マギのアラジンと雁夜おじさん行く聖杯戦争 作:ロマニ
遠坂時臣は自身の執務室で頬杖をついていた。
思案する事柄は一つだけである。
アーチャーの独断による間桐邸襲撃。
別に魔道から逃げた間桐雁夜を害すること自体、時臣はなんら負い目を感じたりはしない。どうせなら、最初に放った黄金の礫が、あの落伍者を殺してしまえばいいと思っていたほどだ。
けれど、そうはならなかった。
あの制御も効かぬバーサーカーを引き連れ、無策に顔を出すかと思えば、雁夜は最後まで姿を現さなかったのである。代わりに出てきたのは、自身の愛娘であった少女と魔法使いと思われる少年のみ。時臣はその事態を、誰よりも重く捉えていた。
「やれやれ……」
常に余裕を持って優雅たれ。
遠坂に代々伝わる家訓であり、我が長子に口を酸っぱくなるほど言い聞かせている言葉だ。
けれど、今だけは情動に任せてしまいたくなる。
それほどまでに時臣はアーチャーがした行動と、それによって齎された結果を深刻に受け止めていた。
魔法使いという存在が非常に稀有なのは、魔術師にとって常識である。現世に生存している魔法使いなど、片手の指で足りるほどしかいない。しかも、魔術協会が把握していない魔法使いなど、さらに稀有だ。いや、この世にいないと言ってもいい。
そんなダイヤの原石と言うに似つかわしい少年を、時臣はえらく気に入っていた。
遠坂に欲しいと、素直にそう思った。
だが、アラジンを庇護しているのは、あの間桐雁夜だと聞く。弟子である綺礼からの情報では、一年前からあの魔法使いは間桐邸に出入りしているそうなのだ。
なぜ落伍者である雁夜が? と思わなかったわけではない。この聖杯戦争に参加するのが目的であったとしても、間桐雁夜を選ぶ理由は何一つ無かった。それこそ、遠坂やアインツベルンの方が優良だと言える。
アラジンの行動に疑問は絶えなかった。
「……できれば、この聖杯戦争中に彼とは友好を築いて置こうと思ったが」
しかしその野望は、アーチャーのせいで潰えている。戦闘を令呪で止めようかとも考えたが、あそこで止めてしまえば逆にアーチャーがやられていた可能性がある。
それに割にも合わない。撤退させるために一画。機嫌を取るためにもう一画。あの気難しい王と懇意になるには、事一つ鎮めるためにも骨がおられるのだ。
もはや時臣が間桐と友好を結び、アラジンを手に入れるのは不可能だろう。
アラジンと時臣は、間接的ではあるものの、強い蟠りを残してしまった。これを解消するには聖杯戦争中では足りない。もっと長期的な交流が必要となる。
けれどそれは、自分が聖杯戦争に敗れ、根源へと至らないことを念頭に置いた話だ。自分が勝つと信じて疑わない時臣では、その計画は少しも顔を出さなかった。
しかし。
「——いや、まだ手はある」
時臣は思いついたのだ。正確には気付いたと言える。
アラジンや間桐と決定的な軋轢を生んだのは、遠坂家ではなく、あくまで遠坂時臣個人であることを。
すっと奥を見つめていた瞳に、二人の少女が映った。どちらも才能あふれる優秀な子供だ。いずれ魔術の界隈でその名を残すことになるだろう。
時臣は少し安堵したように笑みを溢した。
遠坂凛と間桐桜。
有力なのは桜か?
