ウマ娘 阿闍梨の鬼   作:被る幸

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阿闍梨の鬼

ハメ転生神(こっち)界隈でもウマ娘が流行ってるから、お前もウマ娘になるんだよ」

 

「OK、チートは?」

 

「下っ端転生神にはそこまでポイントないから、大雑把なものや他転生神も与えそうな有名所は無理。後、その世界のレベルを上回り過ぎるとデメリットあるよ」

 

「重ねてOK、じゃあこれは?」

 

「知名度高い、強すぎ」

 

「じゃあ、少し落としてこれなら?」

 

「ちょっと幼少期の行動に少し制限掛かるけど、大丈夫」

 

「なら、これで」

 

「良し、じゃあ日間ランキング入り(転生神査定アップ)のためにがんば。

それと転生明かしは駄目だから、そういう展開は嫌い。チートがあるのなら孤高は当然、弱さとかは飲み込め」

 

「横暴な」

 

「破ったらチートは剥奪だから気を付けて、では良き転生ライフを」

 

 

というやり取り経て、晴れてウマ娘にチートTS転生した訳です。

尼削ぎの青毛、年齢より上に見られやすく儚げな顔立ち、180㎝近い長身で起伏の乏しいスレンダーな体つきとモブに埋もれないだけの容姿にちょっと気分が良くなりました。

しかし、そんな喜びを打ち砕くかのように、私はあの転生神に騙されていることに気づいたのです。

いや、転生神には騙すつもりは一切なかったのでしょうが、私からすればそう思いたくなるようなものでした。

チートを望んだ代償なのでしょうが、転生神は幼少期の行動に少し制限が掛かるとは言っていましたがその内容というのが

 

『未舗装の山中を千日で四万キロ走る(トレセン学園入学の十三歳までに)』

 

というものなのです。ね、騙された気分になるでしょう?

しかも、これの達成度に応じてチートも段階的に解放されるため、やらないという選択肢は与えられていません。

この条件が提示されたのは三歳の誕生日を迎えた日だったので、後九年でこの目標を達成しなければならなかったのです。

幸い、自宅がすぐ近くに山のあるド田舎だったので修行の場には苦労しませんでしたが、これ下手に都会住みだったら詰んでました。

しかも、一日の最低進行ラインが定まっており、それを下回るとカウントされないという嬉しくない縛りまであって本気で呪詛を吐いたのは一度ではありません。

 

そんなこんなで、時間を見つけては山中を駆け回って、六年で何とか目標を達成し、豪雨にも負けず、台風にも負けず、大雪や極熱にも負けない金剛なる身体を持つことができました。

御蔭で友達のいない寂しい小学生時代を過ごしていますが、もともと限界集落で同世代のいない、全校生徒が両手で足りる分校だったので仕方ありません。

ウマ娘も私だけで、チートによって身体能力も高過ぎて一緒に遊んでも楽しくないとも言われましたし。

子供の純粋な素直さは、残酷なことも平気で言ってしまえるのです。

チート条件は達成しましたが、その後も追加達成度合いによって強化されるとのことだったので、結局幼少期は殆ど山を駆けて終えました。

そのせいで、母親には「私はウマ娘ではなく、もののけ姫を生んだのだ」と言われたこともありましたね。

 

しかし、前入り前日の本当にギリギリになりましたが、追加で四万キロを踏破できたのは大きいです。

胸の奥から凄まじい力が溢れ出してきて、肉体が内側から作り変えられ今でも漲っています。

最初四万キロを達成した時には、今まで感じたこともない言葉にできない不快感で数日寝込む羽目になりましたが、二度目となると慣れたもので少し調子を崩すくらいで済みました。

ウマ娘転生するので恐らく誰かネームドウマ娘と同世代になるのは確定でしょうが、追加成長したチートならばきちんとした戦績を残すことが出来るでしょう。

チートで蹂躙する系の転生ウマ娘もいるらしいですが、そんなことをすると色々イベントが多くなりそうで面倒くさいことを進んでするものだと感心します。

イベント管理は重要ですから、私は適量を守っていきましょう。

特にウマ娘は勝ち負けに物凄い執念を見せることが多いので、本当に細心の注意が必要です。

私も転生当初はそんなウマ娘の気質に引かれかけていましたが、山中行軍が一万キロを超えたあたりからそんなものに縛られている己を見つめなおすことができるようになり、四万キロを達成した時には悟りに一歩踏み入れかけており、心はとても凪いでいました。

