マギのアラジンと雁夜おじさん行く聖杯戦争 作:ロマニ
プロローグ
第四次聖杯大戦が開催される一年前。
子供の頃、自分は誰かの役に立つ仕事をしているのだ、と雁夜は信じていた。自分の将来についてさまざまな想像を巡らせることもあった。けれどまさか、己が海外出張に行くほどの身分になるとは、思ってもいなかった。それも、三ヶ月間という長い出張を任せられるとは、人生とは思いも寄らないところで驚きが潜んでいるものなんだな、とつくづく思った。
今日は休日のため、息抜きがてら観光を兼ねて街をぶらついている。首には使い込まれた一眼がぶら下がっており、手には露店で買ったフルーツの詰め合わせが握られていた。
さて、最初はどこから巡ろうかな、なんて考えていると、一つ気になるスポットが目に入った。
「お、綺麗だな」
そこは街を俯瞰して見られる休憩所のような場所だった。高層マンションやらビルが多いため、あまり日本との違いは分からないが、間違いなくその風景に一定の価値はある。近くには噴水が置かれており、何人かの観光客が自撮り祭りを開催していた。特に金髪白人の男女たちは大いに盛り上がっているらしく、チラホラと酒瓶らしきものが見える。きっと、学生の卒業旅行かナニかだろう、と雁夜は推察した。
「あ、そう言えば桜ちゃんと凛ちゃんにお土産買わないと……」
旅行、という単語で思い出したのはそれだった。この前、小旅行から帰ってきた際にあげたのは、ご当地の饅頭だったはず。少々おじさんくさい土産かな、と思いもしたが、二人はそれなりに喜んでくれた。母親である彼女もニコニコしていたのを覚えている。
けれど、もう一度同じものは買ってはいけない。子供というのは飽きっぽい生き物だ。カリヤおじさんは同じものしか買ってこない、などと思われるのは心外である。別に彼女たちのご機嫌取りをしているわけではないが、それでも少しだけ胸の奥に残るモノがある。今回は、少女たちがあまりの嬉しさに、飛んで跳ねるくらいの物品にしたい。
いくつものお土産候補を思い浮かべながら、雁夜はベンチに座る。持っていたフルーツの詰め合わせも重いので、自身の隣に置いた。そして腕を組み、また考える。ここのところ食べ物が続いているし、少し小洒落た物を用意するのはどうだろう。
「折角の海外だし、この国のハンドメイドとかがいいよな」
——ムシャムシャ、クチャクチャ。
例えばブレスレットなんてどうだろう。さっきマーケットを見てきたが、貝殻を美しくあしらったモノがあった。ああいうモノなら、女の子にピッタリではないだろうか。
「でも、美的センスが食い違っていたら、ただのゴミになる……」
——ムシャムシャ、クチャクチャ。
確かに自分自身では中々に綺麗だ、と思ったとしても、相手も同じ感想を抱くかは別問題だ。ましてや、歳の差は親と子供ほどある。性別の壁だけじゃなく、この壁まで乗り越えられる自信が雁夜には無かった。
「はあ、やっぱり無難に名産品である食べ物でも……
——ムシャムシャ、クチャクチャ。
待てよ、海外の食べ物って、あんまり口に合わない子もいるよな……
——ムシャムシャ、クチャクチャ。
だったら、やっぱりアクセサリーとかに……
——ムシャムシャ、クチャクチャ。
って、さっきからうるさいな! 誰だよ!」
あまりにも鬱陶しい騒音に雁夜は向かっ腹を立てた。
人がずっとお土産について考えているのに、その思考を音が邪魔してくるのだ。しかも、その煩わしい音は隣から聞こえてくる。それはもう嫌がらせのように。
雁夜が隣を振り向けば、そこには青髪の知らない少年がいた。見た目は凛や桜と変わらないくらい、あどけなさが残っている。少年の体には今しがた雁夜が置いたフルーツの詰め合わせが抱えられていた。さらに言えば、雁夜が買った食べ物を、少年は無作法にも貪っている。
信じられないと言う顔で見つめる雁夜。少年はそんな雁夜に気が付いたのか、食べていたフルーツを口から離し、朗らかな笑みを浮かべた。
「やあ、僕はアラジン。旅人さ」
