聖女アーシアが悪魔を憎んだ日。   作:ユメノオワリ

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聖女アーシアの絶望『上』

「あ、あの……アーシアさま!」

 

「はい?」

 

 アーシアに話しかけてきたのは、彼女と同じか少し上に見える少年だった。

 彼は緊張した様子で言葉を紡ぐ。

 

「先月は、俺の怪我を治していただき、ありがとうございます」

 

 その言葉を聞いてアーシアは目の前の少年の事を思い出した。

 

「あぁ。あの時の。お怪我の方はもう大丈夫ですか?」

 

「はい! おかげさまで! もう仕事にも復帰してますから」

 

 少年は先月アーシアが神器で治療したエクソシストだった。

 その時は大きな怪我を負い、顔などにも火傷の痕があり、他にも多くの怪我人を治療した為に、一目見ても分からなかった。

 

「あの、それで……その……お礼にお食事でもどうですか? ご馳走させてください」

 

「え? いや、それは……」

 

 困ったようにアーシアが視線を泳がせる。

 迷惑、という訳ではない。

 むしろ同世代の人に誘われて嬉しいのだが、どう反応すれば良いのか分からない事と教会の聖女としてこうした誘いを受けて良いのか判断が着かない。

 困っていると、アーシアの身の回りの世話を担当する年上のシスターが提案した。

 

「宜しいのではありませんか? アーシアさまがお嫌でなければ」

 

「え?」

 

「ここ最近は働き詰めでしたし、気分転換も必要でしょう?」

 

 付き人の提案に更に迷うアーシアだが、少年がその態度に申し訳無さそうにし始めた。

 

「もしかして、迷惑でしたか?」

 

「い、いえ! そんなことは!? とても嬉しいです! 私、誰かにこんな風に誘われた事がなかったから。だから、よろしくお願いします!」

 

 あまりにも初々しい態度に小さく吹き出すと、少年はアーシアの手を取る。

 

「では、エスコートさせてもらいますね。アーシアさま」

 

 そこでアーシアはあることに気付いた。

 

「あの! 名前を……」

 

 ここまで名前を言っていなかったことをアーシアに指摘されて少年は気恥ずかしそうに頭を下げた。

 

「申し訳ありません。俺は、リカルド・アンナローロと言います」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リカルドに案内された店は個人経営の小さなレストランだった。

 落ち着いた雰囲気で客が殆どは常連客が大半と言った様子。

 店員の女性に案内されて席に着き、リカルドと同じ物を注文する。

 それからリカルドが積極的に質問してきた。

 アーシア個人の事から聖女としてどんな生活をしているのか、など。

 時折リカルド自身の事も織り交ぜて話すのをアーシアは聞きながら自身の事を少しずつ話す。

 やや世間知らずで斜め上の発言をするアーシアに呆れる事なくリカルドは話を聞く。

 そのお店で食べた食事をいつもより美味しいと感じたのは、きっとその料理のおかげだけではなかったと思う。

 

 食事を終えた後もまだ少しだけ町中を歩く。

 アーシアにとって、年の近い人とこうして他愛のない会話をするのはいつ以来か。

 

「今日はご馳走してくださって、ありがとうございます」

 

「いえいえ。喜んでくれたのなら嬉しいです」

 

 この僅かな時間が楽しくて、もう少しだけと願ってしまう。

 リカルドに送られていると、彼の方から話しかけてくる。

 

「もしもご迷惑でなければ、時折お伺いしても良いですか?」

 

「え?」

 

 その提案にアーシアが目を丸くする。

 

「またご飯でも。そうじゃなくても買い物とか、他にも。今日せっかくこうして過ごせたのも主の御導きかもしれないでしょう?」

 

 最後に冗談めかして言うリカルドにアーシアは頬を緩めた。

 

「はい! お待ちしてますね。私も今日は楽しかったですから」

 

 溢れるような、年相応の笑顔でそう返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからリカルドは月に二、三回は会うことになった。

 最初は聖女さまと丁寧な話し方をしていたリカルドも次第に態度が気安い物に変化していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな風に自分を卑下しないでほしい」

 

 ある日いつものレストランで食事をしながら会話をしているとアーシアが自分は傷を治すことくらいしかできないと自嘲したのをリカルドは真剣な表情で返した。

 