明鏡止水の境地って、人間でも本当に到達できるのだと驚きました。

チートが違うので身体が金色に輝かなくて良かったです。そうなったら、トレセン学園に入る前に人生、いやウマ娘生が大きく変わっていたでしょう。

 

そんなこんなを考えていると入学式の生徒会長挨拶も終わっていました。

アニメやアプリ、漫画知識しかない私の記憶には存在しないテンポイントというウマ娘が生徒会長をしており、シンボリルドルフは副会長なのでそれ以前の時空なのでしょう。

ということは、スペシャルウィーク世代やトウカイテイオー世代といった中学生組と出会うことはなさそうですね。

下手をするとオグリキャップ世代より前なのかもしれません。

まあ、ウマ娘世界の活躍時代と年齢の乖離はよくあることであり、学年のわからないウマ娘も多いですし、二次創作界隈では作者都合で複数世代が一学年にまとめられることもあるので、実際どうなのかは出たとこ勝負な感じでしょう。

 

 

「はい、新入生の皆さんは私についてきてくださいね」

 

 

ウマ娘界隈における緑の悪魔とも揶揄されることもある駿川たづなに案内されながら、私達は教室ではなくロッカールームを目指します。

理事長は秋川やよいではなかったので、こんなに前からトレセン学園で働いているということはたづなさん=トキノミノル説は信憑性が増してきましたね。

何故、私達新入生がロッカールームに向かっているかというと、今から模擬レースをするからです。

私以外の新入ウマ娘達は、今すぐにでも走り出したいと言わんばかりに早足になっている子もいました。

何故入学式に模擬レースをするのかというと、トレーナー達の最初のスカウトタイミングを合わせるためとのことでした。

トレセン学園のトレーナー達は中央に在籍するだけあって得意不得意の違いはあれど、総じてウマ娘に対する観察・洞察力は高く、それ故に強いウマ娘や才能あるウマ娘に対する模擬レース前からの勧誘合戦が横行した時期があったそうです。

出会いも運命だと言いますが、入学式翌週に模擬レースを行っていた頃には出場ウマ娘の何割かはチームに所属済みということが多く、その為いち早く有力ウマ娘と接触を図ろうとして問題となり現在の形になったと入学式前のHRで担任から説明がありました。

チーム実績をつける為に強いウマ娘を確保したいという気持ちは仕方ないですが、これでは地方から来て環境変化についていけず調子を崩した子は不利でしょうね。

 

レース内容については芝・ダートのバ場選択はできますが、距離は一律1600mだそうです。

他距離の模擬レースに関しては、これ以降適宜開催されるので自身の脚質にあっていると思うものに自分で申請する必要があります。

このレースでトレーナーからのスカウトを受けるウマ娘も多く、早ければ早いほど有望視されている証ともいわれロッカールームはかなり殺気立っていました。

自分以外のウマ娘が全てライバルなので気持ちを抑えられないのは理解できますが、私としては穏やかにいきたいものですね。

勿論、入学前から親交があり和やかな雰囲気な場所もありますが、前者の方が圧倒的に多くて私の周りもそうでした。

バ体を観察している視線がむず痒いですが、諦めて着替えを始めます。

 

 

「えっ……」「何、あの体!?」「鬼だ、あの体には鬼が宿ってる」

 

 

常人以上の筋力を持ちながら一般的な女性らしい体付きをしているウマ娘の中に、板垣漫画のような筋肉を持つウマ娘がいたらそういう反応になりますよね。

念の為言っておきますが、私の身体はオリバみたいな筋骨隆々ではなく、体格は一般的なウマ娘と同じです。

ただ、山中八万キロ踏破で鍛え上げられ、首から下の筋肉の分かれ目が海溝のように深く刻まれているだけなので、ジャージとかで隠してしまえばわかりません。

制服のスカート丈も少しだけ伸ばして生身のトモが露出しないようにしていますので、ここまで気が付かれなかったのでしょう。

 

