マギのアラジンと雁夜おじさん行く聖杯戦争   作:ロマニ

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第十三夜

「ねぇ、君……聞いてもいいかな?」

 

 本と財宝に塗れた部屋でアラジンは青い巨漢に問いかける。

 

「《くに》ってなんだい?」

「国とは、政治機関が支配する一定の土地や民族です」

 

 アラジンの問いに男は迷った様子もなくそう答える。

 

「へぇ、じゃあ《民族》ってなんだい?」

「民族とは血縁を共有する共同体です」

 

 またしても男はなんの弊害も無いようにそう答えた。

 

「へぇ……じゃあ……」

 

 アラジンはそこまでで言葉を区切ると、冷徹な目で男の顔を眺めた。

 

「——僕ってなんだい?」

「……」

 

 それまでスムーズに開閉していた男の口が、途端、縫い付けられたように動かなくなる。

 いつもこうだ。アラジンが、自分が何者かを問えば、男はいつも沈黙で返す。

 アラジンはそんな男を見て唇を噛むと、より一層目を暗くした。

 

「君はいつもこれには答えてくれないね……僕が、書物に書かれたどの世界からも隔てられ、一人でここにいる意味は?」

「……」

 

 アラジンが再度問いかけても、やはり男は何も言わない。

 

「答えてよ! 答えてよ!!」

「…………」

「なぜ何も言わない!!!!!」

 

 

 

§

 

 

 

 それは眼球を焼くほど眩い光だった。

 何もかもを切り裂く光明。あたりを照らすのではなく、事象の一切合切を屠るかの如く穿たれる光。数多の闇は平伏し、消失し、その意味が欠落してしまう。そんな自然災害(カタストロフィ)とも呼べる暴力の渦が間桐邸を襲った。

 

 気がついた時、アラジンは咄嗟に近くに居る桜を庇った。

 間桐邸に現在いるのは三人。アラジン、桜、そして耄碌した臓硯である。間桐家で雇っている使用人は労働時間が過ぎ、全員帰宅している。間桐雁夜とランスロットはセイバー陣営の所へ出かけてしまった。

 崩れ落ちる瓦礫を、アラジンは背中に携えていた杖を振るって魔力で消し飛ばす。見渡せば、さっきまでの空間は既に面影だけを残して消え失せた。雁夜が好んで座っていたソファは吹き飛び、みんなで囲んだ卓は粉砕してしまっている。

 妙に荒くなるアラジンの呼吸音に、周りのルフたちはざわめき始めた。

 

「……桜さん、怪我はないかい?」

 

 ゆったりとした口調でアラジンは問うた。

 それが虚勢であることなど、一年共に過ごしてきた桜には看破できたことだろう。頬に伝う脂汗が、アラジンの必死さを物語っていた。

 だからこそ、桜はアラジンを安心させるためにも急いで首肯で応える。

 

「よかった。なら、お爺ちゃんと急いで地下へ避難してくれないかい」

「アラジンくんは?」

「僕は……やらなきゃいけないことがあるみたいだ」

 

 アラジンがちらりと横を見れば、そこには床に突き刺さった剣が目に入る。いかにも高級そうな代物だ。至宝という言葉がよく似合う。あんなものを人間業とは思えないスピードで投擲してきた犯人は、間違いなく人の理を外れた存在だろうと予想できた。

 それにより、否でも応でもアラジンの思考が一つの事柄へ帰結する。

 間桐邸を襲撃したのは紛れもなくサーヴァント。それも圧倒的強さを誇る化け物が、明確な敵意を持って攻めてきたのだ。

 サーヴァントに対抗できるのはサーヴァントだけ。雁夜とランスロットが口を揃えて言っていたことだ。ランスロットがいない現状、アラジンたちは逃走するという選択肢以外、存在しなかった。

 

「そう身構えるな、雑種。今のはただの児戯だ」

 

 低く落ち着いた声が天上から聞こえてきた。

 アラジンと桜がこぞって顎を上に向ければ、そこには月光に照らされた男が一人。腕を組み、紅に染まった双眼で倒壊した二階から二人を見下ろしている。黄金の甲冑に身を包むその姿はまるで至宝そのもの。この世の宝を具現化したような存在が、まるで月見酒でもしているかのように、ただくつろいでいた。

 

「——おにいさんは誰?」

 

 アラジンの警戒心が最大レベルまで引き上げられる。

 今までこんなことは無かった。サーヴァントたちがいるコンテナターミナルに飛び込んだ時も、暴走状態だったランスロットと対峙した時でも、これほど胸が締め付けられることは無かった。

 心の臓を掴まれているような感覚。背筋に走る悪寒が、普段より倍速で脈打つ鼓動が、かの者の存在を物語っている。

 

