星達のオーケストラ   作: 龍也/星河琉

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#3 それぞれの夜、憧れと現実と。

 

 結ヶ丘高校に迷い込んできた少女、桜小路(さくらこうじ)きな子を家まで送り届けたその夜。かのん達6人はグループチャットでビデオ通話を開き、皆で会話を楽しんでいた。かのんは自室のミニテーブルにパソコンを置いており、パソコンの画面に映し出されている一同の顔を見ながら話す。通話を開いて暫く経った後、(れん)が話題を変えてかのんと音羽(おとは)に先程の件を問い掛ける。

 

『かのんさん、音羽くん。先程部室に来てくださった方は、自宅まで無事に送れたのですか?』

 

「うん! すぐ近くだったから!」

 

『予想以上に近かったよね、きなちゃんのお家!』

 

「ねっ! すぐわかって良かったよね!」

 

 音羽はかのんに言葉を返し、彼女も頷きながら同意する。きな子の家に到着した際には彼女から何度も頭を下げられ、謝意もたくさん述べられる状況であった。このままでは埒が開かなかった為、『明日以降も会う機会があれば、その時はまたよろしく』という旨を音羽が伝えてやっと、きな子と2人は別れることとなった。

 

 先程は音羽の発言でひどく機嫌を損ねていたかのんであったが、彼自身に悪気は一切なかったのもあり、きな子を送った後にかのんの家に戻り、2人でまったりとお茶を飲みながら会話を広げていくうちにかのんの機嫌はすっかり直り、今では音羽と普通通りに話が出来ていた。一瞬とはいえ腹が立ったその事柄を誰かに話そうとも考えたが、話したところで揶揄われるのが目に見えており、怒りの感情を持ってしまったのは自分のせいだと考えている為に言わないことにしたので、先程の出来事はあの場に居た音羽ときな子含む3人の中だけに留まることとなった。恋は2人が何事もなく家まで送り届けられた事に安堵すると同時に、音羽が口に出した名前に疑問を覚え、思わずその名を復唱する。

 

()()()()()……?』

 

『あぁ、皆は名前聞けてなかったもんね……あの人、桜小路きな子ちゃんっていうの! 北海道から東京に来たんだって!』

 

『北海道……! そんな遠い地域から、結ヶ丘に……!』

 

 部室に迷い込んだ彼女の名を知ると共に、北海道から東京に来たと知った恋は驚きを露わにする。東京出身ではないことは薄々分かってはいたものの、まさかきな子が北海道から結ヶ丘高校に入学を希望していたとは思っておらず、遠方の地域にも結ヶ丘の名前が届いていた事を喜んだ。

 

『モシカシテ……ステージに立つ6人目の『Liella!』の誕生デスか!?』

 

「あははっ。気が早いよ可可(クゥクゥ)ちゃん」

 

『同感ね。あの子……スクールアイドルに興味ないどころか、存在すら知らなかったみたいだし』

 

 可可がきな子がステージに上がる6人目の『Liella!』のメンバーになるのかと期待を込めた声音でそう聞くと、かのんはまだそうなった訳ではないことを伝え、すみれも彼女の言葉に便乗する。先程のきな子は『スクールアイドル』という単語さえ耳にしたことがないような様子で、入部希望という訳ではないのだと強く訴えていたことから、現状はきな子がスクールアイドル部に入部する可能性は低いと考えるべきであり、『Liella!』の一員となってくれると思うには些か時期尚早だ。だが、かのんは今日初めて後輩と呼べる人物に出会えた今日の出来事をしみじみと振り返り、自身の胸中にある思いを語る。

 

「でも、ちょっと不思議な感じ。私、この6人で『ラブライブ!』優勝を目指すのかと思ってたから……」

 

(わたくし)もです。大会が終わった直後は、この6人で今度は勝ちたい、って……』

 

『ラブライブ!』東京大会にて2位という結果に終わり、皆で悔しさを噛み締めたあの時は、サポーターの音羽も含んだ6人で来年度の『ラブライブ!』で勝利を掴むことを誓い合った。その当時は自分達のグループに新しいメンバーが入るという想像は一切しておらず、現状の人数でまた『ラブライブ!』に出場すると思い込んでいたのが正直なところであった。6人で優勝を目指すつもりだったと言うかのんと恋に対し、千砂都(ちさと)はある問いを2人に投げ掛ける。

