もりに包まれながら、音羽はただ泣いた。昨日までは何も見えなかった夜だったが、今日は、今日だけは違った。
依然として色は見えないが、それでも。音羽は目には見えない……確かな想いを見る事が出来たのだった。