終末世界の英雄譚   作:?がらくた

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男女バディもの

あらかじめ言っておきますが、恋愛描写や仲を深める描写が入ると思うので、それが苦手な人は注意してね。


第1話 諦念の英雄

約20年ほど前。

シュプリッター大陸の天空に、突如として黒の城が出現した。

民衆は神々の奇跡と、黒の城をあがめたが、そんな日々も長くは続かなかった。

空から魔物が飛来して、村々や国を襲い回るようになったからである。

国々の勇猛な戦士たちが必死に抵抗するも、魔物の前に、儚い命を散らしていく。

やがて人々は、天に浮かんだ城にひれ伏すようになり、恐怖に怯えながら生活を送るようになった。

それから、10数年。

阿鼻叫喚の地獄になりつつあった地上を救うべく、ルッツ、ブルンネ、クロードヴィッヒ、ジークリット、クヴァストの五人の英雄と女傑が飛行船に乗って、城へと旅立っていく。

―――3年前の話である。

 

 

 

シャーフ村の酒場“鍛冶と喧嘩”にて

 

 

 

メェーメェー、シャーシャー、ヌゥオーヌゥオー。

ひつじの村と称される、シャーフ村の至るところに建った畜舎の家畜たちが、大合唱でやかましく何者かの来訪を告げた。

 

(また誰かきたのか。どうだっていい。全部どうでもいい―――あいつらと会いたい、死に場所が欲しい)

 

そんな動物の鳴き声をよそに、銀髪金眼の青年クロードヴィッヒ・ハインツは酒場で飲んだくれつつ、物思いにふける。

白地の布に天から降り注ぐ雷が刺繡された、中華風の道着。

道着とは対照的な、浅黒い日焼け肌。

壁掛けのろうそくの光を反射して輝きを放つ、黒の指ぬき手袋。

何より特徴的なのは、右頬に刻まれた、とぐろを巻く蛇のような模様。

うずの中心にある蛇の目玉は、獲物を物色するかの如く、ぎょろぎょろと忙しなく動いた。

酒タルのように腹の膨らんだエプロン姿のおばちゃんは、だらしない彼に

 

「飲みすぎじゃないのかい」

 

口を尖らせて注意する。

 

「説教かよ。あんまりうるさいと、客が寄り付かなくなるぞ。酔いたい気分なんだよ。邪魔すんなよ」

 

彼の傍若無人な態度に溜め息をつくと、おばちゃんは呆れ気味に瓶を置く。

 

「明日、あんたに依頼があるんだってさ。だから、これくらいにしておきな」

「ちぇ、しけた店だな」

「なんだい、その言い草は! アンタって子は素直でなくて、口が悪いのは相変わらずだね」

「いててて! やめろよ、ババア」

 

耳を引っ張られ、抵抗するクロードがつい罵ると、彼の頭にげんこつが飛ぶ。

容赦のない頭頂部への一撃に、彼は年甲斐もなく頭をかかえて痛がった。

 

「くぅ〜〜〜っ。しっかりしないとダメだろ」

「口が悪いのは、アンタもだろ。おまけに、すぐ手が出る」

 

悪態をつくと同時に、酒場の扉が開いて鈴の音が鳴り響く。

彼の視線も、自然とそちらに向いた。

 

「ちょっと失礼。かの高名な英雄がこの店に出入りしていると、小耳に挟んだのですが」

「アイツの知り合いかい? 喧嘩ばっかして迷惑してんだ。誰でもいいから、引き取ってくれよ」

「その方はどこに?」

「ああ、いつもカウンターの椅子で飲んでるよ」

「情報提供、感謝します」

 

ごしごしと目をこすると、ぼやけた視界が幾分か鮮明になる。

腰のベルトに短剣を携えた、革鎧に紺色の長袖長ズボンの、色気のいの字もない外見。

外套の隙間から窺える、すらりとした細身の体型。

清廉(せいれん)な顔立ちの、猫を彷彿とさせる菫色のつり目が印象に残る美人。

彼女は酒場にやってくるや否や、聞き込みを始めた。

女性特有の物腰の柔らかさはあるものの、近寄りがたい雰囲気をまとう彼女を、クロードは凝視する。

毎日のように入り浸り、常連客の顔はしっかり記憶している。

装いを変えた程度では、彼の目をごまかせない。

見慣れない顔に、怪訝な表情で身構えると、女は彼の熱視線に気がついたのだろう。

慌てて視線を逸らすも、時すでに遅し。

彼女は、すぐに尋ね人が彼だと気がついた。

 

