ゴリ押し感強めなのでお気を付け下さい。
彼女はオフサイドトラップというウマ娘で、私とは走るスピードも力も、大人と子供以上の差があった。
実年齢とはまるで真逆だったが、不思議と近所に住んでいた無愛想な私に彼女は懐いていた。
天真爛漫そのもの、周囲の人が口を揃えて太陽のようだと、皆を明るく照らし、ひまわりのようなその笑顔に誰もが顔をほころばせた。
私は父が医者だった事もあって何の気なしに医者となり、両親もそれを望んでいた。
勉強は別に苦ではなかった
むしろ分かれば分かるほど疑問が浮かび、私は子供ながらに秀才であった。
天才では無かった、天才というのは彼女のようなウマ娘のことを言うのだ。
天才の条件があるとするなら、他者に真似すら出来ぬ事をたやすく行う人物の事だと思うのだ。
私は彼女のように明るくもなければ、誰かを笑顔にする術も持たない。
彼女は本物の天才だった。
少し時間も経って、私は周囲から天才だと持て囃されるようになり、彼女はトレセンに入り、互いに合う時間も少なくなっていった。
それでも時々帰省してタイミングが合った時なんかはよく話したり共に酒を飲んで近況報告や、愚痴や、莫迦を言い合ったりした。
もう父と娘のような年齢になってしまったが、彼女とは不思議とウマが合った。
「凄いよねー、君は。」
「子供の頃からそれを目指してやって来ただけだ。」
「うわー、出たー、天才自慢め」
「まさか、やりたいことも分からず、なんとか打ち込めてるに過ぎない。」
「……あたしなんかさ、デビューだってまだで、ずっと体の馴らしばっかり。」
「中央に居る時点で君も中々極まってると思うが。」
「そりゃあ……ふふん。」
「ふ、でもね、遠いよ。」
「遠い?」
「……昔は、父が難しい手術をしたんだってなんとなく思ってたんだけど、調べれば調べる程……それが前例もなく、全く新しい技術や理論だったりして……細かく調べてるとね、嫌というほど父の名前を本で目にするよ。」
え、と彼女は固まった。
「凄い人、なの?」
「超、じゃ済まないくらいかな」
「へえー……今はどうしてるの?」
「海外、手術こそもう歳が歳だが、引っ張りだこらしい。
この間は英語とフランス語の混じった口調で電話をかけてきたよ。」
うーわっと彼女も苦笑い。
下手な暗号より難しいんじゃないかな、なんて、二人で笑っていた。
もう少し時間が進んで、私は一部からは尊敬すら集めるような人間になった。
歳も中堅くらいにはなって、妬みややっかみも受けるようにはなったが、地位や権力のために医者を目指したわけじゃない。
毎日ため息が出そうになる中、大学お抱えの患者達に会いに行く。
そんな中聞く彼女の活躍は、勝ち負けを別にしても有名なレースばかりで、矢張り敵わないな、と頬が緩むのを自覚しながらため息をついた。
「彼女が、怪我をした?」
知らせは突然だった。
連絡を聞き、居ても立っても居られなかった僕はトレセン学園に車を走らせながら連絡を入れた。
身分と彼女との関係を明かせばあっさりと信用され、理事長秘書の女性と共に彼女の居る保健室へと足を急いだ。
気が動転していたあまりノックもせず私はドアを開いた。
彼女は目をぱちくりと何度も瞬きしていた。
何を言って良いか分からず、しかし私は兎に角、彼女の手を取った。
「その……大丈夫か?」
「いやいやいや、ちょっと待って、まずなんで君がここに居るの?大学は?」
「そんなのどうでも良い。
生憎、ウマ娘の怪我には疎くてね……具合は?」
「……屈腱炎って言って、よくある病気なんだ、皆、大抵辞めていく。」
「……痛いのか?」
「うん、すっごい痛い、立てないくらい。」
「……状態は、酷いのか?」
「良くは無いけど、悪くないってくらいだって、まあなった時点で悪くはあるんだけど。」