 

「おい」

 

 

着替え終わり大事な物をポケットに入れたと同時に背後から声を掛けられました。

私が脱いだ瞬間から背中に今にも食いつかんとする餓狼のような闘志をぶつけられていたので、相手の存在は感知していましたが、この感じ絶対にネームドウマ娘ですね。

 

 

「はい、なんでしょう?」

 

 

振り向いた先にいたのは、シャドーロールの怪物でした。

ここにいるという事は彼女も新入生なのでしょうが、個人的には付き合いやすそうな姉世代の方が良かったなと思ってしまいます。

ナリタブライアンがいるということは、あのタイマン好きな女傑 ヒシアマゾンもいるのでしょう。

これ関わったら絶対に毎回勝負を仕掛けられて、生涯ずっと競い続けることになる未来しか見えませんね。声を掛けられた時点で手遅れな気もしますが。

 

 

「アンタ、名前は?」

 

「アーチャーリヤと申します。貴女は?」

 

 

前世知識で一方的に色々知っていますが、ここは古事記にも書かれているようにしっかりと挨拶をしておきます。

確かナリタブライアンは、自身の圧倒的な強さによって競い合える相手に恵まれず、自身の満たされない闘争心と闘志の灯を消してしまうことの板挟みで苦しんでいたはずです。

しかし、目の前にいる彼女は硬派な雰囲気を漂わせながらも、口元は隠しきれない笑みを浮かべていました。

もしかして、強者としてロックオンされましたかね?

 

 

「ナリタブライアンだ」

 

「ナリタブライアンさんですね。同じ新入生同士、切磋琢磨し合いましょう」

 

 

握手を求めて手を差し出したのですが、ナリタブライアンはそれに応じてくれそうな気配はありません。

 

 

「切磋琢磨か……思ってもない事を無理に言う必要はない」

 

「おやおや、初対面で随分な言われようです」

 

「アンタは自分が負けるなんて一切思っていないし、私達を同じ土俵で見ていない。そうだろう?」

 

 

いやはや、流石はネームドウマ娘と言ったところでしょうね。

まさか、チート転生者特有の考えをこんな入学早々に見透かされるとは思っていませんでした。

折角、冷静沈着で穏やかなキャラクターを演じていこうと思っていたのですが、これではご破算でしょう。

ならば、そういう方向性で進めていくしかありません。

前世のウマ娘二次創作ではNL・GL系が多くて、敵対ライバルルートは少なかったように思えるのでこういったものもいいでしょう。

 

 

「バレていましたか。まあ、新入生で二番目の実力を持つ貴女なら仕方ありませんね」

 

「二番か……一番は自分だとでも?」

 

「はい。はっきり言わせてもらうなら、自分の御しきれず鍛錬も足りていない皆さんに負ける光景を思い描く方が難しいですね。

ナリタブライアンさん、貴女も素晴らしい才能をお持ちですが、それに胡坐をかいて鍛錬を疎かにしてはいつか脚を痛めますよ?ご自愛くださいね」

 

 

丁寧口調で挑発と怪我の心配をすると、ロッカールームの雰囲気が一気に重苦しさを増します。

普通のウマ娘なら吞まれてしまう重圧でしょうが、所詮は個人が出しているものです。全てを吹き飛ばすような台風の山中で味わった、チートもウマ娘の力も嘲笑うかのような畏怖すべき大自然の脅威に比べたら微風にしか思えません。

 

 

「いいだろう。アンタ、いやお前は私が倒す」

 

「できもしない事を言われても困りますね。

それと、あまり強い言葉を使わない方がいいですよ。弱く見えますから」

 

 

本当に堪忍袋の緒が切れる時って、実際に音が聞こえるものなのですね。初めて知りました。

これ以上何かを言うと憤死するウマ娘も出てきかねないので、他のウマ娘の間をすり抜けてロッカールームの出入り口まで移動します。

普通なら容易に通り抜けることのできない隙間でしたが、山の木々をくぐり抜けていくことの方が数段難易度が高いですから問題ありません。

 

