「ラウンジの掃除終わりましたー」
竜生がバケツとモップを持ってドアから出てくる。
「お疲れ様ー。そろそろ時間だし、二人とも上がっていいよ」
「「はい!」」
カウンター番をしていた一優は、椅子から立ち上がって伸びをした。今日も、竜生と同じシフトに入っている。二人はスタッフルームの中に入る。そこに置かれているロッカーから荷物を取り出す。そして、制服のカッターの上に着ていたスタッフ用のTシャツを脱ぐ。ロッカーの中にそれを掛けて、スタッフルームから外に出ていくと……
「お疲れー☆」
ちょうど、リサがカウンター横のドアから顔を出した。Roseliaの練習終わりの時間と、一優と竜生のバイト終わりの時間は被っているのだ。その後に、Roseliaの残りのメンバーが続く。友希那はカウンターのまりなの元に向かい、残りの四人は一優と竜生の元にやってきた。そうすれば当然、紗夜と竜生の目線が交錯するわけで……辺りが張り詰めた空気になる。
「ふ、二人とも?」
「おい、竜生……」
リサは紗夜を。一優は竜生を心配になって声を掛ける。
「おい、睨み返してどうすんだよ。紗夜さんにギター教えてもらうの諦めてないんだろ?」
「仕方ないだろ。あっちが睨んでくるんだから」
「なんでメンチ切り返してんだよ」
「目があったらポ○モンバトル」
「ふざけてんのか」
一優と竜生が、小声でそんなやり取りをしていると、紗夜の方が先に口を開いた。
「先日は、すみませんでした」
そう言って頭を下げる。一優と竜生は顔を見合わせた。
「あの時は、強く言いすぎてしまいました。ごめんなさい」
「じゃあ……」
竜生の顔がパァッと輝いた。
「しかし、ギターを教えることに関しては引き受けられません」
「え」
竜生の期待は、儚く砕け散った。
「私達は
「あのFWFに出るんですか!」
落ち込んだと思ったら、今度は驚く。
「そうよ。だからあなたに構っている暇はないわ」
紗夜の後ろから友希那がそう言う。
「……」
竜生は口を噤んだ。
「なぁ……FWFって何?」
「知らないのか!?」
一優が小声で竜生に聞くと、竜生はそう素っ頓狂な声をあげた。
「バンドをやってる人なら誰もが憧れる夢の舞台……。出場予選は、プロでも落選してしまうほどの最高峰のイベントをご存知無い!?」
食い気味にそう言われても、一優は「知らない」としか言いようがない。今までこの業界には関わりが無かったから。
「……まぁとにかく、この業界最高峰のイベントに出るってことなんだ。俺、応援しますよ!」
竜生はそう言った。これで竜生と紗夜が仲直り(?)をしたからか、一触即発の雰囲気がなくなったことで、一優もリサも胸を撫で下ろした。
────────────────
「いやぁー。仲直りできて良かったよー♪」
「そうですね……」
「一優も心配してたね」
「目の前で争われるのは、気持ちよくないですから……」
一優の自転車のパンクはもう直っていたが、今日も自転車を押して、リサ達と話しながら帰っていた。その方が楽しいのだ。
「優しいんだね」
「優しくはないですよ」
「えー。照れなくてもいいぞっ☆」
「……スタッフとお得意さんのバンドの人が揉めて来れなくなってしまったら、CiRCLEにとっての損害になります。僕達は雇われている身ですから、迷惑かけちゃいけないってだけです」
「やっぱり優しいよね?」
「あくまで自分達のためですよ」
「頑固だなぁ」
この間よりは、一優も気楽に話せるようになっていた。前方では、あこと竜生が何やら話をしている。そこに、物静かそうな燐子が混じっている。話すのは今日がほとんど初めてのはずだが……やはり、竜生はコミュニケーション能力が高い。
「この間は、ありがとうございました」
「え?」
「ライブに誘ってくれたことですよ」
「ああ! でも、お礼を言われるほどのことじゃ……」
「凄かったです……ライブ。……あの会場全部を興奮で包み込んで……その、本当に感動しました!」
一優はリサにあの時の感動を伝える。しかし、上手く表現できない。自分の口下手さを恨んだ。
「ごめんなさい。表現するの、下手くそで……」
「大丈夫だよ☆ちゃーんと伝わってるし。こちらこそありがとね!」
話しながら歩いていると、時間はあっという間に経過しているもので、T字路に差し掛かる。
「じゃあ、僕はこの辺で……」
「うん。じゃあね☆」
「また明日なー」
リサと竜生の声を背に自転車に跨る。このタイミングで、ふと、あることを思い出した。後ろを向いて竜生を呼ぶ。
「どうした?」
「明日、古典の宿題提出だぞ」
言った瞬間、竜生の顔が青ざめていく。
「忘れてたァァァ!」
「近所迷惑ですよ!」
叫んだ竜生を紗夜が注意する。何せ今は夜である。
「ぅぅぅ……すみません。もうちょっと早く言ってくれよ……」
呆れている紗夜。澄ました顔でイマイチ何を考えているか分からない友希那。苦笑いのリサ、あこ、燐子。そして、絶望に顔を染めた竜生。
全員の反応を見て、もうちょっと話していたかったなと惜しみながら、一優は自転車を漕ぎ始めた。
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