「頬の模様に、小麦色の肌。もしかしてあなた、英雄のクロードヴィッヒさん?」

「……チッ、うざってぇな。次から次へと……」

 

問いかけられ、途端に酔いが覚めてしまう。

混乱に包まれる世界に生きる人々が渇望しているのは、英雄の存在。

魔王をあと一歩の所まで追いつめた彼の元には、これ以前にも居場所を嗅ぎつけた冒険者が、幾度となくやってきた。

そして仲間に引き入れようとした彼らを、クロードはことごとく返り討ちにした。

寝ても覚めても頭に浮かぶのは、昔の仲間の思い出ばかり。

浴びるように酒を飲み、目覚めたら朝を迎える。

自堕落な生活だけが、心を覆う絶望を忘れさせてくれたのに。

不機嫌なクロードが黙り込むと、つられた女性も沈黙する。

 

(……なんだよ、鬱陶しいな。勧誘なら、とっとと出ていけよ)

 

「この人、毎日この調子なのよ。今まで訪れた人、全員追い返しちゃったの。美人さんも諦めたら?」

 

おばちゃんが制止するも、女は食い下がることなく、彼に話しかける。

 

「失礼しました、先に自己紹介を。私の名前はノーラ・ アウフレヒト。あなたを私の仲間に誘いにきました」

「悪いが下らない英雄ごっこは止めたんだ。他を当たんな。死にたがりの鉄砲玉なんか、どこにでもいるだろうが。そいつらにでも頼め」

「いいえ。あなたでなくては困るんです」

「……何故、俺なんだ」

 

理由も聞かずに追い返すのは気が引けて、クロードがノーラを一瞥すると、喋るよう促す。

 

「あなたはあの天界の城から戻った、唯一の生き残りだと聞き及んでいます。それに冒険者としての実力も申し分ない。ですから、ぜひ“小さな種火”にご協力を……」

「なんだよ、そんなどうでもいいことかよ。失せろ」

「えっ?」

 

途中まで言いかけた彼女に、クロードは突如、罵声を浴びせる。

面食らったノーラは目をしきりに見開くと、口をぽかんと開きっぱなしにする。

 

「……何度も聞き返すんじゃねぇよ。昔の話を蒸し返すな。酒がまずくなるんだ、俺の前から消えろ!!!」

 

デンメルンク王国の第三王子で、彼の親友ルッツ。

ルッツの恋人にして水の精の依り代だった、クロードの初恋相手ブルンネ。

彼がよくからかっていた、堅物の気高い女騎士ジークリット。

魔法雑貨屋の娘のリズベット。

皮肉屋だが、根っこの部分は熱かった傀儡士クヴァスト。

クロードにとってかけがえのない数多の仲間たちが、ノーラの放った唯一の生き残りの一言で、脳裏に蘇る。

この拳で守りたかったものは、ことごとく命を散らした。

生き残ったのは彼を除けば、途中で冒険を離脱したリズベットのみ。

打倒魔王の意思すら継げない自分に、名ばかりの英雄に、いったい何の価値があるというのか。

かつての仲間の中で、最も強かったルッツが敵わない魔王を、自分ごときが倒せるはずもない。

天空城での戦果の報告と、遺族への訪問。

神経をすり減らした彼に追い打ちをかけるかのように届いた、親代わりの師シュテルンの消息が途絶えたとの凶報。

ささくれだった心で、民衆が世界を救えと要求する他力本願な姿を眺めていると、彼を突き動かしていた何かが弾け飛んだ。

全てがどうでもよくなった。

この世界で守りたかったものは、とうにないのだ。

だから、この世界がどうなろうが構わない。

―――亡くなった彼らは、戻ってきやしないのだから。

だが世界を諦めた彼は、彼らに顔向けできない感情との板挟みに苦しむこととなる。

この世界を見捨てる。

それは即ち、彼らの守りたかったものを、彼らの愛したものを見殺しにするのに他ならない。

 

(みんな、ふがいない奴でごめんな……)

 