 

「では、お先に失礼します」

 

 

ロッカールームを出た瞬間、大きな衝撃音がしたので誰かがロッカーを殴ったのでしょう。

ああ、こんなはずじゃなかったのに。世の中はそういったことが多すぎます。

 

 

 

 

ロッカールームで一幕を経て、ようやく私の出番が来たわけですが、案の定他のウマ娘からは目の敵にされています。

一六頭立てのレースで、私は八枠一六番の一番外側になりました。

ウォーミングアップの様子からしても負ける要素はないので、不利は一切ありません。

 

 

『さあ入学式レース芝も折り返しの第3レース開始の時間が近づいてきました。やはり初々しさを感じられるこのレースを迎えると、新年度が始まったのだなと思いますね』

 

『はい、新たなスターウマ娘誕生の瞬間を見ることができるかもしれないこのレースは、公式レースでなくても解説したいという人間は多いです』

 

『そうですね、私も毎年この実況席に座るのを楽しみにしています。しかし、前走のナリタブライアンはまさにスター誕生の瞬間でしたね』

 

『彼女の才能は本物です。まだまだ荒削りな部分もありますが、シンボリルドルフ以来の三冠ウマ娘となるのではと思わせる素晴らしい走りでした』

 

『ですが、トレセン学園から頂いた資料によると彼女は実技試験2位だそうですよ。1位のウマ娘はこの第3レースに出走するようです』

 

『あの走りで実技1位でないのなら、そのウマ娘には是非とも素晴らしい走りを期待させてもらいたいですね』

 

 

模擬レースだというのに本物のレースみたく実況と解説が付くのは、それほどこの世界ではウマ娘のレースが世間一般に浸透しているのでしょう。

前世感覚でいえば、プロ野球とJリーグの人気を両方合わせたくらいのレベルです。

実技試験以来のゲートの狭さに嫌気がさしそうになりながら、出走の瞬間を待ちます。

 

 

『8枠16番 入学試験実技第1位 アーチャーリヤ』

 

『体操服越しでも解らされる素晴らしいバ体ですね。これは益々期待が持てます』

 

『ゲートイン完了……今スタートされました!』

 

 

スタートは問題なくできたので、スピードを緩めながら最後方につけます。

 

 

『全員出遅れなくいいスタートが切れましたね』

 

『先頭は4番と11番が激しく争っています』

 

『お互い逃げのようですから端をきって自分のペースを作りたいところです』

 

 

新入生レースとしてはかなりのハイペースになっているので、これは終盤垂れてしまうでしょうね。

他のウマ娘の中にもそれを悟っている者もいるようで、躱しやすい位置取りへ移動しようとしている姿が見えます。

 

 

『最後方16番。先頭からかなり離されていますが、どうでしょうか?』

 

『顔色には余裕が浮かんでいます。足をためているようですから、最後の直線での追込が勝負でしょう』

 

『第3コーナーに入り、先頭は11番、そのすぐ後ろに4番、7番と続いています』

 

 

レースはまだ半分くらいですが、先頭争いによるハイペースによって既にペースを崩して苦しそうなウマ娘も見えます。

こんなちゃんとしたレースを経験するのは初めてのウマ娘が多いので、緊張による精神の乱れが走りに出ていました。

それでも負けたくないと必死に走っているのですが、その健気な心を私は今から砕かねばなりません。

最後方で走っていたおかげで、だいたいの力量はわかりました。

なので、そろそろ仕掛けさせてもらいます。

第四コーナーの終わり、ゴールまで600m地点を示すポールを過ぎた瞬間から一気に加速して大外から全員を抜き去ります。

踏み込み過ぎてコースの一部が爆撃を受けたように弾けましたが、態とではないので整備代を請求されることはないでしょう。

 

 

『な、何が起きたのか!爆発音と共にターフや土が舞い上がり、大外から16番が次々抜き去っていきます!』

 