「俺達エクソシストが異形と戦って傷ついて帰ってきたときにアーシアが治療してくれるおかげで元の生活に戻ることが出来る。それを、くらいしかなんて言わないでくれ。君は胸を張れる事をしたんだから」

 

 真っ直ぐな視線で諭すように言われてアーシアは言葉を詰まらせる。

 誰かの傷を癒して感謝される事もあったが、気味悪がられる事も多くて次第に自分の神器を心のどこかで疎ましく思う感情も有った。

 

「君の神器()に嫌なイメージを持つ人が居ても、こうして助けられた人は目の前に居るから。だから主が与えてくれた力を嫌いにならないでくれ」

 

「……はい」

 

 安堵して笑みを浮かべるアーシア。

 それを確認してリカルドは懐からある物を取り出してアーシアに渡した。

 

「銃の弾?」

 

「うん。技術部で特別に作ってもらった特殊な弾丸でね。強力な悪魔にも通じるようにって。一つだけ預かってほしい」

 

 どうして、という顔で視線を向けるとリカルドは覚悟を決めるように表情を引き締める。

 

「教会の勢力圏で多くのはぐれ悪魔が集まってると情報が有ってね。大規模な作戦になるから俺も参加するんだ」

 

 はぐれ悪魔の討伐は悪魔側も行っているが、人間界でその殆どが悪魔の領地が管理してる領地か、そこから近い土地のみ。

 特に教会の勢力圏に入ったはぐれ悪魔は教会に丸投げしてくる。

 教会としても自分達の勢力圏で悪魔が行動すれば揉め事が起こる事は確実なので入ってくるなが本音だろう。

 

「その群れを率いてるはぐれ悪魔のリーダーがかなり強いみたいでね。こっちも聖剣使いを何名か派遣されるらしい」

 

 それにアーシアは疑問に思う。

 この弾がどれだけ凄いのかは分からないが、危険な任務なら一発でも多く必要なのではないだろうか? 

 

「帰ってきたら、その弾は返してもらうから。だから約束の証として預かっていてほしい」

 

 つまりは彼にとってアーシアにこの弾丸を預けることは生きて帰るという誓いなのだろう。

 それを感じて手の平に乗った弾丸を握りしめる。

 

「確かにお預かりました。必ず返させてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アーシアがリカルドに抱いていた好意は何だったのか。

 兄のように慕っていたのか。

 友として大切だったのか。

 それとも、異性として好意を抱いていたのか。

 ただ間違いないのは、アーシア・アルジェントにとってリカルド・アンナローロはかけ替えのない存在だったということだけ。

 そしてどうして。

 どうしてこの時、彼を引き止めなかったのかと。

 そう、後悔する事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大規模なはぐれ悪魔討伐に成功。

 その報告は教会の者達を安堵と歓喜をもたらした。

 しかし同様に多くの死傷者を生み出す結果となった。

 

 

 

 

 

 転移により運ばれて来た多くの負傷者。

 その一人を見てアーシアは体を震わせた。

 

「リカル、ド……さん?」

 

 ベッドで寝かされているリカルドは酷い状態だった。

 顔の頬肉がなくなり、全身が切り刻まれた痕。

 太腿から下の左足を失っており、手の指も幾つか落とされていた。

 素人目に見ても生きているのが不思議な状態だ。

 

「リカルドさん!?」

 

 彼のベッドに駆け寄ると自身の神器である聖母の微笑みの力を送る。

 だが治療を始めてアーシアは悟ってしまう。

 この人は助けられない。

 血が足りない。焦点も合っておらず、傷を塞ぐ間にも呼吸が止まってしまいそうだ。

 リカルドの治療をしていると他の者が指摘する。

 

「聖女アーシア! 彼はもう手遅れです! 他の者の治療をお願いします!」

 

「待ってください! リカルドさんはまだ生きて……!?」

 

 泣きそうな声で訴えるアーシア。

 アーシアも既に理解している。

 こうして治療しても、リカルドの苦しみを長引かせているだけだということは。

 だけど。

 もしかしたら。

 そんな希望にすがって神器による治療を進める。

 それが少しだけ功を成したのか、リカルドは中指と薬指を失った手の平でアーシアの手を掴んだ。

 するとか細い声で。

 