心の中で安らかに微笑むかつての仲間に詫びると、クロードの瞳に涙が伝う。

託された願い一つ叶えられない人間が生き残って、他の仲間が逝くとは、なんて不条理な世界なのか。

無力感に苛まれるクロードの握り拳は、燃えるような赤色に染まる。

 

「とっとと出ていけよ、テメェ!」

 

怒号を飛ばしたクロードがノーラの足元へ瓶を投げると、先ほどまで陽気だった酒場の空気が張りつめる。

鼻息交じりに踊っているのか、酔ってふらついているのか判別できない動きをしていた客たちは、背筋を伸ばしてその場に立ち尽くす。

 

「ちょっとあんた! 美人さんに八つ当たるんじゃないよ、みっともない!」

「俺とこいつの問題だ。部外者は黙ってろ。とっとと消えろ、迷惑なんだよ!」

 

彼の期待とは裏腹に。どんなに暴言を浴びせても、ノーラは怯むことなく、彼を見据えて睨む。

こうなったら冒険者というのは強情で、自分の意志を押し通すまで、てこでも動かない。

親友のルッツも一度言い出したら、周りの意見など聞かずに突っ走った。

口調こそ丁寧だが、鋭い瞳で無言の圧をかけてくるのは、ジークリットと酷似している。

だが一番似ているのは、物静かで自己主張はさほどしないものの、芯の強かったブルンネだろうか。

ノーラに仲間たちの面影を重ねた彼は大きく口を開く。

深呼吸を繰り返して呼吸を整えると、抜けていた力が全身にみなぎる。

言葉が通じないのならば、圧倒的な実力をもって、心をへし折るしか追い返す方法はない。

目の前に立つノーラを女ではなく、一人の戦士としてクロードが眺めると、渋々いう。

 

「わかった、わかったよ。お前の提案を飲んでやる」

「では、同行していただけるんですね」

 

結論を先走るノーラに、クロードは唇に人差し指を立てて、「ただし」と前置きする。

 

「相手はしてやるさ。もし勝ったら俺の命、お前にくれてやろう。お前が負けたら、二度と俺と関わるな。俺はこの村で、静かに暮らしてぇんだよ」

「ええ、わかりました」

「じょ、嬢ちゃん。やめておけ、ただじゃすまないぜ!」

 

ノーラが承諾すると血相を変えた男たちが、彼女に忠告する。

肩に手を置いて、彼女の肩を何度も揺らした。

 

「こいつにコテンパンにのされた奴ら、片手じゃ収まらないんだぞ?!」

「女子供でも加減しねぇって噂だぞ。悪いことは言わねぇ。やめときな」

「どうする。命だけは保証するが……五体満足で帰れると思うなよ」

 

脅しのつもりはなかった。

たいていの人間は、彼が少しばかり力の片鱗を見せただけで恐れおののき、志半ばで彼の元から去っていく。

今までの戦いは、本気を出すまでもなかった。

 

「戦うことでしか、あなたを納得させられないでしょう?」 

「それでこそ挑戦者。ここで退くような女なら、こっちから願い下げだしな」

 

自信に裏打ちされた実力があるのか、よほどの向こう見ずなのか。

張り切れそうなほどの興奮とは無縁だった、退屈に慣れ切った胸は、弾むように鼓動を刻んだ。

これまで戦ってきた人間とは、何かが違う。

心の昂ぶりが、彼にそう告げる。

 

「いいえ。覚悟の上でやってきてますから」

 

ノーラは進言した男の手首を掴むと、柔らかい微笑みを湛えて、ゆっくり手を引き剥がす。

とっくに覚悟が決まっているらしい。

彼女は女で、故郷で安穏と暮らす選択もあっただろう。

いったい何が、彼女を突き動かすのか。

クロードが目を細めて、ノーラを見据えるも、彼女は何も応えない。

 

「ここでは周囲に被害が及びます。広い場所まで案内していただけますか」

「領地の外の森までついてこい。お前の実力を見せてみろ」

 

静かに火花を散らしあう二人は、互いに相手を一人の戦士と認めると、戦地へと赴いていく……。




16タイプ診断というものがあるのですが



クロード   ESFP

ノーラ    ISTJ



です。

ESFPは典型的な主人公、ISTJは真面目な優等生ヒロインといった感じ。

ちなみにもう一人出す予定のヒロインはENFPで、天真爛漫で無邪気な、妄想癖のある女の子。

乞うご期待!

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