私は無知だった。
私は何も知らなかった。
「……やっぱり、走るのは……」
「いや、走るよ。」
いつの間にか俯いていた視点が、彼女の顔を捉えた。
その目に曇りは無い。
その顔に諦めは無い。
ああ、何を寝ぼけていたんだ。
彼女は、だって天才なんだぞ。
心に、初めて炎が宿る。
「……分かった。
手を尽くしてみる。」
「え?」
「母が死ぬのを目の前で見た時、あの父がそれでも救えなかった時、あの時はまだ分からなかった、いや、今までずっと分からなかったが、今なら分かる。」
何が秀才だ。
“俺“は人間未満だったんじゃないか、莫迦以下の木っ端未満じゃないか。
「救いたい、そんな崇高な感情じゃない、俺はもっと利己的で、身勝手だった。
俺は、目の前で苦しんでる奴を見たくない。目の前で死なれるのが死ぬほど嫌だ。」
「え、ちょ……」
「だから俺は、お前も助ける。
俺がそうしたいから。」
「そんな事言ったって……この病気は──」
「走るんだろ、また。」
俺が確かめるように彼女を真っ直ぐと見ると、彼女は初めて見る、何かを決意したような表情で頷いた。
「どういう事だね。
君ほどの人材が、突然無責任に辞める、等と。」
「返す言葉もありません。
ですが、このままだと、俺は必ず後悔します。
それに路線を変えるだけです。」
「……君はもっと賢い人間かと思っていた。」
教授は一度ため息をついた。
「つまりは、私と同類という事だ。」
は、と漏れた声。
「救いたい人が居るのだろう、私も色々と調べた、ウマ娘なんだってな……まだ、あまり研究もされてない、謎に満ちた分野だ。
茨の道になるだろう、覚悟は出来ているんだろうな。」
初めて見る、教授の此方を射貫くような、鋭い目。
答えは決まっていた。
「人生をかけても。」
「宜しい、持っていけ。」
立ち上がり、教授ほ私に一つのメモを押し付けた。
「ウマ娘治療に関して、私は彼女以上を知らない。」
手渡されたメモには電話番号。
そして須藤、と書かれていた。
この、言う事を聞かない脚に苛立ちを覚えながら、私はそれでもと治療を続ける。
冷やし、薬を打ち、鈍らない程度に、されど無理をしない程度に患部以外を動かす。
無理をしなかったのが功を奏したのか、5ヶ月程度で私は復帰。
しかも一発目で三着。
しかし年明けには八着。
そして、2月、私は復帰して初の勝利─────
そしてまた、悪魔が私に追い着いた。
絶望。
私はそこに居た。
再発、そして、もう片方の脚にも懸念が出て来た。
また休養施設に逆戻り。
私は、何のために、あの治療を、もう一度するのか、また。
「……諦めるな、決めたんだ、走るって……何度でも……!」
自分を鼓舞する。
私は、諦めない。
諦めてたまるもんか。
少なくたって、私を待ってるファンがいるんだ、応えたいんだ。
トレーニング
治療
激痛
治療
トレーニング
治療
激痛
治療
激痛
治療
トレーニング
激痛
治療
激痛
治療
激痛
地獄だった。
けど、その先に漸く光が見えてきた。
屈腱炎が良化してきたのだ。
奇跡だ、と医者が涙を流した。
だが油断は出来ない。
現役復帰とは言っても、万全のトレーニングはできない。
いつも二着、三着。
素晴らしいと皆は褒めた。
実際その通りだったのだと思う。
けれど、思わずには居られない、こんな病に侵されなければ、私は勝てていたんじゃ無いかって。
勝ちたい。
勝ちたい。
勝って、センターでウィニングライブをセンターで踊って、それで……それで……
希望は湧いては来なかった。
どうやら死神は、私を逃す気は、最初から無かったらしい。
三度目ともなれば、慣れ親しんだこの痛みにも諦めがつくようになってきた。
何のために走ってきたんだろう。
私は、何故こんなに必死だったんだろう。