 

『じゃあ、2人は入ってきてほしくないの? 1年生』

 

『いえっ……そういう訳ではないのです。むしろ……1年生が入ってくださることで『Liella!』に新しい風が吹くのではないかと、私は思います』

 

「私、きな子ちゃんと話してるうちに思ったんだ。新入生と一緒に、頑張りたいって!」

 

 恋もかのんも、新入生が入ってほしくないという訳ではないことを伝える。新入生が加わることで自分達とは違う視点での考えや意見を得られ、グループの更なる発展に繋がると恋は感じていて、かのんもきな子と実際に言葉を交わしていくうちに、もし新入生が『Liella!』に入ってきてくれたら、どれだけ楽しいだろうと想像し、考えただけでも心が躍った。自身はスクールアイドルとしてはまだまだ未熟だからこそ、新入生と共に頑張っていくことが出来るのなら、凄く幸せだとかのんはそう思っている。

 

『ええ。そうやって、ひとつの紐と紐が結ばれて……繋がっていく。それが……母の願いでもあると思いますから』

 

 恋はそう言葉にした後、自室に飾られている写真に視線を移す。幼い頃の自分と、今は亡き母親……葉月(はづき)(はな)が優しく微笑んでいる姿が収められいるその写真を、彼女は柔らかな笑みを浮かべながら見つめる。母が創立した私立結ヶ丘高等学校は、同じ場所で想いが繋がっていてほしいという願いが込められている。人と人が縁という名の紐を生み、それが結ばれて繋がり、更にそこから新たな紐が結ばれて1つになる。花はきっと、糸のように沢山の人達や想いが結ばれていく事を望んだ。その願いを受け継いだ存在が自分達『Liella!』であり、亡き母が遺したこの結ヶ丘を、彼女の夢を決して絶やさせはしないと恋は心に誓っている。『Liella!』が新入生をメンバーとして迎え、そこから新たな縁を結ぶ事が出来たら、母の願いに添うことに繋がる。恋は生徒会長として、『Liella!』の一員として、結ヶ丘が地域に根差し、途切れることなく続いていく学校にする為に引き続き尽力する所存である。恋の言葉を受け、音羽が口を開く。

 

『その願いを叶える為にも、僕達で頑張らなくちゃね。『Liella!』に新しい人や『音』が混ざれば、もっともっと高みを目指せると思うんだ!』

 

『そうですね。きっと、良い方向へと繋がる筈です!』

 

 音羽自身も結ヶ丘の生徒会副会長として、『Liella!』のサポーターとして出来ることを全力ですると決めている。音羽も皆と同様に、新しいメンバーや歌声が混ざれば、自分達も知り得ない、調和を生むことに繋がり、グループがより良くなっていくのではないかと考える。新入生を迎えた後の活動は未知で予想がつかないが、今では先の見えないことでさえも『楽しみ』だと思えるようになったのが、音羽にとって昨年とは大きく違う変化であった。皆の意見を聞いたかのんは頷きつつ、気合いを入れる為に一同へ向けて声を掛ける。

 

「よーし! じゃあ明日から、新しい仲間を見つけられるよう……改めて頑張っていこーっ!」

 

『『『おーっ!』』』

 

 皆は一致団結して各々の部屋で腕を掲げ、明日から入学してくる新入生の中からスクールアイドル部に入部してくれる生徒を見つけられるよう、勧誘等を頑張っていくことを決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 先輩2人が自宅まで送ってくれて、無事に荷物を室内に下ろすことができたその夜。きな子は早速スマホでスクールアイドルについて調べ、それと同時に結ヶ丘高校のスクールアイドル部、『Liella!』に関する動画の視聴も始めた。昨日まではスクールアイドルという存在に疎く、単なる部活動の一環だと思い込んでいた自分が恥ずかしくなる程に、スクールアイドルや『ラブライブ!』の歴史は豊潤で、数々の奇跡と伝説を起こしたのだときな子は知った。自身が通う学校である結ヶ丘のスクールアイドル部のこれまでの活動記録も拝見し、かのんが言っていたようにまだ活動が始まって間もない中、着実に知名度を上げているということも分かった。

 