『何という末脚でしょうか!こんなのはG1レースでも見たことはありません!』

 

 

それもそうでしょう。トップクラスのG1ウマ娘達でも最高速度は時速70キロくらいですが、私は時速100キロを超える速度で走れるのですから。

他ウマ娘の無理という言葉すらも置き去りにして、そのまま私はゴールしました。

 

 

『最後方から大外を通って16番が一着でゴール!!これが実技試験1位の実力です!』

 

『直線勝負のウマ娘とは思いましたが、まさかまさかの大外一気でしたね。瞬きしていたら見失っていたでしょう』

 

 

数バ身遅れで次々とゴールしてくる二着以降のウマ娘達は、思った通り絶望に染まっていました。

ナリタブライアンにバレなければもう少し手心を加えていたのですが、そうならなかったので仕方ありません。

観客席で驚愕しているウマ娘やトレーナー、関係者各位に深々と頭を下げてからコースを去ります。

 

 

『二着は9番、三着は7番となりました。そしてたった今、16番アーチャーリヤの上がり3Fのタイムが届きましたが……えっ、これ本当ですか?計測ミスとかじゃなくて?』

 

『どうしましたか?』

 

『本当なんですね……なんと、そのタイム20秒7!これまでの記録を10秒以上縮めた大記録です!』

 

『上がり3Fを20秒台!?長いこと解説をしていましたが、人生でこの瞬間を目撃できたことが1番記憶に残る出来事だったと生涯言い続けられるでしょう。

そして、これは断言してしまって問題ないでしょう。これからは彼女の時代が来ると』

 

『ナリタブライアンに続いて、このような逸材が突然現れる。このレースでしか味わえない醍醐味でした』

 

 

実況と解説が興奮冷めやらぬという感じで色々と語っていますが、やはり高く評価されるのは気持ちいいですね。

この全能感は抗いがたく、チート転生者達が次々とはまってしまう訳です。私も悟りに踏み込んでいなければ呑まれていたでしょう。

置いていたジャージを回収して上だけを羽織り移動します。

自分をアピールするはずだったのに、私に全部持っていかれてしまい悔しさ等から半泣きのウマ娘もいるのでそっとしておくのが情けでしょう。

汗もあまりかいていないので、そのまま観戦しようと観客席に向かうと待ち構えていたトレーナー達に囲まれました。

曰く、共に三冠ウマ娘を目指さないか、貴女の脚なら世界も獲れる、一流のチームにこそ君は相応しい等思い思いの誘い文句を口にしていますが心に響きません。

とりあえず、田舎から出てきて入学したてで色々とよくわからないので考えさせてほしいと伝え、全員の名刺だけを貰って解散してもらいました。

名刺を重ねただけで一センチを超えるなんて、ちょっとびっくりする光景ですね。

 

 

「隣、よろしいでしょうか」

 

「ああ」

 

 

トレーナー包囲網から解放された私は、ロッカールームの時よりも更に強い闘気を漂わせ周囲を寄せ付けないナリタブライアンの隣に敢えて座りました。

ここなら追加でやって来そうなトレーナーも追い払ってくれるでしょう。

隣に腰掛けるとナリタブライアンは、私にとても良い笑顔を浮かべていました。

良い笑顔といっても、楽しげで見ているこっちも暖かくなりそうなものではなく、肉食獣が牙をむくような攻撃的なものでしたが。

 

 

「さて、随分と楽しそうにされていますね?」

 

「楽しそう?……ああ、そうだな。追わなければならない背中が遠いのが、私は堪らなく嬉しいらしい」

 

「負けたことがなさそうなので、彼我の力量差を感じて折れてしまうかと思いましたが杞憂だったようですね」

 

 

嘘です。ナリタブライアンがこの程度の事で折れるはずがないというのは、アプリで育成してきたので分かっています。

 

 

「ああ、私の灯はあの程度では消えはしない。寧ろ熱く燃え盛っている」

 

「気持ちだけで埋まる程、私は弱くはありませんし、手加減もしませんよ」

 

「それでいい……そうでなければ、挑む甲斐がない!」

 

