転生したのでスパイになっただけなのだが、   作:九条空

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羽京と仲良くする

 

「羽京。久方ぶりだね、元気にしていたかい」

「……やあノーネーム。久しぶり、元気だよ」

 

 それが、再会した羽京との最初のやりとりだ。

 あの……(三点リーダー)をしばらく考えたのだが、どんな意味なのか結論が出なかった。

 したがってゲンに相談してみることとする。

 

「私は羽京に警戒されているようだ。どうやって警戒心を解くか相談したくてね」

「ええ? それこそそっちの専門じゃな〜い? 俺なんかに聞いても意味ないデショ」

「ゲン、謙遜は日本人の美徳だが今は必要がない。私は君の人心掌握術を評価しているよ。私自身もないわけではないが、協力した方がいいだろうと思ってね。せっかく仲間なのだし」

「うん、仲間なんだからってセリフは胸が熱くなるんだけど、仲間に対してその人心掌握術使おうとしてるのはどうなのかな」

 

 私はきょとんとして、首を傾げた。

 

「使わないのか? 君は?」

「使うよね〜!!!!!!」

 

 返ってきた返事は予想通りだったが、テンションは予想外だった。

 そんなに声を張られるとは思っていなかった。

 なるほど、彼自身は味方に人心掌握術や心理学の類を使うのはちょっとだけどうかなと、悪いかもしれないと、思っているのか。

 

「そりゃ敵にも味方にも使うデショ、どっちにしろ物事がうまく進むんなら……ああはい、俺の負け! で、羽京ちゃんに嫌われてる原因に心当たりは?」

「嫌われているんだろうか」

「自覚ない? 羽京ちゃん愛想いいのにノーネームちゃんへのあれは相当よ、相当」

「相当か、相当」

 

 理解はしていたが、人から言われるとまた趣が違うな。

 客観的に見てもやはりそうか、という確信を得てしまった。

 

「心当たりはある。司帝国にいた頃に、少ししつこく話しかけ過ぎたのやもしれぬと」

「え、かまってちゃん攻撃ってこと? ノーネームちゃん、男だったら羽京ちゃんみたいなのがタイプ? 確かにちょっと女の子寄りの顔っていうか、中性的だよね〜」

「ああ、別段恋愛系統の話題ではないよ。彼は綺麗な顔をしているとは思うけれどね。私は女性も男性もみんな好きだから、特に好みのタイプというものはないんだ」

「龍水ちゃんと言ってること丸々一緒なのにドン引きしちゃわないのはなんでなんだろうね? 人徳?」

「人徳ならば彼のほうがあると思うが」

「それジーマーで言ってる?」

「ああ、ジーマーだよ。それで羽京についてだが、何度か、司帝国を裏切らないかとカマかけしたことがある」

「あ、思ってたよりエッグい方向のかまってちゃん攻撃だった……」

「何しろ彼は私と似ていると思ったのでね。戦闘能力はあるが、平和主義者特有の思考と行動がかいま見えていたので、司帝国でやっていくのは辛かろうと勝手に思っていたんだ。だから裏切るのならば何か補助してやろうかとね」

「……ちなみにどんな感じでカマかけてたの?」

「具体的な方法をいうと長くなるのだが、例えば司に楯を突きお仕置きされたのが出た後に、右京に近づいてそっと『君がああならなくてよかったね』などと囁き……」

「ンそれただの脅しー!!!!」

 

 ゲンが頭を抱えながら腹から声を出した。

 腹式呼吸がなっている、と私は感心した。

 

「あれ!? どうしたの!? スパイだよね!? 人の心理はお手の物なんじゃないのかな? そんなん絶対怖いし、司ちゃんから裏切るんじゃないかと思われて監視としてつけられてるのかなって考えるよね羽京ちゃんの方は?」

「そう思われる可能性も考えたのだが、しかし実際羽京がああならなくてよかったと思ったのも事実だったのでそのまま言ってしまったな」

「あれ? 天然??」

 