最初の時点ですっぱりと、諦めるべきだったのかもしれない。
下らない約束に、口車にのせられて、莫迦そのものだ。
賢く、やめておけべきだった。
私は彼の、何だったんだろう。
彼は今、何をしているんだろう。
私を見てがっかりするだろうか。
それは少し哀しいな。
けれど、私はもう、疲れ切ってしまった。
もう、私は走れない。
「……貴方にお客さんよ。」
その声に私はおっくうになって、断ろうとした、こんな姿を見せたくなかった。
こんな、落ちぶれてしまった私を見たら、皆がっかりしてしまう。
「……やあ」
体がびくりと震えた。
そんなわけない。
彼がここに来るわけ無い。
私なんかのために、訪ねてくるわけが無い。
全部私の都合の良い夢だ。
私の夢なんだ。
夢なら速く覚めてくれ。
でないと私はきっと──
「遅くなってすまない。
俺のために救われてくれるか。」
この手を、取ってしまう。
復帰。
とは言いつつも私は無理もできない、トレーニングをそこそこにしつつ、彼の治療に専念。
ファンには申し訳ないが、目先の勝利は捨て、馴らしやデータの取得に全てを注ぐ。
そしてトレーナーと彼の協議の末、私は走り方を変えることにした。
今まで先行してきたが、どうやら後方待機、そして直線一気。
『外を通ってオフサイドトラップが上がってきた!オフサイドトラップ!外から9番のオフサイドトラップ!!』
七夕賞、一着。
ターフを抜けて、歓声に包まれた。
ああ、走るって、こんなに気持ち良かったんだ。
私は続いた新潟記念でも一着を取った。
彼のサポートが加わり、ダブルトレーナー体制となった私に怖いものなんか無かった。
重賞二連勝、そして次、天皇賞秋。
一番人気はダントツサイレンススズカ、圧倒的、異次元の逃亡者。
逆立ちしても私が勝てる相手じゃない、そんな事は言われずとも分かっている。
だけど、私はベストを尽くす。
証明するんだ。
悪足掻き、上等。
私は走ると決めたんだ。
私は諦めないと決めたんだ。
ウマ娘の故障は致命傷ばかりだ。
だけど、それを前に諦める必要なんて無い
脚があるなら走れるんだ
ターフに道は無い
けれど走ればそこが道になる。
道があるから走るんじゃない。
意思が、心が道を作るんだ。
前例が無い、そんな言葉はもう沢山だ。
奇跡だ、そんな言葉はもう聞きたくない。
前例が無いなら私が前例だ。
奇跡だって起こせるんだ。
それを証明するために、私は走るよ。
バタンと開いたゲート、飛び出したサイレンススズカに付ける……いや、考えるな。
前も後ろも関係ない、走るんだろ、私!
焦る気持ちをじっと抑えつけ、それでも離れていく背中に追い着かねばと内心が私を急かす。
既に後ろには馬群、飲まれるわけには行かない。この位置をキープするんだ、勝てなくたって、不甲斐ないレースだけは出来ない!
っ……やっぱり速い!全然追い着かない……!
これが私とあの子の差。
だけど、私だって乗り越えてきたんだ!
誰より苦しんできた!!
誰より痛みに耐えてきた!!
絶望だってした!!
だけど
だけど!!!
私は諦めなかった!!
それだけが私の誇りだ!!
一つあれば十分だ!!
『おおっと!!故障です!!
どうやらサイレンススズカ故障発生!!』
心臓が跳ねる。
止めなければ危険だ。
あれは、命に関わる。
助ける──捨てるのか、このレースを。
漸く巡ってきたチャンスなんだ。
どうする
もう、だけど
見捨てる、私が
他ならぬ私が、目の前で
そんな勝利に、私が
「走れえええええええ!!!」
彼の叫び。
脚を更に踏み込む。
彼を信じる。
彼なら、救える。
そうだ、信じるんだ。
「ッ!スズカ!!必ず助けに戻る!!」
今決めた。
だから私は走る。
勝利も、スズカも私には選べなかった。
だったら、どっちも私のモノにすれば良いだけだ!!!