そんなことを頭で考えながら、誰もいない部屋で小さくこう漏らす。
「どちらに転んでも、私にとっては誉だ」
遠坂の未来は明るい。
時臣はそう思い、祝いのワインを開けることにした。
§
時は大きく遡り、雁夜が間桐邸を後にした頃である。
アインツベルンの城で切嗣は口を開いた。
「現在、僕たちが撃破すべき
このうち、アーチャーとキャスターは積極的に狙う必要はない。まだ姿を見せないアーチャーに関しては、情報収集を優先。ルールの変更により、各陣営から狙われるキャスターは、ただの撒き餌とするべきだろう」
「? ライダーはいいの」
「ああ。ライダーというサーヴァントの特性上、ただでさえ脚ではこちらが不利だ。だったら、バーサーカー陣営をだしに、不意をついて殺す方が簡単だからね」
「っ」
切嗣からの返答に、アイリスフィールは隣から小さく息が呑まれるのを感じた。
音の発生源は、この情報共有の場において無視され続けたセイバーである。
「僕らは他の陣営と比べ、圧倒的にアドバンテージがある。なんせ、バーサーカーはランスロット卿。キャスターはジル・ド・レェ伯だと知っているからね。しかも好都合なことに、どちらもセイバーと何かしらの縁がある。この旨味を利用すれば、僕らはただ待ち構えて網を張っているだけでいい」
「彼を騙すのですか」
とうとう我慢の限界に達したのか、セイバーは凛とした通る声で異を唱えた。
セイバーの言う「彼」というのは、決してキャスターとバーサーカーの両名ではない。自分のことを「すてきな王様だった」と言ってくれた、心優しい少年のことである。あのような純粋無垢な少年を騙すのは、騎士として。いいや、人間として看過できないのだろう。
「マスター、バーサーカー陣営とはなるべく有効な関係を築くべきだ。彼らは聖杯を狙っていない。彼らの条件である腕の良い魔術師も、アイリスフィールやあなたなら該当するはず」
セイバーは誠意を込めた言葉であれば、切嗣の心の壁をも崩せると期待したのかもしれない。だとすればそれは虚しい望みだった。切嗣は相変わらず、まるでセイバーの声が聞こえていないかのように無反応のまま、話を先に進めていく。
「アイリ。あの少年が魔法使いという意見、どう思う」
「……ええ、多分間違っていないわ。あの子の周りに集まっていたのは魂の
「いや、その見解だけで十分だよ……そうか。だったら、彼が聖杯を狙う理由は本当に無いわけだ。ライダーを罠にかけて討ち取った後、バーサーカーは自刃でもさせ、この戦争は終結する」
「マスターっ」
アイリスフィールは夫の話に耳を傾けながらも、背後にたたずむセイバーの顔色を窺わずにはいられなかった。
案の定、バーサーカー陣営を騙そうとする切嗣への義憤は、抑え切れていない。
だがそれでも、切嗣はセイバーの凝視すら、どこ吹く風だった。
「セイバーの言っていた通り、普通に共闘をするのはだめなの?」
「それだと多くの陣営からヘイトを買うだけさ。ただでさえ、僕たちは昨日の襲撃(ホテル爆破時の言峰)で狙われていることを知った。
それにあちらの求めている条件も怪しいものだ。腕のいい魔術師とは言っているけど、聖杯戦争中に無理難題をふっかけられる可能性もある。だったら、ギリギリまで協定は結ばず、籠城しておいてもらったほうが好都合だ。誰も聖杯がいらないと宣言した陣営は狙わないだろうしね。ランサー陣営は別だけど。
やっぱり、ライダー陣営を呼び出すために使うのが、一番良い」
なるほど衛宮切嗣らしい発想だった。最初から最後まで合理的に組み立てられている。戦争というものを深く理解し、ただ経験則という方式から成果を導き出す狩猟機械そのもの。
もとより他の者と手を組む気など一切なかった切嗣が、なぜ急に方針を変えてバーサーカーの提案を受けたのか。ようやくアイリスフィールは納得した。
「マスター、貴方という人は……いったいどこまで卑劣に成り果てる気だ!?」
とうとう声を荒げたセイバーに、アイリスフィールの胸は痛みを覚えた。