 

ナリタブライアンは拳を強く握りしめていて、血が出そうで心配になりますが私が言うと挑発にしか聞こえないでしょう。

近寄りがたい雰囲気を放っている私達のもとへ、一人のウマ娘が近づいてきました。

 

 

「ブライアン」

 

「……姉貴か」

 

 

ビワハヤヒデ、ナリタブライアンの姉でありこちらも驚異の連対率等で有名なウマ娘です。

頭の大きさを気にしている設定がありましたが、確かに髪の毛のボリューム感が凄くて相対的に大きく見えてしまいます。

あの中に手を入れたら、絡めとられてきっと二度と出てくることができなくなると確信させる凄みがありました。

 

 

「今、楽しいか?」

 

「ああ」

 

「そうか、なら良かった。だが、彼女ばかり追っていたら私が追い抜かしてしまうかもしれないぞ」

 

「それは……楽しみだな」

 

 

一度抜かれてしまった姉が奮起し再び妹を抜き返さんとし、妹もそんな姉の闘志の灯に触発されより獰猛な笑みを浮かべる。

いちゃいちゃするだけではない互いを認め合うが故の姉妹愛を感じますね。大好物です。

 

 

「おっと、自己紹介が遅れた。私はビワハヤヒデ、ブライアンの姉だ」

 

「アーチャーリヤと申します。どうぞ宜しくお願い致します」

 

「ああ、こちらこそ宜しく頼む。早速だが、一つ質問を良いだろうか?」

 

 

そう言って、ビワハヤヒデはポケットからメモ帳を取り出してます。

妹の時とは違い、良い感じのファーストコンタクトをとることができました。

やっぱり、理性的な行動をしてくれる相手の方が付き合いやすいですね。

 

 

「構いません」

 

「ありがとう。では、あの規格外の末脚を発揮する脚力を作るためにどんなトレーニングをしてきたのか、参考までに教えて欲しい」

 

 

ビワハヤヒデの質問が口に出された瞬間、ナリタブライアンを含め周囲の人間、ウマ娘の意識が全てこちらに向いたのがわかりました。

トレセン学園職員達が頑張って私のあけた穴を塞ぎ終え、そろそろ第四レースが始まろうとしています。

なので、そちらに集中すべきではと思いますが、あの走りを見て興味を持つなというのが難しいでしょう。

隠す必要もありませんし、教えても短期間で結果を出せる方法でもないのでチート転生したと思う者はいないはずです。

 

 

「私は限界集落のド田舎生まれなんです。だから、都会(こっち)みたいにレース教室とかトレーニング施設もありませんでした」

 

「ほう」

 

「ウマ娘も私と母だけで、母は地方(ローカル)シリーズで数勝した位の戦績でレース知識も技術もありません。あったのは自然溢れる山々だけでした」

 

「では、どういうトレーニングを?」

 

 

強者特有の引き伸ばし説明もビワハヤヒデは素直に乗ってくれるのでやりやすいですね。

これがナリタブライアンだったら『さっさと答えろ』と空気を読むことなくぶった切っていたでしょう。

 

 

「3歳から昨日こっちに来るまで、未舗装の山道をほぼ毎日駆けていました。累計すると8万キロくらいでしょうね」

 

「8万キロ……だと……」

 

「はい。煉獄のような酷暑だろうが、骨まで凍える大雪だろうが、全てを吹き飛ばす台風だろうが、一寸先も見えぬ闇夜だろうが、時には七日七晩走ることもありました」

 

 

理論もへったくれもない根性論・精神論丸出しのトレーニング方法に周囲がドン引きしていますが、チートの解放条件だったので仕方ありません。

最新のウマ娘構造機能学に基づいたトレーニングでチートがもらえるなら、私だってそうしたかったです。

 

 

「私にはこれを為せたという自負があります。肉体の限界を超え、精神論も超越した鍛錬の末に辿り着いた境地。

こればかりは、足を踏み入れた者にしか解らないでしょう。ですが、それ故に私は負ける筈がないと胸を張って言えるのです」

 