 そんな彼女は今、スマホに映る『Liella!』のライブ動画に視線が釘付けとなっていた。映っているのは『ラブライブ!』東京大会でのパフォーマンスで、先程自分が言葉を交わした先輩達がステージで歌い、踊っており、彼女達の全てが輝いて見えた。屋上の扉の小窓から練習している姿を覗き込んだ時とはまた違う衝撃がきな子の脳内に走っていた。知識も技術も何もない自分にとって、『Liella!』が奏でる歌声やダンスは『凄い』の一言に尽き、何度も何度も繰り返し東京大会のライブ動画をリピートしていた。同じ動きと曲の筈なのに、目にする度に感嘆の声が漏れてしまう。夜空に5色の虹を掛けるかのような、彼女達の煌めくパフォーマンスにきな子はただただ感動していた。

 

 もう数え切れない程にライブ動画を見たきな子はスマホを消灯し、暫し余韻に浸る。先程自分の目の前に居たあの人達は、こんなに素晴らしいパフォーマンスを作り上げていたのかと思うと、自然と震えが出てしまう。あんなに凄い先輩達に自分は親切にしてもらっていたのかと。

 

 あの時、かのんと音羽は言っていた。『興味があれば部室に来てほしい』、『自分達はいつでも待っている』と。その言葉はきな子にとってとても嬉しいものだった。何だか、こんな自分を必要としてくれているような気がしたから。もし、自分もスクールアイドル部に入れば、あの先輩達のようにキラキラ輝けるだろうか。可愛い衣装を身に纏い、歌って踊る。自分にも、同じことが出来るだろうか。あのライブ動画を見てから、きな子は時折そのようにもしもの自分を夢想した。皆と足並みを揃えてパフォーマンスをする自分。観客から声援を浴びる自分。想像するだけで胸が高鳴るような、幸福な想像であった。

 

 しかし、その夢想は現実に立ち戻った瞬間に跡形もなく消える。元々運動が得意ではなく、歌も上手に歌えない自分がスクールアイドルになる? キラキラと輝く? 笑止千万。そんなこと、絶対に無理に決まっている。叶わない空想だという気持ちが強まる。先輩から部室に来るよう勧誘された程度で何を舞い上がっているんだと、彼女は自分の心にブレーキをかける。たしかにスクールアイドルの人達は凄い。それぞれが生み出すパフォーマンスで人々を魅了し、高校や街の宣伝をしたりする。それ自体は素晴らしいと本気でそう思う。だが、それはきっと、()()()()()がなれるものだ。憧れのままに出来ることではないと、自身を俯瞰して見た際にそう思った。自分にとって遠い存在であることに変わりない。気持ちや憧れの感情だけで出来るものではないことは、知識がなくとも明確に分かることであった。

 

 きな子は(おもむろ)にキャリーバッグに入れていた実家から持ってきた卒業アルバムを取り出し、再度椅子に座ってから机に置く。ページをいくつか捲ると、小学生時代の自分の写真を見つけた。顔は丸く、今より太ましい体型だったあの頃の自分。周囲と比較してどん臭く、『ノロマ』と言われたり、体型を馬鹿にする意図で『モチ女』と揶揄されることが多かった小学生の頃の自分を思い出し、きな子は俯く。成長と共に体型が細くなっていき、現在は標準より痩せ気味といった身体になってはいるものの、それでも他人と比べて運動能力は劣っており、体力もないのは変わらない。そんな自分がたまに嫌になることがあるものの、今すぐにそれらを変える勇気はなかった。それでも、きな子は憧れてしまった。先輩達のような人に、『スクールアイドル』にもし自分がなれたらと、生まれ落ちた感情に、嘘を吐くことなど決してできなかった。

 

「……私が、アイドル……」

 

 幼い頃の写真を見つめながら、きな子は一言そう呟いた。言葉にした後で、また自己否定のループに陥る。自分を変える勇気もない、知識も体力もないような人が、憧れて良い存在ではないと言い聞かせ、きな子は卒業アルバムを閉じた後に椅子から立ち、開けられた窓の側に近付く。東京の空にはまだ星が見えず、無数の雲に覆われていた。四角い窓から見える外の景色を眺め、きな子は1つ溜息を吐いた。

 

 冷たい夜風が、彼女の長髪をそっと揺らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




まだ名もない、この気持ち。




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