そもそも、アイリスフィールとて良い気持ちではない。アラジンは見るからに自分の娘イリヤと同じくらいの歳の子供だ。そんな子供が救いを求めているというのに、切嗣は不必要だと、邪魔だと切り捨てる。
夫の二面性は知っているつもりではあったが、よもやここまでとは思いもよらなかった。
九年前、初めて切嗣と出会った日。それを思い出すようなタバコの臭いだけが、アイリスフィールの鼻腔をくすぐる。
だからこれは、当然の導きだった。イリスフィールが逃げるように話題を逸らしたのは。
「……キャスター討伐はどうするの?」
「キャスターの命は全員が狙っている。放っておいても誰かが仕留めるさ。
むしろ、血眼で探し回っている連中こそ、格好の獲物なんだよ。君は地の利を最大限に活かしてセイバーを逃げ回らせ、敵を撹乱してくれればいい。僕はそいつらを側面から襲って叩く」
「……」
セイバーは更なる怒りに震え、アイリスフィールは複雑な思いに囚われたまま、共に語る言葉を失って沈黙する。そんな停滞を、切嗣は会議の終結と見て取ったらしい。テーブルに広げられた地図や資料を集めながら、最後に各々へ指示を飛ばした。
「アイリは僕と城で籠城。舞弥は街で情報収集をしてくれ。これで今回の情報共有は終わりだ」
「わかりました」
唯一、切嗣の指示に淀みなく返事した舞弥はサロンを後にした。切嗣も資料を全て整理し終えたのか、それらを持って退出する。
残されたのは、怒りに歯噛みしながらも足元の絨毯を睨みつけているセイバーとアイリスフィールだけ。どのような言葉でこの場をとり持てば良いのか、アイリスフィールには分からなかった。
「……」
昨日までは穏やかだった気がするのに、今ではセイバーとも心の距離が離れている気がする。
アイリスフィールは今日何度目になるか分からないため息を漏らし、切嗣の後を追うことにした。今やるべきことは、セイバーへ安っぽい慰めをかけるのではなく、根本的な解決。あれだけの拒絶を見せる切嗣の、その真意を知ることこそが重要だと思えたから。
そうして、事態は進んだ。
この夜、アインツベルの森を襲撃したキャスターは、ランサーとセイバーの協力により撤退を余儀なくされる。
また、アイリスフィールと久宇舞弥は言峰綺礼の襲撃によって重傷を負った。
そして、ここアインツベルンが保有する城内にて……。
「くそッ……」
切嗣は目の前で膝を折るケイネスを見ながら、そう呟いた。
全て切嗣の予定調和だった。30メートル離れた位置での三度目の会合。キャレコによる計50発の弾幕。その防御に伴い、限界まで励起させたケイネスの魔術回路。そこへ放たれる魔弾の一撃。
彼の脳内では、今の一発で全てが終わるはずだった。全てが計算通りに動き、過不足ない成果を導き出すはずだった。ただそれだけのはずだったのに。
「がはっ、くぅ、貴様ぁ……!」
「っ」
ケイネスは生きていた。
いいや、違う。
生かされていた——————何者かの意思によって。
キャレコで弾幕を張る際、そこまでは切嗣の計算通りだった。ケイネスは膜状だった水銀を、まるで剣山状に展開し、魔術回路を余すことなく励起させていた。油断も無ければ怠慢も無く、切嗣の攻撃を受け止めようとしていたのだ。
だが、狂ったのはその次。
遥か遠方(と言っても、同じ冬木市内)で、感知した事のないマナの乱れが、一瞬だけ二人の魔術回路に干渉したのである。
それが運命の分かれ道だった。
気を逸らされたケイネスの魔術回路は激痛に負け、月霊髄液の防御力を下げてしまう。切嗣は流石だったが、多少のズレが生じてしまった。両者ともに、十全なパフォーマンスを発揮されることがなく、起った衝突。
故に。
「がぁ、令、呪を持って、命……ずる! 私を——撤退させろっ、ランサー!」
ケイネスを再起不能へ陥れるには、あと一歩及ばなかった。
ケイネスの令呪が発動したと同時である。
無慈悲な二本の槍が、セイバーへと放たれた。
刹那、その命令を拒もうとした肉体だったが、主の危機を知ったランサーは。不意打ちすらも厭わなかった。
申し訳ないという気持ちはある。騎士としてあるまじき行為だと自嘲もする。