いや、盗人だろ、とは雁夜の心の声である。人が買ってきたフルーツを、我が物顔で貪る姿はまさしく物盗りそのもの。その厚顔無恥な笑顔は、一体どのような精神構造から発せられているのか分からなかった。
「え、君は今なにしてるか、自分で分かってる?」
「当然だよ。今は、おじさんから貰ったこの冷たくて甘〜い果実で、食事をしているところさ!」
「『さ!』じゃないだろう!? なに人の物を勝手に食べてるんだ、君は!?」
雁夜がバンとベンチを叩けば、周りが一斉にこちらを見た。流石にその視線には羞恥を覚えた雁夜は、なんでも無いですよー、と言った表情で誤魔化す。
「え、でもコレはおじさんが僕にくれたんじゃないの?」
アラジンと名乗る少年は心底不思議そうな顔で尋ねる。天然なのか、ただの馬鹿なのか、その線引きがとても難しいと感じられた。もしこれが演技なら、一流の盗人だろう。観光客をカモにしているに違いない。
「何を訳の分からないことを……。いいか、ボク。俺は君に物を上げた覚えは無いんだ」
そう諭す雁夜に、アラジンも申し訳なくなったのか頭を垂らした。
「そうだったのかい? なら、ごめんよ……僕の目の前におじさんが食べ物を置いてくれたから、つい、僕にくれたのかと……」
そう言われて雁夜は少し前の記憶を掘り返す。アラジンの言う通り、自分が座る前から誰かがここに座っていたような気がした。それがこの少年だったのだろう。体が小さすぎたのと、考え事に夢中だったために気がつかなかった。
なら、この男の子だけを責めるのは——いや、まあ、目の前に置かれたから食べたという考えも可笑しいのだが——大人の対応としては間違いだ。しかも怒鳴ってしまった。もう少し相手のことを考えてやるべきだった。
「あー、なんだ。こっちこそ怒鳴ってすまない。俺も大人気なかったよ」
「いや、僕の方こそ。おじさんの大切なものと知らなくて、すまないことをしたね……」
どこか大人びた口調でアラジンは返した。体はとても小さいのに、その在り方はまるで同年代なのでは? と雁夜でも勘ぐりたくなるレベル。
あながち、旅人と名乗ったのは間違いじゃないのかもしれない。
「え、えーと、アラジン君だったよな? 君は旅人って言っていたけど、お父さんやお母さんは?」
雁夜はキョロキョロと周りを見渡す。アラジンの映える青髪であれば、その肉親も奇抜な姿をしているに違いない。頭にターバンも巻いているし、もしかしたらそこら辺の国から来たのだろう。
少しだけアラジンに興味を持った雁夜は、それと同じく彼の両親にも関心を示した。
けれど……、
「アラジンでいいよ、おじさん」
アラジンはそんな雁夜を落ち着かせる声色で告げる。
「お父さんとお母さんはいないんだ。友だちならいるけど」
「友だち?」
両親がいない、というアラジンのセリフに雁夜は悲しげな瞳を見せたが、すぐにその友だちへと意識が向く。
「うん、僕はね! 世界を見て歩いているんだ。友だちと一緒に! 特に美味しいものや、美しいもの、いろんな人たちと会話をするのが、とっても楽しいんだ」
アラジンはまるで宝物を語るようにクルクルとその場で舞った。感情豊かなところは年相応に見える。雁夜も日本にいる二人の少女を思い出し、ニコリと笑みを浮かべた。
しかし、その笑顔はすぐにかき消えた。こんな小さな子供——日本で言えば小学校低学年と高学年の間くらいだろうか——が一人でふらついているのは実に危ない。安心を謳う日本ですら軽犯罪はものすごく多いのに。それをこの子は友だちと二人で色々な国を見て回っているのだという。
雁夜も小旅行が趣味のため、それに伴うリスクを知っていた。今日だって、その趣味で外へ出てきたようなものだ。そのため、子供が旅をするということに不安感が拭い取れない。
「……でも、なんで小さい君がそんなことを」
気がつけば雁夜は尋ねていた。本来なら、こんなのっぴきならぬ他人の事情なぞ、聞こうともしないのに。誰だって他人に無駄な詮索をされるのは好かないはずだ。
そう思い直し、雁夜はさっきの言葉を訂正しようと手を振った。
「ごめん。今のはやっぱり聞かなかったことに」
「世界は広いのさ!」
