ウマ娘 阿闍梨の鬼   作:被る幸

2 / 3
補習の鬼

はい、仮面ライダー響鬼の身体能力を持つ筋肉ウマ娘のアーチャーリヤです。

入学式と模擬レースから数日、私は順調に孤高(ぼっち)路線を邁進しています。

話しかけられても物腰柔らかに対応していたのですが、あの模擬レースとこの筋肉のせいで新入生ヒエラルキーの頂点を越したバグ枠に位置付けられたらしく、積極的に関わろうとするウマ娘はいません。

強いて言うならば、ナリタブライアンが挨拶と一言二言話すくらいとビワハヤヒデとトレーニングについて相談を受けるくらいですね。

普通のオリ主達であれば、寂しさから同じぼっちのウマ娘と関わるイベントが起こるところですが、転生前からのプロぼっちは慌てません。

他人に干渉されないなら我が道を進み続けて、好きなように生きるまでです。

 

それに私には、目下解決しなければならない大問題に直面しています。

ウマ娘世界なんて鍛え上げてレースに勝っていけばいい、チートと筋肉があるから問題ない。そう思っていた時期が私にもありました。

しかし、ウマ娘世界の勝者にはレースと切っても切り離せないものがあったのです。

そしてそれは、ただ鍛え上げた筋肉だけではどうしようもないものでした。

私の目の前に突如現れた難題、その名を『ウイニングライブ』と言います。

 

 

「アーチャーリヤさん!そんなに勢い良く突き出さない!

貴女の拳は空気砲なのかしら!」

 

 

態とやっている訳ではありません。教えられた動きを真似しているつもりなのですが、身体が発揮する出力が高過ぎるだけなのです。

拳を突き出した風圧だけで、振り付けが描かれた紙があれ程勢いよく吹き飛ぶとは思ってはいませんでした。信じてください、本当なんです。

 

チートがあるから大丈夫だろうと思っていましたが、考えてみれば仮面ライダーは悪と戦う事が本業。

戦いの最中に歌って踊るような事をするはずがありません。

響鬼の能力で太鼓とか楽器の演奏であればなかなかのものなのですが、踊りはさっぱりです。

ウマ娘二次創作界隈でも、レースでなくウイニングライブで躓くウマ娘は私くらいでしょうね。

 

 

「ターンはダブルラリアットになるし、貴女は力をセーブすることを覚えなさい!

レース成績が優秀でもウイニングライブを疎かにする子はデビューできませんよ!」

 

「はい」

 

 

何一つ外れていない指摘に、素直に肯定するしかありません。

ウイニングライブ疎かにしているつもりは一切ないのですが、踊れば呪いを振り撒いていると揶揄された前世のダンススキルは、ウマ娘補正を掛けても焼け石に水でした。

世界中のウマ娘と比較しても、私のダンス能力は最下層確定でしょう。

 

 

「……赤きサイクロン」

 

「違います」

 

 

私のこの引き締まった肉体のどこに、あの巨漢モヒカンプロレスラー要素があるというのでしょうか。極めて遺憾です。

 

 

「今日も補習しますから、ちゃんと来てくださいね。URAからも、早くダンスを改善させるようにって催促されているんですから」

 

「はい」

 

 

それはダンスが踊れるようになったら即デビューで、育成で偶にやる適正G1全参加や悪名高きハルウララ金策みたいな地獄のローテーションを組まれる未来が見える気がするのは、きっと気のせいでしょう。

山中八万キロに比べれば余裕もあり、現在の身体能力であれば不可能ではないとは思いますが、個人的な思いとしてはクラシック三冠はナリタブライアンに取ってもらいたいですね。

勿論、出走することになれば本気で負かすつもりですが、チートで正史を歪めてまで栄光を勝ち取りたい訳ではありません。

ウマ娘特有の勝利欲求も悟りに踏み入れているおかげで、全くないので自分以外の栄光も素直に祝福できます。

 

 

「はい、では次のグループの子は並んでください」

 

 

肉体的にも精神的にも疲れはありませんが、周囲からの視線が痛いです。

ただ単純にダンスがど下手だけなら親近感の湧く弱点で済むのですが、そこに仮面ライダーの身体能力が加わることで無差別に弾幕を張る機関砲扱いになるのです。

普通のウマ娘同士なら微笑ましいステップミスからの接触も、私の場合はキャプ○ン翼のDFのように撥ね飛ばしてしまうでしょう。

そんな相手と一緒に踊りの練習をしたいと思うウマ娘はいるのでしょうか。いや、いません。

ウマ娘は身体が資本なのですから、誰だってそうするでしょうし、私だってそうします。

とりあえず、定位置と化しつつあるナリタブライアンの隣に座ります。

 