「我を知らぬとほざくか……まぁ、良い。子供とは元来、無知で無礼な存在だ。その程度で怒りはせん」

 

 男がため息をついてそう言えば、するりと空間から何かを取り出す。よくよく見てみれば黄金の盃が一つ。その中からこぽりと音がすれば、男はそれを呷る。

 

「アラジンくん……」

「大丈夫、桜さんは危険だから少し離れておいておくれよ」

 

 アラジンは頭に巻かれたターバンを広げ、桜を乗せる。そのまま「突風(アスファル・リーフ)」と唱えれば、桜はターバンに乗ったまま距離を離した。

 黄金のサーヴァントは、そんな桜を逃がすことに関心が無いらしい。アラジンたちを眺めることもなく堂々と盃を干した。となれば、後は臓硯のことが気になるが、ひとまず無事を祈るしかない。

 

「それにしても、ここは見るに堪えん汚物の温床だったな。息をするのも耐え難いため少しばかり手を施してやったが……最早我が至宝を回収する気も起きん」

 

 アラジンはそう言われて辺りを見渡した。

 今、男が破壊したのはこの一年、雁夜や桜、間桐家の人たちと楽しく暮らした家である。確かに周りの住民たちからは、その不気味さゆえに軽薄な言葉を吐かれたこともある。けれど、それでもアラジンにとってここは居心地が良く、何より暖かい場所であった。

 リビングに行けば雁夜がいて、書斎に行けば臓硯が飴玉を持って座っている。庭に出れば桜といつも遊んでいる遊び場があり、二階に行けば鶴野たち親子が仕方ないと言った様子で話に付き合ってくれる。

 そんな、アラジンにとって思い出が詰まった場所が間桐邸だった。

 それなのに男は、「汚物の温床」と嘲るどころか、「息をするのも耐え難い」と言い破壊した。どうしようもない気持ちがアラジンの腹で煮えたぎる。

 

「汚物じゃないよ」

 

 気がつけばアラジンの口からは、黄金のサーヴァントを否定する言葉が紡がれていた。

 これはただの意地である。破壊したものはもう戻らない。そんなものアラジンでもわかっているが、それでもこのやるせ無さに目を瞑る気は起きなかった。

 

「決して、君が軽はずみに破壊していい場所じゃなかったんだ」

 

 アラジンがそう告げ終えれば、男は小さく目を瞑る。何かを考えるように、しばらく黙った後、ふっと息を漏らした。

 

「くだらんな。世界は余す事なく我の庭だ。我が不要と判断したのであれば、そこは伐採されて然るべき場所だったと云うこと。愛でる気も起きぬ汚物に、なぜ寵愛を向ける?」

「おにいさんに何の権利があって、そう決めつけるんだい」

 

 アラジンの固い表情を茶化すように、黄金のサーヴァントは失笑した。

 

「権利? 貴様は我に権利を説くのか?」

「なにがそんなにおかしいの?」

「おかしいさ、傑作だ! 魔術王の移し身たる貴様が、権利の所在を尋ねるなど!」

 

 困惑の色を浮かべるアラジンに、黄金のサーヴァントはいよいよ限界に達したのか哄笑で返す。

 

「っ、おにいさんは僕が何者なのか知っているのかい!?」

 

 黄金のサーヴァントは、その赤い瞳で吟味するようにアラジンを見つめ、それからにんまりと破顔した。それは、蠱毒を滴らせるような禍々しい笑みであった。

 

「臣下でもないお前の問いなど思議する意味もない」

「なっ、お願いだよ! 僕は自分が何者なのか探している途中なんだ!!」

 

 アラジンは狼狽を露わにしながら叫ぶ。

「がんじょうな部屋」で過ごしていたアラジンに、自分が何者なのかという記憶は一切ない。物心ついた時には、既にあの場所にいた。共に時間を過ごしてきたウーゴですら、アラジンには、自分の出生を黙されている。魔術王の移し身、マギ、どれも初めて聞く言葉ばかりだ。目の前のサーヴァントならば自分のことを知っていると、アラジンは確信する。

 だがそれと同時、一本の宝剣がアラジンめがけて飛翔した。目にも止まらぬ速さで命を刈り取るそれは、一体の青い巨人——ウーゴによって阻まれる。腕に突き刺さったそれを、ウーゴは荒々しく抜き取ると、アラジンを護るように立った。

 

「粋がるなよ雑種。今宵の目的はお前ではなく、ソイツだ」

「ウーゴくん……?」

 

 黄金のサーヴァントと対峙するウーゴ。妙に猛々しいような違和感に、アラジンの胸はざわめき立つ。

 

「時臣の奴がこれまた退屈な男でな。この我も暇を持て余していた。そこで、神をも零落する男に俄然興味が湧き、今宵は少しばかり戯れに来たというわけだ」

 