 ゲンから露骨にお前は大丈夫なのか、という目で見られ始めたので、ここいらあたりで言っておくことにした。

 

「ふふ、まあ冗談だ」

「どっからどこまで!?」

「羽京の話ならば、『しかし実際羽京がああならなくてよかったと思ったのも事実だったのでそのまま言ってしまった』以外全部嘘だ」

「嘘の範囲広過ぎ! てか逆にそこは本当なんだ!? 何がどうなってんのかわかんないよもう!」

「ならば最初から整理しよう」

 

 話の展開をまとめることにする。

 

「羽京が裏切るかもしれないと考え、私に羽京の監視を頼んだのは司ではなく氷月だったが——」

「待って待って待って。なんか全然違う話始まろうとしてない?」

「いや、さっきと同じ話だ。本来ならば監視されていることにすら羽京には気づかれないようにすべきというのは理解していたが、私は思考に共感できるという意味で氷月より羽京贔屓だったので、わざとわかりやすく監視していたんだ。君は帝国の人間から警戒されているぞ、という警戒心を持ってもらうためにね。だがそれが少しやり過ぎて、脅しのようになってしまった。あのとき言った『君がああならなくてよかったね』というのは本音だったのだが、どう考えても意味を捉え損なわれるだろうなと、後から気づいたのは本当だ。後悔している」

「なんか疲れてきた……そういう、そういう話なのね……」

 

 私が司帝国にいた頃、氷月が「その才能を生かさないのはもったいないでしょう」と私にいくつか役割を振った。そのうちの一つだ。反抗するかもしれない人々の監視。

 

「あの頃の私の、威圧的で無機質な言動は意図的に作り出したものであるという弁明をしたら、羽京は私への警戒心を少しは解いてくれると思うか?」

「威圧的で無機質だったんだ……」

「君も見たことがあると思うが」

「まあね、あるよねそりゃ、司帝国での初対面の時に。あれは意図的に作ってたわけね〜……確かに今喋っててそんな印象、まあ他の人と比べたらちょびっと話し方と表情固いとかは思うけど、あそこまでじゃなかったもんなあ。演技の質がね〜……いや今度教えてほしいな、色々」

「構わないが、君に教えられるほどのことがまだあるかな? とにかく、司帝国ではそんな感じでやらせてもらっていた。与えられた役割をこなす上で、その人格がもっとも適していると考えたのでね。君も司帝国ではもっと、悪い男な人格を選んでいたろう」

「なんかイタイ奴みたいに聞こえるから勘弁してほしいよね……それにほら、俺は今でも悪い男よ?」

「ハハハハハハ!」

「久々に笑ってるとこ見ちゃったな。違うタイミングが良かったわ」

 

 ひとしきり大声をあげて笑った後、ゲンに言う。

 

「ゲンに話したら気分が楽になった。ひとまず今日はこれでいい」

「あ、解決策いらない感じ? いらない感じね〜……いや、そのほうが楽だけどね俺もね〜……」

「悪い。すでに思いついたものがあるのならば聞いておこう」

「いや、ないよ。だから今日はこれで終わり、でいいんだよね? まあ話すだけで人間気持ちが軽くなるからね、その辺のストレス管理はさすがスパイだよ。俺も聞き役上手だって自信あるし。でもちょっち用事思い出したから、今日のところはこの辺で。じゃね〜」

「ああ、ありがとうゲン」

 

 ゲンの背中を見送ったあと、1人きりになってから呟く。

 音量はいらない。誰に届けようという気がないから、ではなく、()()()()()()()()()()()()、である。

 

「しまったな。ゲンに思いの外深刻に取られてしまったかもしれない。いや、深刻な悩みであったことには変わりないのだが、優しい彼のことだ。私の見えないところで頭と手を回してしまうかもしれないな。この問題の解決自体は、もはやそう遠くないものになったと思うのだが。どう思う? 羽京」

「やっぱり気づいてたか。意地悪だね、ノーネーム」

「いいや、気づいてなかったよ。ただのカマかけだ。いるなら今ので出てくるだろうと思ったのでね。出てこなかったら私の恥ずかしいただの独り言だが、誰もいないなら恥ずかしがる理由も発生せずリスクはない」