 

「お前にも苦手なものがあるんだな」

 

「お恥ずかしながら、自分を鍛えることばかりに夢中で、ウイニングライブの事は授業になるまで忘れていました」

 

「そのまま苦手でいろ。私がデビューする前にURAの都合でデビューさせられては、戦う機会が減る」

 

 

できるなら、ナリタブライアンより早くデビューして、クラシックは争うことなく互いに三冠ウマ娘としてシニアで争いたいですね。

ですが史実通りの活躍時期に当てはめると、一年早くするとBNW世代、もう一年だとブルボンライス世代、更に一年だとテイオー世代とどの時代でも争いたくない相手ばかりです。

唯一誰もウマ娘化されていないのは1989年世代ですが、ウマ娘世界ではそれがいつなのかわかりません。

アニメ一期はスペシャルウィーク達1998年世代が主役でしたが、それ以前に活躍しているはずのトウカイテイオーやメジロマックイーンはデビューしていないのに、ナリタブライアンは三冠ウマ娘として登場していましたし。

ウマ娘のデビュー時期や年齢に関しては複雑怪奇で、本当に訳がわかりません。

 

 

「敗北の回数を減らしたくないのですか?」

 

「確かに敗北は苦く辛い。だが、勝負から逃げる方が私は許せない。

それに……常勝を確信しているお前のその傲慢を最初に打ち砕くのは私だ!」

 

「そうですか。こちら側に来ることができたら、また聞かせてください」

 

「ああ、そう長くは待たせるつもりはない」

 

 

このように私が煽って、ナリタブライアンが闘志の灯を盛らせる。私達の関係はこんなもので良いのです。

そこから会話はなくなりましたが、プロぼっちは無言空間に落とし込まれても自分の世界に入り我関せずとすることで居た堪れない気持ち等を抱くことはありません。

惚けていては講師から注意を受けて補習時間が長引きかねないので、真剣に他のウマ娘を観察しているふりをします。

ダンスの振り付け自体は、ウマ娘補正の御蔭なのかあっさり覚えられました。

私の問題点は、実際に踊る際の体の動きが脳で出力されたものと同じにならない事なのです。

例えばウマ娘の課題曲とも言われる『うまぴょい伝説』の最初、他のウマ娘と手をつないで駆け出す部分では階段を降りることなく一足飛びで停止地点を大幅オーバーしましたし。

拳を突き出せば空気砲、腕を交差させバツをつくれば稲妻十字空裂刃(サンダークロススプリットアタック)に、泣く仕種は逆水平チョップ、軽く跳んだつもりがレッスンルームの天井に衝突して大穴を開ける、軽く挙げただけでこれだけあります。

私にとっては無敗の三冠ウマ娘になるよりも、ウイニングライブを問題なく踊り切る事の方が難易度が高く感じます。

普段は穏やかな笑みを浮かべられているのに、ウイニングライブになった途端オリジナル笑顔に変貌するみたいで、余計に周囲から引かれています。

求む、仮面ライダーでもできるダンス術。スペック重視で響鬼にせず、ダンス要素もあった鎧武にしていれば少しは違ったのかもしれませんが、今更でしょう。

 

しかし、早くこの補習地獄から抜け出さなければ、身体が鈍ってしまいそうです。

仮面ライダーの身体能力を持つせいか、それともチートの為に日々山中を駆け抜けていたせいか、トレセン学園の授業程度では運動量が絶対的に足りません。

決して進んで苦行を続けたいと思うマゾヒストではないのですが、体力の消費が少ないと寝つきが悪くなるのです。

私は眠りを食と同様に万人に与えられた最高の快楽と思っているので、死活問題と言えるでしょう。

トレセン学園のウマ娘は高等部の一部を除いて全員が寮生であり、一般的な中高生に課せられる程度の門限が存在します。

その為、補習が終わって所属チームやトレーナーの決まっていないウマ娘達に解放されている共用グラウンドを走っても、すぐに帰らねばならなくなります。

アニメ2期でライスシャワーがしていたように、外泊届を出して数日山に籠ろうかと思いましたが、寮監のハイセイコーというウマ娘に却下されました。

どうやら、以前田舎から出てきたばかりのウマ娘が初めての都会で無知さに付け込まれトラブルになったことがあるため、地方から来たウマ娘は週末に行われる都会の歩き方講習を受ける必要があるそうなのです。