大きく息を吸って加速、加速、加速、実況の声も何も聞こえない。
もっとだ、もっと速く、風を越せ、音を抜け、光になれ。
勝って、救うんだ。
『オフサイドトラップ!オフサイドトラップ!ゴールイン!!』
『おっと!オフサイドトラップゴール直後に急ブレーキ!?コースを、コースを逆走しています!
いえ、これはまさか──』
「スズカアアアアアア!!」
彼女は片足を庇いながら、まだ走っていた。
そのまま倒れれば二度と起き上がれないと分かっているようだった。
そうだ、よく耐えたスズカ。
遅くなった。
スズカの体を正面から抱き抱え、故障の発生した脚を持ち上げる。
「スズカさん!スズカさん!」
必死に呼びかけているのは確か彼女と仲の良いウマ娘。
良かった、間に合った。
私は彼女にスズカを預け──
暗闇に意識を手放した。
無茶をするモノだ。
だが、良くやった。
繋いでみせる。
ここからは、俺の仕事だ。
「……」
手術室の外で沖野はただ重苦しく、しかし、あの医師を信じ切れずに居た。
『私は神ではありません。
生きるか死ぬかは二択に過ぎません、しかし、これだけは約束します、私は救うためにここに居る。』
目の奥には炎が燃え盛っていた。
言葉では良く言うものだ。
あれは信じている者の目だ。
勝利を、成功を確信している人間にしか宿らない。
されど、あの言葉もまた真実だった。
それが己を揺さぶる。
絶対は無い、けれど、あの男の中にはある気がしたんだ。
あるはずのない、“絶対“が。
手術室のドアが開く。
酷く長い時間が経っていた。
慌てて振り向けばあの医師が此方を見ていた。
「……スズカは……」
「まさか待っていたんですか……
言ったはずです。」
私は救うためにここに居る。
ボロボロと、涙が溢れて。
「……彼女に、オフサイドトラップに感謝すべきです。
あと僅か遅れていたら、二度と走れなくなっていました。」
は。
「前のように走るには時間が必要でしょう。
しかし約束しましょう。
彼女はまた走れるようになります、勿論貴方がベストを尽くせばの話になりますが。」
地面に膝が落ちる。
「本当、ですか。」
「私は医師です、嘘を言う仕事をしているつもりはありません。」
──また、走れる?命が助かっただけでなく、また、同じように?
「……沖野さん、報告に行きましょう。」
その人は、俺の手を取って起こし、待機室の前まで連れて行くと肩を一度強く叩いて、去り際に後ろ手を振って去って行った。
その姿が見えなくなっても、暫く俺は頭を下げ続けていた。
「いやー、中々良い感じだったんじゃない?私のここでの成績。」
「素晴らしいんじゃないか。
特にスズカの時は大金星だった。」
「へへへー……君はどうするの?」
「……これ。」
一通のメール。
差出人は────
「メジロ家エェ!?」
「いやはや、新米の私にこんな地位を用意して下さるとは。」
「謙遜はおやめになって下さい、貴方ほどウマ娘に詳しい医師は居ないでしょう。」
「まさか、まだまだ分からないことばかりですよ。」
「……その姿勢が、何より素晴らしいのですよ。」
「ですが良かったのですか、本当に私がこのような好待遇で。」
「貴方を迎え入れるには不十分だとすら思っていますが。」
「……おやめ下さい、これ以上はバチが当たります。」
「……不思議な人ですね、貴方は。」
「お初にお目にかかります、メジロマックイーン様。」
「貴方は……?」
「主治医です。」
原作キャラです。\ブリュチュ/