 ────たすけてあげて。

 

 その一言を最後に使い果たして目蓋を閉ざした。

 

「リカルド……さん? ……うそ、ですよね?」

 

 どうしてどうしてどうして。

 ちゃんと返してもらうって約束したのに。

 動かなくなったリカルドの冷たくなった体に触れた。

 それで本当に、目の前の少年が死んだのだと理解する。

 

「あ……」

 

「聖女アーシア?」

 

 胸を押さえるアーシアに付き人の女性が声をかけた。

 それに気付くことなく、アーシアは仲の良かった知人を喪失した精神的負担に耐えきれず、その場で意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この件で死亡したエクソシストは七名。

 その中にはリカルド・アンナローロの名前も連ねていた。

 今回の作戦で死亡した者の葬儀を終えて立ち尽くすアーシアに近づく者がいる。

 アーシアと同じくらいで青い髪に前髪の一部に緑のメッシュを入れた少女だった。

 しかしアーシアは幽霊のように反応せず、相手から話しかけてきた。

 

「リカルド・アンナローロは素晴らしい戦士だった」

 

 リカルドの名を聞いてアーシアはビクリと肩が跳ねた。

 

「今回の討伐。殆どのはぐれ悪魔が神器保有者であり、禁手化に至っている悪魔も数名いた。そんな中で彼は負傷した味方を退かせ、敵のリーダーを逃がさぬように援護してくれた。彼が隙を作ってくれなければ、取り逃がしていたかもしれない。尊敬に値する男だ。多くの仲間を守った彼を主は温かく迎え入れてくれることだろう」

 

 感情の乗らない声にアーシアは反応を返さなかった。

 きっと彼は立派に戦ったのだろう。

 誰もが感謝し、涙を流してくれる程。

 だけど。

 任務を達成するよりも生きて帰って来て欲しかった思うのはワガママなのだろうか? 

 俯いているアーシアに青髪の少女は布に包まれている物差し出す。

 

「?」

 

「これはリカルド・アンナローロが使っていた銃だ。彼と懇意していたのなら、君が持つべきだろう」

 

 半ば押し付ける形で布に包まれた銃をアーシアに渡す。

 

「あまり気を落とすな。彼を想うのであれば」

 

 用は済んだと離れていく少女。

 別れ際の言葉をきっとアーシアを気遣っての物かもしれないとボンヤリと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 その日以降もアーシアの仕事は変わらない。

 聖女として慰問や治療の日々は続く。

 ただそれが以前よりも感情が動かずに機械的に体が動いているだけ。

 繰り返す日常の中で、それが現れた。

 

 目の前に傷だらけの顔立ちの整った緑髪の少年がいた。

 人との違いを挙げるとすれば、背中には蝙蝠のような翼が生えている。

 その翼を見て、凍っていた筈のアーシアの心が大きく跳ねた気がした。

 その悪魔の少年はしまった、と言わんばかり顔をしかめた。

 

「そこのシスター。僕は見ての通り悪魔だけど、どうか見逃してくれないだろうか?」

 

 芝居かかった口調で話す悪魔。

 

「僕は君を傷つけるつもりは無い。例え悪魔と教会が敵対していても、僕達が傷つけ合う理由はない筈だ」

 

 その悪魔の言葉にアーシアは頭の血が一気に昇る。

 傷つけ合う理由がない? 

 ならどうして、あの人はあんなにも傷付いて死んでしまったのだろう? 

 リカルドを殺したのが目の前の悪魔ではないとしても。

 どうして今更アーシアにそんな事を言うのか。

 俯いているアーシアをどう思ったのか、緑髪の悪魔は胸を撫で下ろす。

 

「分かってくれたのかな?」

 

 何を勘違いしたのか、悪魔はアーシアに触れようとしてくる。

 その手が悪魔に殺されたリカルドを想起させて。

 

「え?」

 

 呆けた声が耳に届く。

 アーシアは形見として持っていたリカルドの銃をあの日に渡された一発の銃弾だけが込められている。

 

「どうして……」

 

 混乱した頭のままに震える手でアーシアは目の前の悪魔に形見の銃を向けた。

 また、彼と食事をしたかった。

 色々な事を話して彼の事が知りたかった。

 自分の事を知って欲しかった。

 

「返して……」

 

 彼をここに連れてきて。

 どうして彼が殺されなければならなかったの? 