講習は土曜日の午前中に行われるそうで、それ以降は外出が許可されるとのことですが、新入生の外泊は半年が過ぎないと許可されないとのことでした。

理由等については十分理解できるのですが、だからといって私の行動が制限されることに対して納得できるかと問われれば、それは別問題でしょう。

運動が足りていなければ走りたいと思ってしまうのは、未だにウマ娘の本能を制御しきれていない証拠ですね。

 

 

「ああ……山に行きたいですね……」

 

 

思わず声が漏れてしまう程に、私は体力を持て余しているようです。

自制ができていない証であり、今一度鍛錬で心を引き締めなおさねばいけません。

まあ、その鍛錬ができていないからこうなっているのであって、終わりのない無限ループに巻き込まれた気分です。

 

 

「……今週末、姉貴とトレーニングに使えそうな山の下見に行くんだが、来るか?」

 

 

私の弱音にライバル視しているナリタブライアンも哀れに思ったのか、お誘いが来ました。

この辺りの山事情には明るくないので、渡りに船の魅力的すぎる提案です。

しかし、折角の姉妹イベントに第三者がしゃしゃり出て雰囲気ぶち壊しでは、ウマ娘に蹴り殺されるでしょうから悩ましいですね。

 

 

「よろしいので?」

 

「ああ、姉貴はよく相談しているらしいが、実際にどういう風にしているか見た方が早い。それに……」

 

「それに?」

 

「弱った相手に勝利しても私が満たされない。お前に勝つ時は、全力を出し切らせて、その上で影すら踏ませずに勝利すると決めている」

 

 

何とも大胆不敵な宣戦布告ですが、それなら私も遠慮することはないでしょう。元々、メリットしかない提案でしたし。

紅の力も意識を集中させると身体から鬼火が出てきたため、本格的に試せていないのですが、ナリタブライアンと直接対決する時にはしっかりと使いこなして勝利しましょう。

そう考えると自然と笑みが零れます。いつも意識して浮かべている優しいものではなく、ウマ娘の闘争心が引き出す攻撃的なオリジナル笑顔の方が。

 

 

「そっちの方がいい。私の灯を滾らせてくれる」

 

「あまり煽らないでください。自分の中にある鬼を制しきれていない未熟者なのですから」

 

「まだ強くなるか。いいぞ、それでこそ私の獲物だ」

 

 

ウマ娘の本能とはいえ、流石に闘争本能が強すぎませんか。

競える相手がいなくて餓死しそうなほどに飢えていたので、溜まっていた全てが溢れ出しているのかもしれませんね。

ライバルルート予定ですが、強くなるための共闘路線は許されるでしょうから今回はありがたく参加させてもらいましょう。

鍛錬地については解決しそうなので、後は何とかしてダンス力を鍛えないといけません。

これも地道に頑張るしかないのですが、どこかに一瞬で能力が急上昇する魔法のような方法はないのでしょうか。

 

結論だけ記すなら、ありませんでした。

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 

今日のダンスレッスンも、ずっと注意を受け続けたのにモグラの地中進行速度しか成長していない気がします。

いつも以上に気合が入っていて、今からグラウンドに向かっていては夕食か入浴のどちらかを諦める必要があるでしょう。

折角美人なウマ娘に転生したのですから、身だしなみを疎かにすることできません。

食事抜きは山籠もりで慣れていますが、明日の授業中にお腹が鳴ってしまえば恥ずか死ぬ思いをすることになるでしょう。

となれば、運動を諦めなければなりません。

今夜も眠れない時間を過ごすことになりそうですが、瞑想して紅の力を制御できるようにしましょう。

 

確か響鬼系ライダーは、変身後も気力を維持しておかなければ服が修復されずに裸になってしまったはずです。

本気を出そうとして紅の力を使って勝利しても、その後の結末が素っ裸だと勝利は痴女に上書きされるでしょう。

例え偉業を成し遂げても『でも、痴女なんだよなぁ』や『最強だけど痴女なウマ娘』とチート転生ライフが地獄の辱めに真っ逆さまです。

水着衣装で冬のURAファイナルズを制覇するウマ娘もいるので、ワンチャン許されるかもしれませんが、そうならないように気をつけるに越したことはないでしょう。

それに水着と素っ裸は、たった一枚の布地分ではありますが似て非なるものですし。

 