 時臣という人物に何かが引っかかったが、すぐにアラジンの頭は身勝手な王様に包まれる。この数分のやり取りの中で、男がいかに唯我独尊であるか、嫌というほど理解できた。

 だからこそ、アラジンは問いかけをやめて杖を構える。ピィィィ、とルフたちがアラジンの闘気に呼応すれば、光の群衆となって集約を始めた。

 対して黄金のサーヴァントは、盃に新しい酒を注ぎ直し、それを呷る。まるでサーカス団を観覧する上客のようだ。アラジンを一瞥すれば、彼の赤い瞳は妖しく光った。

 

「さぁ、裁定の時間だ。存分に足掻くといい」

 

 

 

§

 

 

 

 アインツベルンの城があると言う森へ向かう最中、雁夜は心臓が潰されるような感覚がした。嫌な予感とは毛色が違う。明確な何かが己に降り掛かろうとしている悪寒。ジップパーカーのファスナーを締め、雁夜はふと考える。

 今回の聖杯戦争——このまま無事で終わってほしい、と。

 自分たちは聖杯を求めていない。それ故に、あまり難しくも無いように思っていたが、昨日から雁夜たちの思惑は全てうまくいっていない。バーサーカーと因縁のあるセイバーの現界、ランサー陣営からの敵対宣言、さらには本命であったはずのキャスター狂乱。考えれば考えるほど、無用な自嘲が雁夜の口から漏れ出てしまう。

 だが、そんな中でも雁夜には希望があった。

 それはアラジンの存在である。あの少年と外国で出会ってもうすぐ一年と二ヶ月が経つ。聖杯戦争の準備期間中であっても、彼とは本当の家族のように、友達のように雁夜は日々を過ごしてきた。どれだけ暗い中を歩こうと、アラジンがいる限り道を踏み外すことは無いだろう。

 まさしく雁夜の思う通りである。バーサーカーであるランスロットも、雁夜の心中には経路(パス)を通して同意している。これからどんな困難が待ち受けていようと、間桐陣営の結束は固い。ランスロットの問題も、桜の問題も、雁夜とアラジンが手を組めば決して解決できない問題ではないと信じている。

 そう、どちらも欠けなければ決して不可能ではない問題事だと信じている。

 それ故に雁夜の頭には一つの失念があった。

 アラジンを失った時、己が憎しみを雁夜は決して止めることができないだろうことに。

 

 

 

§

 

 

 

 先に動いたのはウーゴとアラジンであった。ウーゴの笛部分につかまり、そのまま黄金のサーヴァントへと駆けていく。人体の何倍もあるウーゴの巨躯であれば、黄金のサーヴァントまでの距離など無いも当然。バレーのスパイカーのように飛び上がったウーゴは、そのまま力任せに黄金のサーヴァントへ掌底を叩き落とした。

 黄金のサーヴァントはそれをにやけ面でただ傍観する。自分が動くまでもないと言わんばかりの態度だが、それをするだけの実力が彼にはあった。

 ゆらめきから突如として出現する数本の刃。それがウーゴの掌底と男の矮躯を阻むかのように立ちはだかる。

 巨手と宝剣が打ち合えば空気が割れる音がした。鼓膜を劈くような鋭い破裂音。

 全ての衝撃を吸収したかのように、黄金のサーヴァントはぴたりとも動いていない。その代わり、ウーゴが振りかぶった衝撃で、間桐邸だった瓦礫が宙を舞った。

 アラジンはそれを苦々しい面持ちで見つめる。未だに黄金のサーヴァントの手には酒の入った盃が握られていた。

 相手が本気を出していないことなど百も承知。弄ばれている。

 けれども、アラジンにとっての最大の攻撃力はウーゴ以外になかった。ウーゴに魔力を注ぎ、最大級の熱魔法を放ったところで、きっとこの黄金のサーヴァントには届かない。そんな絶望にも近い考えが頭を過ぎっては消える。

 アラジンの思慮とは裏腹にウーゴが負けじと再度腕を振るえば、擦過したコンクリート壁がアルミホイルの一片のように歪み飛び散った。あれだけの威力を生み出しているのに、涼しげな顔を続ける黄金のサーヴァントにアラジンは戦慄を覚える。

 

「どうした? 攻めが甘いぞ?」

 

 手本を見せてやる、と言わんばかりに黄金のサーヴァントの背後で波紋が幾つも浮かび上がる。

 さっき、陽炎のようなゆらめきから刃が飛び出したのをアラジンは見た。数秒前はウーゴの掌底を受け止めるために使っていたが、今度は違う。明確な殺意を帯びて、それらがウーゴとアラジンの方向へと向き直る。対象を確実に抹消するべく、それらは虚空を迸った。