自分が認めた、この清廉潔白な騎士と尋常に戦ってみたい。そういう気持ちは大いにあった。
だが、それ以上にランサーには譲れないものがある。この聖杯戦争へ、主の呼び声に応えた真なる願い。今度こそ、この第二の生こそは、騎士として我が主に最期まで付き従おうと。心の奥底から願った純粋な想い。
それを成し遂げるためには、ここで非道な手を使うしかない。
「すまん、セイバー……!」
「ランサーっ!?」
セイバーの顔面へと突き出される赫い長槍。これをガードしなければ、脳天まで貫かれてしまうのは語るまでもない。咄嗟にセイバーは、魔力によって編まれた籠手で防御すべく、長槍と己の顔面の間へと腕を滑り込ませる。
けれど、驚愕に目を見開いたのは次だ。
赫い長槍で斬りつけられた箇所、正確には籠手が霧状のように霧散した。まるで、焼かれた鉄板の上に水を掛けた時のような現象。セイバーはまずいと本能で察知し、後ろへ飛ん退こうとするも遅い。ランサーが追撃のためにと放っていた黄金の短槍が、籠手を失ったセイバーの腕を深く傷つけたのである。
「っ」
斬りつけられたセイバーも、斬りつけたはずのランサーも同じく顔を歪ませる。
このような形で戦うことなど、両者は望んでいなかった。
けれど、これは聖杯戦争。決闘なのでは断じてない。奇襲、策謀、騙し、それらは戦争という言葉の前では全て正当化されて然るべき行いだ。衛宮切嗣のような、合理的すぎる狩猟とは違い、ランサーのやった行為は、誰も責められるものじゃなかった。
「……」
ランサーは言葉も残さず、姿を消し去る。霊体化する時とは違い、どこかへ瞬時に移動したような消滅の仕方。
セイバーはそれをただ呆然と眺め、少しして思考が復活した。
いきなり及んだランサーの凶行。さらに、突如として消えた体。それらの判断材料から導き出される答えは、たった一つだけである。
「……令呪、か。しかし、マスターは私を呼んでいない。となると、ランサーのマスターが戦っているのは別の陣営か?」
この状況。あの狩猟機械さながらの衛宮切嗣であれば、的確に窮地を察し、自分を呼ぶであろう。セイバーにとって切嗣は、血も涙も無い卑劣な人間として映ってはいるものの、同時に、冷静な判断を下せる賢者とも思っていた。
自分を呼び出さないのには理由がある。もしくは、呼び出す必要すらない、か。
セイバーはそう結論付け、現状、最も安否が怪しいアイリスフィールの元へ駆けることにした。
まさしくセイバーの読みは正解に近かった。
ケイネスがランサーを呼び寄せようとしているのを察した切嗣は、直ぐに戦闘を取りやめた。ここでケイネスを討ったとしても、令呪の影響でランサーは即座に退去しない。自分の主を殺されたと分かれば、騎士道を重んじる彼が報復するのは目に見えていたからだ。
それに切嗣から見たケイネスの容態は、かなり悪かったのも決断に起因している。
あの状態であれば、これから先で大規模な魔術を行使することはできないだろう。大方、ケイネスの魔術回路は7割が使い物にならなくなったはずだ。膝を下り、意識を保っていること自体が奇跡である。放っておいても、誰かが虫の息の彼を殺すだろう。そう思って放置することにした。
紫煙を吐きながら切嗣は空っぽの城内を歩く。
急ぎはしない。平然と、雑踏に紛れる一市民のような振る舞いで、黒いロングコートを揺らす。ランサーは今頃、ケイネスの令呪通り撤退しているはずだ。この城に残っているのは自分ただ一人。もはや敵も誰もいなくなった空間で切嗣は愚痴を漏らした。
「衰えたな、大分……」
魔術回路を痙攣させるほどのマナの乱れ。
ケイネスへ切り札を撃ち込む際に感じたのがソレだ。訪れたその異常現象は、切嗣の脳裏に「最愛である妻」の安否を脳裏にかすめさせた。迷いから生じた手の震え。僅かに銃口を逸れ、発射するタイミングさえも見誤った。
何者の仕業かは知らないが、昔の切嗣であれば眉一つ動かさず対処してみせただろう。
改めて知る、命を摘み取る難しさ。
9年ぶりに戦いへ身を投じた狩猟機械は、己の非情さと、与えられた愛にもがいていた。
2日目もこれで終わり? かな