ウマ娘怪文書   作:ダン・モロ

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ハリボテエレジー


第2話

ゲートが開き、他のウマ娘が飛び出していく。

遅れて走り出す彼女。

観客の多くがその彼女を見て歯を食い張り、拳を握って名前を叫んだ。

 

ハリボテエレジー。

 

 

 

 

彼女がこの世界に現れた時、多くの観客は彼女を嗤った。

他の者よりも美しさに欠け、スタートダッシュは苦手、スピードもパワーも無い。

新しい賑やかしか何かかと肩を竦める者ばかり。

 

レースが始まり、やはり彼女は大きく出遅れた、人よりかは幾分か速いんじゃないかなんて指をさされ、彼女は第一コーナーにさしかかった。

 

半ばで脚をもつれさせ、受け身も取れず、地面に酷く叩き付けられる。

疾走の衝撃は余りにも悲惨なものだった。

どよめきが広がる中、彼女は酷くゆっくりと、うつ伏せのまま前の地面に手を伸ばし半歩分、前に進む。

 

反対の手を伸ばし、漸く一歩。

 

もうやめろと止めようとする者や、目を背ける者。

 

「もういい!」

 

誰かが叫ぶ。

 

「救急車!」

 

担架を抱えて漸く到着した救護が彼女を持ち上げようとした瞬間だった。

 

ばきん。

 

彼女の右脚が文字通り地面に落ち、その下のフレームがむき出しになる。

 

騒然とする観客達を余所に救護はジタバタと往生際悪く暴れる彼女を担架に固定する。

 

「まだ、まだ走れる!私はまだ──」

 

喚く彼女は淡々と運ばれていった。

後には心配そうなウマ娘達と観客だけが残っていた。

 

 

 

 

 

 

二年後のその日、彼女は再びそこに立っていた。

 

雨に打たれ、立っていた。

 

脚には剥き出しの義足がはめられていた。

 

彼女が姿を現した瞬間、一番人気のウマ娘が耳を塞ぐ程の大きな歓声が響く。

 

どこかぶっきらぼうに、しかし口には笑みを浮かべて、その背中には大きく錆の一文字。

 

 

──酸化した脆い鉄

 

 

二年前はそうだったかもしれない。

 

今は違う。

 

それは青く澄み切って、洗練され尽くした鉄。

 

帰ってきたのだ、錆びを落とし、錆となって。

 

 

誰もが固唾を飲んでゲートを見守る。

 

飛び出したウマ娘達に紛れ彼女は疾走する。

ぐんぐんと先頭のウマ娘達からは距離を離されていく。

 

もう直ぐ、あの第一コーナー。

 

差し掛かる直前、観客達が、解説が大きく口を開け叫んだ。

 

「曲がれえェェェェェ!!!」

 

彼女の義足がずるり、と横滑り。

もう片方の義足で地面を蹴り、彼女はしかし前に大きく転ぶ。

 

誰もがあの日を思い出し言葉を失う。

 

彼女はあの日のように何度も地面に叩き付けられ、その場から動かない。

 

誰かの泣き声が、叫び声が。

誰かの声にならぬ悲鳴が。

皆の心に絶望が差し込む。

 

 

立て

 

走れ

 

ハリボテエレジー。

 

 

誰だったのだろうか。

それでも、諦めなかったのは。

 

 

彼女はたっぷりと時間をかけて立ち上がり、一度咆哮。

 

先程とは比べるまでも無い速度で、しかし彼女は走り始めた。

 

観客も、解説も、既にレースを終えた他のウマ娘達でさえ拳を握り、声を上げた。

 

 

「今、走り、始めました!あの日の、赤錆のコーナーに再び足を取られて、しかし、しかし今日は、再び立ち上がりっ……!」

 

誰もが涙した。

 

「あまりにも、あまりにも遅く、しかし懸命で、全速力で!大地を踏みしめて今!」

 

 

ハリボテエレジー、16着。

 

 

ゴールした彼女を他のウマ娘達は囲み、一着のウマ娘が彼女よりも喜び、肩車して観客に手を振り叫ぶ。

 

 

彼女は誰よりも弱く、そして誰よりも直向きで。 

 

何度倒れても、どれだけ無様でも、諦める事を良しとせず、走り続けてきた。

 

そして今日この日、彼女は一つ過去を乗り越えた。

 

 

ハリボテエレジー。

 

 

その名を嗤う者はもう居なかった。




錆という漢字は現代でこそ酸化した脆い鉄という意味で使われていますが、澄み切った、洗練された鉄という意味で使われていました。
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