「……ありがとう。理論だけでは数値化できない超越精神世界か、是非とも今後のトレーニングに活かさせてもらう」

 

「これは単に私が行った鍛錬を伝えただけですので、効果を保証するものではありません。試すにしても細心の注意を払って行ってください。

山を無礼(なめ)ると、あっさり亡くなってしまいますから」

 

「ああ、勿論鵜吞みにはせず私の現状に則したものに調整するつもりだ。心配してくれたことには感謝する」

 

 

胡散臭い通販番組みたいな言い回しになってしまいましたが、これは言っておかないと無茶をするウマ娘や無茶をさせるトレーナーが出てきかねません。

一応、担任や理事長に近しいであろうたづなさんにも伝えておきましょう。

 

 

「姉貴」

 

「どうした、ブライアン」

 

「そのトレーニング、私にも付き合わさせろ。こいつに勝つには、私もその超越世界とやらに足を踏み入れる必要がある」

 

「ああ……ああ!わかった!

これからすぐにトレーニングプランを立ててくる。明日には仮プランを完成させてこよう!」

 

 

アプリだと初期のこの姉妹関係はぎこちなさがあるものでしたが、私という要素が入ることでいい感じに変化したようです。

ナリタブライアンの言葉を聞いてから、ビワハヤヒデの尻尾は嬉しさを隠せずバッサバッサと激しく振られていました。

 

 

「頼んだ、私はそういったのは苦手だからな」

 

「お姉ちゃんに任せろ」

 

「良き哉、良き哉です」

 

 

仲良きことは美しき哉、ですが私の存在が忘れられているようで少し寂しいです。

かと言ってガツガツと関わろうと絡みに行くのも、ライバルルートを進む上ではよろしくありません。

私とナリタブライアンの距離関係は無言の鞘当てをしているくらいが丁度いいのでしょう。

 

 

「そうやって、油断しているといい。すぐにその油断が命取りだと解らせてやる」

 

「油断?何のことでしょう?これは余裕というものですよ」

 

「2人共やめないか。もうすぐレースが始まるぞ」

 

 

ナリタブライアンとの交流を深めているとビワハヤヒデに注意をされました。

これ以上は良くないと判断しレースの方へと視線を向けると、ヒシアマゾンがゲートに入ろうとしているのが見えます。

このレースは十中八九彼女が勝つでしょう。

レースに対する興味は一気になくなりましたが、それでも時々ブロックされて最下位近くになることもありますから一応見ておきます。

それでも手持ち無沙汰なのでポケットの中に手を入れて、常に持ち歩いている物を弄りながらスタートの瞬間を待ちます。

 

 

「おい、何を触っている」

 

「これですか?昔、山で拾った御守り代わりみたいなものです」

 

 

ナリタブライアンに目ざとく見つけられたので、私はポケットの中の物を出して見せました。

山で拾ったと言いましたが、実際は一回目の目標達成時にチートの解放を示す証として転生神より送られてきたものです。

転生について説明することは禁じられているので、そういう風に誤魔化しています。

トレセン学園に申請済なので変な使い方をしない限り没収されることもないでしょう。

 

 

「……鬼の顔が付いた何だこれは?」

 

「折り畳み式の角が音叉になっているんです。かなり古い物みたいですが、澄んだ綺麗な音がするので気に入ってます」

 

「そうか」

 

 

変身音叉 音角ですが、基本的にチートは身体能力のみなので、これは本当に綺麗な音を出す音叉です。

追加四万キロ達成による二段階解放で紅まで使えるようになったので、そちらを使えば少し変化はあるかもしれませんが、ギリギリだったのでまだ試していません。

本当は逢魔時の魔王が良かったのですが、許可されませんでした。

それでも仮面ライダーの身体能力を持っている時点で、この世界ではチート過ぎるでしょう。

 

ということで、戸籍名 響鬼(ひびき) 清音(きよね) ウマ娘名 アーチャーリヤ

これからウマ娘として、この世界で頑張っていきます。

色々不安なこともありますが、きっと大丈夫でしょう。だって、鍛えてますから。

 

 

 

 

 

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