そんな考え事をしていると、背後からゆっくりと気配を殺して接近してくる存在に気が付いたので、数m跳躍して距離をとり戦闘態勢を整えました。

ダンスでは全く役に立たない仮面ライダーの身体能力ですが、事戦闘に関しては正義の味方に恥じない素晴らしい能力を発揮してくれます。日常生活では全く役立ちませんが。

響鬼の戦闘スタイルもチートの範囲内なのか、無意識的に腰に手を回して音撃棒を取り出そうとしてしまいます。

元ネタでも自作していましたから、今度ホームセンターとかで材料を見繕って作ってみるのもいいかもしれません。

 

 

「背後からとは卑怯ですね。名乗る時間は差し上げます、不審者として処理されるのは不本意でしょう」

 

「ま、待て待て待て、後ろから近寄ったことは謝る!俺は不審者じゃない!

一応、このトレセン学園のトレーナーだ!!」

 

 

振り向いた先に居たのは、アニメでお馴染みの沖野Tでした。アニメより若く見えるのは、一期に入っていないからでしょうか。

ということは、先程の接近は彼の悪い癖であるウマ娘のトモ確認だったのでしょう。

アニメではスペシャルウィークやメジロマックイーンが餌食になっていましたが、成程この隠密性であれば普通のウマ娘では気が付けないはずです。

こちらは前世知識で一方的に知っていますが、初対面なので沖野Tは付けているトレーナーバッジを示しながら弁解していました。

 

 

「確かにトレーナーのようですが……それでも日が沈んだ暗闇の中、気配を殺して背後から忍び寄るのは結局不審者では?」

 

「い、言い返せねぇ」

 

 

ここで変に馴れ馴れしい態度をとっては不審に思われそうなので、常識的な対応をします。

 

 

「悪意や害意は感じられませんでしたので攻撃はしませんでしたが、ウマ娘の蹴りは人を殺め得るものですから気をつけてください」

 

「ああ、大丈夫大丈夫。慣れてるから」

 

「常習犯ですね。通報します」

 

「待ってくれ!今の無し!」

 

 

ポケットからウマ娘用のスマートフォンを取り出すと沖野Tは慌てて取り繕いだしました。

しかし、前世でアニメを見ていた時にも思いましたが、やっぱりいい声していますね。

前世では格好いいイケボの声優さんとしか思わなかったのに、ウマ娘にTS転生して性別が変わったせいかそれが増幅された感じがします。

声優さんの演じるシチュエーション系ボイスドラマCDを買っていた女性オタク達は、こんな気分だったのでしょうか。

念の為否定しておきますが、好みだからといってうまぴょいしたくなるとかではなく、前世で最推しだった声優さんと同じ位置にランクアップしただけです。

 

 

「まあ、いいでしょう。用件を聞きましょう」

 

 

内容はわかっていますし、純粋にウマ娘の走る姿に惚れこんでの性欲と無関係な願いなのでトモを触らせるくらいは許します。

沖野Tであれば、三冠ウマ娘とか伝説越えとかの夢を押し付けてくることなく自主性に任せてくれそうなので、よく知らないトレーナー達より好感度は高いです。

 

 

「あ、ああ……そのだな……何と言っていいか、これはいやらしい意味で言っている訳じゃなくてだな……

もし良ければ……トモを触らせてくれないか?」

 

「いいですよ」

 

「そうだよな、駄目だよ……って、良いのかよ!もっと自分を大切にしろよ!」

 

 

見事なノリツッコミに見えますが、タマモクロスのような関西圏ウマ娘からすればまだまだと言われるかもしれません。

まさか普通にOKされるとは思っていなかったようで、私よりも沖野Tの方が動揺しています。

 

 

「劣情は感じられませんでしたし、鍛錬を重ねたこの身体に恥ずべき部分はありません」

 

 

この身体を恥じることは、元ネタとなった仮面ライダー響鬼を恥じることに繋がりますから。

それは制作に携わった人や視聴しその姿に憧れを抱いた人、それら全ての思いを恥じることになります。

チートとして貰っておいてそんな不義理な行動は、没収案件でしょう。

堂々とした宣言に戸惑っていた沖野Tでしたが、覚悟を決めたようにゆっくりと近づいてきました。

 

 

「お、おう。じゃあ、遠慮なく失礼させてもらうな」

 

「はい、どうぞ」

 

 

そうして、恐る恐るトモに手が触れられます。

自分とは違う手が肌に触れるのは、何とも言えない変な感覚ですね。とりあえず、内腿は性感帯では無いようなので変な声が出なくて良かったです。

 

 

「な、何なんだ、このトモは!ウマ娘であることを差し引いてもあり得ない筋密度としなやかさだ!