 そこに技の研鑽など垣間見えない。ただ杜撰な雨が、石礫のごとく幾重にもウーゴとアラジンに降り注ぐ。それでも、その破壊力だけは格別で、まるで発破をかけられたように瓦礫は吹き飛び、粉塵となって視野を覆い尽くす。

 ウーゴはそれらからアラジンを守るべく、大きく跳躍し距離を取った。

 

「君はやっぱりアーチャーのサーヴァント……」

 

 アーチャーの攻撃方法から、アラジンはそのクラスを言い当てる。

 未だにアラジンの知らないサーヴァントは三人。キャスター、アサシン、そしてアーチャー。黄金の甲冑からアサシンはないと思っていたが、一応懸念材料には含めていた。

 アラジンの様子にアーチャーはせせら笑いを浮かべた。

 

「今更それを知ってどうする?」

「……ッ」

 

 アーチャーの侮蔑の籠った瞳にアラジンは自然と手を強く握る。アーチャーのサーヴァントは雁夜の調べから、誰がマスターであるかアラジンは知っていた。

 遠坂時臣——。

 桜の実父であり、最も争いたくない陣営である。

 

「期待が外れたな、雑種」

 

 アラジンの戸惑いなどアーチャーにとっては全く関係なかった。ウーゴの背後で突如、空間がゆらめいたと思えば、そこから黄金の斧がいくつも姿を現す。

 アーチャーが武具を出現させられる場所は彼の後方だけでもなければ、左右だけでもなかった。相手の周囲にそれらを展開するなど、アーチャーにとっては至極簡単なことである。

 出現した斧は万物全てを破壊するほどの絶大な威力をもち、その刀身をウーゴの体へと突き立てた。

 

「っ、ウーゴくん!」

 

 ずぶり、とウーゴの体に計三つの斧が刺さる。人間と違い鮮血が噴き出ることこそ無かったが、代わりにウーゴの体表から魔力が溢れ出た。

 ウーゴくんがここまでの傷を負うことは初めてである。ましてや、体表から魔力が溢れ出したところなど、アラジンは一度も見たことがなかった。

 ”ウーゴくんが大変だ……! 力をもっとあげなきゃ……!!”

 急いで笛部分に駆け寄り魔力を吹き込む。

 自身のお腹の力の残量など考えもしない。ここでウーゴくんが倒れるのだけは絶対に阻止したかった。大切な友人が己のせいで消えてしまうことに恐怖していた。

 

「ウーゴくん……! ウーゴくん……!」

 

 余裕がないせいなのか、ウーゴは反応を示さない。いつもなら軽快なジェスチャーで「大丈夫」とでも教えてくれるのに、今回は静かに、ただゆったりとアーチャーを見上げるかのように立っている。

 

「番犬の忠義もここまでくれば滑稽だな」

 

 アーチャーが干した盃を放り投げ、一本の宝剣をゆらぎから取り出す。甘美に装飾されたそれは、まるでアーチャーを讃えるような輝きを放っていた。

 

「我がなぜお前たちのことを知っているか、そんなに不思議か番犬?」

「——」

 

 ウーゴが抱いている感情を理解できているのか、アーチャーは事もなげに言う。

 

「奴は俺と同じものを見ることができる」

 

 アーチャーはそう言うと、持っていた宝剣をウーゴの足へと放り投げた。 

 

「——業腹だがな」

 

 そうすると、ウーゴは躱す力も残っていないのか、アーチャーによって投げられた宝剣が彼の太ももを易々と貫いた。

 膝をついてしまうウーゴ。アラジンはアーチャーの言葉など耳にも入らず、自身の友達の危機を安直に悟っていた。

 

「魔術王とやらもここまでか……興醒めも甚だしい余興だったな」

 

 呆れたように、なおかつ興味が失せたようにアーチャーは告げる。

 それは死刑宣告にも似た何かであった。アーチャーはウーゴの”何か”を楽しみにしていたのだろうが、それを見ることは叶わず。最後の最後までくだらなかったと落胆の色を見せている。

 それに気がつかないアラジンは、未だに笛に戻ろうとしないウーゴにずっと叫び続けた。

 ——見ていて痛ましい。

 常人であればそのような感想を抱くのであろう。けれど、アーチャーにとってそれは考慮の範囲外のことである。

 アーチャーは数十の門を解放し、ここで幕引きをしようとした。

 

「死ぬがいい、雑種」

 

 冷たく放たれた一言。

 降り注ぐ宝剣、宝槍たち。

 あと数秒もしないうちにアラジンとウーゴに直撃しようとした時、それは現れる。




ギルガメが圧倒するに決まってんだろ……勝てるわけない。
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