「……やっぱり意地悪じゃないか」

 

 この……(三点リーダー)の意味については考えないでおこう。

 それから「やっぱり」という私の名誉に関わる副詞についても、今は放っておく。

 見上げると大きな木があったので、あそこから降りてきたのだろう。

 私は彼ほど耳が良くないので、いつからいたのかはわからない。

 

「ゲンとの会話を僕に盗み聞かせて、過去の自分の弁明をしたんでしょ?」

「うん。嘘は言っていないよ、信じてもらえないかもしれないが」

 

 私としては、羽京が帝国から離脱しようがしまいが、構わないと当時思っていた。

 いたら帝国としては助かるが、いなくなったところで帝国の脅威にはならないだろうと。

 彼は人のために何かをするのに慣れきった人間で、自分のために何かしようと思っても力は出せないだろうと思っていた。

 

「どうかな。あの時の君が演技だったというのは……そうだね、信じ難いと思ってたけど薄々気づいてもいた。ここにいる君の方が、あの頃より随分自然だし」

「そう見えるだけの演技かもしれないぞ。私はゲンも認める演技派らしい」

「ゲンが騙されるんじゃ、僕に太刀打ちできるわけないでしょ。そう思わせて、僕に諦めさせる算段だったね?」

「バレたか。そうだよ羽京、私を常に警戒するのは無茶だ。君には情があるし、私を嫌い続けるのにも無理がある。ここの人たちがすぐに私のことを受け入れてしまったので、君くらいは警戒しておかなければと思っているのかもしれないが、やっぱりそれも無茶だ。そもそも私は、警戒されたままでも十分いろんなことができるのだから」

「完敗って感じだよ。僕が考えてたこと、全部言い当ててる」

「思考が似ていると言ったろう、トレースしやすいんだ。私は君ほど優しくはないが、平和主義なのは同じだ。しかし羽京、そういうのはゲンの役割だよ。マグマにもできそうかな。ここには人がたくさんいるのだから、得意なもので役割分担すべきだ。君はその優しさでもって、やりすぎる人たちを止める側だろう」

 

 私は羽京に向かって、手を差し出した。

 

「というわけで、仲良くしてくれないかな。私としては、もうちょっと嫌っていてもらっても構わないけれどね。このあと、私と羽京を仲良しにするために、ゲンがどんな策を練ってくるのか見たい気持ちもある」

「君はね、本当にもう。何手先を読んでるの? 完全に詰んでるじゃないか、僕」

 

 ただ過去の話を盗み聞きしてもらうだけなら、相手は誰でもいい。

 それでも話し相手にゲンを選んだのはそういう理由だ。彼なら、しなくていいと言っても勝手に策を練ってなんとかしてくれるだろう。

 何しろ、人心掌握術というのは敵にも味方にも、使った方が物事がうまく進むので。

 それに、すでにこの化学王国の中核に入り込んでいる私と、五知将と数えられる切れ者のひとりである羽京の不和は、組織のバランスを影ながら支えているゲンとしては看過できないだろう。

 

 そしてそう考えるであろうゲンのことを思って、羽京が折れるだろうことまで織り込み済みだ。

 

「大人気なくて悪いね。少しばかり本気を出してしまった」

 

 私の手を握り返してくれた羽京に、笑いかける。

 

「何しろ一刻も早く、君にお世辞や脅しに取られないと確信を得てから、かけたい言葉があったものだから。ずっと言いたかったんだ、本当はここで最初に会った時に」

 

 しかし初めて話しかけた時の羽京の返事に、意味深な……(三点リーダー)があったものだから、言うのをためらってしまった。今ならそれを気にせず言える。

 

「なんだい?」

「羽京、君が生きていてくれて本当によかった」

 

 羽京は帽子のツバを少し下ろしながら「……それくらい、言ってしまえばよかったのに」と呟いた。

 

 もう……(三点リーダー)の意味は考えない。

 


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