恐らく、骨格系も何倍もの強度がありそうだ……成程、これが上がり3F20秒台の鬼の末脚を発揮するトモか!!

坂路で鍛えたものよりも武骨だが、この力強さと頼もしさは説得力がある!!」

 

 

褒められるのは悪い気がしませんが、夜道の真ん中で真正面からウマ娘のトモを撫でながら解説する光景を誰かに見られたらまずいと思うのですが、もう手遅れでした。

怒りで顔を真っ赤にしながら近づいてくる人物を見て、この後の展開が想像できてしまいます。

 

 

「あまり大きな声を出さない方がいいかと……もう、遅いでしょうが」

 

「うん?何か言った……痛ッ、あいだだだだ!」

 

「こんな夜道のど真ん中で、いったい何をしているのかしら?」

 

 

私のトモに夢中になっていた沖野Tは、東条ハナトレーナーに耳を引っ張られ引き剝がされました。

漫画やアニメではよく見る光景ですが、実際に目にすると鼓膜が傷ついてしまわないか心配になりますね。

 

 

「お、おハナさん!?これはその、今回はちゃんと同意をとったって!!」

 

「同意をとったからって、許される事と許されない事があるでしょうが!このバカ!」

 

 

アニメではバーでウマ娘同士では出せない、大人の付き合いという雰囲気を出していた二人ですが、アニメより少し若いためか少し学生っぽさが感じられます。

平成初期くらいの欲求に正直な主人公とそれを咎める幼馴染の典型パターンっぽくて、なんだか微笑ましく思えますね。

トモの確認という沖野Tの用事は終わったようですし、もう帰ってもいいのでしょうか。

このまま巻き込まれ続けると、運動を諦めたのに夕食にも間に合わないなんてことになりかねません。

 

 

「もう、よろしいでしょうか?」

 

「ええ、このバカは私がしっかりと言い聞かせておくわ。貴女も急がないと夕食に間に合わなくなるでしょう?」

 

「俺が悪かったから、もう放してくれって!」

 

 

ようやく解放された沖野Tは、引っ張られた耳を撫でながら『相変わらずおハナさんはきついぜ』と言って、東条トレーナーに睨まれました。

アニメでは定番ですが、どうしてこういう時に思ったことを素直に口にしてしまうのでしょうね。見ている方は楽しめますが。

このやり取りに慣れているような余裕を感じるので、きっとアニメ一期前から常習犯だったのでしょう。

アニメでは過去については断片的な回想しかなかったので、いつかはちゃんと聞いてみたいものです。

 

 

「では、失礼します」

 

「アーチャーリヤ」

 

「はい?」

 

 

夕食の為に少し急いで駆け出そうとしたら、沖野Tに呼び止められました。

これ以上、いったい何の用があるというのでしょうか。

 

 

「お前は何の為に走るんだ?」

 

「何の為にですか」

 

 

正直、考えたことがありませんでした。

ウマ娘に転生したからトレセン学園に入ろうと思いましたし、山中を駆ける苦行もチート開放のためで、悟りに足を踏み入れているのでナリタブライアンのように渇望がある訳でもありません。

よく考えると、私には明確な指標や目標はありませんね。

転生したからとは言えないので、適当に誤魔化しておきましょう。

 

 

「ああ、夢でもいい。走る理由となるものだよ」

 

「夢については、特にありません。理由は、強いて言えばウマ娘に生まれたからでしょうか」

 

「それだけなのか?」

 

「はい。それ以上の欲は不要ですし、理由はそんなものでいいのです」

 

 

私の答えに、沖野Tはまだ何か言いたそうにしていましたが、時間が差し迫っているので無視して走り去ります。

常人以上食べるウマ娘の食事にかかる時間は、一部の例外を除いてそれなりにかかります。

食事は急かされず余裕をもって臨みたいので、必要なことを答えたのでこれ以上の言葉は不要でしょう。

 

それに今日の夕食はニンジンたっぷりのカレーだったので、ウマ娘のおかわりも加速しているはずです。

到着した時には完売していて、カレーの匂いがする中で白飯を食べるのは泣く子が出てもおかしくない惨い仕打ちでしょう。

それだけは、絶対に避けなければなりません。

育ち盛りのこの身体には、カレーは必須栄養素の一つなのですから。

 

さあ、トレセン学園厨房。食材の貯蔵は十分ですか。

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。