筆者が初めて競馬というものに触れたのは学生時代の頃だ。当時の私は勉学よりも娯楽を謳歌したい、典型的なダメ大学生であり、度々講義をサボっては属していたサークルの部室に入り浸っていた。部室には歴代OBが寄贈(放置)していった漫画や雑誌、テレビゲーム機とそのソフト、雀卓があり、冷蔵庫や電子レンジも完備されていたりと簡素なネットカフェの様相を呈していた。ある日そこへ来てみると、部員が数名、紙切れを握りしめながらテレビに向かって叫んでいる。画面を見ると映し出されているのは競馬中継だった。十数頭の競走馬が、一様に直線を駆ける姿に部員たちは熱狂している。差せ、だの、ユタカ、だの、口々に檄を飛ばしている。彼らのボルテージは高まっていき、叫びが最高潮に達した時、ゴールの瞬間を迎えた。
観戦していたうちの一人がありがとうウオッカ、と絶叫していた。競走馬の名前だろうか。他の部員は手にしていた紙切れを紙吹雪よろしく宙に放ったり、壁を殴ったり、雀卓をひっくり返したりと憤懣を露わにしている。その場に散らばった紙切れは、見てみると馬券だった。彼らは各々、贔屓の馬に賭けていたらしかった。なお、勝利の雄叫びを上げていた部員は数週間後、通学に大型ネイキッドを使用するようになる。聞くところによると一山当てたぶんを軍資金にして購入した(仮にも学生の身分でどれだけの額を賭けてたんだか……)のだという。ウオッカのおかげでバイクを納車した……今思うと何だか因果にも感じる。
私はというと、そんな彼らを目にしても競馬への興味は然程わかなかった。学生になってから色々な娯楽に手を出していたが、賭け事に不向きな性分であると自覚していたし、部員の大半が嗜んでいた麻雀さえも嵌ることはなかったので、彼らの競馬中継に一喜一憂する姿も「そんなに面白いのか?」と冷めた目で見ていた。
時が流れて十数年後。何となく就職した会社の仕事に追われながらも何となく日々を過ごしていたある日、スマホでネットサーフィンをしていると、ある広告が目に留まる。『ウマ娘 プリティーダービー』である。いわゆる美少女擬人化コンテンツ、それも競走馬がモチーフであるという。そのリリースキャラの中には在りし日に私に競馬を知る契機を与えたウオッカもいた。これまた珍妙なものが出てきたな……とリリース当時は思ったのみで、コンテンツを追おうとはしなかった。
だがさらに数年後、私の『ウマ娘』に対する認識は一変する。きっかけはアニメの一期と二期を立て続けに視聴したこと、そしてその内容が競馬の史実を極めて忠実に再現していると知ったことだった。久々にこれは、と思わされるコンテンツに出会ったと今でも思う。『ウマ娘』製作者の、“原作”たる競馬界へのリスペクトや愛情に心を掴まれた私は、『ウマ娘』というコンテンツだけでなく、いつしか原点の競馬史を深く知ろうと動画やネットを見漁るようになっていった。自分が生まれるよりも前の古いレース動画や、有志による二次創作イラスト等は、芳醇なインスピレーションを与えてくれたものだった。
知らず知らずのうちに『ウマ娘』にのめり込んでいった私はいつしか、自分も何かしらそれに係わる創作をしたいと思うようになる。そこで真っ先に思い浮かんだのが今作の主役である『ライスシャワー』だった。ウマ娘に登場する競走馬をおおかた把握した私の中でも、彼女の存在は一際儚く、印象的だった。競走馬として悲劇的な運命を辿ったという点や、それがアニメ二期では完全に描かれなかったということから、ならば自分が書いてやろうと筆を手にしたのが今作の誕生経緯となる。書き始めれば早いもので、約九万字と厚さ薄めの文庫本ほどの文量は約一か月で書き上がった。
さて、ここまでつらつらと書いておいて今更だが、第一に、ウマ娘というコンテンツの二次創作としてこの小説はどうなんだと自分でも疑問に思う。『ウマ娘 プリティーダービー』は擬人化コンテンツとしては異質だ。知っての通り、このコンテンツは昨今のゲーム・アニメ界隈とは切っても切れない関係にある二次創作・同人誌界隈に大きな“制約”を与えている。簡潔に言うと原作にあたる競馬界があらゆる意味でセンシティブであり、そのイメージや品性を損なうような創作発表は控えなくてはならないというものである。
今作はそのイメージや品性に抵触することの無い作品に仕上がっているのかというと、おそらくグレーゾーンだろう。本文を最後まで読んで下さった方で、ライスシャワーという競走馬に関する知識を有するならばお気付きであろうが、冒頭と終盤に登場したある人物や、“原作”にあたる競走馬の直接のイメージに関わる描写などは、その規範から逸脱したものであろう。出過ぎた真似をしたとも思っている。しかしそれを承知の上で、私はそのように執筆し、作品を仕上げた。少なくとも今作に散りばめたそれら『出過ぎた描写』が、原作にあたる競馬界にとって損失を与える事はないような構成となるよう、配慮もしたつもりである。
ウマ娘が『別世界の名前と共に生まれ、その魂を受け継いで走る』という公式が掲げているコンセプトを、独自に解釈したうえで今作の方向性は決まった。ウマ娘・ライスシャワーは元の競走馬・ライスシャワー号の魂を受け継いでいる。ならば元の魂が、彼女に対して望むことは何だろう。私の妄想に過ぎないかもしれないが、それは、あの悲劇を乗り越えてくれる事に他ならないのではないか。そしてその先にある、自分が見られなかった未来を見せて欲しいのではないか――。そんな思いを『祝福を継ぐもの』という表題に込めたつもりである。
最後に、今作を読破して下さった皆様へ深く御礼申し上げます。宜しければ感想、批評等コメント頂ければ幸いです。本当にありがとうございました。