だが、雁夜の言葉を上書きするようにアラジンは言う。
「僕が知らないこと、誰も知らないようなこと、ワクワクすることも、楽しいことも、いっぱい眠ってる! 僕はそれを見に行きたい。友だちとそれを見たいと思うのは、変なことかい?」
「……」
アラジンの瞳に、雁夜は吸い寄せられるような錯覚を覚える。
未だかつて、こんなに純粋な瞳をした者を見たことがあっただろうか。子供だからという理由だけではない。アラジンの中にあるのは純粋な知的好奇心である。そこには一切の下卑た感情はない。
雁夜はため息を吐いて、頭を掻いた。子供という存在は、時にとても恐ろしいモノだと思う。大人の心配や事情などそっちのけで、彼らは彼らで自己完結してしまう。世俗に囚われた大人より、自己と周囲だけで形成された人格はとても尊いモノだ。
だからこそ、雁夜にとってこれらはとても眩く、そして守りたいものであった。日本にいる少女たちも、そして目の前にいる男の子も。国にとって、世界にとって財産なのだから。
「あ、すっかり忘れてたよ。紹介するね! 僕の……大事な友だちの……」
アラジンは何か思い出したように、服の内側からナニかを取り出そうとした。
友達を呼ぶために携帯でも探してるんだろうか。
雁夜がそう思いながら暫く見つめていると、ようやく目的のモノを掴んだのか、アラジンはそれを取り出す。
「ウーゴくんです!」
そう言って見せられたのは金の笛だった。
……。
数秒の沈黙とともに、雁夜の思考が止まる。大事な友だちだと言うから、どんな人間か想像していたのに、まさかの無機物だったとは。誰も予想できない。もしかしたら、目の前の少年は両親のいない辛さで、夢幻を見ているのではないだろうか。
「……笛じゃないか……それ……」
遠回しに現実を教えてあげようと、雁夜が指摘する。
たしかに、時には物言わぬ存在を友達として認識することだってある。「ボールは友達」みたいなやつだ。それ自体を雁夜も否定する気はない。むしろ、生暖かい目で見てあげたっていい。
でも、アラジンはあれだけ良さげなことを喋っていたのだ。せめて、せめて友だちは犬とか猫とかの生きている存在にしてほしかった。無機物って、オマエ……笛って、オマエ……みたいな感情が雁夜の胸中で渦巻く。
「笛じゃない。ウーゴくんだよ? ねっ、ウーゴくん!」
——ああ、ダメだ。末期だ。
雁夜は頭を抱えた。笛に名前までつけてしまっては、もうまともな精神状態とは言えない。「旅人」というのも、もしかしたらただの虚言だろうか。雁夜はさっきまで無駄に感動していた己が、唐突に馬鹿らしく思える。ひとまず、この子は警察にでも届けてみよう。
「あ、さっきの食べ物のお礼をしないと」
雁夜の心情など知った様子ではないアラジンは、すっと笛を撫でて口に当てる。声が出ないからって、自分で音を出して会話するつもりなのだろうか。そう思えば思うほど、雁夜はなんとなく悲しくなった。
しかし、ぷーとアラジンが笛を吹いた瞬間、周りの空気が変わった。ナニかが満ち溢れているような感覚。一体なにが起きたのか分からず、雁夜は目を凝らす。
すると、アラジンが吹いた笛からナニかが生え出した。最初は煙のように出てきたのに、途中からニョキニョキとタケノコが成長するように這い出てきた。
青い巨腕——。
自分の身長と同じくらいの腕が、2本笛から生えた。
「……」
2本の腕が、まるで2頭の蛇であるかのように、だらりと手を垂らす。多分、顔が無いから代わりに手でお辞儀をしているのだろう。日本の手話でこんなのがあったような気がしなくもない。
雁夜もそれに合わせて、流されるがまま会釈で返した。青い巨腕はそれに満足したのか、するりと笛の中に戻る。
「へ、へぇ、腕に見えたけど、あれってなんていう種類の蛇なんだ……?」
「ん? 蛇じゃないよ、おじさん。あれが僕の友だちウーゴ君さ!」
「へ、へぇ、あれが友だち……あれがウーゴ君ね……」
雁夜はそこで一息つく。
そして、街を見下ろせるベンチにて彼は、
「んなわけあるかあああああああああああああああああああ!」
と全力で咆哮した。