 誰の。

 

 ────アナタタチサエイナケレバ。

 

 負の感情が渦巻き、震えたままの指が引き金を引かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リカルド・アンナローロはその役目を存分に果たしてくれました」

 

 アーシアの付き人であるシスターが上司に報告する。

 

「彼が聖女アーシアの近しい存在として現れてくれたのは好都合でした」

 

 悪魔の駒なる存在が現れてから悪魔側へと裏切る聖職者が増えていた。

 アーシアもその優しさから悪魔に何らかの施しを与えるのではないかと危惧されており、最悪口車に乗って悪魔の駒を使われる事も不安視されていた。

 

「ですが、大切な人の命を奪われた悲しみと怒りは相手を拒絶する強い理由になります。聖女アーシアが悪魔に心を許すことはないでしょう。その上で堕天使や異端の存在を拒絶するように少しずつ再教育していく事は可能と判断します」

 

 リカルド・アンナローロの犠牲は惜しまれるが、替えの利く一介のエクソシストと貴重な神器を宿した聖女とではどちらを優先するかは判りきっている。

 だから彼にはある時期を境に危険な仕事を割り振られていた。

 

「もう大丈夫です。これから先、聖女アーシアは素晴らしい信徒として教会に貢献してくれるでしょう」

 

 慈愛に満ちた表情で付き人の女性は微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放たれた銃弾は悪魔の肩へと命中した。

 弾が当たった肩を押さえて忌々しげにアーシアを睨む。

 

「とんだ見込み違いじゃないか! せっかく時間をかけて飼い慣らしてあげようと近づいたのに!!」

 

 先程までの甘い表情から一変して醜悪に見える表情。

 何かしようと足を前へと出したが、銃声を聞いて教会のエクソシスト達が近づいてくる気配と足音が届く。

 

「……残念だけどここまでか。アーシア・アルジェント! 僕を傷つけた罪はいずれ支払ってもらうよ。決して楽になれると思うな!」

 

 そう言い残して空を飛んで逃げていく。

 駆けつけて来てくれた騎士の一人がアーシアに話しかける。

 

「ご無事ですか?」

 

 話しかけられてアーシアは膝を曲げてその場に崩れ落ちる。

 地面に額に付けて嗚咽を漏らす。

 

「うう……うぅ……」

 

 形見の銃を抱きしめて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「日本、ですか」

 

「えぇ。貴女には日本の駒王町という地で盗まれた聖剣とその犯人を追っていただきたいのです。一緒に活動する騎士は貴女と同い年の少女達ですので行動しやすいと思いますよ」

 

「分かりました」

 

 任務を請け負い、アーシアは外国に行く為の準備を数日で整えて今回行動を共にするメンバーとの待ち合わせの場所に向かった。

 するとそこにはあの葬儀で話しかけてきた少女がいた。

 隣には左右に結わえた栗色の髪の少女がいる。

 

「君か。私達と同い年の少女というからもしかしたらと思ったが」

 

「ゼノヴィア、知り合い?」

 

「以前、少しね」

 

 栗色の髪の少女がふーん、と頷くと人懐っこい笑顔で手を差し出してきた。

 

「今回の任務で一緒に行動する紫藤イリナです。よろしくね」

 

「アーシア・アルジェントです。足を引っ張らないようにしますので、よろしくお願いします。えーと」

 

「ゼノヴィアだ。こちらこそ怪我をした時に頼む」

 

「はい。あれから銃の訓練も受けてますので、少しはお役に立てると思います」

 

 悪魔に狙われている事や無力でいる事が歯痒く、アーシアはリカルドの銃で射撃の訓練を受けていた。

 人間、努力すればある程度は身に付く物で、それなりに様になったとは思う。

 

「これから向かう日本は私の故郷なの! 分からない事があったら何でも訊いてね!」

 

 自信満々に胸を叩くイリナにアーシアは笑顔を向ける。

 アーシアは癒えきらない心の傷を抱えて悪魔が住む町へと向かった。

 

 

 

 




失敗したな、と思った。
男じゃなくてアーシアを慕う妹分キャラが悪魔に惨殺されたとかの方が良かったかもしれないと四千文字以上書いて思った。
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